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入学式 4

 プチッ!という音が聞こえたかどうかは定かではないが柏木先生は懐から杖を取り出してアリスに向けようとする。サチとコウがそれを二人係で後ろから抑えた。


「先生!さすがにそれは駄目です問題になりますって!」

「そう…です!教師がして…いい事じゃないです!」

「離せ!貴様ら!大丈夫だ!少しかすり傷を負わせるだけだ!アリスなあ!それはあれば良いなで必要な物じゃねえだろうが!私は運転に必要なものを答えろって言ってんだ!」

「ははは、冗談ですよ!冗談!」

「あああ!?こっちは真面目な話してんだよ!冗談だあ!?冗談を言っていいのはこの場じゃあ私だけなんだよ!」

「えー」

「えーじゃねえ!」

「もう分かりましたよ、免許証です免許証」


 アリスがちゃんとした答え言うと、顔こそ怒っていたが落ち着いたのか杖を戻した。


「まったく…次は無いぞ?」

「へーい」

「それでだ、この国では箒に乗って飛行するには免許がいる」

「なるほど、でこれは真面目な質問なんですがその免許を取るには試験とかあるんですか?」

「もちろんだ、と言ってもあるのは空路交通法の試験だけで実技は無い」

「へ?」


 旧日本出身のアリスにとって空路交通法という初めての単語などどうでもいいことだが驚いたのは実技が無い事だ。普通、車の免許取るには道路交通法の筆記試験と運転技能を測る実技があるので、箒の免許も飛行試験等があると思っていたのだ。


「実際の所実技と筆記に関しては小中学校での必修科目で筆記は卒業試験の科目になってるし実技にいたっては授業で履修すればよいというのが今の現状だからある程度ここで乗りこなせば後は筆記の試験だけでいい」

「まじか」

「それでだ、今からある程度飛行してもらう」

「マジで!今から!?でも小中学校の授業で習うことをどれくらいで覚えろと?」

「そんなもんお前の技量次第で時間は変わるが、そうだな制限時間は一時間」

「は?」


(今なんと?一日でも一週間でもなく一時間?ははは御冗談を)


「お前ならできるだろ。付いて来い」

「マジかい」


そいうと柏木先生は二本並んだ箒の元に歩いていく、アリスもそれに続くがさすがに香織を連れては行けないのでサチとコウのそばに行くように説得した。最初は難色を示したが、アリスが今の所この世界で一番同い年で信頼できると言ったら渋々納得した。


「さてアリス箒の横に立て」


 アリスは言われるがままに二本あるうちの一方の箒の横に立つ。


(あれ?これあれじゃね?手伸ばして上がれっていうやつじゃね!…そう考えると超わくわくしてきた!)


 アリスがハリーポッター一作目で見た名シーンの一つだ。あのシーンあとハリーは飛行技術が認められてクディッチのシーカーに選ばれたのである。


「さて、飛行用の箒は他の箒とは材質…使用される木が少し違う。魔素の干渉を受け、その魔素を利用して動く。また、近くに魔素が使えるものがいる場合、呼べば…」

「上がれ!」


 柏木先生が説明をしてる最中にアリスは右手を伸ばし叫ぶ。すると箒はアリスの呼応に応えるかのようにアリスの右手に飛んでくる、そしてアリスはしっかりとそれを掴んだ。まるでハリーのように。


「お、おおおおお!」


何とも言い難い感動を覚えたアリスはただただ雄たけびを上げた。


「…なるほどな、経験は無いが知識はあるのか。ならば教える必要はないか…アリス」

「なんです?」


アリスは今起きたことを無我夢中で喜んでいる最中だった。今日一の笑顔で柏木先生に振り向く。


「とりあえず飛んでみろ」

「いいんですか!」

「ああ、お前の場合習うより慣れろかもしれんからな」


アリスはそう言われると今から自分が跨る箒をまじまじと観察した。箒には恐らくお尻を乗せるのだろうか金属製の板が付いていた。しかもそれは進行方向側に90度回転して止まるようになっており、親切に金属の板からは足を乗せる棒が伸びている。


ただ、箒の根本、棒と木の枝が束ねて括りつけられているところにはまた棒状の出っ張りが付いていたがこれに関しては用途が分からなかった。


が、それでも今は関係ない。今から自由ではないが飛べると思ったアリスは期待に胸膨らませてゆっくりと箒を跨ぐ。


(…ふう、落ち着けあたし。夢までに見た箒の飛行だ、落ち着いてやらないといきなり落ちるかもしれん。そうなったらダサいじゃん?みんな見てるし…ん?)


