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技術革命 2

「あ、いらっしゃい。待ってましたよ!」


 転の儀場を離れたアリス達は車の後部座席に新しい転生者を詰め込み、桜木家へ向かった。そして数分の走行の後に着いた家でアリスを出迎えていたのは一か月前に会った女性であった。


「明日香さん、いつも通りに三階に行くから食事をお願いします。後、アリスも連れてきました。……積もる話もあるでしょうし、後はよろしくお願いします」

「分かりました」


 龍はそういうと足早に転生者を連れて三階に歩いていく。


「アリスさん!」

「え?ふご!」


 アリスは急に明日香に抱きしめられた、それもかなり強くだ。


「え?えーと」

「あ!すみません。どうしてもアリスさんにお礼を言いたくて!だってアリスさんは主人の命の恩人ですから」

「あ、あー」


 正直アリスは戸惑った。


(正直言うとほとんど覚えてないんだよね、聖霊魔法が発動したことも目の前で傷が治っていくとこは知ってるけど、最後の方なんかほとんど魔素切れで意識朦朧としてたからなあ)


「明日香、龍さん来たけど……あ!」


 明日香の夫である裕也が玄関まで見に来た。そしてアリスの顔を見たとたん駆け足でアリスに近づき深々とお辞儀をしたのだ


「え!?ちょっと!?」

「あの時は本当にありがとうございました!妻から聞きました、アリスさんが聖霊魔法で私を救ってくださったと!本当に感謝してもしきれないです!」

「え?師匠から私が聖霊魔法使えるって聞いたんですか?」

「ええ、本当は私たちにも秘密にする予定だったそうですが、救われた人間には本当のことを話すと、当然誰にも言わないようにと釘を刺されましたけどね」

「ああ、なるほど」


(まあ、自分を助けたのが医者を除いて見ず知らずよりも見知った人間の方が安心感はあるか……いや、師匠としてはこの人が私に恩義を感じさせた方が後々良いと判断したんだろうな、あの人のことだし)


「ちょっとあなた、命の恩人を玄関に立たせておくのはあれでしょ?今日は泊りなんだし早く中に入って食事をしましょ。それに里香も会いたがってますから」

「そうだな!アリスさん今日は盛大にもてなしますからね」

「あー、はははお手柔らかに」


 それからアリスは家の中に入り里香と再会し、桜木家と一緒に食事を楽しんだ。


 転生してからステア魔法学校に入学したこと、転生して初の友人が霞家と呼ばれる名家だったこと、箒に乗ったことも無いのにズトューパ部入り初めての練習試合でファインプレーでチームを勝利に導いたことなど話題は尽きなかった。



 食事も終盤になり、ゆっくりデザートを楽しんでる時、裕也が言葉をこぼす。


「それにしても龍さんが弟子を取るなんて、今でも信じがたいなあ」

「そんなにですか?」

「うん、だってあの人400年生きてるでしょ?不老不死だって知ってるけど後進を育てることを考えたことだってあるはずだよ?なのに聞いた話じゃ神報者になってから弟子を取るのはアリスさんが初めてって聞いたからね」

「ちょっと聞きたいんですけど、師匠が不老不死になった理由ってなんでなんですか?」

「あれ?龍さんから聞いてない?なら本人から聞かなくちゃ」

「いやだって師匠は自分の事全然喋らないし」

「聞かないからじゃ?」

「……聞けば喋ってくれますかね?」

「でも聞かないよりましじゃない?」

「まあ、そうですね」

「それにさ、転生してから不老不死になったわけじゃないからさ。途中から気づくもんだよ?自分は不老不死になったんだって、ならそれまでの間で一回は弟子を取ろうと考えるはずなんだよね。なのにアリスさんが初めての弟子……なんでだろうね」

「それこそ本人聞いた方が良いんじゃないですか?」

「ははは、そうだね」

「そういえば、師匠は今何してるんですかね?」

「ああ、転生者が目覚めるまでそばで見守っているんだよ、僕たち先民より事情に詳しい転生者が近くに居てすぐに説明できるようにする方が転生者の精神衛生上良いってね」

「あー、うん、なるほど?」


 アリスは少し首を傾げた。


(400年生きて時代の流れにあまり乗れてない人が説明?ジェネレーションギャップで余計混乱するんじゃねーの)


