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ズトューパ 3

「……ふう」


 次の日、アリスたちは午前授業が終わり学校の敷地内に存在するズトューパの競技場の控室に居た。昨日峰先輩からエキーパーの役目等や動き方を教えてもらったアリスだったが、練習試合と言えど練習を一切してないアリスにとっての初の実戦である。自分でも分かるぐらいに心臓が早く鼓動している。


「大丈夫か?」


 そんな様子にさすがに心配になったのか峰先輩が声をかけてくる。峰先輩としても本来先民ですらやりたいと思わないエキーパーに柏木先生からの直接指名で選ばれたのだ、アリスに拒否権は無い。


 しかし、もしこの練習試合でアリスがエキーパーのポジションを降りて部活をやめてしまったらそれこそ死活問題だ。サチやコウ、香織が選手になることも絶望的な今、柏木先生がエキーパーにアリスを指名したのは先日転生したばかりのアリスに何かを見出したのかそれとも苦渋の策なのかは分からなかったが、もしこれでアリスが部活をやめたら峰先輩は柏木先生を恨むだろう。


「だ……大丈夫っすよ!た、ただの武者震いってやつです!」


(やべえ!なんでこんなに心臓バクバクすんの!?試合前だからか?確かに昨日の夜もよく眠れなかったけどさ、試合直前の方がやばい)


「アリスちゃん!頑張って!」


 部員であり一応マネージャーなので一緒に控室に居るサチがアリスに声をかけるが残念ながらアリスの耳には届かない様子だ。


(落ち着け……これは練習試合だ。いくら失敗しようがどんな負け方しようが私は初心者っていうアドバンテージがある!それでも出来る限りやりはするけど)


「アリスちゃん」

「うお!小林先輩!なんですか?」


 いくら周りの声が耳に入らないアリスでも耳元で声をかけられたら気づく。小林先輩はアリスに小型イヤホンを渡してきた。だが、そのイヤホンはアリスが知っているイヤホンとはかけ離れていた。妙に重いのだ。


「えっとこれは?イヤホン?」

「え?ああ、違うよ。通信用の魔法石。これを耳に付けて、喋るときは魔法石に触ると全員に話せるから。因みに触れてなくても声は自動的に受信するからね?」

「え?ああ、はあ……はあ!?通信機?電話いらねえじゃん!」

「ああ、でもねこれ通信範囲狭すぎてこういう競技ぐらいしか使えないんだよね。一応周りはゴムでコーティングされてるけど長時間つけてると石の部分が耳にこすれて痛いし、重いから疲れるし」

「ああ、なるほど」


 耳にかける部分はゴムになっているが中に付ける部分は思いっきり石が露出している、これでは耳の中がむずがゆくてしょうがないだろう。


「そろそろ試合だからお互い頑張ろう!」

「あ、はい」

「花組選手の方!試合開始五分前です!入場口に来てください!」


 入り口から練習試合のスタッフの生徒が声をかけてくる、するとアリス含めた選手全員が入り口に向かって行った。


「アリスちゃん!頑張って!」

「がん……ばって!」

「……」


 サチとコウ、香織が自分が出来る言葉をかける。正直緊張で吐きそうだったアリスは振り向きはせずに右手を上げて握り拳を作ることぐらいしかできなかった。


 それを確認するとサチとコウ、香織は関係者用の観戦席に歩いて行った。



「正直言うとここまで異常なのは初めてだわ」


 アリスたちのいる入場席の上に位置する、実況席に座る二年の生徒が驚きの声を上げていた。


「そんなにですか?」


 実況席に座るもう一人の生徒……一年の生徒が先輩の言葉に疑問符を投げかける。


「今日は練習試合だぜ?なのになんで実況せにゃあならんのだ」

「まあ本来なら放送部も実況するのは公式戦始まってからですしね。昨日唐突に顧問から明日の練習試合の実況行けって言われたときはびっくりしましたよ。俺まだ一年ですよ?」

「まあ校内で行われるズトューパに関しての実況は放送部が担当するから、練習試合で実況を一年に学ばせるのは合理的だとは思うがな。でもさ」

「そうですよね」


 今度は二人同時に溜息を吐く。


「「なんで練習試合なのにこんな人いるの?」」


 二人の居る実況席から見える光景は普段の練習試合の光景とは一線を介していた。満員御礼なのである。


 それどころか観客席の最上部の立見席ですら人がごった返している始末だ。


 普段ならこんなことはありえない。練習試合で人が全くいないことは無いが、それでも来るのは敵チームや他のチームが偵察で来るのが普通で、公式戦でもないのにここまで一般客が来るのは例を見ない。


