ロオムヘントは、この世界を五つに分けている国々の一つです。
この世界は、一つの大陸が東と西の
大陸の南に位置するロオムヘントは、大陸の赤道付近から南に国土を
ロオムヘント連邦の首都フグラスタウドは、遠く南極に広がる海に面する地域にありますが、北方から熱い空気が流れ込む夏になれば、汗ばむ日も少なくありません。
フグラスタウドは今まで貿易都市として発展してきました。首都圏から南下したところにある港湾は、世界有数の広さの砂浜の西隣にあり、
しかし、シェダフムではその中に軍艦が置かれていることが今も知られていましたが、フグラスタウド市内の住民の多くは軍艦の存在を知らず、その中に何があるかについての関心もありませんでした。
現在のフグラスタウドは、学術都市としても国内に知られるようになりました。連邦成立以前の古くから存続してきた大学を再編して
ラヘナはシェダフムの
都心から離れても首都圏内であることに変わりはなく、電気鉄道の二つの路線が通っていて、他にもラヘナにとって初めて実際に見聞きするものばかりです。ここに来るまでシェダフムの街中で生活していたラヘナであっても、鉄道の線路と踏切の危険度というのは、最初はとても近づけるものではないくらいの怖さがあったのでした。
ヂュージュの街の建物も三階建てが多く、六階建ての建物を真下から見上げたときのラヘナは「最上階は絶対住む場所じゃない」と怯えながら思っていました。ラヘナがそんな部屋に住まないで済むのも、様々な周りの助けがあったからです。
ラヘナが暮らす今の部屋はどうなのかというと、街の騒音が届かない小高い丘の住宅地にあるのです。風通しも良く、陽当たりも悪くない平屋の建物です。そこは若い家族が多い地区で、ラヘナの他にも単身の学生が多く暮らしているのでした。
ラヘナの父親が首都圏の貿易会社と商いの取り引きをしていることもあり、その
その父親は、シェダフムの港湾管理も行う企業の経営者の娘と結婚し、その経営を継いだ、元は港湾事務所の役人なのでした。かれが当時所属していた部署の行政本部がフグラスタウド市にあるので、当然ながら当時の役人の同僚、または知人などが現在も市内に住んでいるわけですから、かれらの送ってくれた物件の情報は正確でした。
ただ、長く都会で暮らしているかれらの感覚と、都会に初めて来て暮らし始める立場の人の感覚は全く異なるのです。父親と同僚らの間で互いに気にしていなかったことまでは、たとえ必要な情報だったとしても、ラヘナは事前に知っておけなかったことがあります。
今こうして街中を歩いているだけで汗が止まらなくなる環境も初めてで、ラヘナはシェダフムが
それでも、こうして故郷を思い出している場合ではありませんでした。もはや、今日は学校の入学式の直後に
ラヘナはその肩に重い鞄を掛けていて、部屋に帰ったらその中の教科書の内容に目を通す必要がありました。
それは、ラヘナが一般的な科目が
初日にもかかわらず、
過密な日程ともいえる状況です。
ラヘナは心の中で、自分に言い聞かせます。
「慌ただしさにも、いつか慣れてくるはず。今のわたしは、もう
しかし、すでにラヘナは疲れていました。
とにかく、暑すぎました。
ずり落ちそうになる鞄の帯を肩に掛け直したときに、急いだ足取りがよろめいて――歩道の縁石につまずきましたが、すぐ体勢を直します。しかし、その向きがいけませんでした。ラヘナは公衆の車や路面電車が通る専用道路に入ってしまい、後ろから来る車両に背を向けたままなのです。
接近する車両は重量のせいで速度はさほど出ないのですが、もしも、その重量が
ラヘナの忙しい気持ちが周囲の音を
……やらなきゃいけないことがたくさん。
暑い。
わたしが決めたことだから、わたしが一人でやるだけだ。
疲れた。
もっと急いで、でも、わたしは何を急げば……。
ラヘナに向かって誰か話し掛けているようですが、当人は呆然と地面を見るだけです。名前を呼ばれれば、さすがに気付くと思われますが――。
誰もここにラヘナを知る人は居ませんでした。
ラヘナの名前を呼ぶ人は、誰も居ません。
……立ち止まる暇もない、これからずっと?
あ……、今のわたし、立ち止まってる。
どうしてだっけ。
こんなことしてる場合じゃないのに。
動けない。
少し、休ませて……。
周りは誰も立ち止まらないのに?
わたしだけ……
しばらくは、もう……動きたくない。
だってここには、わたしだけなんだもの……。