龍が400年前に起きた事件について名家会議にて告発したが北条大次郎は余り動じなかった。
簡単だ。北条大次郎にとっては今回の議題で霞家の名家除名さえすればこの告発自体意味が無いのだ。
過去に遡り、名家を除名された家が戻ってきたという前例がないのである。
つまり霞家の除名が完了すれば仮に北条大次郎が400年前の罪を告白し、霞家の汚名を晴らしても名家に戻れないという腹積もりなのである。
一人の男が北条大次郎に近づいていく。
先ほど龍が座るための椅子を用意した男である。
その手には恐らく今回の動議である霞家除名を決定づける5議席の署名と判子を押す審議書が握られている。
「さて……始めましょうか。今回の議題は……霞家の除名処分について。これまで霞家は先祖が犯した大罪について本来なら即除名するのが一般的でしょう……しかし我ら先祖たちはこれからのことも加味して名家から除名することなく永続的な発言権の廃止としての処分に留めました。それもすべて霞家の大罪を犯す前の功績も加味してかつこの先の名家への貢献に期待しての処置でした。しかし昨今、霞家の名家に対しての横暴は看過できる範囲を大きく逸脱しているところでございます。よって今回、我らの代にて霞家を名家からじょめ処分とする方向に決めました……これは名家会議の総意であります。霞三枝殿、何か反論はありますでしょうか」
ここまで来て北条大次郎は霞三枝に反論の機会を与えた。
しかし、霞三枝は何一つ反論しようとしない。反論しないことで反対の意を貫いているのか、それともそもそも反対するような気力が無いのか……恐らく後者であろう。
何故なら誰が見ても霞三枝は3週間前よりやつれている。
恐らく霞姉妹が学校に戻った後、北条家によりこの会議の日までどこかに幽閉されていたのだろう。
理由は簡単だ、霞三枝なりに出来る最後の抵抗を挿せないようにするためと、この場での反論をさせないためである。
今、北条家としては何としても霞家を除名処分としたい、しかし霞家としてはただでやられるわけにはいかない……周りに協力を仰ぎ、何とか除名処分を回避する方法を画策するはずなのだ。
それを北条家がみすみすやらせるはずが無かった。
北条家は霞姉妹が学校に戻り退学の意思が無いと知るとすぐさまに霞三枝を幽閉し、他者との接点を絶った。
霞姉妹に政府や警察関係のコネは存在しない、また霞家当主である三枝以外の霞家の人間も三枝の指示なしでは動けない……つまり三枝さえ確保すれば全て問題ない……はずだった。
しかし、北条家の作戦はたった一人の転生者の存在で水の泡と化したのである。
北条大次郎を除く4議席の名家が署名と判子を押し終わると、審議書が北条大次郎の前に移動する。
北条大次郎はまず用意されたペンで署名すると、懐からこれまた年月を感じさせる布の袋を取り出す、中から取り出したのは他の名家とはまた少し大きさも形も異なる判子だ。
「北条」
「何だね?今度はなんの告発だい?」
「いや告発では無いよ。判子を押した名家の判子とお前の判子の形がかなり違うから気になった」
「ああ、そこに気づくとはオブザーバー殿も見る目があるようだ」
思いがけない龍の判子に対しての指摘に笑顔になりながら判子を押す作業を止めて龍に判子を見せる。
「判子……押さなくても良いのか?」
「少しぐらい構わんだろ……君はここにいる誰よりも忙しい身だ。ここに来るのも今日が最後かもしれんし、皇居で会えると言っても個人的に話が出来るわけでは無いからな」
「あっそう」
「皇族御守護のお役目について400年……つまり今日にいたるまで我々北条家はずっと名家会議の議席を守り通してきた。他の名家は入れ替わることもあろうが我々は無い。議席に着いたものは必ず判子を作る義務が生じるが北条家は代々当主になった者がこの判子を引き継ぐ決まりになっているんだ」
