「それで?何があったのかな?」
数分後、アリスたちは声を掛けた女子生徒と共にズトューパの部室の中に居た。
中にいた下着姿の少女はスポーツウェアの姿になり椅子に座りそのままアリスを指さす。
「ノックもなしに扉を開けて下着姿を見られました」
「そう、じゃああなた何か反論は?」
女子生徒がアリスに質問する。
「いえ、ありません!あまりにもかわいかったのでじっと見てしまいました!」
しばらく沈黙が流れた。女子生徒も穏便に済ませたかったのか少しでもアリスをフォローしたかったのだろうがアリスの解答に目を見開き驚愕した。
(男子なら一悶着あるだろうが、私は女子だ!百合は正義だ!問題は多少あるだろうが私的には問題なし!以上!閉廷!)
「そ、そう。でもいくら同姓でも見られたくない人もいるからね?次は気を付けてね?ノックをして確かめましょうね?いい?」
「はい!気をつけます」
「貴方もそれでいいよね?」
「はい……」
「じゃあ今からここの部活の説明を行います」
「えーと、その前にすみません。あなたは?」
「ああ、そうねじゃあまず自己紹介から……ズトューパ部花組の部長代理、小林夏美です。本当の部長はちょっと事情でしばらく休学しているから事実上一番上はあたしかな?三年だから学校で分からないことあったら聞いてね?うちの寮監督……あれでしょ?」
「あれ……ですね」
今度は違う意味で沈黙が流れた、全員で柏木先生を思い浮かべたのだ。
「じゃあ今度は君たちの番よ?組は……皆花組だから名前だけでいいわ」
すると少女が手を上げた。
「一年、成田 優」
「うん!成田さんね!よろしく!」
「じゃあ次は私が」
アリスが立ち上がる。
「一年、アリスです。苗字が無いのは識人だからです、よろしくお願いします。あ、あと選手で良いのかな?は私だけでこっちの三人はマネージャー希望です」
「ああ、あなたが今回の識人ね!うちの寮でも結構話題になってたよ?識人が来たってね!どうぞよろしくね!……そっかじゃあ残りの三人はマネージャーか……とりあえず名前は教えて?」
「……霞 サチ」
「同じく、コウ」
「西村香織」
霞と聞いた瞬間に小林先輩の反応が変わった。
「……へえ、じゃああなた達が噂の組移動した名家の……」
「あ、あの!」
サチが勢いよく立ち上がった。
「ん?なに?」
「その……私たち……迷惑にならないでしょうか?小学校、中学と部活に入っても他の名家のせいで結局居場所が悪くなって……、私たちがこの部活に入って先輩たちに迷惑が掛からないか心配で」
サチは震えていた、本当なら今すぐ逃げ出したいのだろう。本当ならこの学校にだって入りたくなかったはずである。だが、名家である以上ステアに入るのは必然、ならなるべく他の生徒の迷惑にならないように過ごすのがこの二人の希望なのである。
「そうだねー、多少なりとも月組からの嫌がらせ等はこれから受けるかもね」
「だったら!」
「だから何?」
この瞬間小林先輩の表情が変わった、それに伴い声色も低くなった。今までの優しい顔からかけ離れたオーラ……入学式で見た柏木先生のようだった。
「え?」
「霞サチさん、花組ってね裏では何て呼ばれてるか知ってる?」
「え?いえ」
小林先輩がにやりと笑う。
「花組の花は毒花」
(ファ!?)
「みんなね?見た目は普通の学生で大人しいんだよ?でもね?仲間が何かされたら自分たちの仕業だと気づかれないようにやり返すの。花に何かした時点でその毒が相手に移って相手は気づかずに命を落とすように。なんでステアが組み分けされてると思う?もともと月組が出来る前はね?魔法にプラスして突出した技能……例えばスポーツだったら風組、頭脳だったら鳥組ってね?じゃあ花組は何か?別に身体的にも頭脳的にも突出してない……性格、団結力、そっちのほうが突出してる組なの、つまりあなた方……霞家が花組に入った時点で花組は全力であなた達を守るし、学校の関係者であなた達に何かしたら相手が後悔するまでやり返すわ、だから安心して?」
この話を聞いた時点でアリス顔が引きつって居た。
(中々、すごい学校に入っちまった……)
「わかり……ました」
小林先輩の圧に押されたのかそれとも衝撃の事実に驚いたのか、サチは言葉を絞り出すように返事をする。
「でも代わりと言っちゃああれだけど、あなた達も同じ花組に何かあったら同じように助けてあげてね?そういう信頼関係で花組は成り立っているから」
「じゃあ識人のアリスさんのためにまずズトューパの説明から始めましょうか!」
小林先輩がズトューパの説明を始める。
「まず、ズトューパの基本人数は……」
「9人です」
成田が即答する。自分は識人とは違うと言いたげに答えた表情は誇らしげであったが、この世界に来て間もないアリスがルールを知らないのは当然なので説明に集中しておりアリスは表情に気づかなかった。
「そう!まあさすがに識人以外は幼いころから見てるから知ってるか、じゃあ成田さん代わりにルール説明をお願いします、私は都度補足するので、その方が来年入ってくる新入生に教える練習にもなるしね!」
「はい」
成田が黒板の前に立った。
「お、お願いします」
「……ズトューパの基本人数は……」
(無視された!?)
