「……ん?……お?ここは……知らない天井だ」
アリスが目覚めると、試合前に居た場所とは違う場所に寝ていることに気が付く。目だけ動かし自分の居る場所を観察するとそこは試合を終えた選手たちが待機するいわゆるブリーフィングのようなところだと推察できた。
しかし、何故そこに簡易ベッドがあり自分が寝ているのか分からなかった。
(えーと、まずは状況確認だ。あたしはズトューパの試合に出た……そして勝った。だが、なんであたしはここで気絶してんだ?ここは多分魔法に撃たれて脱落した人が運ばれる場所なのは分かるけど……あ、あー、試合終了の時に皆に抱き着かれた衝撃でこと切れたのか、皆久しぶりの勝利でテンションバグってたのかな……ん?)
アリスは自分の左手が握られているのを感じた、見てみると香織がアリスの左手を握りながら笑顔で勝利のテンションに酔いしれている選手たちを眺めていた。
(……可愛いなこいつは!)
香織の頭を撫でようとしたときそばにいた香織よりも、そして誰よりもアリスの目覚めに反応した者がいた、小林だ。
「あ、起きたー!アリスちゃーん!英雄が起きたぞー!」
「「「おおおおお!」」」
小林がアリスに抱き着き頭を撫でまわす、と同時に先ほどまで沸いていた花組の選手たちのボルテージも今日一に達した。
(超うるせー!けど小林先輩の胸が!胸が当たる!これは!友里さんとはまた違っていい!良いぞこれは!)
小林の胸の感触を楽しんでいたが峰がアリスから小林から引きはがした。
「ちょっと何すんの!?」
「ああ、胸が!」
「あのなあ、アリスは識人でズトューパデビューなんだぞ?まあ成田もそれは同じだろうがズトューパに対して心構えも準備もほとんど出来なかったアリスが体力の限界を迎えるのは当然だ。終盤は完全に気力だけでやり切った感じだろう。もうちょい優しく労わってやれや」
「それは一君がやればいいの!私は私のやり方で後輩を褒めてるんだもん!ねー?」
「ねー!」
「ねーじゃねえが」
「盛り上がっているところ悪いが失礼する。アリスよくやった」
勝利のボルテージが上がっている中、柏木が部屋に入ってくる。するとボルテージは少し下がり空気が少しピリッとした。
「いや、別に騒いで良いよ。私も鬼じゃない、最低限のモラルが守られれば誰も勝利した者が勝利の美酒に酔いしれるのを批判する権利は無い。それに私だって花組の人間だ、教え子が勝利したんだ、私だって騒ぎたいさ。さあ!おめでとう!」
柏木が激励を飛ばしアリスの頭を撫でると下がっていたボルテージがまた一気に最高潮に上がった。
(なんだろう……今までの撫で方とはまた違う……乱暴に見えるけど少し安心する撫で方だ)
「柏木先生、アリスをエキーパーに指名したのはこのためですか?」
唐突に峰が柏木に質問する。
「半分賭けだったがな。来たばかりの識人ならばズトューパに対しての予備知識もほとんどない。そういう人間ほど試合では予想しない動きをしてくれるから相手を翻弄するかもしれないと思った。それに識人は転生前の記憶はないが知識ならある。我々の知らない戦術をやってくれると判断しての采配だった……まあ練習試合だから勝とうが負けようがこちらには経験というものが残るから試すに値すると思った……それだけだ」
「……」
(柏木先生……識人を過大評価しすぎじゃない?あたしは自衛官でもなければ有名なスポーツ選手ってわけじゃないんだが!ましてや今年になって高校生になったんだぜ!?もしかしたらスポーツのユース等に所属してた可能性はあるよ?でもさあたし、サッカーも野球もルールほとんど知らんからね?今回はただのだまし討ちがうまくいっただけで次も上手くいくとは……)
「でも今回の作戦はある意味博打ですよ。相手がアリスのことを知らなかったから上手くいったものの、次は研究されて上手くいきませんし、対策してきます」
「だろうな」
「だったらなんで……」
「ここに順の卓越したコントロールが入ったらどうなると思う?」
