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第35話

その日、僕はAKの事務所に呼び出された。

 一帳羅のスーツを着て、赤いネクタイを締めていった。


 会議室にて、茶髪の若者が僕に資料を見せてきた。その若者はどうやら広報部らしい。


「あのドキュメンタリーのおかげで、武道館のチケットは完売。集客効果ばっちりです」

 僕は口角を歪ませながらもありがとうございます、と述べた。


「では、冬の十二月にコンサートをやりましょう」

「十二月ですか・・・・・・」

 今は九月。あと三ヶ月だ。それまでに綾瀬の命の灯火は消えないかどうか。

 すると僕のことを横目に見ていた堺が咳払いをして、


「君の心配ごとは分かるよ。綾瀬さんの命が持つかどうかだろ。実はもっと早くにコンサートするつもりだったんだが、馬場文哉の初公判が十一月でね、上の奴らが話題性のあるタイミングでやったらどうかってね」

 僕は言葉を失った。そんなAKの手前勝手な理由に翻弄されるなんて。

 すると堺が煙草に火を点けた。紫煙を吐き出し、

「じゃあ最後に、何かあるかい」


「その、舞台にはSWORDのメンバーを踊らせてください。それから綾瀬は、姿は見せません。バックライトの反射で綾瀬の車椅子のシルエットを浮かび上がらせます」

「君、マネージャーなのが勿体ないよ。演出家かプロデューサーになればいいのに」

 冗談とも本気とも覚束ない言葉を述べた。

 それに僕は半笑いを見せた。その表情の、意味など持たせずに。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 僕はAKの帰りにSWORDの事務所に寄った。

 峰木に用があったからだ。

 社長室をノックし、部屋に入る。

 峰木はこめかみを押さえてパソコンの画面を凝視していた。

「峰木社長」

「なに」

 こちらの方を一切見ずに言ってきた。


「SWORDのメンバーを全国凱旋させませんか」

 その発言で、峰木はようやっとこちらを見た。

「どういうこと?」

「綾瀬光の知名度は全国的です。しかし、SWORDがそうであるかは正直分かりません」


「綾瀬さんだけ人気が出たからいいんじゃないの。思い出作りでしょ」

「僕は、マネージャーとしてSWORDの今後を考えています。残酷な話ですか、今のままだったらSWORDは自分たちの力では一生武道館には行けません」

「君はいったいなにが言いたいの?」


「SWORDが綾瀬のおかげで今回、武道館に立てることは奇跡なんです。本当は関係しているグループ以外はあの舞台には立てない。綾瀬を脱退させたというイメージが付きまとっているSWORDにとっては恩恵を授かるのは矛盾していると」

「そう、AKの人に言われたのね」

「ええ。どうです? SWORDを全国的なグループにしませんか」

 峰木は嘆息を吐いて、それから夢のような話よね、と呟いた。


「青い薔薇と馬場さんのおかげで、SWORDにも脚光が浴びるチャンスが訪れた。これを利用しない手はないわねわ。好きにしなさい」

 峰木は儚げに目を伏せた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 まずは東京二十三区内のライブハウスを凱旋した。唄を懸命に届ける姿は、最初は少なかった応援の数を増やすことになった。

 SNSのフォロワーもどんどん増えていき、関東を制覇する頃には百万人を超えた。

 TV番組にも呼ばれることにも増え、知名度が

そうした結果に比例して大きくなった。


 そして三ヶ月間。毎日のように移動して、唄ってを繰り返す日々を行い、最後、冬の沖縄の琉球バーで凱旋を終わらせた。


―――――――――――――――――――――――――――――


「カンパーイ」

 SWORDのメンバー四人と僕はグラスを合わせた。

 ぐびぐびと旨そうにビールを飲む立花。


「ぷふぁあ。やっぱりこれだわあ」

「あんた、おっさんみたいね」

 大和田が立花を横目に見ながらそう言った。

「そんなことより、最初は全国凱旋するなんて馬鹿を話したときは、まじで殺してやろうかと思ったからね」

 紀伊嶋がつくねを租借しながらそんなことを言ってくる。

「だってお前ら、本物のアイドルになりたかっただろ」

「は?」

 小首を傾げる紀伊嶋。

「綾瀬のおかげとか、青い薔薇のせいでとか、事件のせいとか、そんなことで有名になるのって、ちょっと引っ掛かるじゃねえか。だったら、自分達の”実力”で有名になった方が、絶対に今後のことを考えるといいって」


「今後・・・・・・あんたが考える今後って何なのよ」

 大和田の言葉に、僕は一拍を置いて応えた。


「綾瀬が死んだ後の、未来の話だよ」

 場が凍りついた。


「お前らは、綾瀬を排斥した。それが良くも悪くもアンチの飯になっている。そのことを押し退けられるぐらいのファンを数を獲得しないといけなかったわけだ」

「そうだよね。絶対、綾瀬がALSで亡くなったあと、皮肉にもあのドキュメンタリーのせいで生まれたにわかアンチが私たちのことを攻撃してくる」

 立花がしみじみと言った。

 僕はこくりと頷いて、


「そうだ。だから社長に言って原始的なやり方でファンを獲得していったんだ」

「あんた、マネージャーなのが勿体ないよ。プロデューサーになれば」

 僕は、なるつもりはないよ、と述べて烏龍茶を飲み干した。



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