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北条家事件 エピローグ 龍編 1

「ま、そんな所かな」


 煙草を吹かしながら龍が答える。


「国家反逆罪……不敬罪。北条家はどうなるのさ」


 自分たちが3週間必死に勉強している間、そしてあの時テレビで固唾を飲んで見守っている間あの建物の中でそんなことが起きていたのかというドン引きと、こんな重要情報を知っていいのかという不安感でアリスはいっぱいだった。


「北条家当主の北条大次郎は死刑。より近い近親者は懲役刑もしくは無期懲役……その他一族の者は全員国外追放だな。もう北条家が日本にいることは出来ない」

「へー」

「それより、霞姉妹はどうした?」

「あ、お母さんにすぐに呼び出されたみたいだよ。まあこっちでも色々あったから」

「ふーん」

「明日霞家本家に来てって言われているんだよねえ!お礼がしたいって!」

「お前は霞家を救ったんだ。当然だろ?」

「でもあたしは師匠にお願いしただけだよ?」

「それでも普段動かない俺を動かしただろ?お前の友を守りたいって気持ちが俺を動かして霞家を助けたんだ……もっと自分を誇れ」

「何それキモ」

「あああ!?」

「なんでもないっす」


 龍は時間を確かめると煙管の灰をしまって立ち上がる。


「あれ?どっか行くの?」

「ああ、個人的に済ませなきゃいけない仕事があるんでな」

「あっそ!じゃあ!」



 その日の15時ごろ、龍は日本酒の入った一升瓶を片手に皇居近くの小山に来ていた。


 目的はただ一つ、墓参りだ。


 前日、北条家が逮捕されたと陛下にご報告したときのことだ。


『では是非あなたのお師匠様にも報告したらどうですか?もとはと言えば全てお師匠様が霞家の為に動き出来る限りの証拠を残してくださったのですから』


 墓参りに躊躇していた龍もさすがに陛下に言われれば断るわけにはいかない。


 師匠が好きだったはずの日本酒の入った一升瓶を持ちながら少し龍は考え事をしていた。


 龍が見た入れ墨だ。


 いまだに何処か腑に落ちないのだ、最近ではない、ずっと昔に同じ入れ墨を見た記憶がある、しかし昔すぎて思い出せなかったのだ。


「着いたか」


 龍の前には40センチから50センチ程度の石が置いてあった、これが師匠の墓石だ。


 しかし、石には名前が彫られていない。


 師匠の意向で名前は掘らないということになったからである。


 龍はしゃがみ込み一升瓶の蓋を開ける。


「師匠、久しぶりに来てやったぞ。400年間毎日来るのはしんどいから暇を見てだがな……それとあんたが好きだった酒だ。受け取れ」


 そういうと一升瓶満タンに入った日本酒を一気に石にぶっかける。


 そしてお猪口一杯分残すと、持ってきたお猪口に注ぐ。


「乾杯」


 それをぐびっと飲み干すと大きな溜息を吐いた。因みに龍は不老不死になってからいくら酒を飲んでも酔うことは無くなった。


「なあ、師匠。あんたが俺に教えるのは好きじゃないってのは理解してるさ。でもさあ!帝の生死にかかわる重要な情報だぞ!なんでもっと気づくような形で教えてくれなかったんだよ……あの紙だってアリスに言われなきゃ気づけなかったかもしれなんだぞ!それに最後の石の下……って……ん?石の下?」


 龍はふと墓石の下を見る。そこには龍が自ら骨壺を入れた場所、納骨室がある。


(いや、まさかな?だってあの時入れたの俺だぞ?その時は何も入ってなかったし)


 龍は立ち上がり、納骨室の入り口を開けて中身を見た。


 するとどうだろう、龍の記憶では師匠の骨壺を入れた時には確かに無かったはずの紙が置いてあった。


「なんじゃこりゃ」


 手に取り中身を確認する。すると中身の字は師匠の字だとはっきり認識できた。


『いやあ龍!やっと見つけたか!と言ってもここに入れた時には誰にも見られないように不可視の術を掛けておいたからお前も気づくはずがないと思った!だが逆にいつ見つけるのかとひやひやしたんだ!もし永久的に見つからない場合、ちょっとまずいからな!

