入学式から一週間が経ちました。明日は、最初の休日が巡って来ます。
ラヘナだけが
今日はラヘナにとっては第一印象が良くなかった、入学式当日の授業を担当した教師が受け持つ科目で出された課題の提出期限です。
ラヘナは二階の職員室前の廊下に来ました。まだ昼休みなので、一人も生徒は居ないようです。
今から会う教師は、宿題を生徒に重ねて課すことで知れ渡っていました。そして、以前にラヘナがこの高等学校へ受験申請したときに条件を提示してきた、学校の教頭でもありました。
ラヘナは職員室の戸を半分だけ開きました。
「失礼します。課題の解答を提出に参りました。第一学年のラヘナです」
「ああ、あなたですか。ラヘナ……、スロオキオさん」
教師は自分の机の上に積み上げられた提出物に囲まれていました。いったい、幾つの科目を受け持てば、そんな高さに達するのでしょうか。ラヘナを見ているであろう、その教師の顔が見えません。まだ今学期が始まって一週間です。
ラヘナは教師が机での仕事を中断して、職員室中央で「……では、入室して構いません」と言ってから、そこへ進み入りました。この教師が決めた、生徒が入室するときの順序です。
「こちらです。よろしくお願い致します」ラヘナは教師に手渡します。
すると、受け取った教師は少し
「あなたは、そんな
「それは……、わたしの出身のイーエントという州では、
「そうでしたな。あなたはフグラレヤ州の生まれでもないのでした。忘れていましたよ――これでは済まないことですが」
この教師は、今のところはラヘナとの接点が最も多い教師です。その生徒の情報を少し
「――まあ、しかしながら、わたしが言うのもなんですが」と、教師はラヘナが渡した用紙を見ながら続けます。どうやら、やり直しを告げられることはなさそうです。
「今から言うことを書いておくなり、覚えておくことを推奨します。良いですね?」
「あ、はい――」ラヘナは携帯していた手帳を出しました。
「このロオムヘントの連邦制度『ボクウワン・ベヒテエン』の法律で、『州の境界を越える際には、所属と出身地等を示す氏名を用いる』と定められていること。以上です」教師はゆったりとした口調で言いました。
ラヘナはそれを書き取って顔を上げました。
「さて、用件はこれだけ――いえ、ついでに、あなたが受ける予定の明日の試験について伝えておきましょう」教師はラヘナの顔を見て言いました。
ラヘナは明日の試験に使用する教室と開始時刻を、正式に決定した事項として伝えられました。
「わかりました。明日もよろしくお願いします、先生」
「はい、よろしく」
「はい。用件は以上です。それでは、失礼しました」
ラヘナは職員室から退室しました。戸を閉めて
現状だけにばかり
その手帳の同じ
ラヘナは以前、国士養成学校の教師・ネヴェイニからその氏名についての決まりを聞いたことがありました。受験者が他州の出身である場合に記入する欄が、申請書に
ラヘナの家族は、父親の会社の事業に関わる『
そして、手帳の中に挟んである一通の手紙。
ラヘナが不覚にも届いていたことを知らずに、結果的に二日も放置してしまったという、恩師からの手紙。シェダフムのネヴェイニからの手紙です。それを手帳から抜き出し、ラヘナは文面を開きました。
これは最初の一文です。
きみの心と時間に余裕があるときに読んでくれることを願うが、それも
部屋の床に落ちていたこの手紙を発見した当時、この一文を見たラヘナは、読み進めるのを今まで保留していたのでした。
その続きの内容は、以下のものでした。
この手紙は、きみの貴重な時間を無駄に費やすものにならないはずだ。
シェダフムやヒエニ府どころか、イーエント州からも離れたきみは別格なのだが、それに勝るとも劣らない、冒険劇になり得る予感がする今回の卒業生たち。この話について伝えたくなったのだから、時期が悪い頃にこれが届いていても、目くじらを立てないで読んでほしい。
おそらく、いや、きっとラヘナくんの知りたかった内容も含んでいることだろう。
特に、卒業までに
(いずれもわたしが担当した生徒についてであるというのは、全く自己演出はないと言えない。先に了解を得られたい)
冒険へ挑む者は、きみの他に三人いる。
まずは、グダサくん。かれは運命の
巡って来るであろう
つまり、本来ならば辞退しても誰からも責められないはずの、国立演劇座の舞台への道を選んだのだ。
そして、ユウエリマくん。かれは信念の
自らの武器をどう使いこなせるか。
つまり、学校では生徒主導で活動をしてきたという実績を自信にし、職場であろうとも志を貫こうとしているのだ。
次に、イエドくん。かれは再起の意志を
妨害から意志を守れるか。
つまり、過去にきみも見ていたように、再び誰も成し遂げられなかったことをしようとしているのだ。
最後になるが、ラヘナくん。勇気あるきみは決意を誇りに、今は
第三国士養成学校教師 キョルド・ガオポージュ・ネヴェイニ より
手紙を読み終えたラヘナは、手帳にそれを挟んで、上着の胸元の裏にしまいました。
今は、手紙のことばかり考えていられないけど。気になる――。
そういう思いから、ラヘナは静かに鼻歌を歌い始めました。この廊下でそれが周りに聞こえるほどは、静かではなくなっていました。
午後の授業の開始が近づいていることもあって、職員室などから物音が
ラヘナ一人の鼻歌は、ほとんど打ち消されているのですが――。
……思い
ラヘナに聞き覚えがある、優しさを感じさせる歌声でした。