気が付くと、ベッドの上にいた。
「はあ、はあ、…あれ?」
辺りを見回すが、昨日と何も変わらない拡張空間だった。
外はもう明るくなっており、鳥のさえずりが聞こえてくる。
アリスはベッドに腰掛け、深呼吸した。
「…はあー、すんごい夢見ちった」
「大丈夫か?」
「うひゃー!」
横から聞こえた声に驚き、飛び上がる。
「今、すごい声上げてたろ?変な夢でも見たのか?ん?寝汗すごいな…、体質か?待ってろ今拭くもの持ってきてやる。そのまま着替えるなよ?風邪ひくし、服が濡れる」
「え?」
夢の事を伝えようとしたが、一切覚えてなかった。。
それよりも自分の体の状態の方がはるかに気になった。
汗でびしょびしょだった、自分でも引くほどに。
「…マジか、なんじゃこれ」
汗を拭き、着替えると、テントの外へ歩き出す。
外はすっかり晴れていた。
昨日よりもゆっくり景色を眺めると、森の木々、草木の種類などからやはりここが異世界であるということを突きつけられる。
自分がいる場所、おかれている状況を再認識したアリスは、龍が物をカバンに入れていることに気づく。
「あれ?もう出発するんですか?朝ご飯は?」
「すまないな。昨日も言ったと思うが、予定が少し遅れてるんだ。今日中に着かないといけない場所まで夕方にはたどり着きたい。それには今すぐ出発するしかないんだよ。だから朝飯は歩きながらでお願いするよ。歩きながら食べられる物もちゃんと持ってる。まあ俺は少し好かないんだが」
「ふーん、そうなんだ!じゃあ早く出発しましょう!」
(すごいなこいつ、昨日の今日でもう切り替えか。助かるが、少し不安だ……)
荷物をまとめ、背中に背負う。
「準備は?」
「こっちはいつでも!」
「そうか」
二人は歩きだした。
数十分後、
「ほれ」
「ん?」
龍はポケットから小さい茶色の無地の箱をアリスに渡す。
「朝飯」
「…いやー、さすがにこれ食うのは駄目でしょー!明らかに薄い段ボールじゃん。消化できる自信ないよー?」
「……」
「…冗談でーす」
アリスが箱を開けるとビニールの袋二つが出てきた。
アリスは思い切り袋のうち一つを開けた。
「……」
日本人なら誰でも知っている食べ物三つ目、手軽に食べれてカロリーもちゃんとある、“カロリーメイト”だった。
「本当ならもっといろんな種類の奴あるんだが、持ってくるの忘れた。すまん」
アリスはカロリーメイトをかじり、水を飲みながら歩いて行った。
歩き始めて2時間くらいだろうか、アリスは龍に暇だったので質問攻めをしていた。
この世界の事、この世界の日本の事、この世界の日本がどれくらい文明が進んでいるかなど。
この世界には人間のほかにもいくつか種族がいること。もちろん魔法の事も、この世界には大きく分けて3種類の魔法が存在するということ。
“基本・基礎魔法”、“聖霊魔法”、“闇の魔法”。
また、アリスが一番驚いたのはこの世界、スマホ、もといパソコンが無いことだった。
「え!?パソコン無いの!?なんで!?スマホも無いって!?携帯や電話は?」
「電話はあるが携帯?ああ、持ち運ぶ電話だっけ?ないな。パソコンが作れない時点で携帯も作れないとか言ってたな」
アリスは驚きを隠せないでいた、というより。
『何故現代人が転生しているのに電子機器が無いのか』という疑問が生じていた。
現代っ子であるアリスにこれから携帯もスマホも、パソコンもないまま生きろというのは少々酷である。
「えーと、すみませんなんででしょう?」
「たしか、シーピーユー?だっけ?がまだ作れてないとかなんとか言ってきた気がする」
「…お、おほほほ。まじか」
『CPU(中央処理装置)』が無ければパソコンも携帯も作れない。
「日本人もうちょっとがんばれよー!」
「まあ、俺の場合、電話なぞ使わなくても無線機あるからいいんだが…ん?」
「確かに無線機はちょっとロマンあるけれども…え?」
その時だった。
道の先から、小さな人影が走って来た。
どうやら女の子のようだ。
「えーと…、お迎えですか?」
「いやー?、遅れてくるなんてたまにあるから大抵は待ってるはずなんだが。連絡もしてないし」
少女が息を切らせて、二人の元までたどり着く。その顔は涙でくしょぐしょに濡れていた。
昨日の自分と比べてしまったアリスは何故か少女から目をそらすが、龍は少女に近寄る。
「ん?