アリスがサチやコウ、香織のほうをちらっと見ると香織が心配そうな顔で


「頑張って!お姉ちゃん!」

「…」


アリスは必死に顔がにやけるのを抑えた。


(…うおおおお!今何と言った?香織が!?あの銀髪でオッドアイで美少女の香織が!?あたしのことを!?お姉ちゃんと申したか!?…やっべえ尊すぎて鼻血出そうになった。…こりゃあ落ち着いて飛ぶとかねえわ。見せてやるわ!あたしの華麗な飛行を!飛べえ!)


アリスが念じた瞬間、箒はアリスを乗せて猛スピードで上昇しながら前進した。


「うお!」

「「アリスちゃん!?」」

「馬鹿!早すぎる!」


急発進したせいで少し体が後方にのけ反ったが直ぐに持ち直す。そのまま箒を両手でしっかり掴み前傾姿勢を取った。


(あっぶねえ!?けど問題ない!)


「アリスちゃん!前!前!」


 サチが叫ぶが聞こえてはいない、それでもアリスの目にもちゃんと目の前に迫っているものが視認できていた。広いとはいえ、それでも猛スピードの箒の前では距離など関係ない。いくら上昇しながらとはいえどこのままのスピードで行けば運動場を囲むフェンスに衝突するのは誰でも分かることだった。


(分かってるよ皆、あたしだって馬鹿じゃない。目の前にフェンスが迫っていることぐらい分かってるよ。箒さんあんたを今操縦してるのはアタシだろ?なら意のまま動けよ?これくらじゃ何ともないさ…だってあたしは…)


「この世界の主人公だからーーーーー!」


アリスが思いっきり掴んでいる箒の機首を持ち上げる。


(ほら上げれええええ!急上昇おおおお!)


 フェンスに衝突する数メートル手前、アリスを乗せた箒は垂直に上昇し始める。


「あははは!ひゃっほーい!」


 そのままアリスは猛スピードのまま上昇していく。


「すごい…」


感嘆の声を漏らしたのはサチだった。


 アリスはそのままスピードを上げていきそのまま急速に減速すると止まった。


「あれ…止まった?」

「急上昇しすぎて失神したか?」


皆が心配見守る中、アリスは違うことを考えていた。


(いやー、旧日本で飛ぶと言えば飛行機、飛行機と言えば戦闘機…戦闘機と言えば…曲技飛行でしょ?)


 アリスを乗せた箒は先端から横滑りせるように180度回頭、頭から降下したかと思えばそのまま箒を水平に戻した。


「すごい!」


 皆がアリスの飛行に感嘆する中、一人だけ反応が違った、柏木先生だ。


「燕返し…戦闘機の高度な戦闘機動…箒でもやれないことは無いが…そんなことを思いつくとは…奴は本当に中学校を卒業した識人か?おかしいだろ?」

「先生…どうかした?」


 コウは聞きなれない言葉を神妙な顔でつぶやく柏木先生に違和感を感じた。


「いや、なんでもない…さてちょっと行ってくる」


そういうと置いてるもう一本の箒に乗るとアリスの元へ飛んで行った。



「うひゃひゃひゃ!」


 アリスは箒の飛行の楽しさのあまりいろんな曲技飛行をしていた。垂直上昇したかと思えばその姿勢のまま降下するテールスライド。上昇したかと思えばそのまま一回転の、インサイドループ。もう何回回ったのか覚えてないロール。


(やっぱり空飛ぶって楽しいいい!)


