目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ズトューパ 6

「……」


 アリスが考えた作戦を聞いていた花組の選手は最初こそ真面目に聞いていたが、徐々に顔色が変わり最終的には峰と成田以外は顔が青ざめていた。また、鳥組の一部の選手が不安になるレベルで無線で聞いていた小林が爆笑していた。


「いや、まあ作戦的にいいとは思うが……お前は良いのか?これ確実に鳥組から恨み買うぞこれ」

「試合の中なら良いんじゃないですか?これも一つの戦術でしょ?それにこの試合にの後で鳥組から何かされても先輩たちが助けてくれるって小林先輩が」

「小林!何言ってんだてめえ!」

「え?いつも私たちがやっていることを簡単に伝えてるだけだけど?何か間違ってたっけ?」

「……まあいい、これは練習試合だ。こんなの本線が始まったら出来ないし、あいつも許可しないだろうし、やってみるか」

「あ、後峰先輩ちょっと聞きたいことが……」


 作戦会議が終わると花組の選手は次々と移動していく。それを見た鳥組はすぐに杖を向け警戒態勢に入るが花組選手が杖を持っていないのを見ると疑問の顔色のまま警戒を解いた。


 すると、アリスが峰と共にゴールボール前で待っている山神の方へ向かって行く。


「どうした?降伏するのか?」

「馬鹿言え、そうなったらお前に奢らなきゃいけないだろ?」

「そんなに俺に奢るのが嫌か?どこで嫌われたんだか」

「ちげーよ、完全に負けたわけじゃあねえんだ。挑戦せずに負けたらそれこそあいつに殺されるわ」

「じゃあどうするんだ?新人を引き連れて交渉にでも来たのか?」

「そうだよ」

「ほう?」

「山神先輩」

「何だい?アリス君」

「差しで勝負しません?」

「は?」

「私対山神先輩との一回限りの勝負です」

「……一つ聞きたい、君のポジションはエキーパーだな?」

「そうです」

「エキーパーは他の選手に対して魔法による攻撃も防御も出来ない、知っているな?」

「はい、知っています」

「じゃあ何故君が勝負を申し込むんだ?私と同じ土俵にすら立っていないのに、新人に経験を積ませるならエキーパーではないもう一人の新人にやらせるという選択肢もある。それなのになぜ君なのだ?」

「それは、私が識人だからです」

「ほう?」

「識人は旧日本の記憶は無くとも知識はあります。この世界には無い旧世界の戦術や戦い方なんかももちろんあります。それらを駆使すれば攻撃力防御力ゼロのエキーパーでも先輩に勝てると思ったからです」

「なるほどな、確かにプロに行けば魔法を使用しなくとも飛行技術や体の使い方で相手を倒すことも出来るとも聞く……それに賭けるということか。大きな賭けに出たな峰」

「練習試合だから新人の技量も知っておかないとな」

「そういうことならその勝負受けようではないか」


(まあ、めちゃくちゃなはったりなんだけどね、旧日本の戦術?知らんわんなもん)



 アリスと山神は一騎打ちのための場所に着く、ちょうど山神がアリスとゴールボールに挟まれる位置関係だ。


 他の両選手も各チーム一人だけをゴールボールに残し残りは各チームのスエンターの周りに待機する……が、どちらもすぐに動けるように杖を手に取り臨戦態勢を取る。


(……いや、皆さん明らかにあたしが負けた後の準備してるじゃないすか!誰もあたしが勝つなんて思ってないんか!そりゃあ無いぜ!まあ、作戦の第一段階、ゴールボールから敵選手を剥がすのは出来た……あとはあたし次第、行こうか)