「でもいつもならもう起きるはずだから、アリスさんも様子を見に行ったら?」

「あー、そうで…」


 その時だった。男の軽い悲鳴と激しい物音をアリスは耳にする。


(悲鳴……師匠のじゃないな。とするとあの銀髪かな?起きた直後に悲鳴と物音……ちょっと混乱してる?まあ、分からんでもないかなあ。あたしもそうなったし)


「ちょっと行ってきます」

「行ってらっしゃい」



 アリスが三階の屋根裏部屋風の部屋に上がると、そこには煙管を吹かしながら右手で杖を出そうとする龍と部屋の奥に置いてあるベッドの上でしゃがみながらそれでも防御姿勢を取っている銀髪の少年がいた。


 アリスは眼球だけを動かし、少し状況を観察した。


(恐らく……本当に転生してくる人間を一日だけ寝かせておくだけの部屋だ。調度品もほとんどないベッドと箪笥が置いてあるだけか……そして師匠は壁際に座って煙草を吸っている、まあ杖を出そうとしているのは防御のつもりかもだけど。気になるのは少年、床に何も落ちてないってことは物を投げたんじゃない、恐らく起きて床に立ったけど師匠っていう見ず知らずの男と同じ空間に居るという状況にビビッて叫び声をあげてベッドの上に飛び乗った所かな、あとは……)


「おいアリス!」

「うえ!?何?」

「何しに来た」

「様子見に」

「いらん世話だ」

「そんな事ないでしょ、見てよちょービビってんじゃん」

「いつものことだ」

「それにしてもビビり方が異常でしょ?起きたら、長髪で袴姿で刀持っている男見たら誰だってビビるでしょう?」

「そうか?知らん。これが俺のやり方だ」


(マジで400年間このやり方貫いてきたと?転生者の中で自殺してきた人間の中に師匠が原因なのあるんじゃね?)


「師匠正直に言ってすぐにやり方変えた方がいいよ、時代も変わっているんだから現代人にあったやり方じゃないとそりゃあ自殺者増えるって」

「なんだとお前、俺のやり方に文句でもあるのか?おう?」

「文句あるからそう言ってんでしょうが!そんなことも分かんないの?400年で脳みその使い方忘れたんすか?」

「ああ!?お前なあ!」

「ちょっと!」


 アリスと龍が言い合いをしていると割って入る声が一つ、銀髪の少年だ。同じ空間に訳の分からない侍姿の男と高校生の女子がいきなり喧嘩を始めたのだ、終わるのを待つか割って入るかの二択だが、銀髪の少年が選択したのは後者だった。


 銀髪の少年の声で言い合いは止めりその代わりに二人の視線が同時に少年へ向く。


「……」

「……えーと」

「僕を置いて喧嘩しないでもらえますか?まずあなた方は誰でしょう?それにここは何処ですか?これ誘拐ですよね?知ってますか?日本で誘拐は解放すれば罪は軽くなります、ですので早く僕を開放したほうが良いかと」


(あー、これ多分だけど、めんどくさいタイプの奴だ。見た目と口調で分かる。てか、誘拐かあ。まあ一般的に考えればそうか……あたしもそう思ったし。誰か教えてくれませんかね!旧日本からこの世界の転生も誘拐ですかあ!もし誘拐なら主犯は誰ですかねえ!一言モノ言いたいんですけど!)


