目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ズトューパ 5

 ズトューパにおいてエパッチマスが捕らえられることなく試合が終了すること自体は珍しくもない。そういうときのエキーパーの役目は率先してシールドを割ることにある。


 しかし、エパッチマスが見つかった場合試合の流れが一時的に大きく変わることなる。


 この場合、チームの取る手段は3パターンに分かれる。ほとんどのチームがとる手段は一つである。シールドを割ることを一時諦め、チーム全体でエパッチマス捕獲のために行動する。しかしこの場合相手にシールドを破壊され点数を取られる恐れがあるが、そのためにチームを相手を攻撃するチームとエキーパーを守りつつエパッチマスを捕獲するチームに分ける。


 自分のエキーパーがエパッチマスを追跡するのでほぼ自動的に相手のエキーパーもエパッチマス追跡を開始する、そうなると自然に両チームのエパッチマス争奪戦が始まる。


 大抵の試合はこの争奪戦が長期にわたるのでファンからしても目玉イベントなのだ。


 二つ目の手段、これはプロの中でもエース級のエキーパーが居るチームでの試合が主だが他の選手はエパッチマス捕獲に参加せずにお互いのエキーパー同士だけで争奪戦をさせる。


 この場合、ズトューパにおいてファンから人気があるポジションの一位がエキーパーであるゆえ、観客も両チームのエキーパー同士が衝突するのを目的にしてる人も多いので他の選手はシールド破壊に集中しながらエキーパーの反対側を優先的に飛行すしエキーパーの邪魔をしないようにするのが目的である。


 第三の手段……これは余り試合で起きることが珍しいが、エパッチマスを見つけても無視し、エキーパーをシールド破壊に参加させることである。


 プロの戦いではほとんど起こりえないが、高校生同士の戦いや大学生の戦いではたまに発生する。これは戦力差が拮抗し、点数も拮抗してる状態でエパッチマスという一発逆転を図るよりもシールドを破壊、相手選手を撃破し確実に点数を稼ぐという理由で行われることが多い。


 相手がエパッチマスを取りに行くとどうなるか……シールドを破壊しつつ取りに行く相手を撃破する漁夫の利が発生する。この場合、チームのエキーパーは相手がエパッチマス捕獲のために動いているので安全にシールドを破壊できるのだ。


 逆に両チーム動かない場合……エパッチマスは無かったことのように普通のズトューパが続くだけだ。


 因みに、エキーパー以外の選手がエパッチマスを捕獲しても別に問題は無い。しかしその場合、手の中で狂うほどに暴れまわり、最悪くちばしで攻撃されるだけだ。


 アリスがエパッチマスを捉え、捕獲のために追跡を開始したのを一番に確認したのはスエンターのポジションについて状況把握からの伝達のみに仕事を切り替えた小林だった。イーグルアイで捉えたアリスは誰も敵が追ってないのに突如言って方向に飛び出したのだ。


 しかも小林の位置からではアリスが何を追っているのかは分からないがさすがにアリスと言えどもこの状況でアリスにしか見えない霊障的なものを追ってるとは到底考えずらい。


「アリスちゃん!?エパッチ見つけた?」

「え?あ、はい!」

「あほ!ならさっさと報告しろ!」


 すかさず峰の激が飛ぶ。


「あー、すみません」

「どうする小林!作戦は!?アリスはエキーパー初心者だ!捕らえ方見せるために一旦作戦変えるか?」


(お?作戦変える?エキーパーがエパッチマスを見つけたときの動きもあるんか?)


「いいえ!アリスちゃん以外は通常作戦で峰くんの指示したがって!アリスちゃんごめんね?柏木先生の指示で今回はエパッチ捕獲はアリスちゃん一人にやってもらうから!文句があるんなら柏木先生に直でよろしく」

「了解です!」

「因みにアリス、エパッチマス捕獲するまで通信するな。エパッチマス捕獲に全霊を注げ。頑張れ!」

「はい!」


(うははは!面白くなってきたじゃないの!多分本来ならチーム全体で……こう……漁みたいにエパッチマスを追い込んで捕まえるんだろうけど今回はあたし一人かあ……まあ主人公のあたしからみりゃあ目立てる願ってもない機会!おっしゃあ!行くぞ!)


