柏木先生が時計の針が14時を示すのを確認する。
「試験終了だ、用紙を回収……っておい」
「くぷぇ……」
アリスは試験終了の声がするとともに机に突っ伏した。しかし、そんなことはどうでも良い柏木先生は強引にアリスから試験用紙を引っ張り出し、回収する。
入学式の翌日から行われた二日間の実力テストは識人であるアリス以外、二日目である前日に終了し次の日には学園生活に慣れるための午前授業の後に皆は部活見学や学園都市に出向いたりする者に分かれた。
だが、第二日本国の中学卒業時点で修学してるはずの箒の試験は先日この世界に転生してきたのでもちろんやっていない。
(魔法が使えてる……箒に乗れる……その考えで実力テストの方そっちの気になっちった)
箒に乗るには免許が要る……アリスは箒に乗りたいが故に前二日間の実力テストなどすっかり忘れて一心不乱に空路交通法の勉強にいそしんだ。その結果アリス的には試験に対しての自信は結構あった。問題は実力テストの方だったのだが……
(思えばあたし、少なくとも旧日本で中学生やってたんだよな?記憶は無いけど……現代の日本人でよほどの事情が無い限り学校行ってないって無いだろうし。それに今思い出したけど義務教育だからむしろやってない方が問題だろ)
記憶は継承されないが知識は継承されて転生してくる識人にとって絶対不変の事項はこの世界でも通用する……つまりアリスにとっての国語、小学生や中学生で習う日本語の文保だったり漢字だったり数学、化学や物理学などの科学知識等は旧日本から継承されているので実力テストでも普通に答えられたのだ。
問題はこの世界特有の問題だ……社会……歴史等である。
(社会だけは全く答え分かんなかった……いや分かるわけねえだろ、この国の歴史一切知らないんだぞ?問題用紙にエルフとかドラゴンとかの単語見たの初めてで、最初ビビったわ)
それよりアリスが驚いたのは言語だった、英語が無かったのだ。正確に言えば英語という存在では無かった、日本国第二言語という形で名称が英語とだけ教えられているという事実だった。
(……そりゃあそうか。この世界にイギリスもアメリカも存在しないもんねなんとか語とかって使い始めた国の名前が入るから存在しない国の名前使っても混乱するだけか)
「アリス」
「あ、はい」
アリスが顔を上げるとアリスの解答用紙を持っている柏木先生が教室の外を指さす。
「……はい?」
「すぐこの場で採点を行うので教室の外で待っていろ、なに直ぐ終わる。終わるまで外にいるお友達と世間話でもしてるんだな」
「はーい」
午前授業終わりアリスだけ試験のために残ったが、サチやコウ、香織は普通に待つために残った。しかし、教室で待って居ようするため柏木先生が強制的に追い出したのだ。香織に関しては最後まで抵抗したがまたまたアリスの説得の末渋々といった顔で教室の外に行ったのだ。
「あ、先生質問です」
「なんだ?」
「仮に試験に合格したとして、免許証はいつもらえるんです?」
「今日だ」
「はや!」
「厳密に言えば今私の手元にある……だが、この免許証はお前が持っていないと意味が無いし、何の効力もない、お前が手にして初めて意味がある。私の元からお前に渡るための最後の条件がこの試験だ」
「なるほど」
「なら採点を始めるからさっさと外に行け」
アリスが教室を出た瞬間、香織が飛びついてきた。入学式の日から香織も何かを学んだようで勢いを調節していた。
「おお!香織!ちゃんと待っていたね!偉い偉い」
アリスが香織の頭を撫でる、すると香織はますますアリスに顔をうずめてくる。
(おお!香織さんよ抱き着いてくるのは嬉しいがそこまで来ると骨に当たって少々いたんじゃ!わしゃあ友里みたいな胸は持ち合わせておらんのじゃあ!)
