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第31話

僕はスマホで今回視聴する映画の、豆知識を検索していた。


 「お待たせ」

 目線を上げると立花がくっきりメイクを施して、Yシャツにカーディガン、ネクタイにミニスカートというまるで学生デートのような格好をして立っていた。

 はっきり言って可愛かった。僕は目を丸くして思わず、


「最高だな」

 と漏れた。それを聞いていた立花はキモい、と容赦のないことを述べて、それから僕の手を取って歩きだした。


「まずさ、腹ごしらえしない?」

「おう、どこでもいいぜ」

「じゃあ近くの十円パンでも食べに行きましょうか」

「おっ、いいね」


 渋谷区のとある一角にその店はある。二人分購入して、ベンチに座る。

 十円パンを割ると中からチーズが伸びてくる。

 僕はそれを食べて租借する。なんだろうホットケーキのような生地に濃いチーズが相性ぴったりだ。たぶんこれ腹持ちもいいんじゃないのかな。


「で、今回観に行く映画はなんなのよ」

「峨朗の男っていうヤクザ映画。お前にぴったりだろ――いっ!?」

 立花が僕の足を踏んでくる。容赦がないな。

「嘘だって。青春には君しか必要ない、っていう恋愛映画だよ――うっ」

 再び足を踏んでくる。理不尽だ。


「あんた、ほんとバッカなの。なに恋人でもない女とデートするのに恋愛映画をチョイスすんのよ」

「おかしいか? そんなに文句を言うんだったら

じゃあアニメ映画でもいいぜ。前売り券買ったらいいんだからな」

「別に、恋愛映画でもいいけど・・・・・・。勘違いしないでよね」

 立花は唇を尖らせている。

「いや、勘違いする要素がゼロなんだが」

 また足を踏んづけてくる。

「あんたはいっつもいっつも一言余計なんだから」

「痛いんだよ。もうやめろって」

 それから僕たちはなぜか笑いが込み上げてきた。こんな日常、僕が送れるなんて。


 その日常の一欠片に、綾瀬がいることを僕はすっかり忘れていた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 映画を見終わった後、立花は喫煙室で煙草を吸っていた。

 僕はというと遊歩道に立ってタクシーを捕まえていた。

 数十分前。僕は立花に夕食の話をしていた。僕的にはフレンチ料理店などの静かな店で、映画の感想を言い合いたいと思っていたのだが、なぜか彼女はファミレスに行きたいと強く要望した。

 タクシーが僕の前に停まり、それに乗り込んで、

「すみません。○○町のクストまで。あと、もうしばらくしたらもう一人来るんで」

「分かりました」


 タクシーはハザードランプが付く。その数分後、立花が座席に乗り込む。

 では、もう行って下さい。そう言ってタクシーの運転手に指示を出すとゆっくりと発進した。

 クストはものの十分ほどで着いた。

 料金を支払って、車から降りた。

 店内に入ると、少し混雑していて待ち時間があるらしい。

 待合の座席に座る。すると立花が僕の手を握ってきた。

 僕は立花の顔を見る。

「この時間だけ、あんたを占領させて。もう少ししたらあんたは綾瀬の彼氏として、家での介護が待っているんだから」

 僕は強く握り返して、立花の肌の温度を感じ取った。



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