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第3話 部長・服部長助の歳難

 部長・服部長助の歳難さいなんは、今日もどこかで彼に降りかかる……


 試合当日日曜日。

 奧府おうふ市立競技場。

 昨日に続き、よく晴れている。ここは山裾に近いため、南寄りの一定の風が吹いている。

 試合相手は、隣町から来る中学ベイスボール部。四子田よつこた町立蒼倉あおくら中学校は、県内でも早期にベイスボール部が創部された学校として有名だった。

 両校の車両がほぼ同時に駐車場に入り、試合前に早速、顔を合わせることになった。

 蒼倉中の顧問と大甕おおみかのおじいさん――の監督が握手した。

「本日はどうも。大甕さんと試合できるのも、久しぶりですね」

「ほんとに。うれしいさね――そんだ! 川村さん、どんな調子だって?」

「だいちょぶみたいですよ。ただ八五歳ですんでね、無理はしないでとご家族もおっしゃいますので、おとなしくしていただいてます」

 蒼倉の監督もおじいさんらしい。季節の変わり目で体調を崩してしまい、今日は来ていない。

 そこに大甕中の顧問も加わる。顧問は学校の車両を運転してきたが、彼の奥さんが自家用車で一年生の三名を乗せて来てくれた。

 その場では全員が揃っていなかったが、両校の車両の間で短い挨拶あいさつわされた。これは対照的な構図になった。


 まずは移動体制。大甕中は数台で、蒼倉中は大型バス一台。

 そして人員体制。大甕中はまだ半数、蒼倉中は勢揃い。

 さらに準備態勢。大甕は私服、蒼倉は全員がユニフォーム。


 大甕中の顧問が切り出す。「こうも早く試合が組めて良かった。お互いに新体制になってもないですが、どうぞよろしく」

 蒼倉中一同、一斉いっせいに「よろしく、おねがいします!」

 大甕中一同、それぞれ「よろしくおねがいしまーす」「よろしこねがしまーす」「……ねがしまーす」「ねがしまぁ……す」

 一瞬の静寂せいじゃくと、両者のあいだを吹き抜ける風。すると、一帯いったいがそそくさと準備を始める状況に変わった。

 あとで正式に集合してから挨拶は行われるのだが、ここで大甕側は歯切れが悪い空気を漂わせたのだった。風がうまく流してくれたと思いたいが。


 大甕中の部員たちが南側の球場入口へ集合していく。まだ全員ではない。

 あと数名の部員は家族の車で来ることになっている。学校の車両はなので、道具が全ては積めないからだ。昨日まで顧問は臨時の車両を手配――というより、部員の家族によろしくお願いしますの電話をかけまくった。おもに個人用の荷物を積ませてもらっているのは、広い車内空間を誇るを所有している薩田さつださんと、嶋さん。試合を家族が見に来る網越あみごし上川かみかわは、自宅から家族と同行して来る。

 早朝の学校に一旦集合してから来た部員たちのグループは、自主的に荷物を降ろしたり、道具を球場に運んだりして段取りを始めている。こういうグループは、朝からこの荷物と共に移動して来た立場上、行動しないで悪目立わるめだちするのを何となくだが避けようとしている。

 本当はあまり気が進まない。蒼倉中と比べて効率も悪い。その試合相手は、球場の中でとっくに準備し始めている。

 しかし、日比ひびだけは、こいうときにもっとも輝きをす。淡々としている本人は自覚していないが、その腕っぷしをかして荷物をどんどん運ぶ姿は周りの注目を集める。

 監督だけは「試合で活かしてくれ、試合にその輝きをはなってくれ……」と、はたからボヤいて見ている。

 部長の服部にいたっては、蒼倉の部長に声をかけたら先生だと思われるわ、その次は球場の管理室に顔を出したら顧問と間違われるわ、球場の係員から業務の話を切り出されるわで、災難だった。

 きっぱりと「ぼくは生徒です」をその都度、繰り返した服部。

 まだユニフォームに着替えていないし、そもそも学校指定の運動着というものが存在しないのだ。ましてや、服部は自前のヂャージーのセンスが顧問のそれと同じで、そして声変こえがわりも完了しているときている。初見しょけんで何歳かを正しく判断されたことは、この数年で一度もない。