「!?」
峰が驚く。そして考え始めた。そして柏木が続ける。
「そうだ、確かにアリスや小林などワンポイントで特出した選手がいるというのはどのスポーツでもありうる。しかし、それがチームに馴染めないと意味が無い。その役目が順だ。小林は確かに全体を見通す能力は高いが戦術を考えるのは出来ない、アリスは逆に一般的には考えないような動きで相手を翻弄することが出来るがコントロールしないと味方まで翻弄されては意味が無い。この特殊な奴らをコントロールするのが指揮官の役目なんだ。良いか?いい指揮官というのはな、優れた戦術で勝利に導くのも仕事だが個性にあふれた部下の能力を見抜いて適材適所で使うことも条件の一つだ。順ならそれが出来ると思っている」
「なるほど、それは面白いですね」
「まあ、あとは順を加えて練習あるのみだな。机上論だけでは意味が無い。それはそうとここにはこの勝利を祝うべき人間が一人足らんと思わないか?」
「え?あ!」
「ん?」
アリスは誰か分からなかった。しかし、周りの者はすぐに気づいた。
「アリス気づかんか?ここに居る峰は副部長だ。そして小林は部長代理、つまり本来の部長がここに居ないんだ」
「ああ、確か今病院に居るんでしたっけ?」
「そうだ、本来ならば誰よりも勝利というものに執着な奴がここに居ないのは寂しいことだ。だから早速報告に……」
「ああ、それならさっき俺が電話で……」
「なら!私行ってくるね!」
「え?おい!」
小林は我先と部屋を出ていったユニフォームのままで。
「順が小林を部長代理に指名した理由がいまだに分からん」
「それは順が一時的に部長になるのと完全に部長になるのでは仕事が違うからと言ってましたけど」
「ほう?まあいいか。それと峰何か言ったか?」
「……試合終了直後、俺が順に電話して勝ったって伝えた。電話越しでも分かるぐらい喜んでた」
「そうか」
全員が小林の行動に溜息をもらしていた。
「本当なら新入部員連れてって挨拶させようとしたんだが……小林を戻すのもめんどいな」
「なら俺が行ってきましょうか?」
「いや、私が行こう。顧問としてな。部長代理が我先にと部屋を出ていったんだぞ?これで副部長まで出ていってみろ、指示を出すものが居なくなる、それはそれでまずい。それにあのバカ着替えもせずに出ていったから着替えをもっていかなけりゃならん。それに個人的に言いたいことが色々あるし……もしかすると……こういう時は女子だけで行った方が色々と都合がいい」
「ああ、なるほど」
一年を除き全員がニヤニヤと笑い出す。
「ついにか」
「さっさとくっつけばいいのに」
「さすがの順も約束は守るだろうよ」
「その場に立ち会えないのが残念だなー」
反応は様々だ。
(はーん、なるほどね。そういうことか、ならここは新入部員として小林先輩の勇姿を見届けないと)
「さて本当なら顧問の私が締めの言葉を言うべきなんだが、馬鹿が一名先走って病院に行ったため、人数が揃っていない。なので部長への勝利報告と新入部員の紹介も兼ねて私が部長の所へ行ってくる。副部長は皆を掌握し、寮へ戻ること。それに今頃寮内はお祭り騒ぎだろうからな、一緒に祝勝会の準備でもしててくれ。久しぶりに勝ったんだ、今日は私の奢りだ」
花組の選手から歓喜の声が聞こえる。
「ああ、それならさっきの試合の勝敗を山神との賭けで勝ったので今日の祝勝会は全部鳥組の奢りになりました」
「……お前そういうところは抜け目ないな。……だが、そういうのは生徒同士だけにしとけ。さすがに教師が生徒から奢られるわけにはいかん。それに私は花組の勝利の褒美としてお前たちに奢りたいんだ。祝勝会の分だけは私が奢るよ。それに今日は何が何でも順を連れ出す、祝勝会に部長が居ないのは話にならんからな。と、言うわけだ山神に伝えな」
「了解です」
「さあ、新入生諸君。行くぞ」
「「「「はい!」」」」
拍手喝采の中、アリスたちは部屋を後にした。