「あの、ここはどこですかと聞いてるんですが」

「うーんとだね、それを話すなら……どうしようか」

「ここは地球でないぞ?お前はしん……」

「チョーと待てやあ!」


 すんでの所でアリスは龍の口を塞いだ。焦る顔で龍の耳元に口を近づける、少年に聞かれないためだ。


「(何すんだ)」

「(何すんだじゃないでしょうが!なにいきなり死亡宣告しようとしてんのあんた!そんなこと言われたって分かるわけないでしょうが)」

「(それでもこれが一番早い)」

「(確かに速いですよ!でもよそれって準備運動してないのにいきなりスポーツするくらい無謀だろ!あたしの時もそうだったけどさ、お前はいきなり死んだって言われても馬鹿なのこいつで終わるだけでしょうが!)」

「(じゃあお前はどうするんだよ)」

「(……ちょっと試してみるんで見てて)」


 アリスは少年に向き直る。そして、大きく深呼吸をし少年を観察する。


(少し考えよう、見た目は中学生ぐらいか?てか本当に日本人か?銀髪……香織みたいで可愛いなちくしょう。今の子って中学生でもラノベ読むんか?転生ものって流行ってんの?まあアニメ化とかされてるくらいだ人気って言う体で行こう。ならここはゲームのチュートリアルっぽく)


「えー、おっほん!」

「何でしょう?」

「えー、君名前は?下の名前」

「は?普通名前を尋ねるのであれば自分からというものでしょう?それに何故下の名前なんです?苗字でもフルネームでもなく。それに誘拐するのに相手の名前も知らないってどんな計画の杜撰さですか」

「いいから」

「はあ分かりましたよ、……あれ?苗字出てこない……あ、でも名前は分かる……卓〈たく〉だ」

「うんうん、卓君ね。じゃあ卓君、君は結構若めだけどラノベは読む方かな?」

「は?まあそれなりには」

「じゃあ異世界転生ものも読むよね?」

「まあそれなりには……何が言いたいんです?」

「もし、卓君の今いる場所……今いる世界がその異世界だとしたらどうする?」

「……ありえませんね。仮にそうだとしたら僕が死んでることになりますからね」


(そうだよね!いきなり目覚めたら知らない場所にいる……ここに来た時の記憶はない……まあ普通なら死んだとは思わんじゃろ。適当な薬盛られて連れてこられたともうのが普通だよね!)


「うん、卓君は残念ながら一度死んでる、理由は分からないけどね。そして転生してこの世界に来た」

「ですからありえないですって!死んだときの記憶もないんですから、もし僕の今いる世界が異世界なら証拠を見せてください」


(ほれ来た)


「うん、今から見せるよ」


 アリスは龍がちょうど煙管の煙草を吸い終わるのを確認し、杖を取り出して龍に向ける。


「ん?なんだアリス」

「師匠、煙管に煙草を詰めてください」

「……あいよ」


 龍は今からアリスがやろうとしていることを理解し吸っていた煙管の煙草の灰を捨てて新しい煙草を詰めた、また火が付きやすいように煙管を上に向ける。


「まさか、煙草に火をつけるおつもりで?その杖で……魔法でも使うんですか?」


 まだ卓は半信半疑で見ている。それどころかアリスに嘲笑の目すら向けている。


「そうだよ」


 アリスは目線を煙草に向けて呪文を唱える。


「フォフト《火よ起これ》」


 杖の先からジッポライターの火より少し大きめの火が杖の先より出てくる、その日は煙管の煙草を燃やし龍が吸うと龍の口から煙が吐き出される。そして、卓の目が丸くなる。


(な?どうよ!あたしだって必死に勉強しとんじゃい!)


「な!?嘘……いや、手品の可能性もあります。その杖にライターが仕込まれている……それなら説明できます」

「お前なあ、今の見て……」

「大丈夫っす師匠」


 まだ魔法の存在を認めようとしない卓に嫌気がさす龍だが、アリスは織り込み済みという顔で今度は卓に近づき、卓に杖を向ける。向けられた卓は杖の先端を凝視した。


「何です?確かに、杖には火が出るような穴はありませんが付けるときだけ穴が開くように加工すればいいだけのはなし……」

「アネーグマ《風よ吹け》」


 今度は杖から扇風機の弱風の強さの風が卓の顔めがけて噴き出す。


「な、う、そばばばばば」

「どう?まだ、手品だと思う?仮に手品でもこれだけの強さの風を出そうとして加工してもこの杖の大きさには出来ないと思うけどこの杖の大きさに小型扇風機とライターは共存できなくない?」

