僕は車椅子で売店へと向かう。
膝のうえに研子を乗せて。その研子はとても不満そうだった。
「足、治すやつ、今日やらないの?」
「その前に腹ごしらえだよ。研子も好きなお菓子とか、カップヌードルを買ってもいいぞ」
「私、お腹空かないもん」
そっか。幽霊だもんな。
そんな変なことを考えてしまっている自分に自嘲が漏れる。
僕たちは一階の売店に着いた。ポテトチップスや惣菜パン。ドリンクはコーラや烏龍茶など食料品はなんでも揃っているし、マスクやガーゼなどの医療品もある。
僕はカレーのカップヌドールのBIG(一応、研子が欲しがったとき用に大きめのサイズを)買った。
自分の病室に帰ろうとしたとき、エレベーターで主治医と出会った。
研子の姿を見ると目を丸くして、
「妹さんですか? あっそれとも娘さんですか?」
僕は肩を竦めて、
「娘みたいなもんです。・・・・・・それより、見えるんですね」
「えっ、まさか心霊的な・・・・・・!! やめてくださいよ。恐いじゃないですかあ」
医師のくせに金髪で、長身で背丈が高く顔面が整っているこの人の名前は、
でも大隈は愛嬌だけは一人前で、患者のなかでは人気が高い。とくに女性人気が・・・・・・。
いやいや、ここは病気を治すために来る場所だろ? なんでアイドル的存在がいるんだ。
でもこの男、どうにも憎めない。そんな感じがしていた。
「そういえば、リハビリ頑張っているんだって?」
僕は首肯した。すると一瞬大隈は複雑な表情を見せた。
「来週、お母さんと一緒に話し合おっか。君の病状について」
「えっ? どういう意味ですか」
その質問には答えず、大隈は身勝手にも目線をこちらから逸らし、エレベーターで彼の目的の階に降りた。
「研子。やっぱり今日のリハビリやめておこうか」
すると研子が僕の顔を覗き込んでくる。
「どうして・・・・・・?」
あの言い方、どっか引っ掛かるんだよな。
――リハビリをしても意味がないみたいに。
だったらもういいかもしれない。綾瀬ともう一度会いたい気持ちはある。それでも、自分がもう歩ける力が無いんだったら無駄だろ。
錆ついた刀は、研師が丁寧に錆を落とす作業をしないと切れ味は復活しない。
僕にとって、その研師の役割を担ってくれていたのが綾瀬光だった。
しかし、今は別の病院に入院していて、会えるわけじゃない。
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一週間後。
母と僕は大隈と理学療法士と対面していた。
大隈はいたって軽薄なノリで、
「大島錆斗さんの下半身機能は、もう通常通りには戻らないかもしれません」
と述べた。それに衝撃を受けた僕。母も手が震えてショックを隠しきれていない。
「それは、リハビリをしていてもですか」
母の必至の懇願は大隈の言葉で玉砕した。
「はい。そうです」
そんなきっぱり否定しなくても・・・・・・。母がそう呟いた。
僕は、そんな痛々しい母の姿など見たくはなかった。
だからこう言った。
「僕はリハビリを続けます」
本当は僕はやめてしまいたかった。しかし意味のないことを嫌っていた僕が、母のためにやるだけやってみようと思ったのだ。
でもどうせ奇跡なんて起きない。麻痺なんて簡単に治るもんじゃない。
しかし、起きたのだ。一抹の奇跡が。