「……ジャン!」
私は、自分が白組だということを忘れて、ジャンに駆け寄った。彼は
「……なんてこと……」
イライザが風魔法でえぐったジャンの胸の傷は深く、ドクドクと血が流れ出している。
その血にまみれて、地面の裂け目で輝いていた紅組の玉石は濁った赤色に変色していた。
私は迷わず膝をついた。
「傷よ、ふさがれ!」
私は両手を血みどろの胸に当てて、呪文を唱えた。
回復魔法の金色の光が広がり、出血の勢いが弱まる。
「ジャン、目を開けて! 卒業パーティで私と踊るんでしょ、死んじゃダメ!」
思わず叫んでいた。
「……伯爵令嬢が、文房具屋の小せがれと踊るんですって!」
突っ立っているイライザが嘲笑した。
魔法学校の中では皆平等。
それに、身分を言うならあなただってジャンと同じ平民じゃない!
「あっ、集中……」
イライザに気を取られた一瞬、また血が流れ出す。
「先生!」
リュックが運動場の端にいる先生たちの方へ走ろうとした。
「フェニックスを使って!」
「よし、借りる!」
走るより飛んだ方がずっと早い。
「先生! 大変! ジャンが、イライザが!」
リュックも動転しているのだろう、空中から先生に叫んでいる。
「怪我人です!」
私も、声をフェニックスに託した。
「……オーリィ……油断、した……」
ジャンの青ざめた唇がつぶやいた。
「喋らないで!」
その時、誰かの影で眼の前が暗くなった。
誰かがそばに来たのだわ。
先生、先生なら早く手当を……。
「これは……」
「アンリ殿下!」
ピカピカの靴が目に入った。
ジャンの胸から流れた血を踏まないように離れたところに立っている。
「見事な回復魔法だ。これほどの重症者に」
お言葉を頂いたけれど、私はジャンの治療に専念して返事ができなかった。
「恐れながら、私の風魔法でございます」
得意げなイライザの声。
自分がどんなひどいことをしたのか分かってないの?
「そなたは?」
「イライザ・デュポンと申します。王室にも品を納めさせて頂いている、デュポン商会の……」
「なるほど、恐るべき技の
誰かがはっきり言った。
「イライザは、紅組の勝利が決まってから攻撃したんだ。反則だ」
「そうなのか?」
ああ、もう、どうでもいい。
早く先生を呼んできて。
集中力が切れそう……。
「望遠鏡で見ておりましたが、
「確かに」
見ていたの?
それならジャンを助けて!
「……試合終了の合図はございませんでした。ですから私は『どんな魔法を使っても良い』というルール通りに」
イライザがペラペラしゃべっている。
黙っていて!
「ふむ。たしかにどんな魔法を使っても良いというルールは私が要求したものだ」
え、ええ……ひどい。
王子殿下が、紅白戦のルールに介入していたの!?
いや、集中!
肉が盛り上がり、傷がふさがりますように。
「……これは……」
飛翔学の先生の声。
先生、助けて!
「これほど血が失われては、傷が
そんな!
「どきなさい、オーロール。まずはジャンを痛みから解放して……」
「先生、そんなことをしたら、気がゆるんで……」
これはお父様の教え。
気がゆるむと怪我人は生命を落とす事がある。
「落ち着きなさい、オーロール。傷はもうほとんど塞がっている」
フラッと目が回った。
魔法力を使いすぎたのと「傷が塞がっている」という先生の言葉に安心したのだ。
誰かが支えてくれている。
「イライザの反則だ」
「先生たちが見守ってくれていると信じてたのに」
赤白問わず、試合に参加した生徒たちから不満が上がる。
「落ち着きなさい。それを言うなら、紅組の勝ちとして目を離した教師一同に責任がある」
校長先生の低い声だ。ホッとして泣きたくなる。
「展開、解除!」
運動場が元の大きさに戻る勢いで、私はひっくり返ってしまった。
「オーリィ、私が代わるから安心しなさい。アンリ殿下、治療は見世物ではございません。席にお戻りを」
校長先生が、飛翔学の先生に代わった。
でも、ジャンはぐったり横たわったまま。
校長先生は、ジャンに回復魔法をかけながら、イライザを詰問する。
「白組の玉石は奪われた。すでに勝敗は決しているのに、同級生を傷つけるとは」
「だって、まだ試合終了の合図が無かったから……」
倒れたジャンを取り囲む先生たちの中から、法律学の小柄な先生が悲痛な声を上げた。
「私が作ったルールの不備です。玉石を奪った方が勝ちとは定めましたが、試合終了の合図を明確にしませんでした……申し訳ありません」
校長先生は、イライザを追い詰める。
「イライザ、それで、紅組の玉石は奪えたのかね」
「それは……」
「では、紅組の勝ちだ。白組の玉石は、リュックが先ほど、私に提出した」
ピシッとイライザのムチが宙を打つ。
半分地面に埋まった赤い玉石はピクリとも動かない。
「血まみれの石になんか触りたくなかっただけですわ!」
校長先生の声が厳しくなる。
「『ミリエル・デュランの誓』をどう解釈しているのかね? ルール、ルールというが、試合は終わったと思って気を
「……でも」
食い下がるイライザ。
校長先生の回復魔法は私なんかとケタ違いで、ジャンの全身を金色の光が覆っている。
「校長先生! ジャンを助けてください」
私は四つん
校長先生の青い目が私を見る。
「誰か、オーリィに浄化魔法をかけてやりなさい。この血まみれの姿で帰したら、屋敷が大騒動になるだろう」
「はい。オーリィ、立てますか?」
「……ひゃい」
なんとか立ち上がったけれど、膝がわらって仕方がない。
「……! エリゼ先生!」
「よく頑張ったわね。その両手をごらんなさい」
わあ! 両手どころか、制服の
エリゼ先生の魔導具、指輪の宝石が柔らかい光を放った。ポワンと私の身体じゅうが温かいものに包まれて、汚れは消えていく。
気持ちいい。
それに校長先生の言葉にも安心した。
「まずはこれで良いじゃろう。ジャンの家へ事態の連絡と魔法学校全員からの謝罪を」
ジャンの身体からも血の跡はなくなっていた。
校長先生が浄化魔法をかけたようだ。
「私が自分で伝えます」
法律学の先生。
「元はと言えば、私の不手際ですから」
「責任の追求は後じゃ。ご子息の治療は魔法学校の校長が責任を持つと伝えなさい。今夜は魔法学校の保健室で預かる。明日の卒業式にでられるまでは回復させてみせよう」
「はい」
先生の小柄な姿が、ホウキに乗って空へ舞い上がった。
校長先生は、自分で手を清めると、そっぽを向いているイライザの肩をつかんだ。
「イライザ、イライザ! こっちを向きなさい」
金髪のツインテールが揺れて、イライザは校長先生と向き合う。
「まだ悪いことをしたとは思わんのかね」
「思っていません! ルールを上手く使うのが商人の知恵ですもの。油断したジャンが悪いのよ!」
校長先生は深いため息をついた。
普段の親しみのある先生とは別人のような厳しい顔で、
「イライザ・デュポン、国王に委ねられた魔法学校の校長として命じる。そなたは今現在をもって退学じゃ。寮の私物をもって家に帰りなさい」
「えっ、そんな! 卒業式は明日なのに……」
「ジャン・ペリエにとっても、卒業式は明日なのだよ」
「法律的に、そんなことが許されているんですか!?」
「生徒を退学させる権限は校長にある」
がくっとイライザが崩れた。
その時、
「校長、待て。退学は取り消してもらおう」
アンリ王子の声が冷たく響いた。