 通信していた耳から指を離すと両手でしっかりと箒を掴み前傾姿勢で速度上げた。


 因みに、エパッチマス追跡中に魔法を当てるとペナルティーでその時点での自軍ポイントは全て失いエキーパーは失格となる。


「おおらあああ!まてやああ!」



 アリスがエパッチマスを追うが中々距離が縮まらない。一応見つけやすいような色で塗装されているから一度見つけてしまえば見失うことは中々ないがそれでも体が小さい以上箒に乗っているアリス以上に機敏な動きでアリスの視界から外れようとする。


「よう!識人さん!」


 アリスは唐突に右から聞こえた声に振り向きそうになったが、それでは確実にエパッチマスを見失うと思ったので一瞬だけ思いっきり眼球を右端に移動させ声の主を確認した。そこに居たのは鳥組のユニフォームを着た選手だった。


 そもそもの問題で花組のチームでアリスを識人と呼ぶものは居ないので自然に声の主は鳥組だと分かる。


 アリスは目だけはきっちりとエパッチマスを捉え、返答する。


「やあ!一応言っとくけど!あたしの名前はアリスじゃあ!」


(そしてこの世界の主人公じゃあ!)


「俺も一年なんだ!今回の練習試合で識人が一年でエキーパーとして出るって聞いてなあ!練習試合だけ出してくれって頼んだら出してくれたんだ!」

「あ……そういうことね」


(そっちのチームとうちのチームじゃあ事情が違うだろうしよく向こうの部長さんも許可したんもんだ)


「俺はこの試合でなお前に勝って!結果出して正式にレギュラーにしてもらうんだ!レギュラーでなくてもベンチ入りでもいい!試合に出るんだ!」


(いい心がけだねえ)


「あのさあ!あたしに勝つっていうけどさあ!あんたも知ってると思うけどさあ!つい先日転生してきたばっかだよ!ズトューパのルールすら昨日教えてもらったばっかの初心者なの!そんなあたしに勝って嬉しい!?」

「は?そりゃあ嬉しいに決まってんだろ!この試合で一度でも初心者のお前にハンデとかあったか?それなのにもう杖使わずに二人撃破したじゃねえか!それを見たらもうお前は初心者じゃねえだろ!?もう立派な一ズトューパ選手だ!だったら俺も本気で戦う!それに周りを見てみろよ!皆お前の事初心者でズトューパがうまくできるかって顔見えるか!?皆お前が立派な一エキーパーで活躍してるとこ見て笑顔になってんだろ?」


 アリスが相手選手に言われるまで観客の顔や声なんて気にしてなかった、それどことか試合が始まるまで緊張で見に来ている人の顔や声なんて気にもしてられなかった。師匠と友里さんは別であるが。


 あくまでエパッチマスから視線をそらさないように観客や声に注意を傾けてみる。


「頑張れ!アリス!」

「秒速でエパッチ捕まえろ!」

「行けええええ!」


 皆アリスを心配するどころかアリスをズトューパの一選手として……一エキーパーとして笑顔で応援しているではないか。ズトューパにおいてのエパッチマス争奪戦が観客のボルテージが上がる要素の一つでもただの練習試合でここまで観客のボルテージが上がるのは異常な事である。しかし、この練習試合は違う、皆新人のアリスに期待しているのである。


「な!もはやお前のことを初心者として心配してる奴なんて……まあ花組は色々過保護だって聞くから知らないが、それでも他の人たちは皆お前を初心者として見てねえんだよ!皆なお前を……アリスを一エキーパーとしてズトューパを楽しんでんだ!」