「失くしたことないのか」
「作り直したとも失くしたとも話は聞いてないね。まあ擦り切れて少し掘り直すことはあるが」
「俺もしん……オブザーバーになるにあたって師匠から判子を引き継いだが何回か作り直してんだよなあ。大抵肌に離さずに持っていたせいでぶつけたり落として割れるのが何回か」
「せっかく受け継いでいるんだ大切にした方が良いな。私みたいに袋の中に緩衝材を入れるとか」
「考えてみよう……なあ、その判子……この紙に押してくれないか?」
「何故だ?」
「掘り直しているとはいえ、絵は400年前から変わっていないんだろう?なら俺の判子とも比べてみたい、もしかしたら俺の判子を作った人間と同じかもしれん。それに俺は400年前から生きている身でね、今の所ちゃんと残っているのは日本刀みたいな芸術性が高いものばかりだ、懐かしさというのも感じてみたいしな」
「なるほど……構わんぞ」
北条大次郎は笑顔で龍の差し出した和紙に判子を押した。
龍は判子が押された紙を受け取るとじっくり観察する。
「……北条家にはお抱えの彫師とかは居なかったのか?」
「メンテナンスでのお抱えは居るが作った人間が継いでいるのかは知らんな」
「ふーん」
「じっくり見てくれ」
北条大次郎は審議書に向き直すと再び判子を押す準備をする。
その時龍は判子が押された紙とは別に懐から例の手紙をそっと取り出すと比べて見始める。
押された力によって多少の滲み等の誤差はあるがそれでも誰が見ても一緒の判子だと答えるレベルで同一の印だった。
大きさ、形、そして中身の絵、どれをとっても酷似している。
(北条家お抱えの彫師だ、仮に他の人間の判子を作るにしても同じ絵の判子は作らんだろうし、仮に同じのを作ろうとしても絵が微妙に異なるはず……当たりかな)
龍は無地の紙に印を押したものを懐にしまい、右手に手紙の原文、左手に翻訳したものを持つ。
そして北条大次郎が朱肉に判子を押し付け審議書に判を押す瞬間。
「陛下……お元気でいらっしゃいますでしょうか」
手紙の内容を声に出して読みだした。
すると当然、北条大次郎の判を押す手が寸前で止まる。
そして周りの人間もざわつき始めた。
そしてその様子を観察しながら龍は続ける。
「我が北条家は未だその正体悟られておりませんことをご報告すると共に陛下が北国を統一なされ少しずつ国を……」
「貴様あああ!」
途中で読んでいた龍の右手から手紙の原文を奪い取ると、その中身を確認する。因みに翻訳した紙を奪われないように原文の方は前に突き出し、翻訳版は服に隠しながら読んだため結果的に原文だけを奪わせることに成功した。
そしてその瞬間、今まで以上の速さで北条大次郎の顔が青ざめていく。
本来、もう北国の皇帝と自分しか知らない手紙の内容だ、3週間前と言えど中身は覚えていた。
何故その内容を龍が知っているのか、そして本当ならとっくに着いているはずの手紙を何故龍が持っているのか、起きている状況に青ざめながら混乱している北条大次郎はよろめきながら椅子に座る。
「何故……貴様が……これを」
思いもよらない状況にもはや言葉が出てこない状況だが、龍は追い打ちをかける。
立ち上がると、隠しながら読んでいた翻訳版を再び読み始めた。
「……最初から行くか。陛下。お元気でいらっしゃいますでしょうか。我が北条家は未だその正体悟られておりませんことをご報告すると共に陛下が祖国である北国を統一なされ、少しずつ国を纏めていく様子を聞き日々お喜びの賛辞を贈りたいと思う所存でございます。さて、今回報告するのは私が所属している名家中心の政党がついに政権を取りました。これにより北国の日本統治までの準備が整った形でございます。後は陛下が日本の皇族と入れ替わるようにして日本の統治を持っていただければ北国400年来の悲願がついに叶うところにございます。後は陛下のご命令一つで、日本国は北国の者になることをご報告するとともに失礼いたします北条大次郎」
