試合が始まった直後だった、球体状にシールドが張られている向こう側から多くの選手が急上昇したかと思えばほとんどの相手選手がアリスにターゲティング、そのまま持っている杖で魔法を放った。
もう一度言うがズトューパにおいてエキーパーが危険なポジションと言われる一番の理由は他のエキーパー以外の選手に対する対抗手段がほとんどない事である。相手の呪文に対してシールドを張っても貫通してしまうためエキーパーは基本逃げに徹するか味方に守ってもらいながらプレーするのがセオリーなのだ。
しかし、エキーパーが危険なポジションな反面、恩恵も大きいのは確かである。それを分かっているからであろう、鳥組の選手は試合開始と同時にアリスに照準を合わせ魔法を撃ちんこんで来たのだ。アリスが見たことがある赤色の魔法、水色の魔法、また無色透明で中身まで透けている魔法、黄色い魔法などアリスが知らない魔法まで飛び込んできている。
(確か……エキーパーの結界は同ポジションの選手の魔法しか意味をなさないはず……なら避けるしかない……上か?それとも下か?いや考えるな、こういう時はもはや本能で避けろだ!)
「……急上昇!」
アリスは箒を掴みながら思いっきり重心を後ろに移動させて、箒の先を一気に上に向ける。そのままアリスが乗った箒が急上昇を始めた。
急上昇し、相手が放った魔法を避けたかに見えたがそもそも放った魔法はアリスが居た場所に到達する前に魔法同士が衝突し、連鎖爆発が起きてアリスがその場にいてもあまり結果は変わらなかった。
「あっぶねー」
アリスが安心したのもつかの間である、アリスの目には三人ほどの相手選手がこちらに飛んでくるのが見える、8人の内3人もアリス撃墜に人数を割いたのだ相手にとっての今回の作戦が何となくだがアリスにも見えてくる。
(うわー、三人も来てるじゃん。あたし初心者だぜ?しかも練習試合なんだからさ、もう少しゆっくりやろうぜ?こんな美少女をいきなり落とそうとするかね?)
初撃でアリスを落とせなかったからなのか鳥組はいつも通りの動きになったのだろう、エキーパーに三人割きつつ他の選手は花組の選手をシールドを割ることに尽力しながらマンマークでバチバチに魔法を撃ちあっていた。
アリスはアリスで、追跡する三人を引き離すように飛びながらチームのためにシールドを割るのに尽力する。
正直なところ、アリスはどのような魔法を使ってシールドを破壊しようか迷っていたが、いらぬ心配だったと確信した。魔素球でも余裕でシールドを破壊出来たからである。
(なるほど、魔法であれば本当に何でもいいんだな。まあ特定の魔法じゃなきゃシールドを破壊出来ないとかだったら確実に試合前に教わるはずだからそりゃそうか……当たり前とはいえ付いてくんのうざいな)
試合を行っているのが完全な円形のフィールドでは無く少し楕円形のフィールドなので旋回してると嫌でも追跡しながら魔法を撃ってくる相手選手が目に入る。選手一人一人に渡された杖の魔素制限が分からない以上、アリスには相手が魔素消費をセーブしてるのかしてないのかも分からない。それでも避けないわけにはいかなかいので必死に飛びながら左右に動いたり、微妙な上昇下降で躱していく。しかし、ここであることに気づく。
(……一人いない?さっきまで三人で追ってきたのに?何故?作戦が変わった?それともあたしの行動を読んで先回り?まあどんな作戦だろうが関係ない!)
アリスを追跡する人数が増えようが減ろうが撃ってくる魔法の圧は変わらない、しかも困ったことにアリスがシールドを割るために撃った魔法が後から撃つ相手の選手に見事に狙われ相殺、シールドに届く前に消えるのだ。
(はあ!?そんなのありかよ!ってかいくら基本的な魔法の大きさは一定で見やすいとはいえピンポイントで当てるなんて神業出来るんか!?……ん?大きさが一定で見やすい?)
考えながら飛んでいたアリスに魔法がニアミスする、直撃こそしなかったものの衝撃と風圧で少し驚いた。
(だー!駄目だ今この状況で深く考えると飛行が単調になって落とされる!常に飛びながら考えろ!しかもちゃんと周りを見て、それでいて思考を止めるな!止めたらそれはそれで終わりだ!)
アリスはシールドを割ることを一時諦め、付いてくる相手選手の対処に専念することにした。
(さあ考えろ!飛びつつ、避けつつ!あたしの魔法は相手エキーパー以外には効かない!じゃあどうする!?体当たり?駄目だ!相手が仮に一人で一対一の状況ならできる!……でも相手が二人いる状況ならそれは無理一人に体当たりしてる最中にもう一人に撃墜されるのがおちだ!なら仲間に頼る?いや……花組の先輩も先輩たちの作戦や立ち回りで動いてる。ここで救援を要請して流れを止めたらそれこそ邪魔になってあたしは戦犯だ。ならどうする?味方の動きを、流れを止めないように助けを求める方法……ん?)
