「…」
(これが魔法学校とな?)
翌日、アリスはマギーロ魔法学園都市のステア魔法学校へとつながる橋の入り口に立っていた…がアリスは目の前にそびえたつ学校の姿に肩を落としかけていた。
異世界なのだから、識人が学校建設にかかわっていたのだろう…ならばハリーポッターのホグワーツみたいなものを予想していた、のだがステアの姿は旧日本の高校校舎の姿そのものだった。
記憶が存在しないアリスですら校舎の形が旧日本のものと一致することが分かるレベルだ。
「…お゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛!」
もはや声にならない嗚咽が出てくるアリス、頭を抱えてしゃがみ込む。
(いやいやいやいや!がんばれよ識人!店名を変える権力あんだろ?なら校舎のデザインぐらいハリーっぽくしろよおおお!)
「何してんのお前」
アリスの荷物を持った龍があきれ顔でしゃがんでいるアリスを見下ろす。
「いやだって!もっと魔法学校だよ!?もっと洋風の…ドイツらへんの古城を期待していたのにいいい!」
「洋風?ドイツ?古城?まあ分からんが、お前は今日にいたるまで何を見てたんだよ。ほら上を見てみろ、十分魔法じゃないか」
アリスが見上げるとアリスと同じ新入生か保護者なのかは分からないが、箒に乗った人たちが次々とステアに入っていく。ここだけ見れば十分ファンタジーではあるが、それでも校舎の存在でアリスのテンションが上がることは無い。
「そういう問題じゃねえよ…って師匠!?」
不満を漏らすアリスを横目に龍はステアに向かっていく。
慌ててアリスも龍についていく…その時だった。
橋の入り口に入った瞬間、結界?または空気の幕のようなものを感じたのだ。アリスはその瞬間、違和感で眼をつむってしまい振り返る。目の前には何もなかったが、確かに僅かではあったが空気の抵抗のようなものを感じた。
(え?今の何?)
「お前はこれでもがっかりするか?」
「へ?…っ!はああ!?」
龍の声で振り返るアリスは目の前の光景に目を見開き驚愕した。
橋を渡り始める前と後で校舎の姿ががらりと変わったのだ。
橋を渡り始める前は旧日本の高校校舎であったのに、今はもうアリスも知っているある建造物に似ていた…ディズニーランドのシンデレラ城だ。
といってもアリスは城に詳しいわけではなかったので、ホグワーズ城にも見える。それでもアリスが望んでいた魔法学校の姿だ。
「そんなに嬉しいか?」
「そりゃあもう!でもなんでこんなことを?」
「さあ?理由としては敷地が足りなくても空間を魔法で作っちゃえば解決するのが一つ、校舎の姿に関しては識人の趣味、結界の外と内で姿が違うのはある意味サプライズだそうだが、俺はそこら辺に関わってないから知らん」
(まあ師匠が関わったら確実に古臭いお城みたいになるし…まあそっちも面白そうだけど、でも魔法と言えばホグワーズ城!これを求めてたよ)
アリスは龍と一緒に校舎に向かっていく。しかし、アリスの視線は最早四方八方に泳ぐ。
次々と学校の結界の中に箒で入ってくる魔法使い、それらは総じて一か所に降りてく、降りる所が決まっているのだろう。
また校舎を見るのに夢中になっていたが何故だかローブを着た新入生や保護者のようなアリスと同じように橋を渡ってくる人々は総じて龍とアリスに視線を送っていたのだ。
「師匠、さっきから結構見られているような気がするんですけど」
「そりゃあ、俺が人を連れてこんなところに来るなんてめったどころかありえないことだからな、連れがいたとしても自衛官や外交官、あとは他国の要人ぐらいだ。あちらからしてみればオブザーバーが良く分からない女の子を学校に連れてきたっていう扱いだろうしな」
(あんたそんなにいつもぼっちなん?)
校舎の入り口に着く、普段は大きな門があるであろう場所は大きく解放されており、学校の職員と思える人たちがローブを着た新入生の胸元に花をつけている。
「あ!アリスちゃん!こっちこっち!」
聞き覚えがある声…友里の声を聴いたアリスは顔を向ける。
友里は他の職員に混ざるようにして椅子に座っていた。と言っても一番端っこだったが。
「ちゃんと起きれたんだね!えらいえらい」
友里はアリスの頭をなでる。顔が笑顔で歪む。
(えへへ、友里さんの手きもちぃぃ!)