「……」

「だからよ初心者っちゅうハンデを自分で背負って俺に負けたら許さねえからな!先に行くぜ!」


 相手選手に予想外の言葉を連発されてショックを受けたアリスはいつの間にか少しだけ速度が落ちていた。それを感じた相手選手はアリスの前を取る。


「…………」


(ははは、はははははは!まじかあ!ヒロインでもない、ましてや見方でもない相手選手に言われて気づかされるとか私もまだまだだなあ!優に言ったこともう忘れたんかあたし!いくら初心者でも一度試合に出たからには本気で試合に挑むって!なのにさっきから初心者だから手加減してくれとか思っちゃってさ!そんなの主人公じゃあねえよな!物語の主人公は常にどんな状況だろうが初心者だ!ただ、知識と他のキャラと比べて思考回路が違うんだ……まあだから主人公って呼ばれるんだろうけどね。……そうだねあたしはもう初心者じゃない……ズトューパをプレイする一エキーパーだ!主人公の力!見せちゃるけんよー!)


「スリップストリーム!」


 相手選手の後ろにピッタリ張り付いていたアリスは一時的に空気抵抗が少なくなったことを生かし、瞬間的に速度上昇させ。相手選手の横に着く。


「お?なんだ?立ち直ったか?」

「ああ!そうだよ!あんたのおかげでね!因みにだけどあんたの名前は!?」

「は?なんで?」

「あたしはいろんな意味で名が知られているでしょけどこっちはあんたの名前知らんのじゃい!」

「ああ、そういう……春浪……春浪義信」

「おおそうかい!よろしく義信君!」


 エパッチマスが旋回に入ったのを見たアリスは飛行に支障が無い数センチ旋回半径を小さくしエパッチマスとの距離を縮めると共に春浪との距離を離した。


「ちょ!おま!くっそ!」


 春浪も負けじとアリスについて行こうとする。



「すげえ」


 エパッチマス争奪戦が始まってどれぐらい経っただろうか、時間にしてだと数分である。


 しかしその数分でも異例ともいえる光景に観客はおろか先ほどまでシールド破壊しあっていた両チームまでもその光景に一時的に交戦を止めてその光景に目を奪われるには十分な時間だった。


「なあ、小林」

「ん?何?」


少しづつ激しくなってきたエパッチマス争奪戦の邪魔をしないように相手チームと目配せをして出来る限りシールドよりに待機していた峰が感嘆の声を上げた。


「これはプロの試合じゃないよな?俺たちはプロ選手が混じった試合をしてるわけではないよな?」

「うーん、わかんない!アリスちゃんの戦っている相手がプロ候補だったりして!」

「それはないな」

「ちょおまなにしてんだ!」


 山神が峰の通信機を取り手に取る。こうすることで音声は小さくなるが耳を近づければしゃべることが出来るのだ。


「いや、一度こうなるとシールド組はやることが無いんでなプロでは恒例の一時休戦だ」

「そりゃあ知ってるわ!プロならな!俺たちプロじゃねえし!ほらもう!他の奴らも談笑し始めてるじゃねえか!」

「別良いだろう」

「よくねえよ!」

「ところで山神君、それは無いってどういうこと?」


 無線越しに小林の質問が飛んでくる。


「あいつは一年の春浪というやつだが、今回お前たちが一年をエキーパーに使うと聞いてな練習試合だから試しに出してみたんだ」

「それは人数ていう制約とうちの顧問のせいだ。それにそれやると他の一年から反感買わないか?」

「エキーパー志望があいつだけだった」

「ああ、なるほど」

「それにもしあいつがそれほどの実力者ならとっくにユースに入ってプロを目指しているだろうし鳥組に入らん」

「ああ、それもそうか」

「ふーん、じゃあなんで鳥組なんだろうね普通なら風組に行きそうだけど」

「これは聞いた情報だが、あいつの家は名家入りするほどではないが名のある科学者の家の出らしい」

「ああ、そういうことか……じゃあてめえはどうなるんだよ」

「私か?私は両親を楽にしたいだけだな。私の家は裕福では無かったのでな学費免除で良い就職先が保証されるステアに入れば両親に恩返し出来る、そう思って競争率が高いステアに頑張って入った結果鳥組になった……ってこれ前も言わなかったか?」