今度は最後まで読み切る。龍が周りを観察すると一緒に入ってきた捜査官以外の名家が慌てふためいているのが良く分かる。
そして、大多数の人間が今日この場に龍が……神報者の龍が現れた理由を悟った。
(さて……止めを刺そうか)
「北条大次郎……色々質問はあると思うが、これについて何か言うことはあるか?」
「……どこで手に入れた」
「たまたま拾った」
「そんなわけなかろう!北条家が手配している配達人に直々に手渡しておるんじゃぞ!」
「いいか?どんな人間でも失敗やミスは起こりうるだろう?偶々そいつが落として俺が拾った……それとも俺が盗んだという証拠でもあるか?」
「……」
明らかに北条大次郎の顔が怒りに染まっているのが分かる。そして残念ながらさすがに北条大次郎でも龍の窃盗について被害届を出すことくらいは出来るだろうが立証は不可能である。
「で?この手紙はなんだ?」
「偽物じゃ!誰かが私に成りすましてこの手紙を書いたんじゃ!」
「へえ!じゃあなんで本来お前しか使えない判子まで使われてるんだ?」
「……前に無くしたことがあるんじゃよ」
「さっきと言ってることが違うぞ?一度も無くしたことは無いって言ってたじゃないか」
「ああ、思い出した!一回だけ!失くしたことがあるんじゃ!あの時は焦ったのう!すぐに見つかったが……まさかこんな使われ方をしたとはのう……次は疑われぬように管理を徹底しよう」
ここで捜査官の一人が龍に耳打ちする。
「……了解。北条大次郎、今しがたお前の家を多くの警察官が家宅捜索してるんだが」
「……っな!なんの罪でじゃ!」
「それはすぐに判明するって……それでな?お前家からお前が北国の皇帝に当てた手紙と皇帝からの手紙が大量に畳の下から出てきたらしいけど、本当に失くしたの一回だけ?それにしちゃあ量多くね?」
「……ふー」
北条大次郎は一度大きく深呼吸すると椅子に座り直した。
「恐らく北条家の誰かがやったのだろうな。見つけたらきつく言っておく。それでいいじゃろ」
この期に及んでまだ主犯として罪を認めようとしない北条大次郎に少しいら立ちを覚える龍だったがまだ想定内だった。
北条大次郎としては主犯として罪を認めなければ最悪死刑になることは無いと踏んでいた。主犯でなければよい、北条家の人間が当主の代わりに主犯と名乗り出れば死刑は免れる。
何も知らなかったで通せば最悪共謀罪等で起訴されても北条家にもお抱えの優秀な弁護士は居る、不起訴で何とかなると踏んだのだ。
しかし、北条大次郎は知らなかった。第二日本の国家反逆罪及び皇族転覆を目論む不敬罪で起訴された者の末路を。
「まだ認めんか……なあ北条、孫娘は元気か?」
「は?いきなり何を言って……」
龍はカバンからテープレコーダーを取り出すと、卓から追加で受け取ったイヤホンジャックを挿して北条大次郎の耳に付ける。
「何だこれは」
「テープレコーダーって奴らしい。要はでっかいレコード盤を今の技術で限界まで小型化したものだ。まあその使い道は色々あるが……これを録音してその場で再生できるんだとさ」
「それがなんだと……」
龍がテープレコーダーの再生ボタンを押した……すると。
『爷爷(おじいちゃん)……爷爷(おじいちゃん)帮助(助けて)』
テープレコーダーのイヤホンから聞こえてきたのは幼い少女の北国語での声だ。
その声を聴いた北条大次郎は固まった。
「いいか?北条家のしきたり?って奴はもう調べてある。北条家で生まれた女児は例外なく北国へ嫁ぐしきたり……まあある種人質みたいなもんか。そしてお前が家族思いの人間であることも調べがついてる……北条大次郎、これは取引だ。もしすべての罪お前が首謀者だと認めるのであれば俺の……神報者の指示のもと、第二日本国を上げてお前の子供を全員日本で保護すると約束しよう」
