「なんで!」
「教えてやろうか」
「おう!教えてもらいましょ!」
「まずお前と俺、使える魔素量にどれぐらい差がある?」
「へ?……そりゃあかなりあるでしょうよ」
「次に俺は杖こそ構えるが魔法戦闘は基本やらない」
「え?じゃあどうやって戦うの?」
「杖で相手の攻撃を防ぎつつ近づいて……」
「近づいて?」
「刀で斬る」
「……oh」
魔法というものがありながら戦い方は前時代的だった。
「じゃあ聞くけど刀が使えない場合は?」
「一発目の魔法に出来る限り魔素ぶち込んで巨大化してから相手にぶち込む。状況によっては銃も使うが」
(脳筋……)
「……あたしと初めて会った時に使った魔法は?師匠って第一魔法しか使えないはずでしょ?」
「あれは友人にそういう魔法が使える魔法陣を書いてもらって杖と一緒に使っただけ。因みに一年の戦闘大会じゃ違法だ」
(だーめだ。戦い方が参考にならん)
「つまりお前の魔素と俺の魔素の量が違う時点で教えられないんだよ。それに俺は基本得意じゃないことは教えない。もし教えるなら剣術くらいだ」
「……」
期待していた答えが得られず意気消沈して帰っていくアリス。
その表情に溜息を出しながら声を掛ける。
「アリス」
「ん?」
「場合にもよるが勝つことだけがすべてじゃない。楽しむことも忘れるなよ……主人公なんだろ?」
「……へいへい」
転保協会の入り口、箒に跨りながらアリスは考えていた。
(さて、どうすっかなあ?あと頼れる人…………あの人……だな)
アリスが飛び立ち、ある方向に向かう。
アリスが立っているのは名家の人間が多く住んでいる住宅街。
その中でもアリスにとってはもう懐かしい部類に入っている家の前だ。
家の玄関の人がアリスに気づくと驚いた表情で挨拶する。
「あ!アリス様!」
「急で申し訳ありません……三枝さんは……」
「少々お待ちを!」
数分後アリスは客間に通されると家の中が慌ただしく動くのを感じた。
そしてすぐに息を切らせながら三枝が部屋に入って来る。
「アリス様!お久しゅうございます」
三枝すぐに正座で挨拶する。
「お久しぶりです。すみません、連絡も入れずに」
「いえいえ、他の方でしたらあれですが、アリス様でしたらいつでも大歓迎です。それでサチとコウはアリス様のお役に立っているでしょうか?」
「それはもう!あの二人が居なかったら心が折れていることが何度か」
「お褒めにあずかり、恐悦至極でございます。それで問題は起きてませんか?」
「……はい?」
アリスは唐突に寒気を感じた。
コウに夜這い?されかけた時と同じ殺気にも感じる寒気だ。
(……あ、あー。)
「ははは、大丈夫です……よ?手を出すなんて無いですよ!」
「それであれば良いんですが……何しろ学校生活まで監視するなんてできませんから」
「ははは」
(監視って言いおったぞこの人)
実際事件後、時間があればコウに迫られる時があった。
しかし、トラウマというのだろうか体があの時の殺気を覚えているだろう……アリスは三枝が居ないにも関わらず自動的にコウのアプローチを拒んでいた。
「それで?今日はどのような用件で?」
「あ、はい……実は……私に魔法戦闘を教えてほしいんです」
「魔法戦闘ですか」
三枝は一度お茶を飲むと、ゆっくりと頭を下げた。
「大変申し訳ございません。受けられないお願いでございます」
「へ?……ええっとおお?」
まさか断られると思わなかったアリスは変な声を上げた。
(まさか……柏木先生が何かしたか?あたしに教えないようにって言われた?)
