授業が終わり、ラヘナとエズビエナはそのまま教室に残って復習を始めました。やはり、さきほど受けたばかりの授業の復習は、すんなりと進むのでした。
エズビエナが筆記具を片付けながら言いました。
「ちゃんと授業の内容を聞いて覚えてるじゃない、ラヘナ」
「……思っていたよりも、先生の雑談が、多かったから、なのかな」
復習している
「本当に? わたしは思っていたとおり。あの先生は、別の科目でも雑談と雑学を
「――ふう」と、ラヘナは息をつきました。「とりあえず、と。何て科目だったかな、そう、『
「ラヘナ?」
「うん……」ラヘナはエズビエナの方を見ず、ただ
その顔は少し不機嫌なのか、何かを
「どうしたっていうの? どこか
「……いいえ。どうしてそんな――」ラヘナはようやくエズビエナを見ました。
二人は目が合いました。
すると、エズビエナが
「復習は、あっという
「そうね。それじゃあ……、もう少しお願いね」
ラヘナは手帳を開き、そこに≪Iedo≫(イエド)と書いてエズビエナに見せました。
「それとも――」と、ラヘナは続けました。
≪Íedo≫(ヒエド)、≪Iédo≫(イヘド)と書き並べました。
「――こうだったかしら。どう? エズビエナは」
エズビエナはそれを見て、思い出そうとしています。「それ、何か気になるの?」
「……ちょっとね」
「ふうむ、あ? さっきの、最初の
「そう、覚えてる?」
「……この〝イエド〟かな、たぶん」エズビエナは≪Iedo≫を
「やはり、そう……」ラヘナはまだ納得できかねていますが――「でも発音も、そう聞こえたし、そうなのね、エズビエナ」
「ええ、わたしもそう聞こえたから。ちょっと、辞書を借りるわ。…………むむ? どの
「はあ。なんで辞書にもない――これ、どうしたら……」
「本当だわ。不思議――でも、どうもしなくたっていいでしょう? そんなことより、明日が大事でしょう、ラヘナ」
「自分でも、分かっているつもり……」
「分かってるのなら、それについての詳しいことは
ラヘナはエズビエナの話しをよそに、その手から辞書を取り、今度は自分で調べようとします。エズビエナはそれを見て、どうしたものか――というように、辞書を取られたその手を口元に添えて考えます。
「そうだ。それに、来週にはラヘナさん、貸し出しされるものは何だったか、ご存じですね?」
「うん。そうらしいけど、何が……何だか……」ラヘナはどうにも
「ラヘナさん? その〝イエド〟を調べるって課題は出されていませんよ。授業は聞き
しばらく黙った二人は、同時に
「口では説明ができなさそうね……」エズビエナは口調を戻して言いました。
エズビエナは自分の髪を
「それなら、この
「試験を
「……それもいいけど。どのようにでもいいよ。一時的に自分自身から切り離すつもりで、捨ててみるのも、封筒に入れてみるのも、ね。ものは
ラヘナは、それを試してみて少しでも気持ちが切り換われば助かる――という思いでした。
「それは中々、良さそうな考えね」ラヘナは辞書を
すると、エズビエナの
「……そうでしょう?」
二人はそうして、いつものように「ありがとう」と「いえいえ」の
その違いに、ラヘナは思うことがありました。これまでの決まった流れを変えたいのでした。
まずは、明日の試験に合格すれば、しばらくは時間を試験の備えに取られず、自分で授業と課題をこなすようにできるのです。そうすれば今度はラヘナの
自分の部屋に帰って来たラヘナは、まずは試しにと思い、エズビエナの言ったように整理できていないことを書いてみることにしました。
どうして〝イエド〟が樹木のこと?
これは後で調べよう。
先生は、ネヴェイニ先生は知っている?
あの手紙にあった三人の今。それぞれの今。
いつか、改めて手紙を書こう。
イエド
同級生だったイエド、あれから立ち直ってくれた?
手紙で分かる限りのことだけ。
きっとそうだと信じよう。
ユウエリマさん
学校で徹底して
また男の
実際の劇場で、
グダサ
なぜだろう? 推薦を辞退しなかった。
あの実力のまま、サリ市の大きな舞台で通用する?
ここまで書いたラヘナは、記憶の
そして、大きく息を吸って「書けばいいのね、書けば……」と呟きました。
あの日のこと。
あれが起きなければ、順当だったはず。
グダサではなく、イエドのような
〝イエド〟とイエド、どういう関係なのか、
知りたい。知らないことが多い。
仕方がないこと。でも、もしも、あの日に
昔の台本さえ、見つけなければ。
わたしが
何も変わらずに済んだのかも。
もし、
ラヘナは手を
すると、その書いている内容を
ラヘナの心に、
本当は歌いたい。
ラヘナは、今は文章を書くより、声を出して歌えば、気分はきっと良くなるのです。
しかし、ラヘナはその手の紙を広げて皺を
それは、さきほどの
イエドから、その
わたしがあのときにやったことは、舞台に立つ者のすることではないのだから。
そして、冒頭の文を線で取り消して、書き加えます。
イエド
かれの
そのために、わたしはここまで来たから、
別のイエドの名前が現れたって、悩まない。
ユウエリマさん
かれだって無謀な挑戦をしているから、わたしも挑戦したい。
グダサ
あのときのことを、かれにいつか問い詰めてみないと。
なにかが変だった。あの日は特に、何だったのだろう。
それを、いつか確かめよう。
でも、過去は変わらない。これから先を変えていくんだ、わたしは。
わたしは、あれから変わった。
だから、できるはず。明日の試験も、いや、必ずやるんだ。
ラヘナは椅子の
――それを数回、繰り返しました。
そして、何かを思い立ったように、床へ手を伸ばしました。そこに置かれていた手帳を拾い上げると、ラヘナはそれからネヴェイニの手紙を抜き取るのでした。それを手にして、改めて決意を固めます。
しっかり集中して、証明試験に合格して、その報告を先生に届ける!
そう心の中で言い、ラヘナは手紙と、皺くちゃにした紙をしまおうと、机の引き出しを開けました。その中に、いくつかの
ラヘナがこの街に来てからの数日間、何度も手紙を書いて出そうとして、いくつかためらったのかもしれません。
今のラヘナに、ためらいのような気持ちは、