「友里さんも受付なんですね」
「いや?普段は完全に裏方だよ?識人の入学生とか年齢的に編入できる場合のみ識人専門の事務として働いてるんだ。普段は学校の書類等を転生局とかに送ったりかな、あとは基本に寮の管理人してる」
「へー、因みになんですけど私のクラスってどうなんですかね?」
「ステアはね4組まであって、一年次に決まったクラスは卒業するまで同じ。花組、鳥組、風組、そして月組ね。入学式に新入生が広間に集まるけどそこで一人ひとりに所属クラスが言い渡されるって感じね」
(花鳥風月か)
「あ、因みにだけど月組にアリスちゃんが行くことは無いよ」
「え?なんでですか?」
「月組は特殊でね、名家出身の生徒しか行けないし名家と一般生徒を分けるために作られた組だからね」
(あれ?となるとさちとこうは月組になるのでは?まあクラスが違うだけで授業は同じになるかもだしそこは何とかなるかな)
アリスは他の新入生と一緒に広間へ集まっていた。そこでもやはり視線が気になるアリスである。
「ねえねえあの子って…」
「そうそう、さっき龍様と一緒に居た子よ!」
「どういう関係なのかしら」
(聞こえてるんだよなあ)
しかしアリスはそれよりも別に意識が向いた。それは新入生と思わしき生徒がすでに席に座っているのだ。そして集団の前にある旗には大きく月と書かれている。
(ああ、なるほど名家出身の生徒は振り分ける必要が無いからすでに着席してんのね。だから友里さんは月組になることは無いと)
気が付くと座っている集団の最後列にさちとこうが座っているのが見えた。しかし二人とも居場所が悪いかのように首を垂れている。周りの名家の生徒は薄ら笑いを浮かべながらその様子を見ている。
(没落した名家…と言うのは本当みたいだね。過去の大罪により没落した名家、他の名家からはあのような扱いを受けるのか…くっそ、今のあたしじゃあ何もできないのがはがゆいよ)
「しずかに」
唐突に壇上へ上がった女性が拡声器で話し始める。それを合図に広間に居た生徒保護者を含めて一気に静かになる。
「よろしい、ではこれよりステア魔法学校入学式を執り行う。まず君たちはステア魔法学校の入学試験を見事合格した、それをここで祝福する。そしてその試験結果によりクラス分けが終了したことをここで報告する。なお今から順番に名前を呼ぶので迅速に前にいる職員からクラスが書かれた紙を受け取りそのクラスの席へ移動すること、なお一度決定したクラスは卒業までいかなる理由があろうと変更は不可であることを覚えておくこと」
(あり?あたしそんな試験受けた覚えがないぞい?識人が特別なだけ?)
「それと…まあ本来は名簿通りの名前なのだが、今回は特別に…君たちに識人が新入生として一緒に入学することになった。識人…アリス!迅速に紙を受け取ること」
識人…そしてアリスという名前が声高々に叫ばれた瞬間名家を除く新入生の視線が私に向く。龍と一緒にいたということで私が識人だという予想が立っていたんだろう。
(おおお!ちょー見られてるー!やりずれー!でも早くいかないと)
アリスは足早に、壇上の前にいる職員に向かって歩いていく。職員から紙を渡されると奪い取るかのように素早く手に取り中身を見る。書かれていたのは『花』という文字だけ。
それを確認すると、駆け足気味に花組の席へ座る。…がまだ視線はアリスに集まっていた、それどころか横にいる教職員までアリスに視線を送る始末である。ここで初めてアリスはこの世界における識人の存在がどのようなものか分かりだした。
「…うむ早いのは良いことだ、それでは今から通常のクラス分け…ん?」
(ん?)
突然、壇上に一人の男性が女性のもとに歩いて行った。50代後半といったところだろうか。女性に何か紙を渡す。
「なんです?は?…良いんですね?本当に?…分かりました」
「…?」
(えーと何が起きてるんです?)