「さて?そうだったか?」


 山神が気づくと他の花組はもちろん無線で聞いていた小林ですら涙ぐんでいた。無線が聞こえなかった鳥組の選手も花組の選手が涙ぐむ様子を見て、あああの話かと腕を組み納得の表情で頭をうなずかせる。


「貴様!図ったな!他の者も聞いてるじゃないか!」

「そりゃあそうだろそういうもんだしこの無線機を使うんだ、そういうのも考慮しとかないお前が悪い」

「まあいい、この試合俺が勝ったら奢れよ?」

「はは!勝ったらな!アリスが要るんだ!勝つ確率は五分五分だ!後は戦術次第!戦術で俺に勝てるか!?俺が勝ったらもちろん奢るよなあ!?」

「ああ!奢ってやるさ!いくらあの子が居ようが俯瞰で完璧な作戦指示が出せる順が居なければ俺に分がある!」

「あのー?二人とも熱くなってるところ悪いんだけどさー」

「「なんだ!」」

「二人の動きが……ちょっと悪いかなって」



「はあはあはあ」

「……ふう、ふう」


 両チームの実質的司令塔が良く分からない論争をしてることを全く知らない(集中しすぎて聞こえてない)アリスたちは少しづつエパッチマスとの距離を離されていた。


 (……さっきから近づいては離されてばっかし……箒を飛ばすのに魔素がいるのは知ってるけどさすがに切れたのは考えられないよねえ、っていうか単純に旋回時のGでクッソ疲れた)


 そう二人の速度が低下したのは言うまでもない長期飛行による魔素枯渇ではなく度重なる高速飛行によるGで単純に体力がなくなったせいである。


 それどころか近づいたかと思えば、エパッチマスが予想外の方向に旋回をしそれを後から追跡するためその分の旋回に時間を要するため距離が開いてしまうため一進一退してしまっていた。


 何度も言うが高校ズトューパでは基本的にエキーパーが一人で追ったりはしない。超エース級のエキーパーが居れば別だが、基本的にはチームで追い込み確保するのが普通だ。


 プロになるとエキーパーの仕事はとにかくGに対して出来る限り体力を付け、エパッチマスの予想飛行ルートを抑えて挑むのが普通である。


 しかもズトューパはその危険性から高校生からしか競技できないようになっている、高校生以下ではより単純化ルール、エパッチマスもスピードを落としているため本来のズトューパよりは優しくできている。つまりは簡易ズトューパ……お試し用である。


 つまり本格的なズトューパは高校生にならないとできないので、アリスだろうが春浪だろうが一年生が本来のエパッチマスを追いかけるのは事実上高校に入って初めてとなるのだ。


「…………」


 アリスはエパッチマスを追いかけながらも後ろの春浪を気にして声をかけようとするが自分も疲労困憊のため声が出ない。


(クッソ鳥があ!ちょこまか動きやがってえ!こちとら体力がもうないんだよ!)


 その時だった。


「は?え?」


エパッチマスが地面に対しての並行飛行から一気に機首を上げて上空に向けて急上昇し始めたのだ。魔法で作られたので疲労など存在しない、疲労でへとへとなアリスたちをあざ笑うかのような一直線上昇だ。


 そしてアリスたちにはエパッチマスがこう言ってるようにも見えたのだ。


『ここからが本番だついて来れるかな?』


(……ふふふははは!良いよ!乗ってやるさ!疲れていようが関係ない!こういう時に結果出すのが主人公だろうがあああ!)


 アリスは急上昇したエパッチマスを追いかけるように自身も思いっきり急上昇する。春浪の何が彼をそうさせるのか……もはやほとんど力が残っていないはずだが気力を振り絞り上昇しついて行く。


 アリス達はエパッチマスを追いかけて驚異的な速さで上昇していくがそれでもエパッチマスに近づけやしない。最高速度が同じになっているのだ、追いつけるわけが無かった、それどころかアリスたちが乗っているのでその体重分加速度が減っているのだ、最高速度に到達する時間も遅い。


(おいおい!どこまで行く気だよもうフィールドちっちぇえよ!?高度わかんないけどさすがに怖いわ!)


