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第17話 紅白戦、譲れない!

 土でできた手は、フェニックスをとらえたことで満足したように動きを止めた。握られたままのフェニックスが逃げようと暴れている。


 その間に私はイライザのところへ駆け戻った。

 彼女は背の高さほどの三重の土塁どるいを設けて、身を隠している。


「……オーリィ、まさか、あなた、リュックを倒して?」

「無理よ。代わりにフェニックスを取られちゃった」

「役立たず! あなたとフェニックスで最強のリュックを引き付けている間に赤い玉石を探させようと思ったのに!」


 みると運動場の端のほうで、赤毛の子がジャンとやり合っている。彼女の動きが鈍いのは、もうジャンの呪文にからめられ初めているからかしら。


 反対側では派手な炎が上がっている。

 二対三では不利な戦いだけれど、善戦している様子。


 イライザは地面いっぱいになにか描いていた。


「『展開!』後の運動場の地図よ」


 そして彼女の魔導具のムチを振り、


「探し物の呪文よ、私を赤い玉石のに導け!」


 小さなつむじ風が起きてイライザの絵の上を上下左右に動き回った。


「どこよ!」


 パタリと風は止んだ。

 普通なら、一点を指して回り続けるのに。


「あらゆる魔法に反応しないって……こんな基礎的な魔法も受け付けないのかしら?」

「たぶん……そうなんじゃないかしら。さっきだって、複製できなかったし」


 イライザが怖い目で私を見る。


「じゃあ良いわ。誰か捕まえてオウムの術で玉石の在り処を吐かせてやる。オーリィ! ぼんやりしないで!」


 イライザの言葉に驚いて振り返ると、飛んで来たフェニックスの柄がおでこにぶつかった。


……痛っあー。


 目から火花を飛ばした私を、土塁の外へとイライザは押し出そうとした。


「リュックの相手、任せたわよ!」

「……ひゃい」


 リュックは一番外の土塁の上に立っていた。

 私の背後にはイライザ。

 彼女をかばう形になる。


「フェニックスをおとりにして逃げるとは……。どくんだ、オーリィ、イライザに用がある」

「……ダメです」


 私はフェニックスを両手で持つと、このまま上昇するよう念じた。

 ふわり!

 しっかりとぶら下がって、


「そう、そのままリュックの横へ!」


 びっくりしているリュックに体当たりすると、彼は足元が不安定な土塁からずり落ちた。


「ごめんなさいー」


 クルリと鉄棒の逆上がりの要領で、私はフェニックスの上に上がり、腰を下ろす。


「リュック、手加減しないと言ったのはあなたの方……」

「オーリィ……」

「捕まえられるなら、捕まえてご覧なさい」


 びゅうっと風を切って、赤毛の子とジャンの対戦の方へ。


 地面を走ったのでは間に合わないリュックの声が、後ろから追い抜いて行った。


「やっぱりイライザだ! イライザが玉石を持っている。ジャン! みんな! 頼んだ」


 しまった。バレたわ。

 こうなったら、一刻も早く、赤の玉石を奪うだけ。

 こちらに陣中深く切り込んで来たリュックはたぶん持っていない。

 とすると、ジャンかしら?


「オーリィ……助けて」


 呪文が手足に絡みついて動けない赤毛の子が、私に助けを求めた。

 この子、魔法薬の提出を邪魔した子じゃなかったっけ。

 でも同じ白組だし、助けなきゃ……。


「動かないで! 逆の呪文を描いて無効化するから……」


 でも苦しいのだろう、ちっともじっとしてくれない。


 そのうちに、紅組のホウキ乗りがやって来た。


「オーロール、ホウキレースでは僕は君に負けっぱなしだったけど、魔法の対戦なら負けないよ」


 えっ、えっ、そんなことを言ってる間に、ジャンがイライザのいる土塁の方へ……。


「ごめんなさい、急ぐの」


 私は右手を相手に向けて、閃光を放った。

 少し目がくらむけど、一番害が無いはず。

 相手の動きが止まるのを見ながら、私は急旋回して土塁へ向かう。


「イライザ、用心して!」


 でも、イライザは、白組の仲間が連れてきた紅組の子を尋問するのに夢中になっている。


「赤い玉石は誰が持ってるの?」

「知らない」

しゃべれ、オウムのごとく……赤の玉石は誰に?」

「知らない」


 ああっ、もう……。

 上級生はオウムの術なんてかからないのに。 


 私はフェニックスから降りて、剣のように構えた。剣の修行なんてやったことは無い。

 でも、リュックとジャンの二人を食い止めなきゃ。


「へっぴり腰だぞ、オーリィ」

「……そうでしょうか?」


 十分に手を抜いたと分かる魔法剣の一撃を受け止め、即座に足にからもうとしたイラクサを召喚する呪文を打ち消す。


「本気を出さないでくれてありがとう」


 二人は私相手に手加減してくれているけれど、あとどれだけ食い止められるだろうか?


「二人相手は無茶だ。玉石はイライザが持ってるんだろう? 性格からしても彼女が譲るわけが無い」


 ギュッと唇を噛みしめる。せめて……。


「ジャン、あなたが玉石を持っているの? それとも他の誰か?」


 二人は顔を見合わせてニヤッと笑った。

 ダメだ。きっと紅組は私たちの一枚上を行っている。


「イライザ! もう無理……」

「待ってよ。もうすぐ聞き出せるから」

「お願い……」


 イライザの声がする。


「いい加減におっしゃい。紅組の玉石を持っているのは誰?」

「……誰も……持っていない……」


 ドサリと誰かが倒れる音。

 イライザの尋問に精神が限界に来たのだわ。


「誰も持ってないって、どういうこと!」


 相手を気絶させてしまったイライザの金切り声。


「ジャン、行け! オーリィの相手は僕がする」

「……待って」


 土塁を登るジャンの姿。


「おっと、オーリィ、こっちだ」


 火の玉が飛んできて、私の髪が焦げる嫌な匂いがした。パシャっと水をかけて、炎を消す。


「本気だぞ」

「女の子の髪を焼くなんて……ひどい」


 泣きそうな私に、リュックがひるむ。


「ごめんよ。でも、僕はアンリ王子に認められて軍に入りたい」


 土塁の中からは、言い争う声が聞こえてきた。


「……ジャン、貧乏人のくせに私に何をするの!」

「……逃げて! イライザ! ジャンの呪文は強力よ!」


「きゃあ! 何をするの!」

「軽く手を縛らせてもらうよ」

「ダメ、そのポケットは……」


 イライザの悲鳴とジャンの歓声が交錯こうさくした。


「リュック、みんな、もう良いぞ! 白の玉石は紅組が取った!」


 ジャンは、土塁の上に立ち、輝く玉石をアンリ王子に向けてかかげた。

 王子は望遠鏡を放すと侍従に渡し、パチパチとやる気のなさそうな拍手をした。


 勝敗は決まった。


「紅組の玉石はどこよ? 誰も持ってないなんてウソよね」


 イライザは納得がいかないのかしつこく食い下がっている。

 どっちの組が勝っても、採点されるのは個人なのに……。


「種明かしするよ、イライザ」


 ジャンはイライザの手に絡んだ呪文をはずし、自分たちの陣地に連れて行った。私も興味津々で着いていく。


「こうやったんだ」


 羽根ペンで地面を叩いた。

 腕ほどの長さの割れ目が運動場に走り、その中に真紅に輝く玉石が見えた。


「埋めておいたんだ。だから誰も持ってないと……うわっ」


 説明していたジャンがのけぞった。

 その胸から、玉石の赤以上に赤い鮮血が吹き出していた。



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