その日、僕は、峰木の息子の名刺を睨み付けていた。
僕の家のFAXで届けられたその名刺には、プロデューサー兼執行取締役と書かれていた。もし、峰木の枕営業のおかげで、この役が与えられているとしたら、どれだけ芸能界はどろどろしているのだろう。
「ドキュメンタリーってなんだよ」
僕は思わずそう漏れてしまう。
するとポットがプシューと音を立てて沸騰したことを伝える。僕は立ち上がり、そのポットを持ってカップヌードルにお湯を注いだ。
現在時刻、二十三時四十分。夕食後に少し小腹が空く時間だ。
僕はいつも三分ではなく七分待って、伸びた麺にラー油を数的垂らして啜るのがルーティンとなっている。
今回もそうして食べていると、インターホンが鳴った。
「誰だよ。こんな時間に」
玄関に向かい、扉を開ける。
すると目の前に立花が立っていた。
「お前、どうして?」
「ちょっと話したいことあって。入ってもいい?」
「・・・・・・別にいいけど」
立花を家に招き入れる。周囲をきょろきょろと見渡して、
「あれ、綾瀬は?」
「眠ってる。・・・・・・見るか?」
立花は一瞬困惑をしたような表情を見せたが、それでも頷いた。
綾瀬の部屋に通すと、機械的な呼吸のリズムが部屋にひしめいていた。
「どういうこと? どうして綾瀬は管に繋がれているの」
「肺を損傷したことによる、呼吸器不全。今は在宅酸素療法、HOTと呼ばれる治療を行っている」
鼻から管に繋がれ、苦しそうに目蓋を閉じている綾瀬の姿を見ては立花が目を逸らした。
「許せない。馬場文哉が。殺人を助長するようにした『青い薔薇』の運営者が」
「馬場文哉は僕らの通帳を捕り、安藤研子という少女まで殺した。たぶん強盗殺人として立件されるだろう」
「『青い薔薇』は?」
「所詮は誹謗中傷だけだからな。殺人教唆に当たるかとも思ったんだが、それで被害届を出すのはやめておこうと思ってな」
きつく立花が睨み付けてきた。瞳が揺らいでいる。それを見て驚いた。彼女がここまで他人のこと、綾瀬のことで本気で怒っているだなんて。
「お前にだから話すぞ。『青い薔薇』の運営者をSWORDに入会させようと思っている」
僕の胸ぐらを掴んできた立花。
「ふざけんなっ。たかがマネージャーごときが何様のつもりなんだよ。私は、私は・・・・・・っ」
「確かに、話の筋が通っていないことは分かっている。私情を挟んでいることも。それでも、『青い薔薇』のおかげでもしかしたら綾瀬が望んでいた夢が叶うかもしれない」
「何よそれ」
僕は立花の両肩を掴んだ。
「いいか。綾瀬の夢はSWORDを日本武道館へ行かせることだった。自分が日本武道館の
立花は驚いて、足が竦んだのか膝をついた。
衝撃を受けているのだろう。肩ががくがくと震え、目元から涙がこぼれている。
「じゃあ、綾瀬は私たちのために歌い手として活動し、呼吸器に影響を与えながらも唄って、それから馬場文哉に喋る能力を潰されたの? そんなの理不尽だよ」
そんなことを言っている立花に、僕は敢えて厳しい言葉を投げ掛けた。
「理不尽かどうかを決めるのは他でもない、綾瀬自身だ。彼女は自分を犠牲にしてでも、メンバーを想ったんだ。だからな」
僕は屈んで、立花と同じ目線になった。
「日本武道館、綾瀬と一緒に立ってくれるか? だってSWORDと綾瀬は一心同体だろ」
すると立花は泣き笑いの表情を浮かべた。
「もちろん。コーラスでも、バックダンサーでもなんでもしてやるよ。この世に綾瀬がいた証し、残してやるんだから」
僕は立花の頭を撫でてやり、
「頼んだぞ」
と言った。
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翌日。
ダンススタジオで、相川嶺衣奈は儚げな三白眼を周囲に向けていた。緊張でもしているのだろうか。
「相川嶺衣奈です。どうぞ、よろしくお願いします」
わずかな拍手。大和田や紀伊嶋といった『青い薔薇』のことをあまり深くは知らない奴が拍手をするが、立花はぎゅっと固い視線を向けていた。
「質問、いいですか」
「は、はい」
「ダンスとかボーカルの経験はあるの?」
それに相川は首を振った。
「いいえ。ありません。すみません」
質問した大和田は苦笑した。
「いや、別に謝らなくてもいいんだけどさ。実際、ダンスや歌が上手くなるのってやる気の問題だし」
「そうだよねえ。まあ、頑張ってよ」
じゃあ始めようか。そう立花が言って、新曲をスピーカーから流し始める。
ぎこちないながらも相川は三人に食いついていこうとした。
僕はそれを端から見ていて、日本武道館に間に合うだろうか、と不安になった。