「おいアリス」

「うおぁ!」


空中にいて聞こえるはずもない柏木先生の声を聴き驚いたアリスは急停止する。その時、アリスの乗る箒に何か当たった気がするがアリスは気が付かなかった。


「えーと、先生?何用で?てか先生も箒乗ってるし」

「そりゃそうだろ。何のために二本用意したと思ってるんだ?」

「で何の御用で?」

「今から箒飛行の最終実技試験を始める」

「…ここで?このタイミングで?」

「そうだ」


 確かに、アリスには自分でも結構よく飛べた自信はあった。それでもいきなり試験だと言われても試験内容等を一切聞かされてないのだ。


「まず初めに、お前の杖をよこせ」

「何故に?」

「この試験では杖を使うことが出来ない。単純にお前の飛行の技量で試験を受けてもらう」

「なるほど」


 アリスは素直に柏木先生に杖を渡した。


「…中々変わった杖だな」

「そんなこと今関係ないでしょ?」

「そうだな」

「で、試験内容は?一切聞かされてないですけど」

「じゃあ言うぞ?ここから飛び降りろ」


アリスは一瞬柏木先生が何言っているのか理解できなかった。


(…ん?今この人なんつった?飛び降りろ?この高さを?馬鹿じゃねえの?普通に考えてこの高さから落ちたら死ぬだろ)


「先生冗談ですよね?それともさっき言った冗談まだ根に持ってます?なら謝りますからちゃんとした試験内容を言ってください」

「別に根に持っちゃいない。これが試験内容だ…高さは10メートルぐらいか?幸い失神する高さじゃない。安心して飛び降りろ」


(いや、安心できねーよ。てかどう安心しろと?馬鹿なの?死ぬの?)


「変な事言わないでくださいよ。私は普通に居りますからね!…あれ?」


 アリスが普通に下降し降りようとしたが、先とは違い箒がびくとも動かないのだ。まるで箒が空中で固定されたかのように。アリスの顔が一瞬で青くなる。


「あの…先生?箒が動かないんですけど?」

「ああ、お前の箒に空中で固定する魔法をかけた。だからお前は飛び降りる以外選択肢はない」

「はあああああ!?」


 アリスは奇声を上げた。先ほどのアリスが気づかなかった箒に当たったのは柏木先生が魔法なのだ。つまりもうアリスは飛び降りるか、誰かが助けに来るまで箒にまたがっているしかないのである。


「ま、まだ。魔法がかかっているなら解除すればいいだけ!杖!杖…あ」

「お前が探しているのはこれか?」


 柏木先生が自慢げにアリスの杖を見せてくる。


「杖渡せって言ったのはこのためか!」

「まあそれもあるが、それ以外にも理由はある。それより早く飛び降りろ、安心していい下にいるあいつらもやってきた試験だ。少なくとも死にはしないよ」


(信用できねえ!…けど、もし本当にこれが試験なら誰も助けには来ない…試験の一環だから逆に皆が見守るはず、しかももしかしたら識人が箒の実技試験をしてるって噂が立って観衆が集まったらそれこそ恥ずかしすぎる)


「じゃあ私は下で待ってるぞー」

「え!ちょま!」


柏木先生はそういうと下に降りていった。


「…」


(あああ、どうしよ…マジで。本当に死なない?さすがに私でも怖えよ)


 アリスが試しに下に視線を向ける、すると心配そうにこちらを見つめるサチとコウ、香織の姿があった。


(うわー、みんな見てるよ。でもなあいくら先生が大丈夫って言ったってこれは度胸を試すとかの範疇を超えちゃってるじゃん)


「アリスちゃーん!」

「ん?」


サチが大声でアリスに向かって叫ぶ。


「頑張って!アリスちゃんならできるよ!」

「そう!出来るよ!頑張って!」


 普段気弱で大声を出さないコウまでも大声でアリスを応援する。


「あははは」


(やめてくれ、そんなに大声を出されたら誰か来るじゃん…目立って恥ずかしいじゃん!)


「お姉ちゃあああん!」

「ファ!?香織!?」


 普段コウ以上に大人しく小さな声しか出さない香織が叫ぶ。


「頑張ってえええ!」


 香織が叫ぶと、静かに拳をアリスに向けた。アリスには男同士が友情の証の一つとして拳を突き合わすあれを連想させた。


「…」


(ふふふははは!香織!それは男同士が良くやる奴だよ!でもそこまでしてあたしを応援したいんだね…お姉ちゃん忘れてたよ、あたしは主人公、主人公だぜ?主人公はみんなが出来ることは出来て…皆が出来ないことも出来なきゃ…主人公じゃないよね!?)


 アリスは何か決意のようなものを固めると、そっと座っていた金属の板に立ち始める。


「ん?あいつ何してるんだ?」


アリスはそのまま箒の上に立つと足を閉じて腕を大きく広げ十字架のポーズになった。


(せっかく死なずに落ちるんだったら、かっこよく落ちたいよね!愛する我が妹のためにも!)


