「みんな席に着いたな?ではこれより花組一年オリエンテーションを開始する」
アリスたちは柏木先生と一緒に他の生徒が待つ教室に着くと、用意されていた封筒を受け取ると席に着いた。アリスたちは最後の入室だったため一番後ろの席だったが、柏木先生から1センチでも遠くに座りたかったアリスにとってはありがたかった。
しかし、アリスは気づいた。さちとこうが封筒を持ってなかったのだ。
(あり?さちとこう…封筒もってない…なんで?)
「皆封筒は受け取ったな?それでは…なんだ?アリス」
名家で花組に移ったさちとこうが初っ端から花組で目立つことを良しとしなかったアリスは二人の代わりに手を上げる。
「さち…霞さん二人が封筒を受け取ってません」
柏木先生が名簿を確認する…とともに溜息をこぼす。
「忘れてた…生徒側が未経験なように教師陣側も未経験すぎて色々間に合ってないんだよ…うん?」
柏木先生が右手で頭を掻く、すると教室にもう一人の先生らしき男が入ってくる。そしてその人は二つの封筒を持っていた。
「ああ、根本先生…今からそちらにお伺いしようかと思っていたところですよ」
根本先生は薄く笑いながら二つの封筒を差し出す。
「まあ本来ならそうなんですが、今回は事が事なので」
根本先生は柏木先生に封筒を渡すと、扉の方へ向かっていった。アリスはその時根本先生と目が合った、すると根本先生は先ほどの表情で軽く会釈する。アリスは良く分からないままそれを返すように頭を下げる。
(……?今の人…さちとこうの封筒を持ってきたってことは月組の人?でもさちやこうを見るのではなくあたしを見た…なんで?)
「さち、こう!」
「「はい!」」
アリスたちが再び柏木先生の方へ視線を戻すと封筒を受け取った柏木先生が手招きをする。
「お前たちの分だ、受け取りに来い」
さちとこうが柏木先生の元へ行き封筒を受け取り席に着いた、その時アリスは二人の持つ封筒に書かれた名前を見た。
『霞 サチ』
『霞 コウ』
(ああ、カタカナだったのね…ずっとひらがなと思ってた。…まあ昭和時代の人もひらがな名前じゃなくてカタカナの人が多かった気がするしそんなもんか)
「よし、では全員封筒はいきわたったな?ではまず最初に封筒を開けて免許証が入っているか確認しろ。他の書類等は別になくしても問題は無いがこれだけは再発行が難しいからな、今ならまだ今日中に作成が間に合う」
百人もの生徒が一斉に封筒を開けて中に入っている免許証を確認する。百人が入る教室、しかも最後尾までは真ん中にいる柏木先生が見やすいように階段状になっていてしかも柏木先生がいる教壇を中心に扇状になっているので一番後ろにいるアリスたちからは他の生徒が一斉に同じ作業をする光景が見える。
アリスはそれを真似するように封筒を開けて中身を見る。A4サイズの封筒には同じA4サイズの書類が同封されていたが残念ながらアリスの封筒にアリスが知る免許証のようなものは無かった。
(…あり?免許証って私の知識が正しければカードのあれよな?それともこの世界の免許証はA4サイズだったりする?)
