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入学式前日 1

魔法学校の入学式前日。普通の入学生なら、すでに準備を終えて、家で新しい学校に思いを馳せたり、友達と遊んだりしているだろう。


だが、アリスは違った。数日前に転生してきたばかりで、準備などしている余裕はなかった。今から行くところだ。


転生者が準備できるのは、転生の日が決まっている段階まで。年齢や性別がわからないため、何も準備ができないのは当然だ。だから、アリスは龍の運転する車に、行先も知らずに乗っていた。


だが、その時のアリスは、別の理由で不機嫌で、車内は重い空気に包まれていた。


「……」

「なあ、いい加減その顔やめないか? そんな顔してたら運転しづらいんだが」

「その原因を作ったのは師匠でしょうに」

「いや、まあ…そうっちゃそうだが」


2時間前のこと。


「……ろ、起きろアリス」


龍の声で目を覚ますアリス。だが少し考えて、(師匠の声がする…朝か? ここはどこだ? 確か昨日は自分の部屋で寝てたはず…うん、寝心地もそれだ…なら何故師匠の声が?)


アリスは嫌な予感を抱えながら、声の方向に顔を向ける。

「起きたか? 今何時かわかる?」

「うごふ!」


もう恒例になった龍の腹へのキック。だが今回は理由がある。


「師匠…なんで女子の部屋に…しかも無断で…モラルって知ってます?」

「残念だが…知ってるよ。じゃあお前に問うが…人としての常識は知ってるか?」

「は? 何言ってるんですか、知ってるに決まってるじゃないですか」

「じゃあ今何時かわかるか?」


アリスは机の上の時計を確認した。現在時刻は8時だ。


「8時です…ん?8時?」

「そうだ…じゃあ俺は何時に玄関に来いといった?」

「…えーと8時?」


頭に拳骨を食らう。


「痛ったー!何すんですか!?」

「ちゃんと時間通りに玄関に来ていれば、希望通りお前の部屋には入らなかった!つまりモラルを言う前に、時間を守る常識を守れ」


現在、アリスは時間を守らなかったことを反省しているが、不機嫌な理由はそれだけではない。


「時間を守らなかったのは謝るけど、それとこれとは別! なんで女子の部屋に勝手に入るの!?」

「弟子だから」

「弟子だったらプライベートなしですか!? 他の女子に頼めばいいじゃないですか!? 友里さんとか! 他にも女性は寮にいるんでしょう?」

「あの時間まで寝てたのはお前だけだ。ほかの奴らは仕事先の寮にいるか、もう出勤してる。友里は普段、魔法学校の寮に住んでるんだ」

「え? なんで?」

「友里は魔法学校の寮で暮らしてる。転生者が学校に通うために必要な時だけ寮にいる。それ以外は事務員専用の寮で生活してる」

「じゃあ今日から寮は私一人だけ?」

「何言ってるんだ? 明日から魔法学校に通うお前は、学校の寮に入るんだ。菊生寮は転生者が仕事を見つけるか結婚するまでの仮住まいだが、お前は違う」

「師匠は普段どこに泊まってるんですか?」

「別に俺は結婚してないし、特殊な仕事してるから、基本的に菊生寮にいる。でも不老不死だからか、俺はベッド使わない」

「…え? どういう意味で?」

「人間として本来必要だってことは理解してるけど、どうやら俺は睡眠が必要ないらしい」


(それって人間としてどうなんだろう…って、もしかしてだけど)


「もしかして、お腹もすかないんですか?」

「ああ、残念ながら」


龍が人間を超えていることに驚きつつ、アリスは初めて会った時を思い出す。


「でも私が転生した夜、普通にご飯食べてましたよね?」

「それはな、みんなから言われるんだよ。感覚が戻った時のために食べ物の味を覚えておけって。味も匂いもわかるから」

「マジか…」

「マジだ…あ、着いた」


外の景色を見ると、中世ヨーロッパの街並みが広がっていた。


「ほ、ほほほ!すげー! これぞ異世界じゃん! ここどこ?」

「マギーロ魔法学園都市…あぶねーからやめろ!」


(なんだその某学園都市みたいな名前は…)


「ステア魔法学校を中心とした学園都市だ。学生以外にも魔法研究者や魔法道具、書物を扱う店が集まってる。魔法に必要なものなら、ここで大抵手に入る」

「へー」


アリスは興奮しているため、龍の話はほとんど耳に入っていなかった。


「街並み、だいぶ日本と違うね」

「ここは統合自治区で、日本人以外の関係者も通える。観光目的はダメだが。設計は魔法都市らしく、旧世界のハリーポッター風にしたらしい」

「さすが日本人、識人だなー!」


マギーロの中心部に到着したアリスたちは、制服を買いに行った。


入学前に注文するところ、時間がないため、サンプルを着用し、後日寸法を取って発送してもらうことになった。


「さて、午前中の大きな用事は終わったな」


(朝から揚げ物か…ちょっと重くない?)


制服の注文を終えたアリスたちは遅めの朝食を取ることにした。入った喫茶店で、龍が頼んだフィッシュアンドチップスを食べながら。


(なんでフィッシュアンドチップス? ここもハリーポッター準拠? 朝食には重いけど)


「食べられないなら残りよこせ」

「あーい」


残りを龍が平らげる。


(結局あんたが食いたいだけじゃねーか!)