 識人のアリスが旧世界、この世界でも生身で来たことが無い高度に到達するとさすがに興奮よりも恐怖が勝ってしまう。


 すると、数メートル先のエパッチマスがいきなり急停止した。


「お!チャーンス!」


 アリスが腕を伸ばし、エパッチマスを掴もうとした……瞬間だった。


 エパッチマスが来た道を戻るかのように今度は地面に向けてアリスを避けて落下飛行し始めた。


「……ああ?どんだけおちょくれば気が済むんじゃあ!」


 春浪はと言うとアリスがつかみ損ねたエパッチマスが横を高速で横切るの見て慌てて掴もうとするが反射が追い付かず取り逃す。


「わ!?くっそ!今度は下かよ!でも今アリスは上に居る……なら!前を取れる!」


 春浪が一度止まり一気に下降しようとした瞬間春浪の目には信じられない光景を目にする。


 タイミング的にまだ、今から下降しようとするために機首を下に向けて加速する頃だろうと……だから春浪からしても急いで下降すればギリギリ前を取れると思ったのだ。


 しかし、現実は違った。春浪の目にはアリスがそのままの体制一時停止、そのまま上昇時のスピードを落下しながらそのまま箒の先を横にスライドさせ結界的には箒の先を地面に向けてほとんど時間をロスさせずに地面に向けて下降していった。


 そうアリスが初めて箒に乗って時にやった曲技飛行……燕返しである。正確には燕返しは相手に後ろをつかれているときに逆に自分が相手の後ろに付く技法だがそれのアレンジ版である。


 つい先日この世界に来たばかりで箒もろくに乗った経験もない識人が意味不明なことをしでかしたのだ、春浪は呆気に取られてしまう。しかし、すぐにアリスに追いつくために同じように箒の先を地面に向けて落下飛行する。


「……あいつすげえな!あははは!」



(徐々に近づいては居る……か、でもこのままはまずい……かな?)


 下降時では、上昇時とは違い体重が有利に働く。上昇時では体重は加速度時の制限になるが下降時の時は最高速度が増えるのだ。ズトューパに使われる箒は基本、最高速度が決まっているがたった一つ例外がある……それは長距離下降時である。


 長距離落下時の最高速度は体重の分だけ微妙にだが上昇する。微妙にだが、それは逆に選手にとってはエパッチマスとの距離を縮める要因になるので使わない手はない。


 しかし、アリスは別の悩みを考えていた。


(多分だけど、今の感じで行くと……あたしがあの鳥捉えるの地面すれすれだよね?いくら地面で急減速するとはいえ、減速したらエパッチマスにぎりぎり手が届かない……そうなるとここまで頑張って上昇したのが全部水の泡だ……ならどうする?エパッチマスを取るにはあと少しだけ速度が要る…でももうこれ以上箒の速度は上がらない……詰んだか?……それに……)


 アリスは何とか前を確保したことと共に背後に迫る春浪の存在も気にしていた。もちろんだが女子高生と男子高校生の体重は違う、その分の下降最高速度も違うことも理解していた。もう少しすればその速度差で春浪がアリスを追い抜くだろうと予想しているのだ。


 地面までの距離はアリスには分からない、ただの勘ではあるがもう一分ほどで地面に到着するんじゃないのかぐらいだ。それがあってるかどうかなどアリスには分からないが、猶予が無いのも確かだ。


(今日何回賭けをすれば良いのか……でも面白い!思い出せ!適当に流し読みしたルールブックの中にあったはずだ!もしあれが出来るなら後はタイミングだけ!ただ、失敗すればあたしはただ途中で箒を降りた馬鹿だ、それにルール違反なら箒と一緒に落ちて終了……ははは!良い賭けじゃないか!興奮してきたぞ!……ルールあんま覚えてないあたしだけかもしれんが)