「さあ!いつでも良いぞ!君のタイミングで初めてくれ!」


 山神が腕を大きく広げて大きな声で促す。


「しゃあ!行くか!」


 アリスは出来る限り身をかがめ箒に縋りつく形にして空気抵抗を減らす体制にするといきなりトップスピードまで加速し山神に突っ込んでいく。


 そしてある程度近づいたのを確認するとアリスは山神に向かい、水球を放った。しかし、これを見ても山神は杖を向けようとはしない、当たらないことが分かっているからだ。


 水球は山神に到達する前に箒によるシールドで形を崩し、一時的に薄い水の膜を形成した……がそれも山神にとっては想定済みである。


「さあさて、どっちだ?右か左か?はたまた上か?下か?」


 山神とアリスの間に水の壁が生まれることで両者お互いがぼんやりとしか存在を確認できない状態になった、だが長年ズトューパをやってきた山神にとってはいつものことである。ぼんやりとしか見えないが……確実に見えているのだ。方向さえわかれば問題ない。


 初めて山神が杖を抜き、じっくりと目を凝らしアリスが行く方向を観察する……がどちらにも行かない、上下左右にも、フェイントすらかけないのだ。


「む?どういうことだ?」

「おりゃあああ!」


 アリスの雄たけびと同時に水の壁からアリスの両腕が壁を破るように出現、左手で山神の杖を持つ右手を右手で襟元を掴んだ、柔道の組手状態だ。顔を出したアリスの口には杖が咥えられている


「ぬううう!?」

「「「おおお!?」」」


山神の声と同時に会場にいる観客、両チームの選手がどよめいた。本来魔法は防がれる前提で放ち目くらましで使ったり差しでの勝負でも次の攻撃方向を分からないように使うことはあるが魔法目くらましにしなおかつその魔法の中に飛び込む者などほとんどいなかったからだ。


「ふ、ふごへえええ!」

「うごあああ!」


 山神は掴まれた拍子に一瞬魔法と撃とうと考えたがここまで近づかれては自分も魔法の衝撃に巻き込まれると判断し放てなかった。


 どんな屈強な男でも身構えもせずに高速で迫ってくる少女の柔道技には体勢を保つのは難しい。証拠に山神の体はアリスに掴まれたままどんどん体制を崩していった。


(峰先輩に聞いたけど、箒のシールドはあくまでエキーパーの“魔法”を防ぐものでエキーパー自身を防ぐものではない!なら水で目くらましをすれば少しでも組み付くまでの時間が作れる!山神先輩のシールドが杖からなら終わってたかもしれないけど、そこはエキーパーの魔法は箒のシールドの防ぐのが一般的ていう概念に助かった!我慢だけど水が!冷たい!……ルールには殴る行為と蹴る行為は禁止だった……でも、掴んで投げるのは禁止されていない!このまま地面に付ければ勝てる!箒!速度上げろおおお!)


 アリスの願いに答えるように箒はアリスの掴んだ山神を地面につけるべく速度を上げる。


「うがあああ!」

「へ?」


 後輩に負けるわけにいかないという信念か、山神は雄たけびを上げ腹筋と腕の力だけで上空へ放り投げる。地面まで後数センチといったところだ。


「ちょおおお!うっそおおん!」


 上空へ投げられたアリスは何とか体勢を立て直し停止する。


 アリスは怪物を見るような目で山神を凝視した。


(いやいやいや!結構なスピードで突っ込んだんですけど!?がっちり組んだのに!それなのに上半身の力だけであたしを投げたの!?こええよ山神先輩)


「いや、さすがだ!」

「……はい?」

「ただの新人と女子生徒と侮っていたんだがどうやら違うようだ。まずは謝ろう」

「いえいえ」

「ここからはステアの……花組の新人ではなく……一人の識人として……敬意と尊敬の念を持って本気で戦わせてもらおう」


 山神はこの試合が始まって最大の闘志とも思える笑顔でアリスを睨む。


「……」


(もしかしてあたしゃあ、とんでもない獅子を本気にさせてしまった?のか?もう作戦は一つしか……でもあれは最早外道としか言えな……おわ!)


 考え事をしてるアリスの顔面に魔法が飛び込んでくる、辛うじて避ける。


「本気の勝負の最中によそ見をするな!さあ!かかってこい!」


 アリスはとりあえずゴールボールを中心に逃げるように飛行する、山神は時々魔法を放ちながら追跡する、その間アリスは一つの決意をした。


(本気か……しかも識人として、ステアの生徒ではなく識人としてのあたしとの本気の勝負……なら外道とかいってらんねえなあ!誰が言ったんだっけ?『恋と戦争で手段は選んじゃいけない』だっけ?旧日本人……旧世界に生きた人間の意地の悪さ思い知らせてやる!)