アリスは少し焦り気味になり隣のサチの免許証を確認した…が、サチが持っていた免許証はアリスの知識の中にある旧日本でも使われている免許証そのものであった。
(ありゃあ?やっぱりカードだよな…どう見てもなくね?それとも書類の間に挟まっているとか?なら全部出して確認した方が早いけど結構ぴっちりに入ってるから戻しにくいんだよなあ、破っていいなら破っちゃうけど)
「ちなみにこの封筒はオリエンテーションが終わったのち自分で処理すること。別に今破ってゴミ箱に入れても構わんが、寮に行くまでに封筒に入れたままの方が楽であると私は助言する」
(あ、破っていいんだ)
アリスは柏木先生の言葉で安心し、その場で思いっきり破いた。しかし、予想以上に音が大きかったようで柏木先生含めその場にいた全員がアリスに注目するが免許証探しに夢中のアリスは気づかない
(ありー?やっぱりないじゃん。どういうことだろう…杖の単独による使用は高校生になってから…ていうか皆が持っている免許証がなんの免許か知らないけど高校生になったら自動的にもらえる物じゃないとすると…)
「アリス!」
「うぇ!あ、ひゃい!」
突然柏木先生に大声で呼ばれたアリスは奇声を上げて飛び上がる。アリスはそこで初めて教室の全員が自分を見ていることに気が付いたのだ。
「え?あれ?えーと…うん?」
「まったく、破いてもいいとは言ったがそんな思い切り破くな。それにさっきから呼んでも返事が無いのはどうなんだ?お前が居た旧世界ではそれが当たり前なのか?」
アリスは視線を泳がせる。
「あ…あははは…そんなわけないじゃないですか」
「なら何してたんだ。封筒を思い切り破きたいほどショックな事でもあったか?」
「えーと、多分なんですけど。私だけ免許証が無い気がしたので…多分ですよ?気のせいなら良いんだけどなあ」
「ああ、そういうことか。それについては後で話すからオリエンテーション終了後に私の所に来るように」
(うげえ…まじかよ)
アリスは大嫌いではないし逆に好きでもない…どちらかと言えばあまり関わりあいたくない部類の教師と二人きりで話すということに対して少し嫌悪感を抱いた…だが、卒業まで過ごす寮の寮長なので関わらないという状況がほぼ皆無になるということをアリスは忘れていた。
「何か不満でも?」
柏木先生はアリスの顔から何かを察知したのだろう、薄ら笑いで尋ねる。
「…いいえ!何も!」
アリスも精一杯の笑顔で答えた…多少笑顔が引きつってはいたが。
「なら座れ」
「…はい」
「ではオリエンテーションを続ける」
アリスが席に着くのを確認すると柏木先生は話の続きを始めた。
「ではまず我がステアでは常に4人一組で授業を行う。つまり4人一組、計25組だな。その組み分けは寮の部屋組と同じ組なので、このオリエンテーションが終わり次第各自花組の寮に行き入り口に貼ってある組み分け表を確認すること。因みにだがステアは生徒数が多い、それによって一学年でも組によってはその日に受ける授業が変わる。だが、それでも最終的に一学年全体で履修すべき内容は確実に履修できるようになっているから二年に進めないということは絶対にありえない安心したまえ。そして次に部活動のことだ、ステアでは全生徒は必ず部活に入ることが義務付けられている。今日より一週間は見学兼体験期間なので各々興味がある部活に行ってみるといい、それと部活に関しては部屋の4人組は関係ないので各々好きな部活動に入るといい。…とここまでで質問は?」
ある意味進学校なのだろうか皆真剣に話を聞いていた。そして誰一人質問する者はいない。
「そうか、ならこれでオリエンテーションは終了になる」
アリスは拍子抜けした。もっと詳しい説明やら校則やらなんやらの説明があると思っていたからだ。
「あのー」
が、ここで終わらないのがアリスである。
「ん?アリスか…なんだ、この時間ならどんなくだらない質問も許してやる言ってみろ」
(くだらないってなんやねん)
「あの、その…まあ私は識人ですし?ステアについてはあまり知らないんですけど、生徒手帳的なものってないんですか?」
「生徒手帳?」
「いや、だから外…学校の外にいるときにステアの生徒だと証明する物?てきな?」
生徒手帳…大抵の中学校や高校でもらう小さい手帳だ。それを持っていることによってその学校の生徒であることを証明でき、映画館に行くときに高校生料金にできる優れものである。
「サチ、お前の免許証見せてやれ」
「は?免許証?なして?」
