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第23話

僕は車椅子で売店へと向かう。

 膝のうえに研子を乗せて。その研子はとても不満そうだった。

「足、治すやつ、今日やらないの?」

「その前に腹ごしらえだよ。研子も好きなお菓子とか、カップヌードルを買ってもいいぞ」

「私、お腹空かないもん」


 そっか。幽霊だもんな。

 そんな変なことを考えてしまっている自分に自嘲が漏れる。

 僕たちは一階の売店に着いた。ポテトチップスや惣菜パン。ドリンクはコーラや烏龍茶など食料品はなんでも揃っているし、マスクやガーゼなどの医療品もある。

 僕はカレーのカップヌドールのBIG(一応、研子が欲しがったとき用に大きめのサイズを)買った。

 自分の病室に帰ろうとしたとき、エレベーターで主治医と出会った。

 研子の姿を見ると目を丸くして、


「妹さんですか? あっそれとも娘さんですか?」

 僕は肩を竦めて、


「娘みたいなもんです。・・・・・・それより、見えるんですね」

「えっ、まさか心霊的な・・・・・・!! やめてくださいよ。恐いじゃないですかあ」


 医師のくせに金髪で、長身で背丈が高く顔面が整っているこの人の名前は、大隈おおくま重信しげのぶ。あの、立憲同士会という政党に所属していた内閣総理大臣と同じ名を持つ。しかしとてもポンコツで医師のなかでは劣っている。そう、ナースの会話から盗み聞きした。

 でも大隈は愛嬌だけは一人前で、患者のなかでは人気が高い。とくに女性人気が・・・・・・。

 いやいや、ここは病気を治すために来る場所だろ? なんでアイドル的存在がいるんだ。

 でもこの男、どうにも憎めない。そんな感じがしていた。


「そういえば、リハビリ頑張っているんだって?」

 僕は首肯した。すると一瞬大隈は複雑な表情を見せた。

「来週、お母さんと一緒に話し合おっか。君の病状について」

「えっ? どういう意味ですか」

 その質問には答えず、大隈は身勝手にも目線をこちらから逸らし、エレベーターで彼の目的の階に降りた。


「研子。やっぱり今日のリハビリやめておこうか」

 すると研子が僕の顔を覗き込んでくる。

「どうして・・・・・・?」

 あの言い方、どっか引っ掛かるんだよな。

 ――リハビリをしても意味がないみたいに。

 だったらもういいかもしれない。綾瀬ともう一度会いたい気持ちはある。それでも、自分がもう歩ける力が無いんだったら無駄だろ。


 錆ついた刀は、研師が丁寧に錆を落とす作業をしないと切れ味は復活しない。

 僕にとって、その研師の役割を担ってくれていたのが綾瀬光だった。

 しかし、今は別の病院に入院していて、会えるわけじゃない。


――――――――――――――――――――――――――――


 一週間後。

 母と僕は大隈と理学療法士と対面していた。

 大隈はいたって軽薄なノリで、


「大島錆斗さんの下半身機能は、もう通常通りには戻らないかもしれません」


 と述べた。それに衝撃を受けた僕。母も手が震えてショックを隠しきれていない。


「それは、リハビリをしていてもですか」


 母の必至の懇願は大隈の言葉で玉砕した。

「はい。そうです」

 そんなきっぱり否定しなくても・・・・・・。母がそう呟いた。

 僕は、そんな痛々しい母の姿など見たくはなかった。

 だからこう言った。


「僕はリハビリを続けます」


 本当は僕はやめてしまいたかった。しかし意味のないことを嫌っていた僕が、母のためにやるだけやってみようと思ったのだ。

 でもどうせ奇跡なんて起きない。麻痺なんて簡単に治るもんじゃない。


 しかし、起きたのだ。一抹の奇跡が。

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