サチとコウにいたってはその様子を微笑みながら眺めていた。香織がいるから遠慮しているのか、それとも入学式までは喜びを爆発させすぎての行為だったのだろう。
「そういえばだけど……」
「ん?何?」
「私たち、部活ってまだ決めてないよね?どうしよっか?」
アリスが部活という単語を聞いた瞬間、二人の顔色が突然曇りだした。また地雷を踏んだと思い慌てる。
「あれ!?もしかして私変な事言った!?ごめんね!?もしかして部活とかにあんまり良いイメージ無い?」
「うーん、まあそうかな」
(あれぇ?でも部活って学校で友達と勉強以外で交流できる場だから楽しいイメージあるんだけどなー、まあ自分に合う部活に入るって前提だけど。……あ、でも二人は他の名家からの圧力で友達出来なかったらしいし、部活とかでもいろいろ問題あったのかな)
「アリス」
「へ?柏木先生!?早くね!?採点は!?」
「そんなもん合格点に達した時点で終わりだ、最後まで採点する意味が無い。後は事務に任せて私の仕事は終わりだ。ほれ」
柏木先生が何かをアリスに投げる。
「ちょっ!?これって!」
アリスがキャッチしたのは入学式の日に見たものと同じ免許証だった、ちゃんとアリスの名前も入っている。ただ、あの時見たサチの免許証と違っているのは免許証に『識人』という文字が入っているぐらいだった。
「それとそっちの二人が落ち込んでいるが何があった」
柏木先生がサチとコウに目を向ける。
「ああ、二人とも部活が苦手みたいで」
「部活?ああ、そうか二人とも名家で霞家か……今まで良いようにされなかったんだろう」
「でもこの学校原則部活には全員入るのは必須ですよね?特例で何とか……」
「さすがに出来ない」
「ですよねー」
「よほどの理由が無いとな。アリス……お前のように神報者の弟子で不定期に龍から呼び出される可能性で部活に取り組めないという理由があるなら免除される余地はあるが、二人には無い。部活に参加している他の名家の人間に示しが付かん。今回の組移動もよほどの事があったのだろう、あの日から校長が名家の人間に呼び出されることが多くなった。まああの人なら問題ないだろうが」
アリスは今ものすごく神報者の弟子という立場を二人に譲りたくなった。しかし、それでも根本的な解決はしないだろうとも同時に思ってしまう。
(今私が無理やりでも弟子の立場を二人に譲ったとしても二人には親がいる、彼女らがそういう立場になったという事実を他の名家は絶対に許さないだろうし、最悪霞家を脅してでもその地位を手に入れるだろし……意味ないか)
「まあそんなお前らに最高の提案がある」
唐突に柏木先生はにやりと笑う。
「なん…ですか?」
「お前ら……ズトューパって知ってるか?」
「ズ…ズツ?」
「ズトューパだ」
アリスは頭をフル回転させて知っている知識の中から該当する単語が存在するか探し始めた、しかしどんなに思い出そうとしても思い出せない。
「うーん、聞いたことないなあ」
柏木先生は呆れ顔でアリスを見る。
「そりゃあお前は知らないだろうよ。この世界で生まれたスポーツだからな」
「ああ、なるほど」
アリスは納得した、この世界で生まれたスポーツならアリスが知らないはずである。しかし、それと同時にアリスに疑問が生まれる。
「それってどんなスポーツなんですか?」
(もしかしたら名称が違うだけでやることは旧日本でもやってるスポーツかもしれん)
「うーん、以前識人に聞いたのは、ハリーポッターで出てくるクィディッチ?とかいうものと似てるとか言ってた」
「あー、うん……なるほど」
『クィディッチ』という単語を聞いた瞬間アリスが納得した。
(そりゃあ、旧日本でもできるはずねえわ!だって箒に乗るの前提じゃん!……まあ?ハリーのクィディッチを再現してヨーロッパとかでは本当に地上版のクィディッチやってるのは聞いたことあるけどさ!空飛んでませんし!旧日本じゃ完全再現は不可能ですね!)
「でもそれがどうして最高の提案なんです?」
「普通の高校なら一校につき1チームが普通だが、ここは魔法学校だ。組ごとにチームがあってな組の人間しか所属できない。毎年、ステア代表で4チームの中から混合チームが作られて他の高校たちのとの大会に参加するんだ。ズトューパはこの学校で唯一他の組の人間と混ざらない部活だな、そして別に強制参加でもない……まあそのせいで今ちと問題が発生してるんだが」
「サチ!コウ!ズトューパやろうよ!ここなら月組の人間が来る心配も無いよ!」
「でも私たちズトューパは見てるだけでやったことも無いし……箒も普通に乗るならまだしもあんなにうまく飛べないし……」
「それは問題ないだろう」
「なんで?」
「本音を言うとな?花組のズトューパは人数が今少ないんだ、半年ほど前か……キャプテンがチームを一時的に離れてしまってね、私としてはチームに必要なのは正直アリスだけで良い。お前ら三人にはマネージャーで良いと思っている。正直いないのは飛べる人間ではなく飛べてかつ能力のある人間だからな」
「つまり最悪、名前だけでも良いと?」
「まあそうなる、が私は花組の顧問でもある、チームが強くなるならそれに越したことは無い。アリスにはぜひズトューパをしてほしんだ」
アリスは入る気満々だったが、サチとコウはまだ顔が暗かった。
「でも私たちが部活に入ったら他の部活している人達が名家の圧力で迷惑かかるかもしれません」