「まあ、恐らくこの観客のほとんどはあいつ目的なんだろうけどな」

「ああ、最近転生してきた龍様の弟子になったとかいう……名前なんでしたっけ?」

「おいおい、別に生徒一人ひとりの名前を覚えろとは言わんけど選手の名前ぐらいは憶えとけよ?公式戦で実況するとき困るぞ?アリスだ」

「ああ、そうでした。すみません。でもまあ話題性は凄いと思いますよ?だって、先日転生してきたのにいきなりズトューパでエキーパーに選ばれたんですもん!俺だったら絶対に拒否してますよ?」

「俺だって……いや、分からんぞ。この識人に関してはこの世界に来たばっかだ。エキーパーはおろかズトューパのルールすらまだ頭に入ってないだろうし、エキーパーの危険性を知らないから出たとも言える」

「なるほど、ならこの試合が分岐ですね」

「ああ」


 二人の生徒が他愛もない話をしてると他の放送部員が合図を送った、もうすぐ試合が始まる……実況開始の合図だ。


 すると、二年生の先輩が後輩に目配せする。後輩も中学から経験しているからだろうか、先輩の動きに合わせてマイクの準備をする……そして。


「……さあ!練習試合ですが、もう間もなく花組対鳥組のズトューパが始まります!試合開始までもう少々お待ちください!本日は練習試合ですがなんと!解説の二年坂上と!」

「実況一年秋山が担当いたします!」



 実況と解説が挨拶をしているとき、アリスは杖と箒、手袋をスタッフから受け取っていた。ズトューパでは選手自前の杖と箒は使えずに魔法制限がかけられた杖と速度制限や防護魔法がかけられた箒が支給される。


 なおアリスはエキーパーのなので専用の杖と手袋を受け取り装備した。


「やあやあ!花組諸君!やっと人数揃ったか!」


 準備しているアリスたちに声をかけてきたのは花組とは違うユニフォームを着た選手だ、だがこの場でユニフォームを着ているのは選手以外いないし、花組のユニフォームと違うということは今回の相手……鳥組の選手である。


「やあ、山神。何とか昨日な、これでハンデとも解放されるよ。今日は勝つつもりで行くんでよろしく」

「うーん、そうだな。峰この声が聞こえるか?」

「は?」

「会場の歓声だよ!まあ今日集まっている観客の多くはそこの識人の影響だろう。ここまで皆が応援してくれるんだ、練習試合と言えどたった1ウェーブと言えどだ半端な試合をしては来てくれた皆に失礼だろう?」

「ほう?珍しいな、お前がそこまで熱くなるとは。お前は鳥組だ、スポーツ系の風組とは違うと思っていたんだが」

「まあ、本来ならな……てか部長代理どこ行った?試合前の挨拶も無しか?」

「あれ?そういえば小林先輩は……いた」


 部長代理である小林先輩は離れたところで柏木先生と何か話しているようだった。だが、どうにも様子がおかしい。柏木先生が何か話すたびに小林先輩の顔が神妙な顔つきになる。


「何を話してるんですかね?」

「さあ?ん?終わったようだな」


 小林先輩が柏木先生を連れてこちらに歩いてきた。すると、柏木先生がアリスに耳打ちをする。


「良いかアリス、私からはただ一つだけだ。暴れろ」

「は?はあ」

「はあ!?何言ってんだ!?アリスは初心者も初心者なんだぞ!?しかもエキーパーだ!そんなことをしたら真っ先に落とされるだろ!?」


 部長代理の小林先輩から柏木先生の指示を聞いた峰先輩は激昂した。


「峰、これは命令だ。アリスと私を信じろ」

「……はあ、分かりましたよ!小林!」

「な、なに!?」

「変な指示出すんじゃねえぞ?」

「うう、善処します」

「ふふふ、峰は苦労するねえ」


 アリスは小林先輩や花組の事情を知ってそうな山神に声をかけることにした。


「あの」

「ん?なんだい?」

「その山神先輩は花組が何故勝ててないのかご存じで?」

「私も気になります」


 割って入ってきたのは成田だった、花組ズトューパに入ったのはつい昨日だったので部の事情を知らなかったのだ。


「ああ、まあ、そうだな。こういうことを言うもんではないが、正直小林はスエンターに向いてない、ただそれだけだ」

「え?どういうことですか?」

「これから試合をするんだ。自分の目で確かめて見るんだな」


 そういうと山神は自分のチームに戻っていった。


(スエンター……司令塔……それに向いてない……いろいろ見方があるけど、駄目だな。分からない、とりあえず今は試合に集中せんと)


「選手の皆さんは入り口に向かって一列に並んでください」



「アリスさん」


 花組、鳥組の両選手が入り口に向かって一列になっているときにアリスの前に居る成田が声をかけてきた。


「ん?なに?」

「私は練習試合だろうが勝ちに行くよ、足だけは引っ張らないでね初心者だろうが関係ないから」

「ふふふ」


 アリスは思いがけない言葉に笑ってしまった。


(あはははは!まさかテンプレみたいな言葉を言われると思わなかったわ!そうだねいくら練習試合でも本気でやらないと相手チームに失礼だよね!分かってるよ!)