「……確かに」


 アリスは杖を持ったまま、床に座る。


「信じた?あなたは死んでこの世界に転生してきたってこと」

「……」


 卓は黙てしまった、何か考えているようだ。


(……まだ、無理か?この子結構頑固か?一応この家に迷惑かからないような魔法を選んでるけど……後は無難なのは水の魔法くらいか?でもなあ水入れるようなもの無いしなあ、ん?師匠がいるじゃん!この際、今までにあほな対応して死んじゃった転生者の報いでも受けさせますか)


「まだ、信じ切れないか……まあそうだよねもしかしたら技術が発達してこの杖のサイズで風が出るような機械が出来てるっていうこともあるかもしれないからね」

「いえ、僕は何も」

「ちょっと待って」

「師匠ちょっと上向いて口開けて」


 今度は龍の前にやってくる。


「は?なんで」

「いいから」


 龍は今回はアリスに任せることにしたのか素直に上をむき口を開けた。するとアリスは左手で龍の口を押えて少し上から龍の口めがけて杖を向ける。


「……はひふさん〈アリスさん〉?はひふふひへ〈何する気で〉?」

「ネローイ〈水よ流れよ〉」


 杖から出てきた水はそのまま龍の口に入っていった。最初の数秒は飲み込むことが出来たが残念ながらすぐにあふれ始める。


「お、おば!らりやって!やえろ!ほけ!おぼぼぼ」

「何言ってるか分かりませんよー」

「……えー」


 仲間同士だと思われていた二人の内一人がいきなりもう片方に水攻めを開始したのだ。理由が分からなければ誰だって引くだろう。


「どう!いくらライターとか扇風機仕込むことが出来ても、水は無理じゃない!この杖の質量でこの水量を出すのはどんな加工しても不可能じゃない!どう!この世界は異世界で魔法があるって信じてくれた?」

「もう信じましたよ……いつまで続けるんですか」

「今までの転生者がこの男のせいで怖い思いしてきたからせめてもの報いを受けさせる!」


 が、それも長くは持たなかった。いくらアリスとはいえ龍の力には敵わない、龍は左手で杖を払い右手で口を持っていた左手を払った。いくら弟子とは言え女の子を突き飛ばす行為はためらったのだろう。


 アリスの手から離れた杖は水を止めて地面に落ちる。そして静かに龍はアリスを睨んだ。しかし卓の顔を見て何か考えると溜息をついた。


「なんです?師匠」

「……いや、まあ正直今までで一番転生者を諭すのが早かったからな、感服してるよ。それに前々から転生者に対しての接し方を変えた方が良いとは言われたんだが中々分からなくてな」

「そりゃあ、師匠は私たちのような現代に生きたことが無いでしょうから生き方も価値観も知らんでしょうからね」

「あの……どういう意味で?」

「ああ、この人……私の師匠はね……これこそ信じられないと思うけど、不老不死みたいなんだよね」

「……異世界のチートみたいな感じでしょうか」

「さあ?ねえ師匠……なんで不老不死になったの?私も聞いたことが無いんだけど」

「聞かれなかったからな。あまり見せる物ではないんだが」


 そういうと、龍は右腕の袖をまくり始める。肘から手首までが包帯で巻かれていた。まるで……。


(腕に包帯って……中二病か?)

