「ちょっといいかね?」
先に口を開いたのは胸に議員バッチを付けた男だ。
「何でしょう」
「我々国会議員は憲法により、識人より重要な報告があるとどのような会議よりも優先して会議を開くという規則がある。しかし、大抵はまず会議の趣旨が先に通知されているのが基本だ。しかし、今回はそれが無い。それにだ、コーセイ電機の人間が来ているのはまだ良い、問題は私の娘が同席していることだ、娘はまだ学生だ。この場に居るべきじゃない。それに神報者の弟子と言えど同じ学生の人間がいるのもこの場にふさわしくないと思うがその点についてはどう思うんだね」
(なるほど、このひと西宮さんのお父さん……つまりは新しく総理になった人か)
「今回この会議に参加する人の人選は全て私が秘書を務める卓様が決められました。今から発表することへの理解は恐らくアリス様が一番早いかと、それに同じ年齢で先民様のご意見も頂戴したく雪様とアリス様をお呼びしました」
「……そうか、ならいい。さっさと始めたまえ、お前たちは知らんだろうが私は忙しいんだ。それよりきになるのは……」
西宮総理の視線が龍に向く。
「ん?なんだ?」
「君はこの会議に参加する気があるのか?話を聞いてないように思えるが」
「今日はお守りでね、神報者としての参加ではない。それにたった今弟子からの提案書をもらったのでそちらが優先だ。そして俺が言うのもなんだが今回の会議は内容的についていけないと判断したから俺は居ないと思ってくれて構わんよ。今回ばかりは神報者……というよりは本当の意味でのオブザーバーだな」
「そうかならこの場に居る必要はないんじゃないか?お守りであれば外で待つことも出るだろう」
「ほう?ならそこの後ろにいる秘書官や官僚もお守りならいる必要が無いな、一緒に出るか?」
「何だと!?彼らは私の執務に必要な存在だ!彼らの存在と助言のおかげで私の存在が成り立っているといってもいい!」
「は!だったら総理なんて役職必要か?俺の知る限り総理何て指示を出してるだけで後の実務は官僚がしているじゃないか。実質日本を動かしているのは官僚含め公務員……総理何てお飾りなんだなあ!」
「貴様あ!私を愚弄するのか!」
「お前を愚弄しているのではない総理大臣という役職を愚弄しているんだ。勘違いするな」
「……貴様」
西宮総理と龍がにらみ合う。がこの場をまとめたのは意外な人物だった。
「まあまあ、両方。お互いを貶しあうのは良いですが、場所を選びましょうよ」
「東!こいつの肩を持つのか!」
眼鏡を片手でくいっと上げる動作でいかにもインテリっぽさを出している同じ議員バッチを付けた総理の横に座る東はゆっくり立ち上がると両方に諭すようにしゃべり始める。
「いえ総理私はどちらの方も持ちませんよ?この官邸で行われる会議は日本の未来を話し合う場所でなければなりません。私にとってはそれ以外の目的で使われるなど言語道断。お二人とも会議に参加する意思がないのであれば総理であろうが、神報者であろうがこの場から出ていくのが筋であると考えます」
「その通りだ。だが、この会議はこの国に新しい技術が普及するかもしれん会議だアリスのお守りとしても来ているが、それ以上に神報者としてこの会議を見守る権利がある」
以外にもそれに賛同したのは龍だった。
「ですからお二人とも喧嘩をするならこの会議室の外でやってくださいという話です。何ならわだかまりを解決する場を私の方でご用意いたしますがどうしましょう?」
「いや、それには及ばん」
「そうだ、そんなことのために大事な官邸の部屋を使いたくはないな」
「でしたらお二人ともこの時間だけは会議にご集中ください。どうぞ」
「仲裁、痛み入ります」
「いえいえ」
(すごい、喧嘩を言葉だけで鎮めた……誰なんだろうこの人。バッチを着けてるってことは議員さんなんだろうけど)
東の言葉巧みな喧嘩の仲裁に呆気に取られていると隣の三穂が話しかける。
「彼は東さん、名家が多い今の与党で数少ない一般家庭の出だよ。しかもこの日本でもそうだけど議員って世襲が多い中で彼一代でここまで上り詰めた人。しかも今は内閣官房長官だから実質内閣のナンバー2だね」
「うへー、まじですか」
「それではよろしいですか?」
秘書が話を続ける。
「ただいまより会議もとい報告会を開催いたしますが、何分すべてが早く進んでおります。本来であればこの会議も所定の手続きをもって開催するのが一般的ですが、私が秘書を務めております卓様のご意向によりこのような非公式な場での会議になりました。その点に関しまして先に謝罪させていただきます。なお、非公式な会議ですので議事録にも残らないことを先にお知らせいたします。この度この場を取り仕切りらせていただきます卓様専属秘書の橘と申します」
「……」
アリスは驚愕した。官邸での会議のことやこの場が非公式であることではない。
(あの美人があの子の秘書!?)
