卒業式。
校長先生は「おめかししてご馳走を食べにおいで」とおっしゃったけれど、私はアビゲイルが用意してくれた青のドレスではなく、きちんとプレスした魔法学校の制服で出ることにした。
「まあ……青色は海の色、伯爵夫人が好まれた色ですのに」
「ごめんね、アビゲイル。でも今日はこれじゃないとダメなの」
私は、ジャンが回復することを信じていた。そして、彼は制服以上の贅沢な衣装を持っていないことも知っている。
卒業式のあとのダンスパーティーでジャンとペアを組むことを考えると、これ以外の衣装は考えられなかった。
お父様代わりの執事とお母様代わりのアビゲイルを連れて、魔法学校の講堂に向かうと、華やかに着飾った生徒や保護者が集まっていた。
卒業式後のパーティは在校生にとっても年に一度の楽しみなのだ。
ただ、今日も警戒が厳重だ。
「オーリィ!」
講堂の入り口で卒業生用のリボンを着けてもらっていると、上品なピンクの装いの同級生に声をかけられた。
「紅白戦……大変だったんですって?」
「ええ、とっても」
彼女は紅白戦を辞退している。
だから、イライザの卑怯な攻撃や重傷を負ったジャン、横暴なアンリ王子のことも、伝え聞いただけなのだろう。
「ごめんなさい。大変すぎてお話しできないわ」
「それに、卒業式に制服って……」
「制服がいけないって決まりはないわよ」
イライザが「ルール、ルール」って言うなら、私だって決まりを盾に取ってやるわ。ジャンを守るために。
「卒業生が二十一人にならなくて良かったわね」
噂はかなり細かく流れている様子。
あの場に居なかった生徒にあれこれ
「入学当時は百人ほどいた生徒なのに、卒業できるのはたったこれだけ……」
私は話題を変えた。
「ほんとにね! 私たちはよく頑張ったわ。豪雨のなか遠足に行ったり、暴徒が入り込んだり……」
「ええ、そうね」
生返事をしながら、私はジャンの姿を探す。
あれだけの怪我、校長先生は「卒業式にはでられるように」とおっしゃったけど……。
「卒業生、在校生は中へ。付き添いの方は後ろの席へ」
生態学の先生の声がした。
「卒業生、成績順に着席。首席はオーロール・モランジュ、次席はリュック・クリモン……三位、ジャン・ペリエ……」
「はい!」
ジャン!
まだ顔色は悪いけれど、しっかり歩いている彼がいる。
「心配させて、ごめん」
謝ることなんてないの!
元気になって良かった。本当に良かった。
そして、彼が着ているのは予想通り制服だ。
「オーリィ、いくらでも贅沢できるだろう君が合わせてくれるなんて」
ジャンが気付いてくれた。
「ペアは協調性が大事よ。当たり前じゃない」
「さすがだよ、見事だ」
リュックも会話に加わった。
「イライザのやつに
そう、お父様は次席。お母様が首席。二人は恋に落ちて身分違いの壁を乗り越えて結婚した。
お母様は私がまだ幼い頃天国に旅立ってしまったけれど、幸せだったに違いない。
リュックと私は……分からない。
「……お、イライザの成績、後ろから数えた方が早いじゃん」
「紅白戦の個人成績が評価に加わったのかしら?」
キラキラする髪飾りを着けた金髪のツインテールが落ち着きなく揺れて「私の席はここじゃない」とでも言いたそう。あ、違う。来賓席のアンリ王子を目で追っているのね。
「静粛に。まず、開式の辞」
飛翔学の先生の声に、講堂はしんと静まり返った
「これより、第九十二回卒業式を行う。全員起立」
アンリ王子以外全員が立ち上がった。
「国歌『王家に映えあれ』斉唱」
今までの卒業式ではオルガンの伴奏があるところ、今回は派手な音楽隊の演奏で始まった。アンリ王子の手配かもしれない。
講堂で聞くにはけたたましすぎて、歌詞がちっとも聞き取れない。
アンリ王子という人、いろいろ問題有り過ぎ。
「卒業メダル授与、及び『ミリエル・デュランの誓』からの解放」
いよいよだわ。
これまで「誓」によって制限されると同時に守られてきたけれど、それがなくなるのだわ。
校長先生が壇上に上がり、エリゼ先生が二十三個のメダルが納められた木箱を持って続き、その後を金銀で飾られたガラスの壺を持った法律学の先生が歩く。
「首席、オーロール・モランジュ」
「ひ……はい」
私は正面の階段を登った。
「オーリィ、良く頑張った。君の母上も誇らしいじゃろう」
「ありがとうございます」
メダルを受け取ったら、校長先生は壺の中の香油に指を浸し、それを私の