「さて、残りは…教科書と杖か…」

「どうした?」

「お前…入学祝いが欲しいか?」


予想外の質問に驚くアリス。


「頭打った?」

「なんでそうなる。友里に言われたんだ、弟子なら師匠と同じものを使いたいって。入学祝いで何かあげてみたらどうだって」


(友里さんに言われたって部分は言わなければポイント高かったのに)


「じゃあ師匠が使ってる時計!」

「無理」


即答される。


「なんで? そんなに大切なもの?例えば師匠の師匠からもらったとか?」

「俺の師匠は400年前に死んでる。そんな昔に時計なんてあると思うか?」

「いや、無いか。じゃあなんで?」

「これはずいぶん前に帝から頂いたものだから」

「帝?」


アリスには聞き慣れない言葉だ。


「ん? ああ、そうか。お前らの時代では違うんだったか。天皇陛下かな」

「おう、なるほど」


(おっとー、これは予想外)


「じゃあ駄目だわ」


(確かに旧日本でも、もし私が天皇陛下から何かもらったら、家族でも友人でもあげる気しないわ)


「時計が欲しいのか? なら懐中時計でいいか。じゃあ買って来よう。その間、買い物頼めるか?」

「なんでも!」


龍が指さした先の本屋を見るアリス。


「あの本屋が何か?」

「ここでお前の学校の教科書を買ってこい。この袋を持っていくといい。それと…」


小さな紙を2枚出すと、何かを書き込む。


(筆で書くのか…)


「何を買うか分からんだろうから、店員に渡せば必要な物を揃えてくれるはずだ。それと、もう一枚の紙には杖を買う場所とその品目が書いてあるから、そっちも一緒に買ってきてくれ。いずれ友人と一緒に買い物するだろうし、その訓練だ。分かるな?」

「大丈夫です!」

「そうか。じゃあ行ってくる。あ、もう一つ言い忘れた。杖を買ったからってすぐに使うなよ。魔法学校の生徒以外の未成年が保護者の同意なしで魔法を使うと法律違反で補導されるからな」


(危ない、今言ってくれてよかった!使う気満々だった)


龍を見送った後、アリスは教科書を買いに本屋へ向かった。


『菊乃屋書店』


(何も言うまい…)


店内は外観と異なり、天井まで本が並び、どことなく異国の雰囲気が漂っている(異世界だから当然だ)。


(店名適当だな、日本っぽい名前にすればいいと思ったのか)


「何かお探しですか?」


店員らしき女性が声をかけてきた。


「えっと、明日からステア魔法学校に通うので教科書を買いに来ました。これがリストです」 「あ、明日!?もしかして識人の方ですか?」

「ええ、まあ」


(これだけで分かるのか…)


入学式直前に教科書を揃えに来るのは、転生者ぐらいだ。


「分かるんですか?」

「もちろん!新入生は大体2〜3週間前に買いに来るから」

「なるほど」

「じゃあ、リストを拝見しますね…ん?」


女性がリストを見ると、顔が険しくなる。


「あの…どうかしましたか?」


アリスは不安になりながらも、紙が間違っていないことを確認する。

「えーと、これ、何語ですか?」

「え?」


アリスも紙を確認する。


「あ、なるほど」


紙には日本語が書かれているはずだが、まるで古文のような字が崩れている。


(確かに読めん、これ旧日本語でも読める人少ないんじゃないか…あの人、普段からこんな字を書くのか?)


「どうかしましたか?」


いつの間にか現れた老人、店主と思われる人が声をかける。


「あ、店長」

「この子、識人で明日からステア魔法学校に通うらしいんですが、教科書のリストが読めなくて…」

「どれどれ」


店長がリストを見て、目を見開く。

「君、これ龍さんが書いたんじゃないか?」

「え?はい、そうです」

「そうか、なぜ龍さんが君にこれを?」

「何故って…私があの人の弟子になったから?」


その瞬間、場が静まり返る。


「本当かい?でも、この文字は確かに龍さんのものだ」

「あの…師匠が弟子を取るのはそんなに変ですか?」

「変だよ!あの人は400年間一度も弟子を取ったことがないし、弟子らしき人も見たことがないんだ。周りからはもう隠居しろって言われるくらいに」


(ああ、なるほど…)


アリスは納得したが、龍の弟子という言葉に周囲の視線が刺さる。


「おっと、失礼。リストに書かれているものを持ってくるから、袋は持ってきてるか?」

「ええ、師匠から渡された袋ならここに」


袋を渡すと、店長は頷きながら奥へ消える。

「ちゃんと魔法がかかってるな。じゃあ、袋に詰めてくるから、店内を自由に見て回るといいよ。魔法に関する本がたくさんあるから、面白いよ」

「ありがとうございます」


店長が去ると、アリスは一人で店内を歩きながら考える。


(自由に見て回れと言われても、種類がありすぎて逆に悩むな)


「ねえ!あなた、本当に龍さんの弟子なの?」


突然、背後から声がかかる。女の子の声だろう。


(これは…ラノベ的にもハリーポッター的にも仲間フラグ…だが、どっちだ?ロンか?ハーマイオニー?それとも…マルフォイか?)


アリスは決心して振り返った。



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