ズトューパの基本人数は9人だが、内一人はフィールド内の結界(以後シールドと呼称)に入り指揮するため実質8人。これを一層101枚、三層計303枚のシールドを自分の杖の魔法で破壊する。因みに魔法は第一魔法なら何でも良い。というより試合ごとにズトューパ専用の杖が個別に配られ、杖には第一魔法以外使えない仕様になっている。
この一層101枚の内過半数を破壊したチームに点数(以後ポイントと以下略)を獲得、一層なら1ポイント、二層なら2ポイント、三層なら3ポイントとなる。
また、相手チームの選手を魔法もしくは体当たりで箒から落として脱落させると2ポイント。
試合の終了条件は、三層のシールドの中心にあるゴールボールを魔法で打ち抜けば5ポイント獲得で試合終了、その時点のポイント獲得数が多い方が勝利。
「……ここまでがまず基本的なルール、大丈夫?」
「もちろん」
「じゃあ、次はポジションについて」
9人の内、スエンター呼ばれるのが司令塔、このプレイヤーは基本的に試合は参加しない。先ほども言ったが、フィールド内のシールドで味方チームに指示を出す役目なので参加しない、仮にチームの8人が全員脱落した場合のみプレイヤーとして参加できる。
「このスエンターっていうのが私だね」
小林先輩が笑顔で自分の顔を指さす。
もう一つ特殊な役職がエキーパー。試合中に放たれている高速で飛び回っている小さい鳥……『エパッチマス』を捕まえるポジション。
(ハリーで言うところのシーカーみたいなもんか)
「そのエパッチマスを捕まえるとどうなるの?」
エキーパーには特殊な手袋が配布され、その手袋を着けている状態でエパッチマスを捕まえるとエパッチマスは鳥の形から小型の手榴弾に変形する。その手榴弾の使い道はエキーパー次第、手榴弾に変形した後は他のチームメイトに渡すことも出来るので使い道は様々。ゴールボールを中心に地面に書かれている白線の内側に手榴弾を入れて爆発させるとその時点で残っているシールドすべてが割れる。
因みにエキーパーが使う杖は特別で他のプレイヤーは敵に魔法を当てることが出来るがエキーパーの杖は魔法が敵の直前で爆発し、当てることが出来ない。
エキーパーが敵のプレイヤーに直接攻撃する手段は体当たり、もしくは先ほど言ったエパッチマスをタイミング良く相手の近くで爆発させて一気に数人を脱落させる方法のみ。
代わりにエキーパーの魔法は唯一層になっているシールドを貫通することができ、複数枚のシールドを破壊出来る。しかし、一枚でもシールドに触れた魔法はゴールボールに当たっても無効になる。
また、ゴールボール自体に自己防衛魔法がかかっているので一枚でもシールドが残っているとゴールボールを狙う魔法をシールドを使って防ごうする。
「なるほどね」
(確かに箒で飛ぶとこまでは合ってるけど全然競技違うなこれ。でも空中を飛び回れるから楽しそうなのは変わりない)
「その体当たりで、殴る蹴る等は……」
「原則禁止かな、掴む等も駄目だよ。違反した場合、自動的に箒が飛べなくなって落ちるから。あと、壁に衝突するのはセーフだね。でも地面に一瞬でも触れると違反と見なされて同じように落ちます。あ、あと空を飛ぶから範囲の説明も、上空なら何メートルでもオッケー!でも左右、つまりフィールドに関してはフィールドを含むスタンドの外壁を10メートル以上出ると同じく箒の飛ぶ力が自動的になくなって落ちます、ぐらいかな?」
「了解です!」
(でも、確か地面には落下防止魔法掛かってるはずだよね?それ使えばワンチャン一時的に箒から降りても問題……無いか?てか何か忘れてね?)
