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第27話

夕刻。太陽は瞬くような眩しさを湛えながら降りていく。

 僕は先に母を帰らせ、電車に乗って峰木の自宅へと向かっていた。


 なぜ峰木の自宅へと目指しているかというと、それは先ほどの堺の言葉に理由があった。

「峰木社長の息子は大のアイドルヲタクでね。そして彼は今仕事は和テレの報道をやっているんじゃないかな。実は綾瀬さんのALSで苦しんだり、でも頑張って歌手活動をしているところをドキュメンタリーにして放送したいって要望があってね」

 峰木は静かに首を振った。

「そんなの、綾瀬さんを金稼ぎの道具として利用しているだけじゃないですか。吉人よしとにはそんなことさせません」

 堺の口角が歪んだ。

「君ねえ、所詮芸能人なんて駒なんだから、君もそれを分かっててこの世界に足を踏み入れたんじゃないの? いつまでも売れないプロデューサで、。女には賞味期限があるんだから」

「堺さん、それどういう意味ですか」

 僕は語気を強めに訊ねた。

「あれ聞いてない? この社長、AKの事務所の専務や部長クラスの人に可愛がられていてね、この前なんか3Pやったとか――」

「いい加減にしてください!! もう、やめて、ください」


 峰木は肩を震わせ涙を流し始めた。

 僕は峰木の背中を擦ってやる。

 堺、こいつの目的は何なんだ。峰木に対する当たりの強さは少し異常だ。


「じゃあ、もう僕はここら辺でお暇しようかな。ありがとうね」

 僕の肩を数回叩き、部屋を出ていった。

「これ、ハンカチです」

「ありがとう」

 峰木は涙をそれで拭い、息をついた。

「ねえ、大島くん。家に来る?」

「え?」


 こうして峰木の自宅へと向かうことになったのだが、どこか僕は緊張していた。

 そして峰木の顔色は悪く、気分が悪そうだった。


「大丈夫ですか?」

「うん、気にしないで。ねえ――綾瀬さんのドキュメンタリー、やってあげるのはどうかな。ごめんね、返事がころころ変わって」

「あのね、綾瀬は見せもんじゃないんですよ」

「厳しいことを言うようだけど、芸能人というのは所詮、見せ物なのよ。それに、AKは絶対ドキュメンタリーをしたあとで日本武道館で歌唱をするほうが集客効果があると思っているから、アーティストには有無を言わさずやらせるつもりよ」

 僕は溜め息をついて、背もたれに体を預けた。


―――――――――――――――――――――――――――


 峰木の自宅はタワーマンションだった。

「すっごい稼いでいるんですね」

「・・・・・・うん」

 妙に歯切れの悪い返事をして、それからエレベーターへと向かった。

 最上階に着くと、608室を開けた。

 部屋の中に入ると、リビングで紅茶カップを口に付けていた男性がいた。

 そいつはこちらを睨むと、


「また枕かよ。めんどくせえな。俺がいないところでヤれよ。ラブホとかさあ」

「違うの。この人はSWORDと、綾瀬光のマネージャーをやってもらっているの」

 すると男性は立ち上がり姿勢をただした。そして軽く頭を下げ、

「すみません。失言を許してください。名刺も切らしていまして・・・・・・、あとで郵送させていただきます」

 僕は思った。いやらしい奴だな。綾瀬と関わりがあると知ったら態度をころっと変えやがって。

 僕は業界人と会ったときのために肌身離さず名刺を持ち歩いている。

 それを頭を下げながら手渡した。


「大島錆斗さん・・・・・・、まさか綾瀬光さんの恋人の」

「え? まあ、はい。――どうして知っているんですか」

「情報提供者がいまして。それは『青い薔薇』の運営者で」

 嶺衣奈のことか・・・・・・。あいつは報道局にまで情報を与えまくっていたのか。

 するとヘラヘラ笑いを溢しながら、男性は、


「今じゃあそいつはネット上では神格化ですよ。特に右翼からの絶大な信頼がありましてね。アイドルって偶像じゃないですか。俺たちの社会への圧迫感やどうにもならない諦めとか、そういうものを性的に表現している。ファンは極右というか、中二病か、いわば何者かになろうと思っているんですよね。でもそんな簡単にはなれないから”応援”という形で欲求を発散させているんですよ」

 と言った。僕はそれを聞いていて、内心なに言ってんだこいつ、と思っていた。アイドルオタクはみなこんな奴ばかりなのか。

「そんなときに現れた神、『青い薔薇』。彼女は綾瀬光を殺す勢いで掲示板で誹謗中傷や彼女の実家の住所まで晒した。そのときの彼女の口癖が、『光に審判を』だった。すっごく震えたなあ」

 峰木が、いい加減にしなさいと怒鳴った。


「綾瀬さんの彼氏が来ているのよ。少しはその妄想癖、控えたら?」

 すると一瞬だけまるでこの世の悪というものを成敗する、正義のヒーローみたいな笑みを見せた。それから粛々と僕に向かって謝った。


「オナニーはこれで終わりか?」

 僕は苛立ってそう言った。先ほどからのこいつの発言ひとつひとつが、僕の神経を逆撫でして堪らない。ぶん殴ってやろうかと思ったが、自分にその価値がないことも知っている。

「は?」

 峰木は僕の肩を叩いて、私の部屋に来て、と言った。

 それに頷いて、僕らは共に向かう。


―――――――――――――――――――――――――――


「あれが、馬場文哉と峰木社長の子供ですか」

「そう。なんか失礼な子でごめんね」

 いえいえ。僕はそう答えた。

 峰木はジャケットを脱いで、ブラウスを露わす。豊満な胸が谷間を見せる。

 僕はとっさに目線を逸らした。

「あの子、ADHDとディクレクシアを持っていてね」

「・・・・・・そんな障害を持っているのに、和テレという一流企業で働けているんですか?」

「・・・・・・あの子には言ってなかったけど、私の枕営業のお陰でね」

「ん? どういう意味ですか」

 なぜか峰木はスカートを脱ぎ始めた。

「AKは報道各局にも強い力を持っている。その専務や部長クラスと肉体関係を持つことで、息子に便宜を図ってもらうように言ってあるの」

 そしてブラウスまで脱いで、こちらに向いた。そして近づいてきて、僕の頬を触った。


「ねえ、大島くん。お願いがあるの。私の体と引き換えに綾瀬さんのドキュメンタリーを作ることに同意して」

 僕は舌打ちをして、峰木を睨み付けた。

「こんなこと、僕は求めてませんよ。・・・・・・・分かりました。ドキュメンタリー、いいですよ」

 すると峰木は苦笑して、

「ありがとう」

 と感謝を述べた。


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