サチがアリスに免許証を見せる。が、アリスの知っている旧日本にもある免許証にそっくりだ…二つの部分を除いて。
アリスの知っている免許には絶対書かれることは無いだろう、『箒』と『ステア魔法学校所属』という文字が書いてあった。
(…まさか、これが在学してる証なのか?免許証にステアに在学していたことが記載される…つまりそれが一種のステータスになる?ステアって結構有名な学校だったりするんじゃ)
「どうだ?生徒手帳いるか?」
「…いりませんね」
「もう質問は無いか?」
「はい」
「皆も質問は無いか?この時間が終わったらアリスのようなふざけた質問は受け付けないが…いないなら良い。本来なら校則やらなんやらあるが説明すんのめんどいし君たちの封筒に入ってる書類に全部書いてあるから二度手間になる。よって今をもってオリエンテーションを終了する」
「…」
アリスは呆れてしまった。教師、それは本来生徒の師となり教える者のことだがこの柏木先生はその職務を放棄したのだ。
(この人本当に教師かよ)
オリエンテーションが終了し、生徒が次々と寮または部活見学に行くために教室を出ていく中アリスはサチの声で意識を戻す。
「アリスちゃん先生見てるよ?行かなくてもいいの?」
「へ?なんで?」
「免許の件」
「あー、忘れてた」
「アリスちゃんの荷物持っててあげるからみんなで行こうよ」
「いいよ、先に寮に行ってて!」
「でもアリスちゃん寮の場所分かる?」
「…」
(…そういや知らねえや)
この教室の場所さえ分からなかったアリスである、寮の場所んなんて知りようもない。
「それにあたしたちは大丈夫だとしても多分香織ちゃんはついてくよ」
「ですよねー」
オリエンテーションが終わった瞬間にすぐさまアリスのそばに駆け寄りしがみついているのだ。先生に呼び出されていくとしても香織が二人についていく保証が無い。
「ご同行おねがしまーす」
「うん」
アリスたちは柏木先生の元へ行く。
「私が用があるのはアリスだけなんだが?」
柏木先生が試すように声を低くして尋ねる。しかし、今回はビビらなかったのかそれともちゃんとした理由があるのかアリスのためなのか、サチが説明する。
「アリスちゃん…寮の場所が分からないと思うので先生の用事が終わったら一緒に寮に行こうかと」
その自信のある声での返答を聞いて、柏木先生は少し笑った。
「そうか…それでも人数が多い気がするが…まあいい付いて来い」
アリスたちが柏木先生の案内で連れられたのは広い芝生の運動場だ。誰が用意したのか、すでに箒が二本置いてあった。…がその箒はアリスの知っている箒の形をしていなかった。正確に言えばアリスが知っている箒に何か余分な部品がついているのだ。
「さてアリス」
「はい」
「質問だが、箒は何をするものだ?」
「…」
アリスは迷った。さすがに旧日本でも箒は使う…しかし、この世界では違う。今日入学式に向かう途中でさんざん見てきたのだ…飛んでる姿を。しかし、アリスはここで別の意味で迷っていた。
(ボケるべきか?ここは識人としてのボケをするしかないか?普段なら何気ない旧日本での友人同士の戯れでやるものだけどここならイケんじゃね!)
「掃除に使うためと…」
アリスは箒にまたがる仕草をするとぴょんと飛び上がり…
「飛ぶ真似するとか?」
を思いっきり真顔で。
「ブフゥ!」
するとサチが思いっきり吹いた。アリスはちょっと嬉しかった。
「…旧日本の人間はそんなことをするのか?飛べないのに?」
(ほっとけ、子供しかやらんわ。飛べないから夢見て真似するんじゃい)
柏木先生が溜息をこぼす。
「まあそれはそれでいい。この世界では実際に飛べるからな、ある意味夢が叶ったかもしれんぞ?」
「まあそうですね」
「では二つ目の質問だ。アリス、車を運転するには何が必要だ?」
「車」
あたりがシーンと静まり返る。
(当たり前だろ?車を運転するには前提として車が必要じゃん)
「…そうだな。車を運転したくても車が無ければ意味が無い。じゃあ車を除いてだ、何が必要だ?」
「車のキーとガソリン」
「…」
柏木先生はゆっくりと懐に手を入れようとするが寸でのところで止まる。
「…そうだな。車だけあっても運転は出来ないな!じゃあ車もある!キーもガソリンもある!もう車の準備は整ったな!でもまだ足りないものがあるよなあ!?一番重要なものが!?」
「そうですねえ…」
アリスは哀愁漂う顔で近くにいる香織の頭をなでる。
「香織みたいな可愛い子が助手席に座っていたら完璧です」