ここでアリスは柏木先生が別れ際に渡したのを思い出した。
「小林先輩、柏木先生が部長さんに会ったら渡してくれって」
アリスは免許証と同じく柏木先生から紙を渡されていた。しかし、中身を見るなと言われていたのでポケットに入れて忘れていたのである。
「へー、どれどれ?」
紙に書かれてあるものを見ると小林先輩の表情が驚きの表情に変わり、最後に笑顔になった。
「了解!じゃあ簡単なルール説明も終わったし花組専用のグラウンド行こうか?ちょっと遠いから箒使って行くよ?あ、アリスちゃんは免許取得後の初めての飛行だからゆっくりにしようか?」
「あ、大丈夫です」
「そう?じゃあ皆運動着に着替えてグラウンドへゴー!」
十数分後、アリスたちは運動着に着替えてグラウンドへ向かうために箒で上空を飛行していた。考えれば箒の実技試験以降の初の実飛行である。入学式以降今日にいたるまで試験で試験以外に部屋から出ずに勉強していたので箒に跨ってすらいなかった。
「おお、良いねえ。初めての飛行とは思えないよアリスちゃん!」
「へへへ、ありがとうございます!」
アリスにとっては初めて空を飛ぶことの怖さより、飛行機からぐらいしか見れない上空からの景色がガラスなどの何も隔てる者の無い状態での光景に好奇心と興奮で、不安定になることなく、安定して飛ぶことが出来た。
「そろそろ着くよ」
アリスの目に見えてきたのは一般的にどこの高校にもありそうなグランドだ、ただ違うのは完全に芝生であることと、普通の学校なら他の部活動も使うのでいろんな線が引かれているのだが中央に丸型の線だけが引かれているので本当にズトューパ専用のグラウンドだというのが分かる。
グラウンドに降りると休憩中なのか地面に降りている花組の部員たちがこちらに気づいたのだろうこっちに歩いてきた。しかし、アリスはここでふと疑問に思う。人数が足りないのだ、どんなに数えても6人しかいない。
「お、小林。そいつらは?新しいの?」
「そう!喜んで!人数揃いました!」
(え?ん?どういう?)
「えーと、小林先輩?どういう意味で?」
アリスがまさかと思い尋ねる。
途端に小林先輩の顔が引きつる。
「小林……言ってなかったのか?ごめんな後輩、うちはな……お前らが来るまで小林含めて7人だったんだよ」
「はい?」
驚愕の事実を突きつけられて放心しているアリスだが、残念ながらアリスだけではないようだ、サチやコウ……成田までも呆気に取られている。
「あの、今まで試合出来てたんですか?」
「ん?ルール知らないのか?……ああ、なるほどお前が噂の識人か、ならしょうがない。聞かされたと思うが、一チーム『基本』9人だ。つまりある程度ならハンデを負う代わりに人数を減らしても良いんだ。最大3人までなら減らしていい、替わりに最初からマイナス6ポイント背負うのが条件だ、つまり最初から相手チームに3人落とされた状態でスタートなんだ。小林……言ってなかったのか?」
「だって……」
「だって?」
「言ったら入部してくれないと思ったんだもん!順君が戻ってくるまでチームを支えるために部長代理任されたけどさ!順君がいなくなって勝てなくなった途端に皆離れて行っちゃうんだもん!ちゃんとチームとして機能してるとこ新入生に見せないと入ってくれない気がして!」
「お……お前……」
男子部員が小林先輩に近寄る。
「そういう嘘つくから新入生、一日だけの仮入部だけで皆居なくなったんだが、分かってる?」
「うぐ!」
「え?そうなんですか?」
「ああ、部の現状を言わないでこいつが入部させようとしたから、皆知ったとたん他の部活に行ったよ。まあ理由が『たくさんの部員が要るけど、頑張って練習すればすぐレギュラーだよ!』っていう言葉で来たのは良いけど実際足りない、つまり何か問題があったか弱すぎて皆退部したかだろうってこんな部活には入れませんってな。まあ本来ならすぐにレギュラーになれるから俺から見れば好条件に見えるが、昨日までの二日間で10人くらい来たんだが全員居なくなった。それに昨日だって俺たちが見てない間に新入生に睡眠魔法かけて新入生の手を使って本入部届書かせようとしたよな?俺がぎりぎりの所で止めたから大事にならなかったけどなあのままやってたらどうなってたよ?いくら活躍できるって言っても味方に嘘つく部長についていきたくないわな」