「貴様あああ!」
北条大次郎は怒鳴り声を上げて龍の胸倉をつかむと壁にたたきつける。
すぐに捜査官が入ろうとするが龍が制止した。
「貴様は何処まで……卑劣なんだ」
「いいか?お前にいくつか言っておくが、本来ならば政府転覆程度のなら俺は動かなかった……だが、俺が動いた理由はな帝を狙ったからだ。帝が狙われるのであれば例え味方であろうとも俺は合法な手段で殺す。それが今回お前だっただけだ」
今回龍が北条大次郎の死刑にこだわる理由がいくつか存在した。
まず大前提として龍は日本政府がどんな政策をとっても普段気にしない。
もし政府の誰かが日本を他国に売ろうとし、その過程で天皇陛下の命と地位が危険だと判断される場合、即座に他の識人が情報収集をし識人会議を招集するだろう。
だが今回狙われたのは皇族である。普段識人会議を招集しても他の識人に任せる龍が自ら行動するのは天皇陛下が狙われたのが大きい。
そしてもう一つの大きな理由が今回の件で龍は帝……天皇陛下の信頼を失ったと思っている(実際は400年間の功績もあってあまり失ってはいない)。
龍は現代に生きるにあたり、価値観も少しずつアップデートしてきたが少し冷静を失った龍の信頼を取り戻す手段が首謀者である北条大次郎の死刑なのだ。
もしこれが400年前なら一族打ち首されても文句は言えないだろう、しかし時は現代、刑法が存在する今、そう簡単に打ち首は出来ない(そもそも第二日本国の死刑は旧日本と同様絞首刑である)。
そこで龍が出来ること、それは北条大次郎の首を帝に献上するのではなく北条大次郎の死刑を帝に献上することだったのだ。
「貴様……親の心は無いのか?娘たちを人質に……」
「ああ?俺たちは別に人質を取っているわけじゃねえぞ?そもそも命を握っているのは北国の皇帝だろ?それを助けてやるって言ってんだ。悪い提案じゃねえだろ?それにだ……お前は自分が送り出した娘があっちでどう暮らしてんのか知らねえだろ」
「……」
「それにな……親の心だったか?安心しろ、俺にも子を……孫を持つ時期はあったよ。もうだいぶ昔だ、いい思い出もあればつらい思い出もある。だから子を持つ親の気持ちも分かる……だからこそ最後の情けだ。俺がお前に出来る最大の譲歩だよ」
「もし……」
「ん?」
「もし、私が罪を認めても他の北条家の人間が同じことを繰り返すかもしれんぞ?自慢では無いが北条家として次期当主の教育はちゃんとしているからな、仮にわしを逮捕できても次の当主がいるからな」
「……あー、なるほど……だからか」
「どういう意味だ」
「いいか?国家反逆罪及び皇族転覆を狙った不敬罪の場合、仮に死刑にならなくても一族の国外追放処分は免れんからもう名家に所属するどころか日本にいることすら不可能だぞ?」
ここで初めて北条大次郎は龍が逮捕に関して余裕な態度をしている理由が判明した。
今回の逮捕で北条家の国外追放処分は免れない、つまり自動的に北条家の名家除名が確定する……と同時に北条家の皇族御守護のお役目からも外される。
この時点で龍の目的の一つが達成されるのだ。
では何故ここまで北条大次郎の首謀者としての自白に固執したのはやはり北条大次郎の死刑を確定させるためなのだ。
「龍よ」
ここで初めて龍を役職名では無く名前で呼んだ。
「なんだ?」
「つまり今回の件で我が北条家は国外追放処分を受けるのだな」
「そうだ」
「しかしお前は言ったな?娘たちを日本で保護すると……つまり娘だけは日本に住むことを許可するということだな?」
「まあある程度政府による監視は付くだろうがな」
「約束だな?」
「ああ、俺は相手を騙すために嘘をつくことはあるが……取引の為の約束はたがえない」
「……ふう。分かった」