「……はぁ、良いか?今までどんなことがあったのかは知らんし、どうでも良い。正直龍が名家の連中を好かんのは私も同感だ、だがお前たちは違うと思っている。だからこその組移動なのだろう。それにだ、名家の連中はこの学校に入ることが最初から決まっている、しかし、他の組の人間は?自らこの学校を選んで入ってきてるんだ、そこの識人を除いてな。アリスは知らんともうが、ステアに入った時点で将来行く場所がどんな場所かお前たちは知っているだろう?なら自ずとここに居る月組以外の人間性も分かるはずだ。最初からある程度の覚悟してるのさ、じゃなければお前たちの組移動が決まった時点で月組以外からの反論があったはずだ、だが、結果はどうだ?月組……お前たちとは違う……俺たちは俺たちでやる、お前らの意見は知った事ではない……名家だろうが関係ない……そういう連中がこの学校にいるんだ。確かに普通の部活に行けば名家からお前たちへの攻撃があるだろうし、私も守れない。だがな?ズトューパなら違う、あそこは私が顧問だから直接守れる。それに今あそこの部長代理も中々肝の座った奴だ、問題は無いだろう。花組に入った時点でお前たちは私の管理下に入ったんだ、何があろうとこの学校……花組にいる限りお前たちは私が守ってやるよ……安心しな」
アリスは驚きつつ安心した。今まで自分たちのことは自分たちで勝手にやれという人かと思っていたのに、ここでいきなり何があっても守るという単語が柏木先生から飛び出したのだ。
「……どうした?アリス」
「いえ、先生も意外と優しいんですね」
「はあ?私はいつでも優しいだろ?生徒がぎりぎりクリアできる問題と場を教師が用意する、そして時に必要なら手を貸してやる、ただしやり方を教えるのではなくやり方を思いつくように導いてやるのが教師の役目だ。しかし、生徒がクリアできない問題だって迫りくる。それを生徒がクリアできるようにするのか、それとも生徒から遠ざけるのか判断して動くのもまた教師の役目だな。それに……」
「それに?」
「せっかく魔法学校に入ったんだ、私はつまらない学生生活を送らせるつもりは毛頭ない」
「先生、良い事いうねえ!師匠とは大違いだ!」
「褒めても何も出んよ」
アリスは柏木先生の説得もありサチやコウ、香織を連れてズトューパの花組の部室へ向かうことにした……道が分からないのでサチとコウを先頭にして。
「……ここであってるよね?」
アリスたちは一枚の扉の前に来ていた。しかし、扉には紙一つ張っておらず何も書いていない。それどころか何か扉自体がさびれている感じも受ける、これが長年の影響のものなのかそれとも現在のズトューパの花組の状況を示しているのかは分からない。
「うん、ていうか上に看板あるしあってるよ」
確かに見上げると最近新しくしたのだろう白い看板に『ズトューパ 花組』と書いてある。
「今日ってもしかして部活休み?」
「わかんないけど……もしかしたら」
「まあいいや!扉が開いていたらやってる!閉まっていたら今日は休み!それでいこう!」
アリスはドアノブを掴むと鍵が開いているのだろうガチャリと回った。それを確認したアリスは思いっきりドアを開ける。
「初めましてー!入部希望でーす!」
ドアを開けた先に見たものは……こちらを向いてる一人の少女だった。それも美が付く方の。
逆にその少女以外は居なかったせいもあるがアリスの目はそこにいた少女に目を釘付けになってしまった。別に少女がサチやコウ、香織を超えるもはや天使と表現される何年だかに一人の美少女だからというわけではない。
単純に少女が下着姿だったからだ。
だがこの瞬間、アリスの脳内はこの少女の分析を始めた……主にエロ方向に。
(背は私と変わらない……胸は!?……下着姿だからあんまり分からないけどブラジャーのサイズ的に私よりもでかい!?くそがああ!しかもショートボブで左目が隠れている…だと!?髪色は栗色だと!?ちょっと華奢に見えるところもポイント高いではないか!サチとコウ……香織とも違うベクトルの美少女!しかもここは花組の部室!つまり同じ組ってことは同じ寮なのか!?最高じゃないかこの学校は!?)
「あの……」
「うん?……あれ?」
分析に脳のリソースを使いすぎたのか少女が近くに来て声をかけるまで気が付くことが出来なかった。よく見ると近くの布を持ってきたのだろう、胸元を隠していた。
(ああん、同じ女の子なんだから隠さなくてもいいのに)
「見た?」
「へ?」
「見たの?」
アリス的にも最大の選択肢だった。
(もし、これがギャルゲーだったら?普通の主人公なら慌てて見てないっていうだろう、だが私は同じ女子だ。同じ風呂にだって入れるんだぜ!?なら答えはひとぉぉぉつ!)
「ごめんね、ちょっとだけ見えちゃった。でも女の子同士だから気にしな……」
言い終わるか終わらないかの所で少女から繰り出た拳を顔面に食らいアリスは後方に吹っ飛び壁に衝突した。
「ごはあ!」
「アリスちゃん!?」
三人が驚きアリスの方を見て、駆け寄る。すると少女はドアを閉めて鍵を閉めてしまった。
「……ああ、何か変な事言った?あんなに殴る?普通」
「うーん、まあ見ず知らずの人にじろじろ見られたら恥ずかしくなって私もああするかもだけどあそこまで殴ったりしないかな、まあアリスちゃんだったら私気にしないかも」
「同じく」
「……」
香織は無言だったが、こくんと頷いた。同意の意味だろう。
(ていうか、あの子隠したの胸というより、腹部を隠したような……見られたくない物でもあったのかね?それより見せても良い件について詳しく聞こうか)
「君たちこんな所で何してるのかな?」
何時から居たのだろう、というよりこれだけの人数が居たのに気が付かなかったのが不思議であるレベルで皆アリスを注視したのが原因だった。アリス含め全員が声のする方へ顔を向ける。
するとそこに居たのは、一人の女子生徒だった。