「どうしたんです?……!」
里香の手や服には赤い液体がじっとりと付着していた。
里香の反応からするにそれは絵具ではなく本物の血であることがわかる。
「どうしたんだ!これは血か!?何があった!?」
「お、おどうじゃんがあああ…、ひっく、…ウィビシにいいい、うわあああん」
里香はその場で泣き崩れる。
「ええっと……ん?ウィビシ……なんぞ?」
疑問にあふれるアリスに対し龍は驚愕という顔をしていた。
(ありえない!あそこは特別な場所…、魔法もかけていたはず!魔法が破られた?普通の獣に破られるはずがない!だが…、昨日からの異変を考えると…)
「…分かった!今すぐ向かう!アリス走るぞ!この子を担げ!俺はバックを持っているから無理だ!」
「うぇ!?ちょっと、って早!そんなスピード出るんなら、この子担いでよお!もう!里香ちゃんだっけ?おねえちゃんの後ろに乗っかって!」
「ひっく、う、うん…」
アリスは里香をおんぶしようとした。
「…よし!上げるぞ……ううん!?」
なんとか立ち上がれはしたが、一瞬で固まった。
「あ、あのー里香ちゃん?ちなみに今いくつかなあ?」
「え?えーーと、10歳…」
「そ、そっかー、お父さんは好きかな?」
「うん?うん!大好き!」
「なら、早く行ってお父さんを助けてあげようね!里香ちゃん、ちょっとだけ我慢してね!かなり揺れるから!そーい!」
「え?わっ!」
アリスは里香を担ぎながら走り始めた。
「おおおりゃああ!」
アリスは走った、ひたすらに走った。途中何度かこけそうになりながらも走った。理由はただ一つ、いや二つ。
(……一度死んだ私が言うのも変だけど、里香ちゃんのお父さんが死んだら、絶望するに決まってる。私がここに居るってことは、前の世界では死んでるってことだ。両親だってきっと泣いたはず。なら今の私が出来ることは……これ以上悲しむ人が出るのを防ぐこと!だって……私は……)
「だって私は!この世界の主人公かも知れなんだからあ!」
「びっくりしたあ!主人公って何?」
「……なんでもないよー?」
アリスは走りながら顔を真っ赤に染める。顔を覆うにも里香を担いでるので、手が使えない。
(思いっきり口に出てしまったあああ!)
「おねえちゃん顔真っ赤―!」
「あ、あははは…」
(あと、急いで追いついて、私を置いてったくそ野郎に蹴り一発入れてやる!道が分からんだろが!)
女の子を担いでいるとは思えないスピードで道を走る……里香に道を聞きながら。
すると木造の一軒家が見えてきた。
何の変哲もない普通の2階建てに屋根裏部屋ついていそうな家だ。
ただ一つ違うのは、庭に倒れた男性と、その周辺に広がる血の海だった。。
「着いたああ!そしてブレーキいいい!」
家に到着するとアリスは里香を下す。里香は母親らしき女性の元へ駆け寄る。
「おかあさああん!」
「里香!」
女性は里香を抱きしめる。
「里香、あなたが龍さんを呼んでくれたのね!偉いわ!ありがとう!」
アリスは肩で大きく呼吸している。
「ぜえ!ぜえ!ま、間に合った?」
「残念ながら、まだ分からん」
龍が答える。龍はバックから何かを取り出そうとしていた。
「さっきはよくも置いて行ってくれた…わね?…ん?…ひっ!」
龍に隠れて見えなかったが、倒れている男性の姿を目にした瞬間、アリスは後ずさった。
肩から胸にかけて、鋭利なもので切り裂かれたような傷。
深さは分からないが、大量の血が流れ出ていた。
意識は無いが、微かに呼吸している。
「…え?生きているんですよね?」
「ああ、だが、かなりまずい」
龍はバッグを探りながら続ける。
「俺も先ほど到着したが、襲われたのは恐らく数分前。傷口を見るに、ウィビシで間違いない。……こういうのもあれだが、まだ生きてるのが奇跡だよ」
「電話とかあるんでしょう?それで応援を呼べばいいじゃないですか!」
「それが出来れば苦労しない!だが繋がらないんだ。俺の無線もなぜか繋がらん!」
その時だった。
ギイイイイイ!