「小林さん……」
「確かにこいつは強いが、それでも目的のためなら何でもするのっていうのがな、これから仲間になる奴らにやったらダメだろ」
「だってえ」
「それでお前らは?」
「へ?」
「ここまで聞いて、やるのか?ズトューパ。一応フォローのつもりで言うぞ?俺もこの部のため、順のために部の存続のために部員は欲しいからな、こいつはある意味屑だ」
目に見えない何かが小林先輩に突き刺さる。
「だがな、仲間思い出な、良い奴だ。ここに居る全員そうだ、ただこいつは時々敵に対して仲間もドン引きすることをやるが、それ以外はマジでいい奴だ特に後輩思いだな。本当はこんなこと言いたくないんだが、今入部すれば即戦力で試合に出れることは保証できる。どうだ?」
すると、成田が一歩前に出る。
「部がどんな状況だろうが私はズトューパやるって決めてるので関係ないです」
「ああ、じゃあ、まああたしもこの部以外選択肢無いんで入ります。あ、あと一応ですが選手として入るのは私と成田さんですこっちの三人はマネージャー希望で」
すると男子部員は笑顔になった。
「マネージャー希望だろうが部に入ってくれるのはありがたい、三人とも可愛いからな。それにこれでようやくハンデともおさらばだ、9人そろったからな。副部長の峰だ」
「成田です」
「アリスって言います」
「…霞サチ」
「コウ」
「香織」
「よろしく……おい!部長代理!全員入部だってよ!ミーティング始めんぞ!」
「よし!始めよう!」
体育座りしていた小林先輩は全員入部を聞いた瞬間勢いよく立ち上がった。
「まったく、元気だけは良いんだな。まあだから順が選んだのかもな、とりあえず明日のためのミーティングだ」
「明日……何かあるんですか?」
「試合」
真顔で答えた峰先輩に対して、アリスは試合と聞こえてまた驚いた。
「へ?うん?試合?いわゆる実践?」
「そうだな、と言っても公式戦じゃなく練習試合だから、今回は新入生に試合を見てもらったり、少し調整をする程度だ。本来なら新入部員は試合の流れやら空気を掴むために見学が一般的だが、ウチは事情が事情だから新入部員だろうが試合に出すぞ」
三日後にいきなりの一発試験に驚いたアリスだったがそれよりもさっきルールを聞かされたばかりで一切練習してないスポーツでいきなり即実践投入……言葉が見つからなかった。
「さて、9人そろったわけだが、今回もエキーパーはくじで決めるか」
「ああ、それに関してはね柏木先生からオーダー来てるよ」
「ほう?柏木先生もたまには仕事するんだな」
(柏木先生もしかして名ばかりの顧問か?)
「さっきアリスちゃんにもらった柏木先生からの伝言で『アリスが入部して以降のエキーパーはアリスとする』だってさ。識人なのによほどアリスちゃんを信頼してるんだね!というわけでエキーパーはアリスちゃんに決定!で」
それと同時に、他の部員が安堵なのか溜息をこぼした。まるで選ばれることが無くなったので安心しているかのようだ。
「あのー、皆さんの反応を見る限りですがエキーパーってある意味一番危険?」
すると峰先輩がゆっくりアリスの肩に手を置く。
「いいか?アリス、エキーパーってのはなズトューパの中で一番単独行動するポジションで……一番敵チームから狙われるポジションなんだ。細かいことはミーティングとは別に教えるが少し覚悟した方が良い」
「わお」
峰先輩は正直この言葉を聞いたアリスがエキーパーを辞退するのではないかと思っていた。ズトューパでエキーパーというポジションはかなり特殊で一番狙われ危険なポジションであり、プロでもエキーパーになる選手はかなりの変り者とされていることを峰先輩は知っているからだ。
それでもルールを今聞かされ明日の実践を終えたアリスがトラウマを抱えてやめるのではないかという不安を持ってさえいる。だが……
(めちゃくちゃ、超面白そうなポジションじゃん!主人公にピッタリ……あたしにピッタリなポジション!)
主人公なら自ら危険に嬉々と突っ込んでいく……そう思っているアリスはそんなこと一ミリたりとも気にしては居なかった。