説明をしている卓の秘書を名乗る橘にだった。
(待て待て!あの美人が卓君の秘書!?しかも専属言うた?マジで?ポニーテール……巨乳……そしてあのくびれ!そして眼鏡をかけているのもいい!があの人が卓君の秘書……うらやましすぎるだろう!あれか!まさかパソコン開発の片手間で色々教えれば良いって言ったからその家庭教師でもあるんか!うらやましいいにもほどがあんだろ)
「あれえ?アリスちゃんはああいうのが好きかな?三穂お姉さんはちょっと残念だな」
「私は三穂さんも好きですよ?友里さんも好きですが、好きに出来る美人で可愛い女性なら話が別です」
「アリスちゃん……」
三穂はアリスの言葉にドン引きした。
「それではまずこちらをご覧ください」
橘がそういうと部屋の入り口から二つの機械が入ってくる。それを見た一同は一人除いて普通の表情だった……一人を除いて。
「何あれ?」
「ほう?識人というものでも知らないものがあるんですな」
運ばれてきたのはパソコンとは似ても似つかないものだったが、パソコンと大きく違うのはモニターが無い事とキーボードの形がアリスの知っている物と一致しなかった。
二つの機械が机に置かれ、橘が衣笠に質問をする。
「衣笠様これが何かお分かりですね?」
「もちろん、タイプライターだ。今でも使っている」
「えー!これがタイプライター!?初めて見た!」
アリスが飛び上がり、笑顔でタイプライターに近づきじろじろと観察し始める。
「おいアリス!さすがに行儀が」
「構うな龍。しょうがない、現代に生きるアリス君くらいの少年少女ならタイプライターの現物など見た事ないだろう。というより触る経験もないんじゃないか?学生の好奇心というのは馬鹿には出来んよ」
「おお、おおおお!」
(これがタイプライター!頭に似たような機械のイメージあるから写真とかで見たんだろうけど、実物がこれあ!かっけえ!……あ、ヴァイオレットか……見た事ないかな映像出てこないし)
「これは首相官邸にあった備品をお借りしました」
「あれ?でもこっち知らない」
もう一つタイプライターをみて疑問に思う、アリスの知っているタイプライターよりも1.5倍も大きいのだ。
「ああ、それは和文用……英文じゃなくて日本語用のタイプライターだ」
「……そんなものもあったんだ」
「まあ、ひらがなカタカナと漢字と無数にあるからキーボードじゃなくて選んでタイプするっていう作業だ。文字の位置知らないと探すところから始まるから地獄だけどね」
「では衣笠さま改めてで申し訳ないですが、タイプライターのメリットを答えていただきませんか?」
「……人間、文章を書こうと思えば文章に個人差が出る。書く文字の大きさ、文字のきれいさ文字の形も千差万別だ。しかし、タイプライターは違う。設定を同じにすればタイプする時間は変われどすべてが同じになる、まあ文章構成等の個人差は出ると思うが……まあそれでも手書きよりも文章作成のスピードは上がるだろう。まとめると誰でも簡単に誰もが読める文章が書けるってとこかな」
「ありがとうございます。では次にデメリットを教えてください」
「デメリットか……なら私の職業での使い方で例えた方が分かりやすいだろう」
衣笠はゆっくりと立ち上がる。
「まず私は陸上自衛隊第一空挺団の団長で団本部に努めている、ここでは具体的な仕事内容については伏せるが、書類作成もまた仕事の内だ。しかし、タイプライターでは一枚の書類しか作ることが出来ない!上にあげる報告書でも部下に回す書類でも必ず原本を手元に残し複製した物を回すわけだ、つまり仕事上で使う書類は必ず複製しなければならない。これはどの仕事でも一緒だろう?」
衣笠が横にいる識人たちに同意を求めるために視線を向けた。アリスの横にいる三穂含めた識人たちは大きく頷いた。