しばらくして、落下速度差によって徐々に近づいてきた春浪がアリスと並ぶ。春浪がアリスをチラ見すると、アリスはただじっとエパッチマスを見つめて何かを呟いているようだ。


「……?」


(何考えてんだ?まあいいけど)


 もはやアリスが呟く内容すら疲労で聞き取ることをあきらめ自分なら速度的に地面に着く前にエパッチマスを捕まえる最後のチャンスだと思い集中する。


「もう少し、もう少し、まだ足りない……もうちょっと……」


 覚悟は決めたアリスはひたすらエパッチマスを凝視し、距離を測っていた。アリスがやろうとしていたことを成功させるには自分とエパッチマスの距離がばっちりとまではいかなくてもある程度近くなくてはいけない。


(チャンスは一度だけ……それも一瞬だけだ。失敗したらもう終わりで、箒には戻れるだろうけどクッソ恥ずかしいだけだ…………よっしゃあ!行くぞ!おらああ!)


 春浪が少しアリスを追い抜き、両者ともエパッチマスに近づいたとき、春浪の右端の視界からアリスが消えた。おかしいと思いつつももはや首を振りアリスを確認する気力は無い。目の前のチャンスに賭け、集中するだけである。


 アリスは静かに、今下降している箒の軸をずらさないように座っている板に足を乗せ屈伸の姿勢をする。そして……。


「うおおおりゃあああ!一秒だけでいい!速度上げろおおお!」


 アリスの願いが通じたのか、それともアリスの気のせいだろうか、箒が一瞬だけ早くなった気がした。その瞬間、アリスは思いっきり板を蹴り、エパッチマスに飛びついたのだ。


「はああああああ!?」


 エパッチマスに集中していた春浪ですらアリスの行動に驚きざるを得なかった。もう地面まで距離が無い中、自殺行為ともいえる行動だ。


しかしこのアリスの行動は功を奏した。


「おっしゃあああ!とったあああ!いやっほーーーい!」


エパッチマスに飛びついた直後、アリスの限界まで伸ばした右手がエパッチマスを捕らえたのだ。エキーパーの手袋で捕らえられたエパッチマスは暴れることも無くその形を変えていく……が今のアリスにそんな事を感じる暇はない。


「おおおおおお落ちるううううう!」


 飛びつく前に箒に対してとある命令を念じているのでアリスがエパッチマスに飛びついた時でも、現在自由落下中でも箒は必死にアリスを追いかけて飛行中である……が肝心の命令を下した張本人が捕獲した喜びか緊張のゆるみか体制が安定しない。


 本来、人は落下中に体制で落下速度をある程度管理することが出来る。まあ旧世界でもパラシュート等の器具が無い限り速度をコントロールしても死ぬものは死ぬのだが。


 ただアリスの計画ではその後、地面に対して並行にして体を大の字にして速度を抑えて箒に戻るつもりだった……理想と現実は違うのである。


「お?お?お?お?どうすりゃあいいんだ?やばーい!わかんなーい!」


 以外に体制制御が難しいらしくもう地面まで十数秒の所まで来ている。


(やばい!やばい!やばい!ルール違反になるかもだけど……最後の手段だー!)


 地面にぶつかる数メートル、アリスの体は急減速しつつ地面に向かってゆっくり降りていく。


「来い!箒!来いやあああ!」


 箒が猛スピードでアリスと地面の間に到着し停止する。アリスはほっとしたような顔で下に来た箒に乗り一息つく。そして左手に持ち替え戦利品を眺める。


「大丈夫?ルール違反じゃないよね?」

「地面に触れなきゃ大丈夫なんだ、大丈夫だよ!よくやった!」


無線機から峰の声がする。さっそく激励の声が聞こえてくる。


「えへ!えへへへへ!」

「まったく……ん?……っ!アリス!早くピンを抜いてゴールボールに投げろおおお!」

「え?何言って…………っ!」


 アリスがエパッチマスを取り油断したのを春浪は見逃さなかった。左側から停止しているアリスに向かって春浪の残っている最後の気力を振り絞り体当たりをしたのだ。


 強烈な衝撃と左肩への痛みで反射的にエパッチマスを手放し、左肩を抑える。


 すると、空中に放り投げられたエパッチマスを春浪がキャッチし、投げようとするが強く箒を握っていたせいも非常に速いチェイスを繰り広げたのもあるだろう、強く握れずに投げられないと判断しゴールボール付近まで全力で飛行し始める。