 アリスがニヤリと笑うと、とりあえずゴールボール周りを旋回しアリスと山神の位置を確認する、ちょうどアリスの後ろを追いかける形になっているが少しずつ山神が旋回軌道の内側に入っているのが分かる。


(……次か?いや後二回目の旋回時!)


 アリスが旋回軌道に入った五回目の終了時、ちょうどゴールボールと山神、そしてアリスが一直線になった瞬間、アリスは山神に向かって4発水球を放った。最初の三発は普通の大きさの水の魔法で……そして4発目ではギリギリ生成できる小ささで水の魔法を放った。


 山神は先ほどとは違いちゃんと杖を構えアリスの放った一発目を無力化する。


 アリスはスピードを上げて旋回半径を縮小、山神に向けて杖を構えようとする。それに気づいた山神は杖をアリスに向け自らもアリスに近づく、その際箒のシールドで二発と三発目の魔法は無力化された。


「ラストおおお!……おっ!?」


 アリスが山神に向けて杖を振る……が、魔法は放たれなかった。アリスはしまったというような顔になる。会場がどよめき誰もがアリスの魔素切れを確信しまたその瞬間を山神も逃しはしなかった。


 山神はアリスに向かって水球を放った。


 誰もがアリスの敗北を悟った……同時にそれを見ていた両チームの人間もアリスの敗北を確信し、臨戦態勢に入る。


 しかし、アリスは箒の先を魔法が来る方に向けたのだ、そして魔法が箒に当たるとその衝撃でアリスと箒はくるくると回りながら吹き飛んでいく


(ぐっ!まだ!終わるわけにはいかないんでね!あと少しだけ時間が稼げれば……)


 吹き飛ばされたアリスがようやく体勢を立て直し山神方を見る……とすでにアリスの目の前に魔法が迫っていた。


(やば!さすがにこれは防げん!……いや、諦めるなあああ!)


 アリスは箒から身を投げて両腕で箒につかまる形にして魔法を逃れた。


(さすがに……もう体力残ってないって)


 だが、山神の放った魔法は一つでは無かった、まるでアリスが下に避けることを見越していたかのように……だが、その感覚は少し長くまるで避けれるなら避けてみろと言わんばかりだった。


(ふふふははは!くっそがあああ!)


「一瞬上昇!そのまま下がれ!」


 箒は一瞬急上昇すると一気に下がる、アリスは上昇と下降の力を利用し体を持ち上げる、そして持ち上がった体で箒の上に乗ると思いっきり上にジャンプした。アリスの足があった場所を魔法が通過しアリスが戻るが体力の限界で箒にしがみつくしかできなかった。


 同時にアリスは両手を上げる、降伏の合図だ。


「どうした?」


 降伏したアリスに山神は杖を構えながらゆっくり近づく。


「いや、どうしたもこうしたもあたしの負けです」

「負けを認めるのか?」

「ええ、そもそも識人と先民の勝負ならまだしもズトューパの試合じゃあ条件が厳しすぎますもん。私は先輩に対しての攻撃手段が体当たりか体術しかない、それに比べて先輩は魔法が使えるしそれを防ぐ手段が無い……もし識人と先民の勝負だったら条件は対等にしないと理不尽じゃないすか」

「まあ。確かにそうだな」

「それに、勝負には負けたけど試合には勝ちましたもん」

「何?どいう意味だ」

「あと、数秒で分かります」


 数秒の沈黙後突如ゴールボールが割れる音とゴールボールがあった場所には大きくゴールボールを打ち抜いたチームの名前が浮かんでいた……花組と。


「なんと山神選手とアリス選手の激闘直後!突如としてゴールボールが割れた!しかし!ゴールボールにはくっきりと打ち抜いた組の名前が!花組だ!つ、つまりこの試合!12対11で花組の勝利だあああ!」