因みにこの手紙はお前が神法殿の中にある手紙を読んでいる前提で書くことを承知してくれ。まずこの手紙を書いているのは私が何らかの理由で死亡し霞家の事件を解決できないと思った場合の最終手段だ。因みにだが、思ったんじゃないか?これを読んでいるときに何故霞家が存続しているのかって。神法書の通りなら霞は打ち首しなくてはならない。だが私は帝にこう提言した、この事件はいくつか矛盾な点があると、そしてそれを解決するまでは霞家を打ち首にせずに寛大な処置をと。そして捕まった霞家当主にもこう言った、いつか私か弟子があなた達の無罪を証明すると、その日まで何代かかっても一族を絶やさないでくれと。そういうとな、霞家の当主がこう言ったんだ、分かりました、いつか無罪が証明されるまで絶対に霞家は守り通します、霞家は守るのがお役目ですからってな』


 ここにきて初めて霞家が400年間その血筋を守り抜いたのか理解した。


 何時か神報者が無罪を晴らすときが来るまでひたすら耐える、本当に来るかは分からないがいつか来る日を信じて、かつて一緒に帝を守った神報者を心の底から信頼して約束してくれたのだ。


「なんだよこれ……もっと早く言えよ……400年も経っちまったぞ」


『因みにだがこの手紙も神法殿に置いた手紙も新しく帝守護になった北条家には見せるわけにはいかないのでこの手を取った。何よりお前にも言わなかったのは大々的に動くと北条家に何かしらの邪魔が入ると感じ私が生きている内は内密で調べようと思ったからだ』


「なるほど……それであの戦か……つくづく運が無いねえ」


『因みに、お前が帝襲撃時に襲われたときのことについて何だが』


「ん?そんなことあったっけか?」


『お前の襲撃時の状況とお前の証言から恐らく襲ったのは北条家の人間だろう。背中に入れ墨があったと言っていたからな。お前が帝の元に到着する時間を少しでも遅らせて帝襲撃の時間の足しにしたんだろう。よく考えたものだ』


 ここで初めて龍の頭の奥でおぼろげになっていた記憶が鮮明になった。


 どこかで見た入れ墨それは400年前、龍が皇居に帰る途中に遭遇した顔を仮面で隠した集団だった。


 その集団に切り付けられた龍はその世界で唯一師匠に勝てる剣術で対抗し、無事に全員を切り捨て、ここで襲われたのも何か意味があると感じ皇居に急ぎ向かったのだ。


 その時に襲った集団の背中にはもれなく師匠の書いた入れ墨が入っていた。


「……」


(なるほど、あの時そんなことが起きてましたか……)


『最後にこれを書いている時も、お前が読んでいるときも霞家はただじっと耐え、我々が助けるのを待っている。だから一刻も早く霞家を助けろ、今や北条家が帝御守護についているがいついかなる時でもこのお役目に真にふさわしいと言えるのは霞家だけだ』


 龍はふと一升瓶の中身を見る。まだ一口飲むぐらいの量が残っているのが確認できたので、それをお猪口に注ぐと飲み干し、大きくため息をはくとじっと目をつぶった。


(俺は少し世の中との干渉を拒みすぎたのかもしれん。だが今更この生き方を変えられるか?……これも老害と言われる所以か……いや、ならアリスがいる。アリスは俺とは違う、積極的にこの世界に関わろうとする奴だ。俺に出来ないこともあいつなら出来るか……今回は本当にアリスに助けられたな)