 その様子を眺めていた峰と山神が同時に声を張り上げる。


「全力で阻止しろおおお!奴はもう疲労困憊だ!撃ち落とせ!うちの新人エースが全力で勝ち取ったエパッチだ!何としても止めろおおお!」

「全員であいつを援護しろおおお!貴様ら!新人がここまで頑張ったんだ!十分休憩した先輩がここであいつを援護しないででどうすんだあああ!」


「「花組・鳥組の全霊をかけてあいつを打ち取れえええ!・守れえええ!」」


 花組と鳥組の全員選手がその掛け声に合わせ一斉に猛スピードで春浪を打ち取り、守ろうと動く。


 春浪は最早気力だけで動いてるんだろう、ゴールボールまで一心不乱に飛行している。両チームが自分をターゲットにしてるなど最早頭にないのだ。しかし、本能なのか春浪は投げやすいようにか、魔法が当たらないようにか超低空飛行し時折目の前に迫る魔法や捨て身で突っ込んでくる花組選手をすれすれで避けていく。


 花組の選手も上空から春浪を落とそうするが体当たりをしに行けば鳥組に上から魔法を撃ちこまれるために近づけず、魔法を撃ちこんでもそれを撃ち消されるのでどうしようもない。


 上空での乱戦を知らずにゴールボール付近まで来た春浪は高速で旋回しながらピンを外そうとする……がやはり握力が大幅に下がりピンですら抜けない。


「……うがあああ!」


 春浪はエパッチマスを両手できっちり掴むとピンを加えると歯で固定する。軍事で使われている手榴弾とは違い抜けやすいとはいえ、それでも下手すると歯が欠ける恐れがある。それでも勝つために練習試合であろうと全霊で挑むと自分に言い聞かせた春浪にためらいなど無い。


 両手できっちり持ったエパッチマスのピンを抜き、そのままゴールボール下の地面に書かれた白い円の内側に投げた。


 エパッチマスはピンを抜くまでは誰が持っても良い。エパッチマスが爆発しシールドが全壊するとき判定はピンを抜いた瞬間時のエパッチマスを持っていた選手のチームに全壊したときの過半数割れが確定した瞬間そのチームに点数が入る。


 そして両チームエキーパーの激闘で一時休戦していたシールド破壊の影響がここで出てしまう。エパッチマスが爆発し、今だ過半数が割れてない第二層と三層のシールド、また過半数がすでに割れてターゲットから外れていた第一層のシールドもすべて割れていく。


 そしてすべてのシールドが割れると実況がうなりを上げる。


「鳥組ー!一年で新人の春浪選手がアリス選手から懸命の思いで奪ったエパッチマスを使用し残る第二第三のシールドを破壊し合計5ポイント獲得ー!」

「いてて……マジかい……」


 春浪の雄姿に会場が沸き立ってる中アリスはやっちまったと言う顔で衝撃を受けた左肩をさすっていた。


「すまない、エキーパーの重要なことを言うのを忘れてた……大丈夫か?」


 春浪が思いっきり衝突したアリスを心配した峰はアリスに近づく。


「ちょっと痺れますが試合に支障は無いです。大事なことって?」

「エキーパーが危険と言われるのは様々な理由があるが一番の理由はエパッチマスを捕らえた後だ。相手チームはピンを抜くまで全力で奪いに来ようとするからな」

「それ……かなり大事じゃないですか!なんで教えてくれなかったんですか!」

「うーん、まあ一番の理由はこれ言ってお前が強張って動けなくなるのを防ぐためだな。全員から狙われるのならエパッチマス探さないていう選択肢が出来ちまう。だが、これじゃあエキーパーがいる意味が無いだろ?後もう一つは……」

