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第19話 権力の横暴

「イライザ・デュポンを罰するのは許さない。手段を選ばぬ非情さ、それが父上や兄上の軍には欠けているのだ。ただちに命令を下す。イライザ・デュポン、そなたは魔法学校を卒業後、魔法使いとして我が軍に加われ」

「ありがたきお言葉……」

「さらに、公式の場でイライザ・ノル・デュポンを名乗ることを許す」


 イライザは制服のスカートをつまんで深くお辞儀をした。

 ザワザワと動揺が走る。


「ノル」は貴族の中でも王家と特別に親しい関係にある者に与えられる名誉呼称だ。

 私たちモランジュ家も代々「ノル」を付けていたが、お父様が周囲の反対を押し切って身分違いのお母様と結婚した時に、この呼称は剥奪はくだつされてしまった。


「アンリ殿下、それは横車を押すというものですぞ」


 校長先生が抗議する。

 当然だわ。

 イライザの残酷な不意打ちを認めるだけではなくて「ノル」を与えて褒めるなんて!


「勝ち負けが着いた後で、怒りにかられて同級生を傷つける行為を称賛なさるべきではありません」

「今は戦争中だ。それを忘れているのか?」

「誰よりも良く我々は知っております。あの襲撃の夜に、どこよりも多くの避難民を受け入れたのは、この魔法学校ですぞ。さらに、魔王の名を……」


 そこで校長先生は口ごもった。

 私はぎょっとして両手を胸の前で握り合わせる。

 魔王の名前を知ったのが私、オーロール・モランジュだということは秘密にしてある。

 魔族と魔法学校がつながっているなどというあらぬ噂から私を守るため。

 そして、私の名前が魔王ダリオンに知られていることは、怖くて誰にも打ち明けていない。


 あの田舎での夜のように、魔族が私の名前を追って来たらどうしよう。

 それで誰かが傷ついたら、それは私のせい……。


「それで? なにか戦闘に役立つ魔法でも開発したのか?」

「お言葉ですが、魔法学校は戦闘のためだけにあるのではございません」

「聞き飽きたわ」


 王子は吐き捨てる。


「従軍している魔法使いも少なくありません」

「我が軍にはおらぬ。採用に来てみれば才能のある者を退学させようとする始末」


 校長先生は、アンリ王子の言葉にひどく衝撃を受けた様子。それに王子が畳み掛ける。


「魔法学校は国家すなわち王家の支援で成り立っていることを忘れるな」

「……それは……お父上の国王陛下も同じお考えということですか?」


 アンリ王子は一瞬の沈黙のあと、


「今日の紅白戦も明日の卒業式も、自分が国王の名代みょうだいである。私の言葉は国王の言葉と思え」

「かしこまりました」


 面従腹背めんじゅうふくはい……まだ二十歳そこそこの王子と議論しても無駄だと校長先生はお考えに違いない。

 魔法学校が戦争第一になってしまうのなんて私も嫌だわ。エリゼ先生と一緒に魔法史を静かに研究したいのに。


「そこの生徒、確か、モランジュ元帥の娘だな?」


 突然、話題が飛んだので、私は飛び上がった。


「……恐れながら……父とともに殿下への拝謁の栄誉を、受けたことは、ございます」

「元帥も愚かだ。王都絶対防衛線などと仰々しい名を付けながら、あっさり魔族の侵入を許すとは」

「は……申し訳、ござい、ません」


 私は思い切り頭を下げた。

 他に何ができるだろう。


 あの夜、怖い思いをした人たちに申し訳ない。

 ごめんなさい。


「……オーリィ……居るかい?」


 弱々しいジャンの声が私を呼んだ。


「ここよ」


 校長先生が場所を空けてくれた。

 私はひざまずいてジャンの手を取った。

 氷のように冷たい。


「ダンス……無理そうだよ……」


 ケホケホと咳き込んで、口から血が垂れる。

 ポケットからハンカチを出してぬぐってあげた。


 地面が目に入る。校長先生はこの運動場を三倍に引き伸ばすほどの魔法の使い手なのに、相手が王子というだけで何も言えない。


 魔法学校の中では皆平等というけれど、それがどんなにもろいものか思い知った。


「……ジャン、でも、一緒に卒業式には出ましょう? 先生方がもっと治癒魔法をかけてくださるわ。ダンスだって、そう、動きの激しいモレスカの踊りは無理でも、メヌエットなら……」