 練習試合とはいえ、数か月ぶりの勝利で会場と花組の選手が歓喜の渦に沸く中鳥組の選手……特にアリスと対峙していた山神は驚きの表情を隠せない。


「何故だ!」

「先輩との一騎打ちの前に峰先輩に聞いたんですよゴールボールを打ち抜く魔法の大きさに制限は無いですかって……そしたら別に大きさに制限は無い、へたしたらBB弾レベルの大きさでもゴールボールに当たれば試合終了になるって」


 そういうとアリスは左手でBB弾の大きさの穴を作って見せる。


「まさか、最初から最後までそれを狙うために?」

「いえいえ、さすがに。最初は先輩を脱落させれば鳥組に動揺が起きてそのどさくさでゴールボールを打ち抜ければと思っていたんですが、まあ先輩方は100パーあたしが負けると思ってたようですけど!……それに先輩言ってたじゃないですか、私を識人として本気で戦うって!だから識人としての戦い方を実践したまでですよ!戦術的には差しの勝負には負けましたけど戦略的には勝利です!」


 アリスは山神に向かってVサインを送る。


「君の生きた世界……旧日本とやらはそうでもしなきゃ生きていけないのか?騙しあいをしなければ生きていけない世界なのか?」

「……私に記憶はありませんので、分かりません。でも技術が進化したり、価値観みたいなのが多様化していけば自ずとそういう生き方になっていくと思いますよ?誰だって自分の考えが正しいと……他の人に勝ちたいと思うのは普通じゃないですか」

「旧日本は旧とは呼ばれるが、この世界よりも進んでいるが故の問題も起こっているのか。それを知る識人ならばそうならないようにするのも可能だとは思うんだがな。まあ私としてはそういうことが起きないと祈るだけだな」


(どうだろうな……この世界でも技術は進化していく、もしあたし以外の識人が転生してきてパソコンやら携帯やら発明して、意見の発信が容易になったら今まで意見をすることが出来なかった少数が力を持つことになる。……人間の本質は闘争……誰が言ったんだっけ?間違ってようが自分の意見が正しいと、争うようになる。そうなったら誰にも識人ですら止めるのは難しいと思うな)


「それはそうとして勝ったのは君だ。ほれ、仲間たちの祝福が来るぞ?」

「ん?えーと、それってどういう……」

「「「アリスーーー!」」」

「は?あ!ちょっ!待っ!」


 アリスは残っていた花組の選手全員に抱き着かれその衝撃に残っていた体力をもってしても耐え切れず気絶した。


「あ」

「さすがに体力の限界か」

「さあ、勝利の立役者の凱旋だ、さっさと控室に運んでやれ」

「ああ、そうするよ」

「峰」

「ん?」

「良い後輩を持ったな」

「……お前もだろ?」

「何?」

「春浪が居なければここまで白熱した試合にはならなかった。今日のMVPはこの二人だ」

「そうだなこちらも十分労うとするよ」

「ああ、さあ!さっさと運ぶぞ!歓声も聞きたいだろうが今はこの新人で識人のこいつを静かな場所で休ませよう!あ、おい山神!」

「なんだ?」

「約束忘れてないよな?」

「は?約束?」

「こっちは久しぶりに勝ったんだ、確実に寮で祝勝会するんでな!奢ってくれるんだろう?」

「な!?俺は個人的に奢るだけで……」

「んーーー?奢ってくれるとは言ったが個人とも集団とも言ってないよなあ?ちょうどいい!鳥組も参加して反省会を含んだ祝勝会しようや!もともと練習試合終わったら両チームブリーフィングすんだろ?なら合同でやった方が良いじゃねえか?その方が良い!久しぶりに勝ったんだ鳥組ももちろん祝ってくれるんだろうしなあ!……あと、俺たちは少し用事があるから会場の設営頼んだわ!花組の寮の一階使ってくれていいからさ!花組の人間には伝えとくからさ!」

「お前!最初からそのつもりだったのか!」

「さあ?どうだろうな!」

「……っ!なるほどな分かった今回だけだ」

「察してくれて助かるよ」


 両チームの選手は気絶してるアリスを含めて大歓声の中、自チームの控室に戻っていくのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?