 龍は立ち上がった。その目には一つの決意が読み取れる。


「師匠、もう行く。またいつか遊びに来るよ。今度は……新しく弟子にしたアリスを連れてくる、今の日本の法律的にまだ酒は飲めないが紹介ぐらいは出来るだろう」


 龍はそのまま歩いてきた道を帰って行った。



 その日の夕方、龍はそのまま霞家本家へ箒で飛んでいた(箒でも車でも飲酒運転は存在するが龍の場合、酔えないので免除されている)。


 門の入り口に降り立ち、そのまま進み玄関経つと何やら騒がしい。


「あー、あの!誰か!誰かご在宅か!」


 明らかに誰かはいる気配だ、先ほどから何やら家の奥で物音や人の歩く音がする。


 そこに一人の少女が玄関を横切った。


「あ!おい、そこの」

「へ?すみません今は忙しい……へ?龍様!?」

「ああ、すまないが当主の三枝殿を呼んできてもらえると助かる」

「え?あ!は、はい!少々お待ちください!当主様あああ!」

「そこまで慌てんでも」


 数分後、ドタドタと足音させながら一人の女性が走って来る。


 霞三枝だ。が、かなり慌ててきたのだろうかなり着物が乱れている。そしてそのまま正座をすると三つ指をしてお辞儀をする。


「龍様!ようこそおいでいただきました」

「いや、そこまでせんでも。ていうか龍様はやめてくれ」

「いえ、龍さまは霞家の恩人の一人!これぐらいしければ霞家の名家としての格が下がります」

「あっそう。まあいいや。少し話したいことがあるんだが。時間取れるかい」

「龍様のお望みとあれば」


 龍はそのまま客間に通される。するとすぐに先ほどの少女がお茶を出した。


「いや、すぐに帰るからいらな……」

「も……」

「申し訳ございません!やはり私の入れたお茶では不十分でございましたか!?今すぐ別の者に入れ直させて……」

「分かった分かった!飲むから!」


 恐らく香りか何かでまずいと判断されたとでも思っているんだろう(龍に飲み物の上手いまずい等の判断は一切できない)


 そういうと出されたお茶をすぐに一口飲む。そもそも龍は出された飲み物は残さず飲む主義だ、例え毒を盛られても意味が無いため、毒であろうと味わって最後まで飲むのが趣味になった。


(めんどくせえ一族だな)


 するとすぐに三枝が今度はちゃんと着物を正して入って来る。


 そして龍の対面に座る。


 すると突然、龍は一旦座布団から右側に体を外すと正座で頭を下げた。


「申し訳なかった」


 いきなりの行為に三枝ですら慌てふためく。


「そんな龍様、どうして謝るのですか!」

「本来ならば400年前に片付いていいはずの事件を俺はずっと先延ばしにしてきたんだ。謝るべきだ」

「どういう意味ですか?」


 ここで龍は師匠の手紙の内容をかいつまんで教えた。


「そうですか……我が先祖が……でも龍様対しては怒りも憎悪も沸いてはおりませんよ?」

「何故だ?」

「我ら霞家は先祖代々より耐え忍べば必ず道は開けると教えられてきました。それに龍さん」

「ん?」

「例え400年かかろうと龍さんはお師匠様との約束を守れらたではありませんか!確かに400年かかりました……でもこうやって我ら霞家は汚名を払拭し皇族御守護の役目に戻ることが出来ました。それだけで十分です。十分耐えた甲斐がありますよ!」

「それもこれもすべてアリスのおかげだ。あいつは凄い、最初は霞姉妹を助けたいがために色々調べていたのに最終的には俺をも動かして霞家自体を救っちまった……いやそれどころか帝さえ救った……全てあいつのおかげだ」

「でしたら言葉にしましたか?」

「ああ、久しぶりに何も考えずに労いの言葉が言えたよ。まあ当の本人にはきもいと一蹴されたがね」

「ふふふ!普段言われないことを言われると少し気持ちが悪いのは誰でも同じですよ」

「……三枝殿。あなたにお願いがある」

「龍様のお望みであれば何なりと」

「俺は神報者として普段からなるべく人との接点を絶ってきた身だ、だから俺がアリスに教えられるのは神報者としての心構えや人との付き合い方だけだ。でもアリスにはもっとこの世界を知ってほしいし、いろんな友人を作って見識を広めて欲しい。そのために霞姉妹の協力を得られないだろうか。あいつの行動力は国を動かせる、だから俺以外の人間の価値観も教えて欲しいんだ」

「龍様」

「なんだ?」

「もちろんお引き受けいたします」

「そうか……ありがとう」


 帰り際、龍のお見送り為に霞家の人間が総出で玄関で待っていた。


(そこまでせんでも)


「龍様」

「ん?」

「次より会うのは、皇族御守護として皇居でございます。どうかご指導の事よろしくお願いいたします」

「ああ」


(大丈夫だろうさ、あんたがたは師匠が信じ先祖代々の教えを守ってきたんだ。あんたたちなら無事にお役目を果たせるだろうよ)


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