 アンリ王子の足がいらだたしげに地面を蹴った。


「何を女々しいことを……ジャン、白組の玉石を手にしたお前が回復した日には、是非ぜひ我が軍へと思っていたが、取り消しだ」

「……それで良いです」


 イライザと赤毛の子が、一緒になってジャンの返事を笑った。


「まあ! 王族の皆様への口のきき方も知らないのね」

「それで王子様の軍に入ろうなんて、図々しいわ」


 イライザ、ノルの称号は確かに重大だけれど、貴族は日々の生き様で敬意を持たれなければいけないのよ。

 同級生を騙し討ちするなんて、恥ずかしくてできないはず。

 商人のルールとは違うルールが貴族を律しているの。それをあなたが知る日が来るかしら。


「イライザ、調子に乗るなよ」


 男爵令息のリュックの力強い牽制。


「あら、それはうちへの借金を返済してから言ってちょうだい。リュック・クリモン。私はイライザ・ノル・デュポンよ」

「……イライザ、お願いだから止めて。魔法学校の中では皆平等なのよ」

「ふん。たった今アンリ殿下に叱られた元帥の娘なんて怖くないわ」


 私は、ジャンの手が宙を探っているのに気付いた。


「これ?」


 落ちていた羽根ペンをジャンに渡す。

 彼は震える手で空中に何かを書いた。


「ひっ!」


 イライザが両手で口を押さえた。

 黒い光が、その指の間から漏れ、鉛色の呪文が、彼女の口を塞いでいる。

 呪文を読み取ると「沈黙」……瀕死のジャンが、無詠唱でイライザを黙らせたのだわ!


「……あぐあぐ」

「イライザ! 大丈夫?」

「うぐうぐ……」


 焦れば焦るほど絡みつくのがジャンの呪文。

 大見得おおみえを切った王子様の前で、イライザは真っ赤になっている。


「……まあ、おおむね皆が望んでおることじゃ」


 校長先生も他の先生方もちょっと笑い顔になりかけている。


「うぐぐぐぐぐぐっ!!」


 言葉にならない何かを叫んで、イライザは校舎の方に走っていった。

 あらまあ、王族の皆様の前を去るときには失礼にならない距離まで後ずさりしなければいけないのに!


「ジャン、よくやった!」


 リュックがアンリ王子の前なのにジャンを褒めた。


「先生、ジャンが、また気を失いそう……」


 私は気が気ではない。


「どうれ、保健室に運んでやらねば」


 校長先生の言葉に、他の先生方が力を合わせて風のクッションを作った。

 それに乗せられて、ジャンは運ばれていく。

 ただ、遠ざかる中で彼が手を振るのが見えたような気がして、少し安心した。


「これも消しておきましょう」


 エリゼ先生が言い、炎を一閃させて地面に残っていた血の跡を瞬時に消滅させた。そして半ば埋もれていた玉石を手に取った。


「赤の玉石、結局白組の手に渡ることはなかったわね」


 リュックが歓声を上げた。


「紅組の勝ちだ!」


 それに水をぶっかけるように、


「大して面白くもない」


 アンリ王子が、エリゼ先生の方に手を伸ばして、赤の玉石を渡せと手真似をする。


「貴重なものです」

「ふん、あらゆる魔法に反応しない物質か……大量に作れば戦場で使えるかもしれぬ。あるいは銃弾に加工すれば、魔法の障壁を破れる……」

「申し訳ございません、その大きさの玉石を作るために、魔法学校の教師総出で一週間かかりました。量産は難しいかと」


 アンリ王子は一瞬で興味を失ったようだ。


「量産できなければ、戦争の役には立たんな」


 放り出しそうなのを、エリゼ先生が受け取った。


「もし、来年も紅白戦をご希望なら、これを使わせていただきます。試合終了の合図も明確に」

「魔族どもが王都に押し寄せて来なければ、な」


 キッとエリゼ先生はアンリ王子をにらんだ。


「二十年前の勇者ルシアンの名誉にかけて、そんなことは許しません」


 王子はヒラヒラと手を振った。


「確か、エリゼ・フローなんとかと言ったな。魔族に名を追われるのが怖くて魔法学校に隠れているお前が何を言う」

「魔族と戦ったこともない第二王子が何をおっしゃいます」


 先生! 言葉が過ぎます!

 エリゼ先生の胸元をつかみそうになるくらい、アンリ王子は激昂げきこうしている。


「これから戦うのだ。二百人の軍勢を動員して、先日の王都奇襲の仇を討って兄に目にもの見せてやる! そのための魔法使い探しだ!」

「その魔法使いが卒業したての生徒とは、また、心強いお話ですこと!」


 見かねた校長先生が割って入った。


「エリゼ、止めなさい。これは国王陛下のご裁可さいかを受けた作戦じゃ」

「私の生徒たちを無駄には死なせません。決して!」


 先生の握りしめた拳が震えるのを、私たち生徒は黙って見守るしかなかった。













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