「『ミリエル・デュランの誓』から解放する。これまで同様、良き魔法使いでありなさい」
「はい」
「これでおしまいじゃ。足元に気をつけて階段を降りなさい」
「はい、ありがとうございます」
私は夢見心地で階段を降り、来賓席のアンリ王子にも一礼して、席に戻った。
「次席、リュック・クリモン」
「はい」
メダルの授与と解放は、滞りなく進んでいく。
「イライザ・デュポン」
返事が無かった。
「……イライザ・デュポン」
二度も呼ばれたのに返事が無い。
思わず振り返ってイライザを見ると、彼女は険悪なふくれっ面をしている。
分かった! 名誉呼称「ノル」が無いことが不満なんだわ。
「校長、ノルを着けたまえ」
来賓席からアンリ王子の声が飛ぶ。
「イライザ・デュポン。
イライザは頬を膨らませたまま、ズカズカと前へ進んだ。
「お前のように難しい生徒を上手く導けなかったことは儂の恥じゃ。これからは心を入れ替えて、良き魔法使いとして生きていきなさい」
イライザへの言葉は、卒業生全員に伝わっていた。校長先生がなにか魔法を使ったに違いない。イライザと一緒になっていじめをしていた赤毛の子がうつむいている。
その赤毛の子が最後に呼ばれ、メダルの授与と「誓」の解除の儀式は終わった。
「さて、これで君たちは卒業じゃ。魔法使いとしてはまだまだヒヨッコじゃが、世間では一人前と認めるじゃろう。百余人の中から選びぬかれた精鋭じゃから、それは当然」
大変だったわ。
私はただ魔法が好きで、お母様の手ほどきもあったからなんとかやって来れただけで……。
しかもお母様と同じ首席だなんて。
「そして、『ミリエル・デュランの誓』も解かれた。これからは闇の魔法を含め、あらゆる魔法を使うことができる。これ、そこ、魔族のコウモリを召喚しようなどと思ってはならんぞ。闇の魔法は必ずその対価を求めるものじゃ」
図星を突かれたのか、男子生徒に笑い声が起きる。
「学校を卒業したからといって
校長先生は卒業生二十三人の顔を一人ひとり見つめた。
「老いぼれの儂から言えるのはこれだけじゃ。卒業、おめでとう!」
わあああっと声が上がった。
卒業したんだという実感、「誓」から解放された自由……それが思わず声となってほとばしったのだ。
「静粛に、静粛に。騒ぐのは午後のパーティーにしなさい」
飛翔学の先生の言葉に、卒業生やその保護者は静かになった。
「続いて来賓祝辞。今年はアンリ王子殿下が直々にお言葉をくださる」
金糸で織られた上着を着て、頭には王冠にも見える帽子をかぶったアンリ王子が、壇上に立った。
「卒業、おめでとう。今年は魔族の脅威を受けた一年だった。優秀な卒業生の中から、卑劣な魔族を倒そうという若人が現れることを期待している」
王子は卒業生の席に指をさした。
「まず、イライザ・ノル・デュポン。我が軍に加われ」
イライザは立ち上がって礼をした。
私のとなりの席のリュックが手を上げた。
「僕も、参加させてください!」
「紅組の指揮官だったな」
「魔法剣を使います」
「よし、お前もだ。他に居ないか?」
先生方がざわめき、校長先生が脇の階段から壇上に登った。
声は小さくて聞こえないが、手まねを見るに「そういうことは止めて欲しい」と言っているようだ。
「紅白戦の結果も
アンリ王子の言葉はそう締めくくられた。
これまで聞いてきた来賓挨拶は、もっと和やかで、魔法学校の自主性を重んじてくれるものだったのに。
ジャンの様子も気になる。
「ジャン、気にしないで良いわ。首席の私が魔法学校に残って静かに研究を続けるんですもの」
「……でも」
「在校生代表送辞」
四年生の代表が簡単な送辞を述べた。
「卒業生代表答辞、首席、起立」
「ひゃ、はい」
心臓をバクバクさせながら、私は立ち上がった。
「校長先生ほかたくさんの立派な指導者、楽しい仲間に恵まれて有意義な学校生活を送ることができました。今後も期待に添えるよう頑張ります。ありがとうございました」
暗記していた通り、なんとかつっかえずに言えた。温かい拍手に包まれる。
「閉式の辞。これにて、第九十二回卒業式を滞りなく終了したことを宣言する。全員起立」
起立、礼。
「午後からは、パーティーじゃ。ご馳走がたんと出るから楽しみに。卒業生、緊張してペアの足を踏まぬようにな」
校長先生の言葉に、どっと笑う。
魔法学校はこうでなくちゃ!