静かに龍を離すと、ゆっくり椅子に座る。
そして押す寸前だった判子に着いた朱印を拭き取ると袋にしまい、懐に収める。
龍はこの光景に将棋の棋士が負けを宣告する前に身なりを整えるようだと感じた。
「罪を認めよう。我が北条家は400年前、霞家に帝暗殺の濡れ衣を負わせ皇族御守護のお役目を奪い取った。そこから400年間北国の皇帝が日本国の皇族を乗っ取るための準備をしてきた。だが……まさかここで夢潰えるとはな……どこで間違えたか」
北条大郎の誤算、それは紛れもなくアリスの存在を失念していたことだった。
霞三枝を幽閉した時点で霞家は名家除名が確定したと慢心したのだ。霞姉妹だけでは政府や警察を動かせない……だが二人の親友であるアリスは違う、確固たる証拠さえあれば師匠である龍を動かせる。
もちろん北条大次郎もアリスのことは知っていた。
龍の弟子であることも知っていた、来たばかりの転生者であるがゆえに顔をよく知らなかったが、アリスという転生者が霞姉妹と親密であるらしいという情報も入っていた。
だが、唯一北条大次郎が失念していた事……それはアリスという少女が龍と似たように親友を守るためならどんな手段も使うという行動力がある人間だと知らなかったのだ。
「あの……よろしいでしょうか」
ここで先ほどまで各名家の署名と判を回していた男が前に出る。
「北条大次郎殿、今回の件であなたは逮捕されます。つまり事実上、名家除名処分になるでしょう……後任の指名をされていません」
名家会議の議席に座るもの、つまり議決権を持つ5名家は基本五名家の総意によって選ばれる。
つまり誰かが議席を離れる場合、離れる前に後任を指定し五人の議決を得る必要があるのだ。
「わしは誰も指名せんよ?」
「な!」
誰もが驚く。自ら罪を認め、議席を離れるのに議席を離れる最後の責任としての後任の指定すら行わない……誰しもが心の中で無責任だと叫んだだろう。
「もうわしは罪を認めた、この時点でもうわしは名家でもなんでもないからのう!」
(やるねえ)
北条家が後任を指名しない場合、5議席を決める選挙が行われる。
だがこれには最低でも1か月は消費するのだ。
何故ならどの名家も名家の頂点に成れる……言葉を変えれば権力争いが勃発するのである。
逆に今まで何故起きなかったのか、簡単である必ず議席に座るものが後任を指名して席を離れるためだ。
名家たちは本来異なる職業のトップに君臨する者たちの集まりである。言ってしまえば政府の重鎮を除く経済界の縮図が名家会議なので、その者たちが5議席を勝ち取るために選挙をする……つまり確実に日本経済が停滞する危険が高まるのだ。
北条大次郎が最後に名家会議に残した置き土産なのだ。
しかしここでも北条大次郎の計画は簡単に破綻した。
「おい、ちょっと名家会議規則持ってきてくれ」
龍が男に指示をする。
数分後、六法全書並みに分厚い本が机の上に置かれた。
龍は数ページ開くと中身を読み始める。
「名家会議……議席規則……ああ、これだな。5議席の内、1席でも空席が生じた場合、後任が5議席の総意によるものなら認められる。しかし指名されていない場合、名家会議は必ず現状の5議席すべてを解散し選挙を開催、5議席を決めなければならない」
「そうだ。私は後任を指名せずに辞めた……選挙をするしかないねえ」
「なあ!お前はもう名家では無いよな?ただの見学している一般人だろ?意見する権利は無いんじゃないのか?」
「……っち」
「……ああ、これだ。覚えといてよかったよ。君、この部分を読んでくれ」
「え?あ、はい」
龍の代わりに男が指定された箇所を確認する。
「……え?これは……」
「早く読みたまえ!」
(これが件の言う老害って奴か)
「えー、また天皇陛下の勅令は5議席総意のモノと同等の効力を持つと認める」
「何!?」
勅令、簡単に言えば天皇陛下の命令である。
