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北条家事件 龍編 3

 識人会議が招集され、北条家逮捕へ踏み切ることにした龍だが、3週間龍は何もしなかった。


 厳密に言えば龍に出来ることはある部下に任せた仕事の成果を待つのみであり、いつもの仕事を淡々とこなして識人会議に招集された転生者たちが各々の仕事をして3週間後に確実に逮捕できるように信頼して待つのも龍の役目だのである。


 因みに識人達が識人会議に招集されたことは補佐元である関係省庁の長に通達される決まりになっている。


 基本的に識人はプライベートの時間こそちゃんと法的に存在するが、識人同士の取り決めにより友人を作ることも結婚することも止めはしないが、日本の為に仕事を優先することとしたのだ。


 なので関係省庁の長は何の理由で招集されるのかは分からないが例えば警察関係者の識人が招集された場合、警察関係者は通常では簡単に逮捕出来ない人物を逮捕するのだろうと予測するのだ。



 龍が識人会議を招集した訳3週間後の水曜日……転保協会の執務室にてあるものをいじっていた。


 テープレコーダだ。


 龍が再生ボタンを押すとテープレコーダーからはノイズが混じってはいるが声が聞こえる。


『何か喋れって……どうしろと』


 誰が聞いても龍の声だというだろう。



 遡ること4週間ほど前、龍は国立技術研究所に居た。


 卓に呼び出されたのだ。


 研究室に入ると龍が良く知る研究者とは程遠い姿で作業している卓の姿があった。


「……おや、早いですね龍さん」

「他の研究者みたいに白衣を着ないのか?」

「ああ、だって僕は研究者じゃありませんし、発明者です。……まあでも新しいものを作ろうとする人間は大抵白衣を着ているイメージか……僕は白衣を好まないってことで」

「そうか……で?今日は何故呼んだ?」

「ああ、そうでした。龍さん……レコード盤って知ってます?」

「……ああ持ってるよ。それで?」

「レコード盤の原理自体はすごく簡単なんです。レコード盤を作る方法もそれを聞く方法もね。最近だったらドクターストーンとかでレコード盤の作り方から再生方法まで詳しく書いてあるんですよ」

「まて……ドクターストーンってなんだ?」

「ああ、すみません。旧日本のアニメです。まあそれは置いておいて……今回作ったのはそれの進化版であり、コンパクト版です」


 そういうと卓が一つの機械をテーブルに置いた……そうテープレコードだ。


「これはなんだ?」

「簡単に言えば誰でも簡単に音を録音して再生できる機械です」

「ほう?」

「ほら何か喋って」


 そういうとテープレコーダーのスイッチの一つを押し、龍にマイク部を向ける。


「何か喋れって……どうしろと」


カチっという音と共に卓がテープを少しだけ巻き戻し再生する。


「……?」


『何か喋れって……どうしろと』


「なっ!」


 驚愕した。龍自身、レコードが生まれたときに他の識人が面白がって龍の歌を半分強引に録音したこともあり録音自体に慣れていた(普通に龍がうまかったので極秘に売られたことを龍自身知らない)。


 龍が驚いたのは、レコードを作る機械もそれを再生するレコードプレーヤーも大きかったのに目の前にあるものは何と片手サイズだ。


 それが龍が少し言葉を喋っただけで、すぐに再生できることに驚いたのだ。


「どうです?」

「確かにすごいな」

「そうでしょう」

「だが、何で俺に見せるんだ」

「他の方に聞いたんですが龍さんは日本のあらゆる記録を取るんですよね?」

「ああそうだが」

「記録はいつも文章で?自分で書いてるんですか?」

「まあ基本はな、でも国会での議事録は量が膨大すぎることもあって議事録を作った人間の書類をそのまま神報書にすることもある」

「なるほど……例えばの話ですが、文章を書く仕事にも色々ありますが記者の場合、取材するとき質問して聞きながら文章を書くのはあれなので、旧日本の記者はレコーダーに録音して記者は質問することに集中するんです。そして後で内容を聞きながら文字に起こす」