「中二病なんですか?」

「卓くん!私ですら言わないようにしたのに!」

「すみません、口に出てしまいました」

「中二病って言うのが何だか知らんが……まあ見ろ」


 龍は包帯を取る……その瞬間、アリスと卓は悲鳴こそ上げなかったが目を大きく開き後ずさりした。そこには西洋風に言えばタトゥー、日本風に言えば入れ墨があった。しかしそれだけだったらアリスも卓も驚かない。普通に無数の茨と一匹の蛇が描かれた入れ墨だ。


 問題なのは、入れ墨が動いているのだ。しかも書いた動物等が好きなように動いているのではなくその場に止まっているが揺れ動いているというのが正しいだろう。


「……キモ」

「アリスさん!?」

「……あ!ごめん口から出ちゃった」

「まあ気持ちも分かる、もし動いてなければ包帯巻く必要ないんだが、これだろ?さすがに見せれん」

「なんでこうなったのさ」

「400年前、とある闇の魔法使いを封印するときに食らった」

「ヴォルデモート?」


 現代人なら闇の魔法使いですぐに思いつくのはその名前だろう。


「いや、転生者によく言われるが違う。俺が封印したのは闇の女王ファナカスだ。封印が完了する直前に呪いの魔法にやられた」

「何の魔法なん?」

「さあ?」

「さあって!」

「だって不老不死になったって気づいたのそれから数年後だし、呪いをかけた張本人は封印中だもんで」

「なるほど」

「卓くん……何がなるほど?」

「もし、魔法が本物で呪いも本物なら不老不死になり400年間生きてきた……しかもこの入れ墨のおかげで人からも避けられた、でも仕事だけは全うした……考えた方や価値観が更新されないのは仕方ないのかもしれません」

「ああ、そういうことか。あまり人と話さないから人の心も分からない……恋心が分からないのはそのせいか」

「お前は何言ってんだ?」

「師匠……400年間も独身貴族貫いてきたんですね……すごいっす!」


 アリスと卓はしみじみと龍の400年に及ぶ偉業に感動していた。


「独身貴族?独身は結婚してない人間のことを言うはずだったが、独身貴族ってなんだ?」

「生涯を結婚しないで過ごす人ですよ、まあ結婚していても離婚して独り身に戻って過ごす人も当てはまりますが基本は一度も結婚せずに独身のままいく人が当てはまりますね」

「俺、普通に結婚していたが?」

「……またまた」

「いや本当に、まあ300……350年ぐらい昔だから覚えてないけどな。今でも妻の顔と名前は憶えてるよ」

「「…………ええええええ!」」


 今日一大きい声が桜木家に轟く。


「……そんなに驚くとこか?子供もいたし、最終的には孫までちゃんと育ててる」

「……でも今寮で生活してるじゃん!子孫いるんなら一緒に暮らす方が……」

「大昔に日本全土で疫病が流行ってな、俺以外の一族は死んだ」

「……あ、ごめん」


 龍とアリスが暗い顔をしているとお構いなしと卓が質問をする。


「あの、暗い雰囲気の中申し訳ないですが、どなたかスマホ持ってませんか?」


 その質問が飛んでくるとアリスは顔をしかめる。


(その質問来ちゃうかー、どうにか意識しないようにしてたのに…やはり現代人)


「持ってないかな」

「え?じゃあこの家の人の借りたいのですが」

「この家の人も持ってないかな」

「じゃあ、パソコンを貸してくれませんか?色々質問するより自分で調べた方が早いのでこの国についても色々調べたいので」

「……えーと、卓君、落ち着いて聞いてくれる?」


 その後、アリスはこの異世界が月一で日本人の転生者がやってくる事、今いる国が第二日本国と呼ばれていること、そして残念ながらパソコンが無い事、技術的にまだ発明されてないことを伝えた。


 すると卓の顔から少しずつ笑顔が無くなっていく。


「卓君!落ち着いて!」

「大丈夫です。……確かにパソコンの基礎はイギリス人のチャールズ・バベッジが作ったとはいえそれを知識のみでこの世界に持ち込んだ人間は今の今までいなかったということですね」


(まあ、そうだよな。覚えてる限りじゃあ、パソコンの基礎って第二次大戦中に発明されたって聞くしなあ、そうかチャールズさんが作ったんやなー……ん?ちょっと待て、今の今までってことは)


