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アリス【主人公】の転生 13

翌朝、アリスは7時に目を覚ました。


昨夜は興奮してしまい、結局11時ごろまで龍の装備品を見て過ごしていた。


龍のバッグは見た目こそ普通のサイズだが、拡張魔法によって内部の空間が広がっている。自衛隊でも採用されている技術らしく、持ち運ぶ荷物を減らしつつ、多くの武器を携行できるらしい。


しかし、アリスが驚いたのは別の点だった。


本来、自衛隊の拡張バッグには荷物の重量を軽減する魔法も施されているが、龍のバッグにはその機能がなかった。つまり、中に詰めた荷物の重さがそのまま体にのしかかるのだ。


「鍛錬の一環として、わざと重くしてる」と龍は言った。アリスはようやく、あのとき龍が自分たちを置いて行った理由を理解した。


その後、夕方から気絶していたが、魔法行使による疲労と肉体の疲労は別物らしく、気絶とは異なる穏やかな眠気に包まれ、ベッドに入って眠った。(ちなみに、このとき一悶着あったのだが割愛する。)


「ふぁあああ!やっぱりいいベッドで寝ると違うなぁ!」


大きく伸びをしながらベッドを降り、改めて寝床を見つめる。


(やっぱり高級ホテルのベッドは違うなー。って、あれ?)


隣に寝ていたはずの龍の姿がない。

「師匠ー?どこですか?朝シャワーかな?」


室内を見回すが、どこにもいない。シャワーの音もしなければ、荷物すら消えていた。


「ま、まさか弟子置いて出てった?いやいや、さすがにそれはないでしょ!」


嫌な不安が広がるなか、枕元の机に一枚のメモを見つける。


『おはよう。起こすのも悪いと思ってな。俺は下のレストランでくつろいでる。準備ができたら来るといい』


「……あっはーん、気を遣ってくれたんだ。意外に紳士なところもあるんだね」


アリスは寝巻から龍が用意した服に着替え、レストランへ向かった。



朝8時のレストランは、人がまばらだった。


「携帯もないし、どこにいるかわかんないな」


入り口から見回すが、龍の姿は見当たらない。


そのとき、レストランの受付らしき若い女性従業員が近づいてきた。


「あ、あの……えっと……」


(ん?なんだろう)


「アリス様でございますね?」

「え?あ、はい……」

「龍様がお待ちです。こちらへどうぞ」

「………」


(龍……さま!?どんだけ偉いんだよ、あの人!)


案内されるままレストランの奥へ進むと、半分テラスのような空間に出た。そこには大きなテーブルがあり、龍が新聞を読みながら座っていた。


「龍様、お連れ様がいらっしゃいました」

「ん?ああ、ありがとう」


龍は新聞を畳み、アリスに席へ座るよう促す。


「おはよう。よく眠れたか?」

「ええ、まあ……ってか龍様って呼ばれてるんだ!?」

「ああ、何度言っても直してくれんのよ。さん付けでいいって言ってるのに」


どうやら照れているのではなく、完全に諦めているらしい。


「でも、そこまで尊敬されるってすごくない?」

「まあ、この国……いや、この世界の大抵の人間より長く生きてるし、いろんなことをやってきたからな」

「具体的にどれくらい?」

「詳しくは忘れたが、ざっと四百年くらい」

「……っ!」


思いがけない数字に、アリスは息を呑んだ。


「そ、それってマジ?」

「ああ、マジだ。四百年前にある女の呪いを受けてな。それ以来、不老不死になった。体の成長も途中で止まったが、髪だけは伸びるんでな、今の長さになった」


腰まで伸びた髪を軽くかき上げる龍を見つめながら、アリスの頭にはいくつもの疑問が浮かんだ。


(新陳代謝が止まってるのに髪は伸びるの?空腹とか感じるのかな?)


と、考えていると――


「もうすぐお迎えが来る。昨日の夜から何も食べてないだろう?バイキングだから好きに食べるといい。ただ、あまり食べすぎるなよ。それと、ごはんと味噌汁もちゃんとあるぞ」


ガタッ!


「っ……!」


ごはんと味噌汁――。


この単語を聞いた瞬間、アリスの体が勝手に動いた。


「別に食べたい気持ちは分かるが、さっきも言ったぞ?時間がないんだからな?少なめにしろよ?」


龍の言葉も耳に届かない。


目の前には、ごはんと味噌汁。和食がある。それだけでアリスの理性は吹き飛んだ。


しっかり炊かれた白米、温かい味噌汁、そして焼き鮭に野菜のサラダ――。


アリスはそれらを一瞬で平らげると、湯飲みのお茶をすすり、食後の余韻に浸った。


すると、先ほどの女性従業員が再び近づいてくる。


「龍様、お迎えがご到着です」

「もうそんな時間か……ありがとう。行くぞ、アリス」

「あ、あーい……」



ロビーを抜け、玄関に出ると、アリスは思わず立ち止まった。


(……え?)