 アリスはそのままゆっくりと背中の方から倒れた。そしてそのままサチやコウ…香織のいる地面に向けて落下した。


 …人が10メートル落下するのにどれくらいかかるだろうか?実際はそう時間はかからない。短くて数秒、長くても十数秒だろう。しかし、現在進行形で落下しているアリスにとってはとても長く感じた。


(…まだ落下してる?まさかこのままとかないよね?ちょっと反転してみるか)


 アリスは体を反転させ、地面を見た。地面までおよそ5メートルの所だった。それを見た瞬間、アリスの心は残念ながら恐怖が勝ってしまう。


(おおおおお!ぶつかる!死ぬううううう!)


 人間は恐怖を感じるととっさに両腕で顔を隠す動作をする、頭が弱点だと本能的に理解しているのだろう、防御創と言われる物が出来るのもその影響だ。その人間の本能通りにアリスはもう無駄と思いながらも顔を守るように腕を前に出しクロスさせる。


 しかし、アリスが地面に激突することは無かった。それどころか箒に乗っていた時以上の浮遊感に襲われる。


(…ふえ?なんで?)


アリスが目を開けると、信じられない光景があった。地上から約3メートル付近から急激に減速して、地面にゆっくり下降していくのだ。


「…」


(…ラピュタやん!親方ぁ!シータじゃなくて私…アリスがゆっくり地面に向かって降りてますよ!)


 数秒の後にアリスは静かに地面に着地した。さっきまでの落下が無かったかのように。


「…はははまじかすげうぐふ!」


感想を言い終わる前に香織がアリスに抱き着いてきた。


「おお、香織…皆の応援のおかげで私出来たよ」


そういうとアリスは香織に拳を突き出す。香織も笑みを浮かべてアリスの差し出した拳を両手で優しく包み頬に付けた。


(いや、そういう意味じゃないんだけどな)


「なかなか感動的なことやっているとこ悪いが、この試験は小学生ができる試験だからな?」

「いいんですう!私は識人で、今日まで箒の未経験だから良いんですう!」

「にしてはいろいろと技をやっていたが」

「それは何となくです」

「…そうかい。とにかく試験は合格だ」

「先生、一つ質問が。なんであたし死んでないんですか?」

「いい質問だ。いいか?日本領地……まあ基本的には街中だが基本的に見えないがいろんな魔法陣が張り巡らされている。その一つが箒に乗った人間が落下したときのための落下死防止用の魔法陣だ。その効果を身をもって体験しいざってときは潔く飛び降りる方が安全だということを分かってもらうのが目的の試験だ。杖を回収したのは、確かに杖を使って減速するこもできる…が今回の試験の目的はこの魔法陣を自分の体をもって体感してすることで杖を使ったら意味が無いからだ」

「なるほど」


(つまり、何かにぶつかって落ちそうになった時、落ちないように踏ん張るより潔く落ちて、地面からまた飛び立てば安全って考えか…よく考えられてるな)


「実技の試験は合格だが、あとは筆記の試験だな」

「いつなんです?」

「三日後」

「早くね!?」


 アリスは空路交通法について何一つ学んでいない。


「安心しろ中学生でも簡単に合格できる。ほれ」


 というと、柏木先生は一冊の冊子をアリスに渡した。空路交通法の教本のようだが、驚くべきはその薄さである。ページ数にして十数ページしかない。


「少な!」

「それを読み込んで試験に臨め」

「中二日で何とかするか」


アリス的には二日あれば何とかなりそうな量であったが、そうもいかなかった。


「言っておくが、明日から二日間は新入生の実力テストだからそっちも頑張れよ」

「鬼畜か!?」

「私…手伝うから…がんばろ?」


 アリスの役に立ちたいのだろう、コウが慰める。


「…お願いします」

「それとほれ、お前の杖だ」

「ありがとうございます」


 アリスは柏木先生から杖を受け取る。


「…こいつなら…できるか…でも一年だ…しかし…うちも現状人数が少ない…あいつしだいだが」

「へぇ?何か?」


疲れ果てているアリスには柏木先生の独り言にすら反応できない。


「なんでもない。ただの独り言だ」



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