「ん?ちょっと待って。卓君もしかしてだけど」

「なんですか」

「作れる?パソコン」

「まあ、パーツがあれば一時間あれば」

「あー、ごめん質問を変えよう。パソコンの基礎そのものを一から作れる?」

「……なるほど、CPUやメモリそのものを一からしかもプログラムもですか……まあ素材と時間、人材が居れば出来ないことも無いですけど。問題が……」

「何!?」

「アホホド時間が掛かりますよ?」

「出来ないよりは構わん!」

「師匠――――!」


 ちょうど転生者の情報を記録しようとしてた龍の肩をアリスが思いっきり掴む。まだ筆に墨を着けていないことが幸いしたが墨壺からは少し墨汁がこぼれる。


「今度はなんだ!」

「師匠、基本的に私ぐらいの年の転生者は多分日本の学校に入れますよね!」

「まあそうだな、卓もそうなる」

「駄目!却下!」

「なんで?」

「卓君はパソコンが作れる!しかも一から!学校に通わせるなんてしてないでパソコンを作らせた方が良いって!」

「だがなあ、この国の法律やら最低限の魔法やら教えんことには」

「正直言って!卓君はあたしよりも頭が良い!この年でパソコンを一から作れる時点でそれは確実!パソコンを作った方がこの国も豊かになるよ絶対!パソコンを作る片手間で教えれば良いって!」

「……」


 龍は一度卓を見る。


「卓、教えてくれ」

「何でしょう?」

「現代?だったか。新しい転生者が来れば来るほどその……スマホ?パソコンを熱望される。見ての通り俺は君たちの技術は知らない時代にこの世界に来た身だ。そこで質問だ、この世界……この国にパソコンを開発することによってこの国は豊かになるのか?」

「お師匠さん」

「龍で良い」

「じゃあ龍さん。計算は得意ですか?」

「ん?まあそろばんを使えば」

「いいえ、暗算……頭で計算するのは?」

「……簡単な計算……足し算引き算なら三桁……頑張って四桁ぐらいなら」

「パソコンは桁にもよりますが十数桁なら数秒で計算できます」


 ここで初めてパソコンに懐疑的だった龍が驚きの表情を見せた。


「良いですか龍さん。本来、パソコン……コンピューターというのは人間では到底できない計算処理をするために開発されました。人間だったら頭がパンクするような計算を瞬時にやってのける。それが今ではその処理能力を使っていろいろなソフトやアプリと呼ばれるものが開発されました。人の生活を豊かに……ですか。豊と便利が同じかどうかは分かりませんが生活が便利になるのは確かですね」

「弊害はないのか?」

「はい?」

「そんなに素晴らしいのでも欠点はあるだろ?どんなものでも欠点は存在するだろう。どんなに人の暮らしを豊かにする者でも大きな弊害があれば意味が無い」

「それはアリスさんに」

「え!なんであたし!?」


 いきなり答えを振られたアリスは龍と卓を交互に見て言葉を詰まらせた。


「……そうだなあ、この場合の大きな欠点は人の見えなかった闇が見えることかな?」

「どういう意味だ」

「こればかりは言っても分からないし、仮に言っても信じないし、対策しようがないんだよね」


 この言葉に卓もうなずく。


「そうか、なら良い。技研に言っておく」

「え?良いの?」

「旧日本でも解決出来てないんだろ?ならこの日本で議論したところで意味ないだろう。それにアリスの言い方だと恐らくだが日本人の気質の副産物だろうしな。だったら技術の進歩の方が優先だ」

「へー」

「それより、いいですか?」

「なんだ?まだ何か?」

「さっき起きていうものなんですが、時差とか関係ないのか眠いんですよ。でなんですが、私は恐らくここで寝ても良いとして、あなた方はどうするのかなと」

「俺はここで雑魚寝する」

「師匠慣れてますもんね。じゃあ私もここで寝るかな」

「いや、お前は下の来客用のベッドで寝ろよ」

「だって、将来あたしが神報者継いだらこうなるんだから今から慣れておいた方が良いでしょ!」

「そういう問題か?」

「イエス」


 十数分後、静かになったことで様子を見に来た桜木夫妻は卓がベッドに寝ているが龍とアリスが床に寝ているのを見て静かに掛け布団を掛けて静かに部屋を後にしたのだった。


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