「それでだ、作成した書類を複製する場合、活字活版を利用し書類を印刷する……まあこれは新聞を作成する手順と一緒だな。しかし、我々自衛隊は作成する書類が軍事機密の観点から外部ではなく専門の部を団内に設けているがそれでも時間が掛かる。何故なら活字活版では一枚の書類を複製すること自体は簡単だが、複製するまでに書類の文字に沿って一個ずつ文字盤を並べる必要がある、それに時間が掛かりすぎるのが今の大きな問題だ。これは個人的にだが、軍事と言うのはいかに部下たちに素早く情報がいきわたるかがカギと言ってもいい」
うんうんと衣笠が説明するたびに識人たちが頷いていたが、なんと対面に座っていた議員の後ろにいる秘書官や官僚も頷き始めた。
「しかもだ、我々は書類作成に当たって過去の書類の形や情報を参考にすることがよくある、例えば役職を引き継ぐときに使っていた書類を渡したりするのだが手元にあるならまだしも保管庫に閉まっている書類まで引っ張り出さなければならない、これは正直言ってめんどくさい!識人なら分かるだろうが、これがパソコンならどうだ?私はこの世界に来て訳30年だが、パソコンの存在も利便性も良く分かっているつもりだ。もしパソコンであれ重要な書類ならともかく、重要では無いが引継ぎの時に次の人間が仕事がしやすいようにするための書類等はデータに纏めて渡せば色んなファイルに閉じた大量の書類はいらなくなる。それに書類の保管場所を減らすということでも貢献してくれるな、一枚だけならまだいいが、紙って増えるとマジで重いんだよ」
「そうだ!」
ついに国会議員を除いた大半の人間が大きな声で賛同の声が上がった、アリスは識人側の人間としてその場のノリで声を上げた。
しかし、議員に関しては普段タイプライターも秘書に打たせているのだろう、タイプライターの苦労が分かっていないような顔だった。
「ありがとうございます」
ここまで話を聞いた橘はタイプライターをテーブルの中央に移動させると布で覆われた物体を端に持ってくる。
「さて衣笠様にはタイプライターのメリットとデメリットを言っていただきました。そして今回皆様に集まっていただきました会議の本題に入りたいと思います。今回卓様のご尽力によりこのタイプライターのデメリットを解消してくれる新しい技術が開発されました」
「ならさっさと見せたまえ」
「アリス様こちらへ」
「へ?あたし?」
「卓様曰く現状、最もこれを扱うに適した人材はアリス様だということです」
「え……だって他にも識人の皆さんが居るじゃないですか。ほら三穂さんだって」
「ごめんアリスちゃん」
「何です?」
「あたしたちさあ、タイプライターに慣れることに集中しすぎて……後、パソコンが無い生活が長すぎて使い方ほとんど忘れた!」
「……はあ!?」
「いや!分かるよ!?ちゃんと使い始めれば思い出すだけだから何も知らない先民よりは使いこなすのは早いと思うよ?」
(おいおい!もしかしてこの日本でパソコンを満足に使えるのあたしと卓君だけかい?そりゃあ無いぜ!逆にあたしが満足にっていうかちゃんとパソコンを使えないと日本にパソコンが普及するのが遅れるってか!責任重大じゃねえか!)
アリスは顔をこわばらせながら、前に歩いていく。しかも先民側の視線どころか識人側の視線も集めているのだ、プレッシャーが半端じゃなかった。
「落ち着いてくださいアリス様、大丈夫です。卓様からの助言ですが、旧日本でやったようにすれば問題ないと」
「……うっす」
(そういう問題じゃないっす!あたしが基本いじってたのは多分スマホっす!パソコンは動画見たりだとかゲームするときしか使わなかったと思いますし?もう一個……旧日本の記憶ないんだわ!覚えてないんだわ)
アリスが指示通りに座ると、目の前には布で覆われた何かがある。そして、橘が布の一端を持った。
「それでは皆様、今日の本題である卓様の発明品、コンピューター……日本語名電子計算機のお披露目でございます」
そういうと橘をゆっくりと布を取った。