 その災難――字をえれば歳難――に見舞われるたび、服部長助・一四歳は悲しくもなるだろう。それでも気持ちを切り替えて、顧問を呼びに走り出した。

 その状況との関連性がきわめて少ないが、監督は「わいの親父おやじと同じ長助だし、な」と、つぶやきながら見ている。

 そんな古風な名前の服部長助部長が助けを求めに駐車場へ行くと、残りの部員たちとその家族が到着したところだった。

 それを遠目とおめで確認した服部部長は、引き返して球場の方へ向かった。同級生の家族相手でも同じ状況におちいると分かっているからだろう。


 この球場は小規模ながらも、設備はしっかりしている。両陣のダグアウトの裏まで4段の観客席が設置されてあり、ネットもしっかり張られている。スコアボードは大きくてどこからでも確認できる。ただ、懸念材料が一つ。それも、重要な人員に関することなのだ。

 それは、この球場がほぼおじいさんたちによって今日の運営がされていることだ。平均年齢、六五歳。最高齢は七六歳だという。そのため今回の試合は、利用者が映像を録りながら試合を進行できる制度をとっている。プレイの要所で映像による判定の見直しが認められるのだ。もちろん、審判を務めるおじいさんの能力を低く見ているだけではない。このベイスボールを含む未来の各競技が、映像によってヂャッヂの正確性を担保しているのは、道理に合ったことだろう。

 その映像を記録するカメラを数台、両校が持ち合わせて各所に設置したが、ここで問題が発覚する。

 バックネット裏の観客席に設置したカメラの故障。予備の機材はない。

 服部部長は結局、数少ない一般の観客、つまりは部員の家族以外の人にカメラを持って来ているかどうかを訊き回ることになってしまった。彼は3割を大幅に超える高確率(6割6分7厘)で例の歳難に見舞われたのだった。その苦労の甲斐あって、一台のカメラを借りられた。いつの間にか球場に入って、その一部始終を監督は「打たれても気に病むな。本塁を踏ませなければ、それでええんだ……」と、思いながら見ていた。

 それはさておき、貸してくれたのは、きよみさんという、ベイスボールファンの女性。ベイスボールという競技よりは、打球そのものが好きだそうだ。打席を中心に録る必要があるというのと、本来の録りたいものとが大差ない映像になることから、快諾してくれたのだ。何なら一言でも、きよみさんに言ってみてもらうとしよう。

「いつかの試合で〝カきゅーん〟てなったんです。投球にはないよ、キョーミ」

 ――そうですか。


 さて、両校の準備も調ったところで、今日の第1試合のスターティング・オーダー。

 1番 セカンド………上川

 2番 センター………キース

 3番 ライト…………代田

 4番 レフト…………日比

 5番 サード…………薩田

 6番 ピッチャー……玉置

 7番 ファースト……網越

 8番 キャッチャー…甲田

 9番 ショート………卯佐木


 大甕の先攻。守備につく蒼倉。

 先発ピッチャーは花木はなき。背番号5。バランスの取れた右腕。三年生。

 キャッチャーは狩野かりの。背番号2。初球からの積極的なバッティングが信条。三年生。

 ファーストは小田おだ。背番号3。あまり長打を狙わない堅実なバッター。二年生。

 セカンドは瀬野せの。背番号4。ストライクゾウンを積極的に振ってくるバッター。三年生。

 ショートは風間かざま。背番号10。速球派のピッチャーで、リリーフを務めることもある。三年生。

 サードは森池もりいけ。背番号21。俊足。二年生。

 レフトは茂木もぎ。背番号19。左右への打ち分けができる技巧派。二年生。

 センターはちょう。背番号8。長打が持ち味。キャッチャーも務めることがある。二年生。

 ライトは赤見野あかみの。背番号9。俊足。強肩。三年生。


 ボールがピッチャーに渡り、上川が左のバッターボックスに立つ。球審が開始を告げ、球場にサイレンが響く。

 新ティームでの初戦が始まった。

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