僕はリハビリ室で左右にある手すりに掴まってゆっくりと歩く。
歯を食い縛り、僕は感覚がない部分を動かす。
また綾瀬と歩くために。出来ることを一歩ずつ。
うまいようにいかないことに腹を立てながらも、逆にその怒りを原動力に変える。
すると手すりを掴み損ねて、僕は体を地面にぶつける。
すぐにナースが気づいて、僕を起こしてくれる。
「すみません。お手を煩わせてしまって」
「いいんです。これが仕事ですから」
頑張ってください。そう励まされた。
――お兄ちゃん、頑張って。
一瞬、研子の声が聞こえた気がした。その声の方を見てみるとなぜか研子がいた。
安室の話によると研子は昏睡状態のはずだ。
なのに、なぜここにいるんだ?
「どうしたのお兄ちゃん。早く歩かないと」
「研子、お前・・・・・・」
この子はなぜか寂しそうな顔をしている。
しかし、そんなことにかまけている場合ではない。研子の現状はあとで安室に連絡をかけて確認すればいい。
という決断があとで後悔を生むことになるとは思っても見なかった。
まさか、幽体離脱だったなんてな。
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「いやだから安室。研子が病院にいるんだって」
研子は僕の病室でパックのりんごジュースを飲んでいる。
そんなこの子を横目に見ながら、僕は困惑を隠せなかった。
「研子っていう子が退院したっていう情報は報道されてないな。それってもしかしてお化けなんじゃないのか」
「はあ!?」
お化けだって? そんな非現実的な・・・・・・。
でも、そうなのか。それしか考えられないもんな。
試しに透けるか確かめるために研子の頭を触る。しかしちゃんと人肌だし、柔らかい毛髪を感じられる。
クススと安室は笑って、
「また見せてくれよ。俺、お化けと友達になってみたかったんだ」
「お前ってほんと、変わってるよな」
「え、そうか?」
「お化けと友達になりたいとか、陰キャだった僕と交流を持とうとしてくれていたりだとかさ。まじで変人だって」
「そうかなあ? 俺は案外普通だぞ。面白そうな奴に興味を持たないのが変なんだって」
「ふーん。――あっそうだ、あとそれと『青い薔薇』について調べてもらえないか」
「『青い薔薇』だって? お前俺をなんだと思ってるわけ」
「見た目は大人。頭脳は子供。ザ、青年探偵団」
「ぶち殺したろか、われ? まあいいけどさ。やる変わりにその変な渾名で二度と呼ぶなよ」
「おう、元太君」
「電話もう切ろうかな」
「ワリィ、ワリィ」
「でも、どうしてそんなのに興味を湧いたんだよ」
「その『青い薔薇』の主が相川嶺衣奈だったんだが、そいつがネット掲示板で綾瀬の殺害を依頼したらしくてな。まあ、実行には至らなかったんだが殺人教唆には当たるだろ。そのスレッドの内容次第にはな」
「で?」
「綾瀬は今後の展望として、日本武道館を目指すつもりだ。それの邪魔になったら駄目だろ?」
「まあ、そっか。分かったよ。じゃあな」
通話が切れた。僕は息をついてベッドに座っている研子の頭をもう一度撫でた。