アリスの目に映ったのはゴールボールを囲うシールドの反対側にいてちょうどいまカーブを旋回している一人の味方選手、三宅だ。
このままのスピードで行けばちょうど直線の所ですれ違うだろう。
「……………」
(ははは、こりゃあ賭けだな。でも賭ける価値はあるんじゃない?)
アリスもそのままスピードを維持しながらカーブを旋回する、ちょうどを三宅とぶつかるルートを維持しながら。
そして、アリスがカーブを終え、直線に入る。同じく三宅も直線に入ったところだ。ここで三宅が自分の飛ぶ直線状にアリスが存在し一直線にこちらに向かって飛んでくるのを確認した。
三宅が避けようと、箒の向きを変えようとする。するとアリスはそれを許さないかのように前傾姿勢を取り、スピードを上げた。それを見た相手選手も同じように持っていた杖をしまいスピードを上げる。
その加速に驚いた三宅は急いで耳の通信機に手を当てる。
「アリス!聞こえてるのか!そのままだと俺にぶつかる!何考えてるんだ!早く避けろ!」
もちろんこの音声もアリスに聞こえている。しかし、アリスはあえて返答はしなかった。もしここで通信のために箒から右手を話したら後ろの相手にも見える。相手は離されないようにスピードを上げながら見しなわないようにアリスを凝視するはず……と読んだアリスは無線を使わないとこを選んだ……最後の最後まで。
「おい!お前が避けないなら俺が避けるからな!良いな!最後の忠告だぞ!」
アリスと三宅が衝突するまで十数メートルまで距離が縮まった時三宅がアリスに対して最後の通信を行い引きつり顔のまま箒の向きを変えようとする……その時。
「三宅先輩……杖を構えて」
アリスは右手で右耳のイヤホンに触れ静かにしゃべる……そして。
(急停止いいいいいいいいいい!)
アリスは思いっきり上体を起こし、そのまま箒を上に持ち上げる。すると箒は地面に対して垂直になりその場で急速に減速、停止した。
「な!?」
「は!?」
相手選手はアリスの急な動きについて来れず自分が衝突し落下するのを恐れてアリスを避ける、ただここでもちゃんと振り向きつつも顔の向き目線はちゃんとアリスに向いているそして同時に杖を構えようとした……が今回はそれが仇になった。
「撃てええええ!三宅先輩!」
次の瞬間、三宅先輩の放った魔法が相手選手に直撃、背後からだったのでシールドを張ることも出来ずに相手選手に直撃した魔法はそのまま当たった衝撃で相手選手を落下させることに成功した。
そのまま相手は地面付近で減速し着地、失格となった。
「あのなあ、そういう作戦ならそう言えよ、耳についてんだろ?」
三宅が耳を指さす。
「でも耳に手を触れた時点で何らかの作戦だって相手に警戒されるじゃないですか!敵を騙すならまず味方からですよ!」
「花組の俺が言うのもあれだが、それを誰にも言われずに躊躇なく出来るってお前や他の識人が来た旧日本ていうのは常に騙しあいや蹴落とし合いがお前みたいな年齢から横行する世紀末的な世界なの?」
「お!世紀末何て言葉よくご存じで!……さあどうでしょうね」
(別に、子供内から仕込まれるなんて……特別な過程でない限りはないですよ先輩……ただ、子供というのは親が思っている以上に親のことをよく見てるもんです。周りの大人がそうなら子供がそれを真似して、結界的にそういう子供に育つってだけですよ)
「お前ら!止まってねえで動けや!」
耳からつんざくような大声で峰の声がした。それと同時に実況が大声で叫ぶ。
「花組!第一層シールド過半数を割ったあ!花組に1ポイント!」
花組が第一層のシールドの過半数を割り、ポイントが入る。
「うるっさー!でも一点入ったし、こっちも二人落としたから合計5点でしょ?いい動きじゃないですか!」
「お前はスコアボードも見てねえのか!」
「へ?」
アリスが先ほど審判が居たスコアボードを見て驚愕した、花組にはちゃんと第一層シールド破壊の点数と二人撃墜の点も入ってはいたが、それより鳥組の点数だ。6点入っていたのである。まだ、鳥組は他のシールドを過半数割ってはいない、とすると考えられることは一つ……すでに花組の選手が三人撃破されていたのだ。
「え……えーと私がやっとの思いで二人撃破したのに……まさかその間に?」
「そうだよ!こっちはすでに三人やられとったわ!」
「はああああ!?」
「それもこれも良く分からんタイミングでコロコロ作戦変更するウチのスエンター様のせいだがな!」
「小林先輩……」
「だって!みんなの動きが速すぎて……」
「それがズトューパだろうが!後!攻撃する手段が限られている中での二人撃破はよくやった!点数的にも非常に助かる!うちのクソスエンターよりも何倍もましだ!」
「あ、えーとありがとうございます」
その後アリスは一旦小林がどこまでひどいのか観察することにした。しかし、止まっていては確実に狙われるので飛び続けながらだ。
「えーと、次!Aで!」
「はあ!今のこの状態からだあ!?敵の動き見ろやあ!Aに移行できると思うか!?」