旧日本では象徴天皇になり天皇陛下は政治に参加することが出来ないため憲法でも勅令は禁止になった。
しかしこの第二日本では違う。
第二日本で非常事態が宣言された場合、日本の統治権は首相から天皇陛下に移譲される。その時に下す命令は全て勅令になる。
つまり天皇陛下の命令権が第二日本国では生きているのである。
しかしこれは非常事態が宣言された場合のみだ。しかし、特例も存在する。
例えば名家会議の規則のように法律や規則の中で勅令が許可されている場合、非常事態宣言下でなくとも勅令が有効になるのだ。
北条大次郎はその構文を自分の目で確かめるが確かに今しがた龍が書いたものではなくちゃんと昔から規則になっていることだと確信した。
「……で?それが何だというんだ?この1会議の……動議の為に、天皇陛下が勅令を出すと?」
「お前……俺が誰だか忘れたか?俺がどんな立場にいるのか忘れたか?」
龍は懐から1枚の紙を男に渡す。
「これを読め」
「はい……っ!」
男の表情が固まる。
「良いからさっさと読めえ!」
「こういう大人にはなりたくないな……。内容で緊張するなら別に噛んでも構わんさ、ここは政治的に正式な場ではない」
「はい……えー、勅令!名家会議の北条家の抜けた1議席には霞家が就くこと!そして北条家は皇族御守護のお役目を解任とする!そして後任を霞家とすることをここに宣言する!」
北条大次郎はその場から崩れ落ちる。
と同時に霞三枝も崩れ落ちた。
龍は三枝のそばに行きしゃがみ込んだ。
「大丈夫か?」
「え?ああ、はい……龍さん……いえ、龍様!本当にありがとうございます!本当に……あ、ああああああ!」
三枝が大きな声で泣き出した。400年待った……そしてついに400年経って一族の悲願である汚名の返上と皇族守護に返り咲いたことへの積年の思いがあふれ出したのであろう。
しかし誰も三枝のことを咎める人間は居なかった。それどころか大多数の人間は北条大次郎への侮蔑の眼差しを向けるほどだ。
「いいか?お前が本当に感謝すべきは友人を救いたいという思いだけで、霞家を救いたいという思いだけで俺をも動かしたアリスだ。今回の俺はアリスに頼まれて動いたに過ぎない。だから感謝すべきはアリスなんだよ」
「はい!はい!分かりました!」
「それにだ三枝殿。お前にはまだやるべき仕事が残っているだろう?」
「え?」
「帝の勅令はあくまで北条家の議席喪失であり皇族守護のお役目解任だ。罪を犯したからと言って自動的に名家を除名されるわけでもないし、自分でやめると言っても規則的にやめられないんだろう?ならお前がすべきことは分かるな?」
ここにいる全員が『さっき名家止めて一般人になったとか言ってたじゃん』と思ったが龍なりの冗談だった。普通に名家の除名も5議席の総意の元で決定されるため、やめると宣言してもやめられない。
「……分かりました」
三枝はよろめきながら立ち上がると先ほどまで北条大次郎が座っていた席に歩き出す。
その間龍はふと北条大次郎を見る、するとちょうど複数の捜査官に手錠を掛けられて会議場を後にするところだった。
(終わったか……久しぶりに熱くなっちまったな)
近くの電話機に行くと電話をかけ始める。その時ちらっと横見ると、西宮椿が別の電話でどこかに電話しようとしていたが、誰にかけていたのかまでは分からなかった。
「ステア魔法学院花組」
「俺だ」
向こうの声の主は柏木だ。
「……何をしていた」
「まあ色々とこれ以上はまだ機密かな。それよりアリスを出してくれ」
その後、アリスに問題が解決したと報告すると龍も会議場を後にする。
その際、ふと振り向いた龍は三枝が深々とお辞儀をするのが確認し、笑みをこぼし煙管に火をつけ煙を吹かしながら会場を後にした。
「龍さん……館内禁煙です」
「ん?……ああ、すまん」