「何がおかしいの?」

「大丈夫、確かに私はつい先日転生してきたばっかでズトューパもつい昨日ルールを教えてもらった初心者だけど、それを理由に中途半端にやるとかあたしの頭には無いよ。むしろ一度私は死んだんだし。この世界ではいつも本気でやっていくし、それに……」

「それに?」


 会場につながる天幕が開く。それと同時に天幕で防がれてた外の観客席からの声も大きく聞こえるようになった。アリスの目にまぶしい日の光が飛び込んでくる。


「選手入場!」


 全選手が箒に跨り一番目の選手から会場に飛んでいく。アリスも箒に跨り深呼吸する。


「主人公が本気出さなかったら、この世界と物語に失礼じゃん?」

「は?世界?物語?何言って」

「ほら行こう!」


 前に居る、成田を抜かすようにアリスは会場に向かって飛び出した。


「ちょ!待って!」


アリスが箒で会場に飛び出す、するとズトューパの競技場の全貌が明らかになる。アリスがハリーポッターで見たことがあるようなクィディッチの競技場そのものだ、少し違うとすれば練習場で見たように中心部に白い円形の線が引かれていることとアリスの知識の片隅にあった横浜スタジアムのウィング席のようなものが会場全体に作られているということだろう。


「うおー!すげー!ってか広!客席高!っていうか人多くね?練習試合ってもっと閑散してるイメージだけどな」


 アリスはゆっくり飛びながら、いろいろ見て観察してみる。すると、何故か、ていうか何故いるのか知った顔がいた。龍と友里さんが普通に客席に座っていた。アリスの初陣だからなのか、友里さんはものすごくテンションが高いように見える、それに引き換え龍の方は人混みが苦手なのかそれとも来る予定ではなく友里に無理やりに連れてこられたのか定かではないがいつも通りの様子だった。


(ははーん、師匠、無理やり連れてこられたな?そうじゃなきゃただの練習試合に来るはずないし。弟子のこういう場面があろうが来る人じゃないもんね!友里さんサンキュー!良いところ見せちゃるけんよ!)


スエンターの小林先輩がフィールド端にある球体状のシールドの中に入る、そこから他の選手に指示を送るのだろう。また他の選手は旋回飛行しながら指定位置についていた。


 アリスは、相手のエキーパーの動きを見ながら自分のスタート位置につく。するとある事に気づいた。


「……?」


 スタート位置の確認のために参考にしていた相手エキーパーの視線を感じたのだ。アリスが見る限り年齢は分からないがものすごい熱意というか嫉妬なるものを感じた。


(何じゃ?すげー見られてる……なんで?確かに一年でレギュラーですけど、それは花組の部員数という諸事情があるもんで、もし問題なければ私なんかはベンチメンバーですら入れないんだよなー。まあ?だからって?手抜きはしないよ?今回の目標はズトューパの動きを見て覚えること……そして柏木先生に言われた、『暴れろ』……つまりやべえ新人を演じろってことだろ?いや演じろじゃあねえな、あたしを誰だと思ってるんだ?異世界転生してきた主人公だぜ?安心してくれよ、異世界の主人公はある意味ヒロインやモブをドン引きさせるのが宿命ってもんでしょ?任せといてよ!さあ!敵のエキーパーさん!一緒に楽しもうや!)


 得点ボードに居た審判役だろう先生が懐からまだ手榴弾の形をしているエパッチマスを取り出し杖で何か呪文を唱える、するとエパッチマスはみるみる形を変形させて小さな小鳥に変身し、飛びたった。


 すると同時に、円形の線の内側から水色の球体がゆっくりと上がってくる。そしてある程度の高さに上昇すると、瞬く間に計303枚のシールドを展開したのだ。


「では両チーム正々堂々とプレーするように!では試合開始!」


 赤色の花火が撃ちあがり、試合が始まった。


(よっしゃ!じゃあ行きます……か?ほへ?)


 アリスが予想していたのは始まると同時に各選手が入り乱れて魔法を打ち合う光景だった。その動きを見て少しでもズトューパを試合中に学ぼうと思ったのだ。試合中に動く選手ほどいい勉強の教材は無い。ただ少し予想の動きとは違った。いや、入り乱れてはいる、そして敵チームが皆魔法も撃っているのも確認できた……がそのターゲットが問題だった。


 試合開始と同時にアリスが見たものは、自分に迫りくる無数の魔法だった。


「あーらら、まじか……正々堂々ってなんだっけ?」


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