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第16話 運命のクジ引き

 紅白戦の日まで、リュックから何の連絡も無かったことが少し心に引っかかっていた。

 ただの幼馴染と割り切ろうとするけれど、気持ちは乱れて落ち着かない。

 これは、イライザの心理戦にしてやられたわね。


 当日「念の為に」と、執事の呼んだ馬車にアビゲイルと一緒に乗って、登校する。

 学校の周りは物々しい兵隊でいっぱいだ。


 馬車を降り、フェニックスをかついで魔法学校の校門を過ぎようとすると、その門の周囲にいるたくさんの銃と剣を携えた兵士に止められた。


「えっと、あの、私は怪しいものではなくて……」


 将校と一緒に校門に立っていた校長先生が、


「たしかに、このオーロール・モランジュは紅白戦の参加者、ホウキはその魔導具じゃ」


 と言って、私を通してくれた。

 アビゲイルはここから中に入れなかった。


「お嬢様! お怪我なさいませんよう!」


 やはりここで通せんぼを食らった見物人の中から、伸び上がるようにして私に声を送ってくれた。


「警戒が厳重なのは、アンリ王子殿下がいらっしゃるから仕方ないわね」


 アンリ殿下には、お父様に連れられて王宮に上がった時、お目にかかったことが二度ほどある。

 明るい金髪に灰色の目をした、表情の読めないお方だった。


 がらんとした渡り廊下の下を抜けて、運動場を目指す。

 紅白戦の関係者以外は立入禁止になっているらしい。


「オーリィ!」


 リュックの声に振り返る。


「オーリィ、紅白戦なんかに出て、大丈夫かい?」


 リュックが芯から驚いたような声を出す。


「ひゃい、できるだけ頑張ります……」

「そうじゃない。体調を崩して田舎へ帰ったと聞いていたから、心配していたんだ」


 まあ! 田舎には帰ったけれど、私は元気よ。


「具合が悪いのかと思って連絡もなるべく避けていたんだ」


 ああ、それで、エリゼ先生に「身体を大事に」って言付けてくれたのね。

 でも、誰がそんなウソを?


「イライザのやつ……」


 やはり。


「……どうしよう、ダンスパーティーもイライザと踊ることに決めてしまったし……君が無事だとわかっていたら……イライザの家から借金さえしていなければ……」


 リュックは頭をかきむしって悔しがっている。

 それに、借金ですって? 大丈夫なのかしら?


