僕は自分にとっての最愛の人との出会い、
というものが人との作為によって作られたということが最近になってようやっと分かった。
綾瀬が僕の印象を「変人」だと揶揄していたように。それが変わり、「恋人」と昇華されたように。
僕も、初めは綾瀬のことを住む世界が違うと
感じていた。
彼女は陽で、僕は陰。日に差した影でしかない。
僕は自宅に戻ると、旨そうな匂いがした。
「大島さん。おかえりなさい」
「綾瀬のお母さん。どうして?」
エプロンを身に付けてオムライスを作っている、綾瀬の母。
「綾瀬がつい二週間前に退院してね。本当は自宅で介護したかったんだけど、彼女の希望でここであなたと一緒にいたいっていうから」
「光のいまの状態は?」
嘆息をついて、それから手を肺に向けた。
「もう、喋ることが出来ない」
「はい?」
僕の聞き違いだろうか。ALSの進行がそれほど急速的なはずがない。
困惑を悟ったのか、母親は涙声で、
「馬場文哉に肺を刺されて呼吸困難に陥った。そのとき呼吸系統に負荷がかかりすぎて、発見されたときにはもう手遅れだった。もう自発呼吸も出来ない。管から酸素を肺に送っているの」
僕は、壁にもたれかかった。
「もう、娘を放っておいて。娘は日本武道館なんて望んでいない」
「それは分かりませんよね」
「いや、分かるの。だって私は親よ。親なら娘のことぐらい把握していて当然なの。娘の幸せは私が決める」
「ほら、それが本音だろ。光を自分のマリオネットにしたい。そうすることがあんたの目的だろ」
パチン。僕は母に頬をはたかれた。
「あんたに親の何が分かるの!!」
僕は、もう帰ってくださいと言った。そしたら、分かったわよとエプロンを脱ぎソファに置いてあったバッグを肩に掛けて外に出た。
溜め息をついて、僕は綾瀬の部屋へと向かった。
そこにいたのは、もう輝いていない綾瀬の姿だった。
酸素チューブを鼻に入れられ、すぅすぅと一定のリズムで呼吸音が聞こえる。
綾瀬の傍に立つと、彼女はこちらに目線を向けてきてそしてすうっと一筋の涙を流した。
僕は笑って、いや本当は泣きそうだった。でもそんな姿は見せたくなくて、無理して笑った。
「綾瀬。日本武道館、決まったぞ」
まだ確定ではない事実を述べた。でも、このままいけば武道館はいけるだろう。
「綾瀬のファンはな、すごいんだよ。あの動画が一億回以上再生されているんだ。君はすごい」
すると彼女の目許が緩んだ。嬉しがっているのだろう。
そして僕は彼女に口付けをした。