目の前に広がる光景――それはまるで昭和後期の日本だった。


昨日は気づかなかったが、ホテルのテラスで朝食を取っているときから嫌な予感はしていた。


「何してんだ?」

「……少し、悶絶してただけっす」

「は?悶絶することがあったのか?」

「いいえ!師匠には関係ないです!ほっといてください!」

「あ、はい」


そそくさと龍を追い抜き、歩き始める。


その先には、一台の高級車が止まっていた――。


高級車と一目でわかる車が停まっていた。後ろから追突されそうなほど高級なそれのそばには、ぴっちりとしたスーツを着た男が立っている。人のよさそうな雰囲気をまとった男だった。


「ご苦労様、雄二」

「いえいえ、いつものことですから」


雄二と呼ばれた男が、車の後部座席のドアを開ける。


「すまない」


師匠が乗り込んだ。


「どうぞ」

「え? あ、はい」


アリスも続く。


運転席に座った雄二は、そのまま車を発進させた。


数分後。


「いやあ、報告を聞いたときは驚きましたよ! でも、あそこは聖域だったはずでは?」

「俺にもまだ分からん。外部的な要因か、偶発的なものなのか……。初めての例だから警戒はしておく。お前も防衛省に知らせておけ。聖域はあそこだけじゃない」

「ご安心を。聖域が破られた件も、あなたの対処についても、すでに報告済みです」


雄二がふとアリスに視線を向けた。


「あなたが今回の転生者ですね?」

「え? あ…ひゃい!」

「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいですよ。私もあなたと同じ転生者ですから。十年ほど前に転生してきたので、この世界やこの国のことはそこそこ詳しいですよ。まあ、龍さんには及びませんが」

「俺を基準にするのがおかしい」

「あー、まあそうですね。龍さんはこの国……いや、この世界でも珍しい存在ですから、基準にはなりませんね」


アリスは、ずっと気になっていたことを口にする。


「あの……雄二さんでしたっけ? ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「あ、はい。その前に自己紹介が遅れましたね。私は『転生者保護協会』、通称『転保協会』の雄二と申します。まだ結婚していないので苗字はありません。よろしくお願いします」

「ああ、ええと……まあいいや、よろしくお願いします。それで、聖霊魔法ってご存じですよね? そんなに珍しいものなんですか?」


その瞬間、龍が驚いた表情でアリスを見た。


「うーん、魔法自体が珍しいというより、使える男性が少ないから特別視されているんでしょうね。なぜ急にそんな話を? まさか、ユニークスキルで使えたり?」


雄二が核心を突いてきた。だが、アリスは昨日言われた言葉を思い出す。


『お前の力は世界的に見ても貴重だ。その秘密を知る人間は、俺が選んだ信頼できる者に限る。自分から話すな』


「いえ! 私、ハリーポッターが大好きでして! いろんな魔法が使えるのかと思ったんですけど、どうやら私には使えない魔法もあるみたいで」

「ああ、なるほど。私も転生者なので、ハリーポッターは知っていますよ。ただ、映画が完結するギリギリでこっちに来たので、ラストまでは知らないんです。後から転生してきた方に教えてもらいましたが。ハリーポッター好きなら、確かに魔法を全部使いたくなりますよね。でも、聖霊魔法だけは使えないんです」

「そうなんです、残念です」


話をうまく逸らせたアリスは、龍の方を見る。龍は少し安堵したようだった。


目的地までの数時間、アリスと雄二はハリーポッターの話で盛り上がった。


時折、車窓から見える風景について、雄二が説明する。


西京駅や国会議事堂など、旧日本にあったものが、この国でも再現されていた。


都市のビル群を抜け、繁華街を離れると、車は目的地に到着した。


雄二が車を降り、後部座席のドアを開ける。


「さて、到着しましたよ」

「あ、ありがとうございます」


車を降りたアリスは、周囲を見回す。


建物の周りには木々が生い茂り、敷地は高いおしゃれな塀で囲われている。そのせいで建物全体は見えないが、屋根の造りからして木造らしい。


龍が降りると、雄二は車に戻った。


「あれ? もう帰るんですか?」

「ええ、まだ仕事が残っていますので。それでは、失礼します」


そう言うと、雄二の車は走り去っていった。


「まったく、ひやひやしたぞ」

「でも、ちゃんと秘密は漏らしませんでしたよ?」

「まあいい。行くぞ」


龍は塀に沿って入口へ歩き出す。アリスも周囲の景色を眺めながらついていく。


道中、アリスは建物の周りの植物に目を留めた。


旧日本のものと似ているが、何かが違う……単にアリスが植物を見分けられないだけかもしれないが。


「そんなにじっと見ても仕方ないだろう。いずれ気にも留めなくなるさ」

「それはそれで悲しい気がしません? なんだか元の日本を忘れていくみたいで」

「それは……お前、転生者を甘く見すぎだ。俺の感覚だが、この世界に来た転生者で旧日本を忘れたやつなんて、一人もいない」

「なんで、そう言い切れるんですか?」

「転生者は、名前や年齢を除く自分に関する情報と、個人的な思い出を失う。だが、知識は継承される。つまり、旧日本の知識や常識は今も俺たちの中にあるんだ。時々いるんだよ、この世界で生きるのに困って、旧世界の知識でなんとかするやつが。それが、旧日本を忘れていない証拠だ」

「はあ……」


話しているうちに、門にたどり着いた。


門には、大きく『菊生寮』と書かれている。


龍が門に手をかける。


「……まあ、お前もここに住めば分かるさ。この世界を楽しみにしている奴もいれば、旧日本を恋しがる奴もいる。行き過ぎた奴も、な」


ゆっくりと門が開いていく。


「だが、そんなことは今はどうでもいい。しばらくはここでの生活に慣れろ。それがすべての始まりだ。ようこそ、菊生寮へ。転生者が最初に暮らす場所だ」



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