「オーリィ、同じ色の組になるように念じているよ。一緒に頑張ろう」

「……え……ひゃい」


 うー、まだ、この間抜けな返事のクセが直らない。


「参加者、横一列に並んで」


 飛翔学の先生の声。

 すがる思いでエリゼ先生が見えないか探したけれど、分からなかった。


 紅白戦の参加者はたった十名。 

 リュックやイライザ、ジャン、そしてイライザの友達の赤毛の子たち、十人は校舎に向かって並ぶ。

 私はフェニックスをかついだまま、列の端っこに居ることにした。


「アンリ王子殿下の御臨席!」


 ラッパが鳴り響き、校庭を良く見渡せる位置に設えられた、ひときわ高い貴賓席に、二十歳くらいの若者が座るのが見えた。絹の衣装と宝石が日の光にきらめいている。

 お供も、その周辺の特別製の椅子に座る。

 さらにその周りを十重二十重に、キランキランな近衛兵が取り囲む。


「……王子殿下よ」

「金髪がきれい」


 初めてアンリ殿下を見た生徒たちの感想が口からこぼれる。

 王子が着席し右手を上げると、楽器はピタッと静かになった。


「お言葉!」


 王子はゆっくり立ち上がった。


「魔法学校の若人わこうどたちよ。私の前で戦えることを光栄に思うが良い。成績優秀者は、我が軍に迎え入れよう」


 やっぱり、成績優秀者は、王子殿下と一緒に魔族と戦うんだわ。コウモリ魔族一匹に腰を抜かしてる私じゃ、無理、無理、無理。

 けど、良い成績をあげないと、エリゼ先生に認めてもらえないし。

 困ったわ……。


 浮かない顔の私に、


「嫌なら、田舎に引っ込んでいれば良かったのに。目障りなオーロール」


 イライザの容赦のない言葉が飛ぶ。


「私はアンリ殿下の目に留まるだけの成績を上げてやるわ。魔法使いとしてお側に仕えて……そして……」

「イライザならお妃様にだってなれるわよ」


 赤毛の子のおべっか。


 じゃあリュックはどうするのよと言い返してやりたかったけれど、紅白戦の緊張で舌が上顎うわあごに張り付いている。


 「ではクジを引いてもらう」


 校長先生は親指の先くらいの玉髄アゲートの玉を参加者に見せた。鮮やかな赤と白のコントラスト。


「赤が五に白が五じゃ」


 ザラッと無造作に革袋に入れる。


「この袋も玉髄もあらゆる魔法に反応せん。さあ、順番に手を入れて運命を選ぶのじゃ」


 真っ先に革袋に手を入れたのはイライザ。


「白よ! 白組の皆、私が勝たせてあげるわ!」


 ああ、赤にも白にもなりませんように。

 イライザと敵になるのも味方になるのも、どっちも怖い。


 クジ引きが進むに連れ、参加者は、赤と白に分かれていく。

 リュックとジャンは同じ赤組、赤毛の子はイライザと同じ白組で喜んでいる。

 私は最後に残った一個の玉を革袋の中で握りしめた。


(リュックと同じ赤ですように……)


 引く前から、最後の一個の色は決まっている。

 でも祈らずにはいられなかった。

 開いた手のひらの上には、純白の玉髄。

 私はしばらく身動きできなかった。


 イライザと同じ組。


「あらあ、オーリィ、いいじゃない。ちょうどオンボロホウキも持っていることだから、飛び回って敵の目を撹乱かくらんしてよ」


 イライザが当たり前のように指示を出す。


「……え、相手の作戦もわからないのに……」


 何かをイライザが言いかけたとき、


「静粛に。各々に玉石を渡す。互いの玉石を良く見て、運動場の石ころを間違って拾ったりしないように」


 校長先生が両手で高々と二つの玉石を掲げた。


「きれい……」


 思わず声がこぼれる。

 イライザが当然のようにこぶし大のダイヤモンドみたいな玉石を受け取った。

 紅組のはまるでルビー。


「私が持つわ。それと『複製!』」


 なるほど、そっくりさんを作って混乱させようというのね。

 だが、同じものはできなかった。

 ただの白い砂が盛り上がったと思うと、風に吹かれて散っていった。

 あらゆる魔法を受け付けない玉石。複製さえできないとは。

 これを作るための先生方の努力に驚かされる。


「仕方ないわね。私が持つから、他の皆は取られないように守ってよ」


 白組の方を見ると、固まって何か相談している。うち一人はホウキ乗りね。かついだホウキが見える。

 それに、あのリュックがいるんですもの。簡単に玉石は奪えないわ。


「準備はいいかな?」


 いよいよ始まる。私はフェニックスの柄を握りしめた。


「展開!」


 校長先生が呪文を唱えて地面を叩くと、魔法学校のただでさえ広い、差し渡し二スタディアの校庭が、三倍の広さになった。


「ここを自由に使って対戦するのじゃ。どんな魔法を使っても良い。相手の玉石を奪った方の勝ちじゃ! 始め!」


 まだ固まったままで、何もできていない私たちに、輝く剣を振りかざしたリュックが踊りかかった。


「この剣に斬られるのが嫌なら、玉石を渡せ!」


 イライザが叫ぶ。


「オーリィ!」

「ひゃい!……リュック、こっちよ」


 私はフェニックスに乗って宙に浮いた。

 リュックの剣も、この高さには届かないだろう。


「切り裂け!」


 鋭い半円状の風が、連続で私を襲う。

 そうだわ、リュックが使うのは魔法剣。


「逃げて! フェニックス」


 制服のスカートが裂けたかもしれない。

 フェニックスは空中で一回転すると、リュックの方に向き直った。


「嫌……フェニックス、逃げてって言ってるのに」

「オーリィ、ごめんよ。今だけは容赦しない。だから君も本気で!」

「……リュック」


 次の風魔法は、水の防壁を出して受け止めた。


「これならどうだ!」


 リュックの声に運動場の土がめくれて、巨人の手のように私とフェニックスをとらえようとする。


「え、ええ?」


 逃げても逃げても追って来る。しつこい! 怖い!


「フェニックス、ごめん!」


 私はフェニックスから飛び降りた。







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