「え?あ、うんそうだよね!えーとじゃあ……相手のフォーメーション見るにあれだから、あれ?でも微妙に違う!?でも普通なら……これ行けるけど……でもさっきも失敗して三人落とされちゃったし……」
「指示出すんならはよ出せやあ!スエンターは常に見やすい位置に居るんだから相手の動きも含めて見えるだろ!?相手もセオリー通りに動く保証はねえんだから臨機応変にやれよ!何のためのスエンターだよ!」
「分かってるよおお!」
(駄目だこりゃ)
アリスはあまりのひどさに言葉が出なかった。スエンター……司令塔だが、司令塔は試合をコントロールし流れを作るのが仕事だ。逆に相手の流れならそれを止めるように動き自チームに流れが来るように戦術を考えるのが司令塔の役目だが小林はそれが全くできていない。
(見るに位置的な問題もあるけど、小林先輩は状況把握はうまくできる人だ。でもそれから自分が有利に動くように戦術を作る……インプットして行動に移すのは早いけど言語化に時間がかかりすぎるんだ。だから作戦を伝えようとしてもタイミングがすでに過ぎてる状態……こりゃあ選手も混乱するよ。何か方法は無いかな)
動いてる選手はスエンターと交代は原則できない、スエンターがやむを終えない事情で交代することを除いてだ。つまりアリスに出来ることは小林に何かしら現状を変えるような言葉をかけるしかない。
(でもどうするかな、問題点を挙げるとすればこれは予想だけど小林先輩はインプットは早いけどアウトプットが遅い……いや、違うアウトプット自体も早いんじゃないのかな?例えばAという事象に対して即座に理解してAとアウトプットするのは出来るんじゃないのか?ただAという事象に対して即座に新たな答えを出すのが遅いだけで……いや司令塔としてそれは駄目だろうけど、今休校している正スエンターの部長さんが小林先輩を指名したってことは小林先輩に何か見出したってことだよな?なら……)
「小林先輩!ちょっといいですか?」
「え?なに?アリスちゃん。今ちょっと忙しいから試合終わってから……」
「今じゃなきゃダメなんです!」
「え!?あ、はい」
「良いですか?」
アリスははっきり聞こえるように小林に対してこれからの指示の出し方を言った。それに対して小林は少し驚いたようだったが納得したようだ。
「わ、分かった。そういう風にすれば良いんだね?」
「ええ、やってみてください」
(正直、これはまたもや賭けだ。ただ、今は小林先輩と他の先輩方を信じるしかない。練習試合とはいえあたしも勝ちたいし……それに……他のキャラに主人公がアドバイスして劇的に何か変わるっていいじゃん!)
「すうう……ふうう……みんな行くよ!」
「はよ」
「峰くん、後方4時方向上空から一人!由美ちゃん!真後ろからピッタリ付かれてる!新井君!見えないともうけど後方7時方向からシールドを盾にして射線が通った時だけ撃たれてるから気を付けて!右に居る敵は囮で射線の角度だけ気にしてるだけだから!それと……」
「……ほう凄いな、ここまで変わるんか」
アリスが指示したのは戦術を伝える司令塔という役割から一旦替わり完全なレーダー的な役割へのシフト変更だった。そして、これは見事はまり小林の情報伝達速度が驚異的に上昇した。代わりに作戦を考えるという役目が居なくなるのをアリスは危惧したが、そうはならなかった。
「……CからBへ!フォーメーション菊!」
小林のタイミング外れの指示が無ければここまで早くなるのかというほど峰の素早い作戦展開によって今までのぎこちない動きが無かったかのようにスムーズにアリスは驚いていた。
(すげえ!小林先輩の状況把握が速すぎる!なんだっけ?イーグルアイだっけ?俯瞰視点から見えるから普通の人より状況を把握するのが得意なんだっけ?……ただまあこの人の場合はそれに極ぶりして作戦展開能力無いですけどね!さあて私もエパッチマスが居ないしシールドわりに行きますか!……ん?)
少し状況を理解するために空中で停止していたアリスは長考しすぎたためか目の前に居る者の存在に気づくことが出来なかった。というより魔法で作られたものの影響か気配すら察することが出来なかった、単に小さすぎて気配を察する事態無理があるのだが……そんなこんだでアリスの箒の先端にはエパッチマスが羽休みをしてるかのように優雅に休憩していた。
アリスがエパッチマスと目が合うと、エパッチマスは俺をお探しかい?というようなそぶりで羽を広げ見せびらかしてくる、まるでちゃんと意思があるかのように。
(……見間違いでなければ、君はエパッチマスだよね!まあ優雅に休憩してくれちゃってまあ、下に見られたもんですわ!まああたし?初心者ですし他の人から下に見られても別に構いませんけども、さすがに競技で使うものからそのような目で見られたくはないんだよね!…………お?)
箒で休んでいたエパッチマスは飛び立つとゆっくり離れていく……がそれを悠々見逃すアリスでもなかった。
「…………待てやあああ!この鳥野郎!」