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第26話

僕は病室で退院の準備をしていると今さらのように母は僕の異常な回復に驚いていた。

 よかったね。これで私も介護しなくてすむ。

 そう冗談か本気か分からない言葉を発した。

「介護なんて初めからするつもりはないだろ」

「いいや、するしないの問題じゃないのよ」

「あっそ」

 荷物を背負って病室を出る。外にいたナースに会釈し、歩きだす。


「私が持つよ。荷物、重いだろ」

「いいって。これぐらい自分がやるよ」

 確かな一歩を踏みしめながら、エレベーターに乗り込む。

 その箱の中は、沈黙が占領していた。

 それから一階に着き、窓口に寄って会計をする。

 そのあと、母の車の後部座席に乗り込み、車はエンジンが付けられて発進される。

 僕のたってのお願いで、SWORD事務所に向かう手筈となっている。


 一時間ほどで事務所に着き、僕は車から降りた。

 僕はドアを開けて階段を上がる。二階にはダンススタジオがあるのだ。

 そのスタジオに入るとレッスンをしていた立花やその他メンバーが目を丸くした。

 僕は息を吸って、それから半笑いした。


「お前ら、お見舞いぐらい来いよ」

「大島さん・・・・・・」

 大和田や紀伊嶋が僕のところへ向かってくる。

「すっごく心配したんですよ」

「それこそ、水も喉を通らないぐらい」

 そんな心配を口にしてくれる二人に、立花は厳しい目を向けて、


「あんたら嘘ばっかり。大和田は次のマネージャーはイケメンがいいなあ、とか言ってたし、紀伊嶋は昨日の飲み会で相手の男性が引くぐらい暴食してただろ。この嘘つきめ!!」


「おい、立花。お前うぜぇんだよ。建前も知らねえのか」

 素でそう怒る大和田に、僕はショックを受けた。


「建前・・・・・・だったのか」

 すると二人は慌てだして、

「いや違うの。これは、その、そう、イタリアンジョーク。あれれ〜紳士には伝わる高度なボケなのにな」


「お前らどつきまわすぞ。・・・・・・はあ」


「――コホン、少なくとも私は心配してたわよ」

 そう目を伏せて言った立花。


「かあいいな。立花。そんなに僕のことが好きなのか。だがすまない。僕には心に決めた人が」


「そ、そういう意味で言ったわけじゃないって///」

 すると大和田が新しいおもちゃで遊ぶような張り切った態度で、

「え〜もしかして、三角関係? 昼ドラかな〜」

「そんなんじゃないっ、バッカじゃないの」

 ふん、と立花が唇を尖らせてそっぽを向いた。

 僕は豪快に笑った。なんて幸せなんだろう。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ダンススタジオから社長室――峰木の許へと向かう。

 ノックを三回行い、扉を開ける。

 そこには複雑な顔をしている峰木と、なぜか堺の姿があった。


「よお、大島くん」

「堺さん・・・・・・」

「今ねえ、重要な密談をしていたんだ。君も聞くといいよ」

「はあ」


「いやそれは――」

 峰木がそう躊躇する発言をした。


「いいだろ。昔のよしみじゃないか」

「は、はい」

 峰木は堺に圧倒されている。というか怯えている。

 僕は峰木の隣に座り、真っ直ぐ堺の顔面を見つめた。


「まず、本題に入る前に状況を整理しようか。大島くん、綾瀬さんの動画が”一億回”再生されたのは知っているかい」

「はあ、えっ、はあ!! だって一ヶ月前には精々三千万回だったじゃないですか。一ヶ月でさらに八千万回って・・・・・・」


「『青い薔薇』っていうアカウントは知っているかな?」

「はい。相川嶺衣奈っていう僕の同級生だった少女が運営しているものです」


「ふーん、そんな繋がりが。――でね、そのアカウントが事件が起こる前、どういう動機か分からないがあの動画のボーカルが元アイドルの綾瀬光だと触れ回っていたわけだ。そして事件が起き、重傷を負った綾瀬のことを報道するときに、皮肉にも各局があの動画を引用し、ニュース等で報じたわけだ。全く、表現の自由ってなんだろうね」

 『青い薔薇』は本来の目的は綾瀬を殺害する者を募集することだったが、逆に綾瀬の宣伝に用途されたわけか。


「どっから漏れたのか、綾瀬さんがALSを患っていることも報道されてね。掲示板は燃えたぎっているよ。その矛先は峰木さんに向かっている」

「どうしてですか?」

「彼女が病気を患った途端に、手のひら返しで辞めさせるのか、といったなんの因果関係もない誹謗中傷だよ」

 峰木は俯いている。


「峰木社長はバツは付いていないんだけど子持ちでね。えっと・・・・・・・馬場文哉の話は聞いているかい?」

「はい」

「彼はゲイだったが、真剣に峰木社長との結婚を考えていた。そのとき、大学在学中だったが、若気の至りかな、体外受精して子供を作ったんだよ。子供を作れば、二人の間に真実の愛でも宿るとでも思っていたのかな。しかし、結局は虚構だった。この人は、ゲイの彼をもてあそび、片親のいない不幸せな子供を作ったわけだ」

 僕はだんだんと侮蔑がこもり始めた堺の言葉に苛立った。

 隣の峰木を見ると肩を震わせている。必死に涙を堪えている。


「まあ、その話は置いといて、今なお再生回数の伸びている綾瀬さんの動画、十分集客能力があると上の人間が判断すれば、日本武道館は、まあ思い出作りやAKのイメージ向上のためにもやる価値はあるだろうね」

 悲恋なヒロインか。そう彼は呟いた。


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