「なるほどそれは便利だな……考えてみよう」

「ですから龍さんを呼びました。仕事に役立つかなと、一応2個作ったのでアリスさんにでも渡してください。録音したカセットを渡せばレコーダーさえ持っていればいつでも再生できます」

「そうか」


 龍は二つのレコーダーを受け取ると出口に戻ろうとする……が途中で止まり振り返った。


「なあ卓、一つ質問していいか?」

「ええ、構いませんよ?」

「俺は……その……400年間生きてる身だ。この400年間いろいろな識人が来て様々な技術をもたらしてきたが、どれも俺の理解が及ばない」

「まあ、そうでしょうね」

「それでだ……一つ聞いてみたかったことがあるんだ。電話の声ってちゃんと本人なのか」

「と言いますと?」

「たまに思うんだ。電話で話している声の主は本当に俺が話したいと思っている人なのかってな」

「ああ、なるほど……答えはそうですね……そうであるとも言えるし、そうでないとも言える……ですかね」

「どういう意味だ?」

「例えば、黒電話等の有線でつながる電話の場合、声は振動から電気信号に変換されまた振動に戻されて、相手に伝わります。言ってしまえば、電話口で相手が誰かの声を真似たとします、すると相手は声と話口調だけで判断しなければならないので騙せるんですよね。旧日本でオレオレ詐欺が無くならない理由の一つが声だけだと本人だと判断できない場合と、話すのが久しぶりすぎて相手の声を覚えていないので騙されやすいと言えるでしょう」

「解決出来てないのか」

「オレオレ詐欺で標的になるのはそういうよく考えれば判断が出来るようなことが出来ない老人なんです」

「はあ」

「あ、因みに旧日本で使われているスマホ!等の電話の声は別人ですよ!」

「は?」

「スマホ等は電話線等の有線では無くて、電波を利用したデータ回線なので声をデータ化して相手の携帯に送信、そしてコンピューターが自動で数あるサンプルから似ている声に作ってるんです」

「つまりは……これも?」


 龍は持っているテープレコーダーを見せた。すると卓は少し笑った。


「良いですか龍さん、電話でもレコード盤でもラジオの生放送でもその人かを判断するのは声質、口調です。例えばの話ですが、テレビでよく出ている売れっ子の芸人が居たとしてその人がラジオに出演したとします。でも誰も顔も見ていないのにラジオから流れている声は誰もがその芸人だと判断できます、では何故?」

「何故って声を聴きなれているからだろ?」

「そうですだから顔を見てなくてもその人だと判断出来るんです。でもまあもしラジオ局が声が似てる他人にすり替えていたといたら面白いかもしれませんけどね……Vtuberとか」

「何か言ったか?」

「いえ」

「逆に言えば、長い間会ってない人の声は間違えやすいかもしれない?」

「ええ、そうでしょうね。まあ本能的に分かる人もいるかもしれません、血縁者とか」



「主殿」

「ん?ああ、すまない」


 卓との会話を思い出していた龍は背後の声で我に返った。


「問題は?」

「何一つ」


 後ろの男は龍に少し大きめの茶封筒を差し出した。


 龍が中身を取り出すと、複数枚の報告書と卓からもらったテープレコーダーが出てくる。


 報告書を手に取り中身を確認したが、すぐに龍の顔に笑みが浮かんだ。


「そうか……これも問題ないな?」


 そういうとテープレコーダーを手に取る。


「ええ、問題ありません」

「そうか……ならいい」

「それと、これは聞いた情報ですが、明後日……金曜日ですか……緊急の名家会議が行われるそうです」

「議題は?」

「霞家の名家剥奪です」

「そうかわかった……下がって構わん」


 男の気配が消えると、龍は電話の受話器を手に取り電話を掛けた。


「はい」

「斎藤か?」

「ええ」

「明後日……名家の会議が行われる……議題は霞家の進退だ」

「なるほど」

「そちらの準備は?」

「滞りなく」

「では明後日……計画……状況を開始する……構わんな?」

「ええ」

「ではその通りに」

「承知しました」


 龍は受話器を置くと大きく深呼吸し、目の前の資料に目を向けた。


「さて……始めるか」


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