「何ですか」

「正直に言うがお前がエパッチマス取ると思ってなかった。見つけて追ったとしても途中で諦めると思ったんだ。だが、予想に反してお前は捕らえた……素直にすごいと思うよ、基本高校ズトューパじゃあエキーパーが一人でエパッチマス取るなんてあまりやらんから柏木先生もエパッチマス捕獲の難しさを教えるためにこんな指示をしたのかと思って全員で見てたんだがまさか取るとはな……完全に計算外だ」

「その割には私がエパッチマスを春浪君と追っているときには相手チーム含め全員観戦してたような?」

「そりゃあお前、エパッチマスはどう動くか分からん代物だぞ?シールド割ってる中に突っ込むこともあるんだエパッチマス追いながら複雑に動く他の選手避けれる?」

「……無理すね」

「だろう?」

「因みに試合は?なんでこんな流暢にしゃべってるんです?」

「試合はほぼ決まったようなもんだろ?」


 アリスがゴールボールの方を見ると、花組選手を遮る形で鳥組が陣形を組んでいた。こちらの動きを見てるようだ。


「点数は……ああ、鳥組のエキーパーがエパッチマス投げて力尽きたから7対11で負けてるよこの試合は練習試合で延長も無いからこのゲームに勝つにはゴールボールを打ち抜くしかないな。」

「え?てことは何で相手はゴールボール打ち抜かないんですか?」

「そりゃあ、俺たちとゴールボールの間に陣取っている時点で今更どう動いても先にゴールボールを打ち抜かれて終わりだ。どうする?降伏する?それとも新造のチームでどこまでできるかやってみる?って煽られてるんだろ?それにこんなにギャラリーが居るが本来は練習試合だ、試合終了までは相手に色んな形での戦い方を申し込んで戦術を試す場でもある。まあギャラリーがそれを許すかという問題があるが練習試合なんだから第三者はほっとけだ」


(わー、超下に見られとるわ。まあ分からんでもないけど、これが公式の本番ならバッシング食らうけど今回は本来なら客も入らない練習試合で今から敵ありの動きの練習してみるっていう……何と言う実戦的な考えだ……まあそりゃあ結果に影響が出ない練習試合だからこそか)


「峰先輩はどう思うんですか?」

「ん?正直言うと勝ちたいと思ってるさ。練習試合だろうがな、それに負けたらあいつに奢らなきゃいけないもん」

「動機!」

「それに、ここまで熱い練習試合になってるんだ後は単純にゴールボールを打ち抜いて終わり……なんてものを山神が望むはずがない。現にあいつはゴールボールを打ち抜いてない、それが何よりの証拠だ」

「うーん、少し考えても良いですか?」

「そうだな今回は練習試合だしお前にやらせてみるか、でも早くしろよ?普段の練習試合ならともかく今回は見物人も多いからな、この時間が長引くとそこからの目も痛い」

「はい」


(さて考えろ、点差は4点……勝って試合終了するにはこっちが先にゴールボールを打ち抜いてゴールボール分の5点を取らなければならない、そして試合終了条件と勝利条件は相手も同様。そして、こちらからゴールボールを撃ちに行けば……いや、それは無理だな、ゴールボール前は相手に陣取られているしこっちが変な動きをしたらすぐに試合が終了する。重要なのは相手をゴールボール前から遠ざけて誰にも気づかれないようにゴールボールを打ち抜くこと。だが、それを成功させるには選手どころか観客全員の目を一か所に集めるしかない……そんな事可能か?仮に選手の視線を一点に集めることが出来たとしても他の選手が動いた時点で気づかれて終わり……誰にも気づかれずにゴールボールに魔法を撃ちこむ……ん?……うーん、策はあるけどねえ、賭けどころか無謀だなこれ。だけど、うまくいったら非常に面白い結果になるかも。練習試合だし……やってみるか!)


「峰先輩……試したいことがあるんですけど」







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?