何処からともなく鳴き声がこだまする。
「な、なに!?」
「…ウィビシか…。また来やがったな」
龍は素早くメモと筆、墨壺を取り出し、女性に渡した。
「明日香さん!車の運転は?」
「は、はい!一応出来ますけど」
「里香を連れて、門まで車で行くんだ!そこにいる男たちにこのメモを渡せ、そうすればすぐに君たちを保護して、ここに応援が来るはずだ!裕也さんはこっちに任せろ!…なんとか最善は尽くす…」
明日香と呼ばれた女性は、龍の言葉の意味と表情ですべてを悟った。
顔を俯かせ、肩を震わせているが、すぐに顔を上げて里香の手を引いて車まで走っていく。
そして、泣きじゃくる里香を車に半ば強引に入れると、エンジンを点け走り出して行った。
アリスはその時、明日香さんの顔に一筋の涙を見た気がした。
「その…、これからどうするんですか?ってあれ?」
龍はバックの中を漁っていく、その途中で色んなものが外に放り出されていった。
男物の服、テント、女性物の服、調理道具、また服。
「あの…、もしかしてその人見捨てるんですか?」
「………」
龍は答えない。
「ほ、ほら!たとえば治癒のポーション的なものとか!」
「…そんなものはこの世界にない」
「じゃ、じゃあ回復魔法とか!」
「あるが、俺には使えない!」
「それでも!応援を待って最低限の処置を……!」
龍は立ち上がり、アリスの前に立つ。
「いいか!?お前は勘違いしている!この世界はただ魔法があるだけで、都合のいい奇跡何て起こらない!ここでウィビシに襲われたら、裕也の体さえ持っていかれる!だから俺たちは、まずウィビシを迎え撃つ!」
龍はカバンの方に歩くと中身を探し始めた。
……その時、アリスの目の前に、龍のバックから一冊の本が飛び出てきた。
「…え?」
アリスは龍を見る、龍はひたすらにカバンを漁っている。
バッグの中から自然に飛び出したようだった。
本の表紙にはアリスでも読める字でこう記されていた。
『聖霊魔導書』と……。
アリスが本を手に取ると、表紙を一枚めくる。
これは、聖霊魔法の基礎呪文が書かれたものである。
聖霊魔法には大きく分けて二種類存在する、
闇の魔法使いや闇の呪文に対抗するための『
外部的要因による傷を治癒する『
「……これだ!」
アリスは慌てて治癒魔法のページを探す。
「第一治癒魔法……違う!第二……これも違う!第三……いや、これでもない!」
裕也の傷を見つめ、さらにページをめくった。
「第四治癒魔法……これだ!えっと……詠唱長がっ!」
アリスは焦った。
しかし、悩んでいる暇はない。
アリスは本と杖を持つと、裕也のそばに座った。そして本を広げると、大きく深呼吸をする。
「よーし!待っててね裕也さん!今私が何とかしてみるから!まず長文詠唱から…」
その時だった。
大きな咆哮と共に猛獣の群れが森の中から飛び出す。
「…え?…っ!ひゃあああ!」
見た目は虎に似ているが、前足と頭には鎌のような鋭い刃。数は少なくとも十匹以上。
「あれがウィビシとかいう奴ですか!?トラだよ!腕と頭に生えてるやつのぞいたらトラだよ!トラで良いじゃん!?誰だよウィビシとか名づけたやつ!?バカじゃねえの!?」
愚痴りながらもすぐに目線を裕也に移す。
「一か八か、あの猛獣をあの男が相手している間に済ませる!」
もう一回、深呼吸しなおすと本の文章に目をやる。
「さっきはあの男にあんなこと言われたけど、私は気にしない。だって、私はこの世界に来て日が浅いんだ!私は諦めてないもんね!私はこの世界の主人公だってこと!」
杖を構える。
「ダソス ボンノ ポタモス オーウランノス オーイソス パラコロスティパーノ モウ ピネーマ パラカロ ヴォイシィステメ イ ディナミ ナ ソソ アフトゥ トゥ ラヴディ モウ」
長文詠唱を終えると杖を振りかぶった。
「お願い!成功して!いけえええ!」
杖を振りおろし詠唱する。
「イゾイフェステ《命よ癒えよ》!!!」
……。
次の瞬間。
杖の先が強烈に光りだす、すると純白の魔法陣が裕也を中心に展開し、眩い光の柱が裕也とアリスを守るかのように囲んだ。