「ええ、ただいまクラスについて変更事項が出てきた。本来はありえないが、まだ諸君一年のクラス分けが完了していないこと、それを考慮した結果の特別措置なので異論等は一切認めない」
恐らく学校が始まってのはじめてのことなのだろう、新入生どころか教職員までざわめいている。
「静かに」
だが、この一声で場がまた静寂に戻る。
「月組…霞、さち!こう!ただいまより君たち二人は月組から花組へ変更だ」
「え?」
恐らくこの場で驚いたのはアリスもだが、何より一番驚いたのは当事者のさちとこうであろう、アリスが二人を見ると目を見開いてる。
そして異論を上げたのは教師陣ではなく名家出身の新入生だった。
「すみません!その変更は私たちとしては受け入れることはできません!彼女はれっきとした名家出身!本来名家の人間が月組以外に行くなどあっては…」
「それが…どうした?」
壇上に居る女性は声のトーンを一段階下げた。
「ひっ!」
その威勢にびびったのか反論した生徒は体を硬直させる。
「先ほども言ったが、これは学校側の決定であり特別措置であると。それにこうも言ったな異論等は一切認めないと…まあ学校の生徒ならまだ異論等は認めよう、異論だけならな。それでも覆る保証はないが。だが、君たちは入学式が終わるまではまだステアの生徒では無い、入学式が終了して初めてステアの生徒になるのだ。ほかに何かあるか?」
ある意味脅しだったが、教職員含めてそれを問題視しようとしなかった。
「いえ、ないです」
「なら座り給え」
生徒が静かに着席する。
「さち、こう」
「は、はい!」
今度はさちとこうが呼ばれた。二人が勢いよく立ち上がる…が二人とも体が震えていた。
「何度も言うがこれは学校側の決定だ、速やかに花組へ移ること」
「は、はい」
二人は手をつなぎながら、ゆっくりとアリスのいる花組へ移動する。二人ともうつむいているため、皆からは表情が見えなかった。
しかし、アリスだけは違った。アリスだけは二人の表情が良く見えた、二人はこの場で起きたことについてまだ頭が付いてきてないようではあったが、たった一つの事実…月組から離れアリスのいる花組に入れるという事実だけで表情はまだこわばっていたが内心は非常にうれしそうだとアリスには捉えられた。
「あ、アリスちゃん!」
「アリス―!」
二人とも嬉しさのあまりアリスに抱きつこうとするが、アリス自身がそれを制止する。
「あ、アリスちゃん?」
「うれしいのは分かるけど。入学式終わるまで我慢…ね?」
「「うん!」」
その様子を見ていた女性はため息をこぼし拡声器を握る。
「…ではこれより通常のクラス分けを行う。名簿の名前を呼ぶので呼ばれたものは前に行くこと。では…」
識人の入学…前代未聞の新入生のクラス変更など一悶着があったが、その後は通常のクラス分けに移行した。
長いクラス分けが終わり新入生が全員席に着いた後、先ほど女性の先生に紙を渡していた男性が壇上に登る、そして杖を手に取りマイクのように口の前へもっていく。
「皆さん、ご入学おめでとうございます」
(ふぁっ!杖ってあんな使い方もできんの?すげー!)
まるで杖が拡声器…マイクになったかのように男性教師の声を大きくする。
「私は校長の八重樫と言います。よろしくね!」
(ずいぶん軽い…いやフレンドリー?な校長なのか?超笑顔だし)
「本来は拡声器使った方が良いんだろうけどね、私機械苦手でね。それに私魔法学校の校長だし、こういうのはちゃんと魔法使った方が面白いじゃん?だから許してね!」
(いや、機械苦手な年寄りが使う言葉じゃねえだろ)
言葉に出せる状況ではないので心の中でツッコミを入れるアリス、それをよそに校長は話を続ける。
「いやー、先ほどは皆さんにご迷惑を掛けましたね!昨日までの会議でクラス分けはほとんど決まってたんだけどねえ、ついさっきだよ正式に決定したの。それまでクラス分けは暫定だったからねえ、変更というより暫定からの正式決定という流れだから許してねお二人さん」
校長がさちとこうを見て少し微笑む、アリスは横目で月組を見るがやはり納得はできてない様子だった。
「先ほどの柏木先生の話もあったようにクラス分けが決定すると、卒業するまで変更は無いからね?異論等も認めない方針だからそこは納得できなくても無理にでも納得するようにいいね?」
今度は月組に向かってだろう、笑顔だったがその声色は先ほどの先生と同じように脅しに似たものだった。
(あの女性の先生柏木って名前なのか、ちょっと怖いから担任じゃないといいなあ…ああ、これフラグかなあ)
「じゃあ今度は真面目に入学式の挨拶するから静かに聞いてね?」
(今までの挨拶じゃなかったんかい!)
校長が今度は台本通りともいえる挨拶を始めた…のは良いのだが台本通り過ぎて中身が入ってこず、アリスは虚空のかなたを見つめていた。
「では次に生徒会長の挨拶です」
(…んあ!?いつの間に校長の挨拶終わった!?何も聞いてねえ!)
壇上に歩いていくのはローブを被った男子生徒。壇上に登りしゃべった先ほどの二人と少し違うとすれば、壇上に向かう途中さちとこうを睨みつけたことだろうか。アリスの横にいる二人はその視線にびくついた。
(…?なんのこっちゃ?)
隣にいる二人に話を聞こうとしても、静寂で満ちている入学式で声を出そうと思えず。黙るしかなかった。
しかし当の本人は何事もなかったように校長と同じように壇上に立つと杖を取り出ししゃべり始めた。
しかしこれもまた台本通りの挨拶…アリスの視線はまたもや虚空のかなたへ飛んで行く。