「あの……理由を聞いていいですか?」
「サチから聞いていませんか?私たち霞家……いえ、霞流には特定の技というものがありません」
「あ……そういえば」
魔法戦闘の授業後、コウが言っていたのを思い出す。
霞流において流派直伝の技が存在しないのだという。
しかも襲撃事件のサチとコウの魔法の技はあの場で思いつき放ったアドリブだったというのだ。
「あれってなんでなんですか?」
「先祖代々からこういう教えがあります。『既存の技に固執するな。戦う武器はお前たちの戦いの中で作り出せ』と。技を出すことに固執して戦い全体を見れないようでは意味が無い、強い技を会得し安心してはそれ以上強くは慣れない。つまり存在する技では無く自分だけが使える戦術を生み出すことが霞流の本懐なのです」
「なるほど……でもサチには教えてるんですよね?」
「いえ?まったく」
「へ?」
「私はサチに対して何も教えていませんよ」
「……ん?どういう意味で?」
「あくまでサチが稽古をしたいときに対戦相手になっているだけです。もう同年代の分家の子では相手にならないので」
「なんで何も教えないんですか」
「ああ、簡単ですよ。アリスさん……勉強しろってうるさく言われて勉強する気起きますか」
「……起きませんね」
「だからです。深夜など非常識な時間帯を除いて基本あの子がやりたいと望んだら受けるようにしています。子供は好奇心がある時が一番飲み込むのが早いですから」
「三枝さんも同じような教育を?」
「いえ、むしろ逆でしたね。母からはいつも朝から晩まで稽古漬けでした」
「なんで方針を変えたんです?」
「私には妹が居るんですが、正直に言いますとその子は私よりも強かった。今その子は陛下の護衛についてもらっていますが。その子がやんちゃで」
「稽古にも出ないような?」
「ええ、ですが戦闘センスは家一でした。だから母も一番に教えていたんです。ですが強制されるのが嫌で良く稽古を休んでいました。ですが気が向いて稽古に出るとどこで覚えたのか知りませんが型にこだわらない戦法で母を驚かせました。そこで私は考えました。この子を霞流に染めるのではなく自由にやらせて問題を起こさないようにコントロールできるようにすればいいのではと」
「それがうまくいった?」
「ええ、ですから私が当主になってからは霞家全体にこう言いました。稽古を強制するな、まず取り組むべきは名家としての人格を育てるところから……とそれまでは体づくりを徹底すればよいと」
(この人の教育理念凄いな……たまたま上手くいっただけかもしれないけど)
「それで……アリス様。何故私が教えないかと言いますと」
「はい」
「私では参考にならないからです」
「……と言いますと?」
「良いですか?この世には価値のある勝ち負けと価値のない勝ち負けがあります。先ほども言いましたがサチも最初は同年代の分家の子と稽古をしました、しかしすぐに頭角を現したので私が相手になったのです。何かを学ぼうとするときほどすぐに勝敗が決まるような圧倒的な差がある勝負には役に立つ情報が無いということになります」
(なるほど確かにそれは言えてる)
「私はアリス様であろうと誰が相手でも手加減はしません。つまり私とやっても練習にはならないということです」
「なるほど」
「アリス様がやるべきなのは勝つか負けるか別としてまずは同年代の相手が一番適正です。確かにいい技術で相手を圧倒するのは気分が晴れるでしょうが、今のアリス様に大事なのは自分の実力を知ること。成長していくうえでの自分の立ち位置を把握するのが重要だと思いますよ」
アリスは考え出した。
(柏木先生も言ってたな。このトーナメントは、今後のリーグ戦における今の実力を知る機会だって……確かにチートで圧倒することも楽しそうだけど、この世界は他の転生系みたいに自分の実力が数値化されてたり使える技が全部把握できてるわけじゃない……だから現時点での自分の強さを知ることも大事……かあ。ほんと!他の転生系主人公って恵まれてんなあ!良いよな!ハーレム出来て!ヒロインとイチャイチャ出来てよう!こちとら最初に助けたヒロインの迫られて助けた親からこれでもないってレベルの殺意向けれてんだぞ!……まあいい!まずは好き勝手にやってみろってことでしょ?好きだよーそういうの!ポケモンのダンジョンみたいに一から通路検索してる気分で!)
アリスは少し笑った。
この笑顔が意味することこそ三枝には分からなかったがそれでも何かを掴んだのだと悟る。
「どうです?考えは変わりましたか?」
「はい、とりあえず同学年全員倒してから今度は教わりに来ます!」
「そうですか……サチが要る時点で無理だとは思いますが……頑張ってみてください。戦ってみて試したいことが出来ればいつでも練習台にはなりますから」
アリスは急いで家を出ると箒に跨り学校へ帰って行った。
三枝は玄関まで見送ると笑顔で手を振っていた。
学校に着いたアリスが真っ先に行ったのは図書室だ。
人に教わらなくても求める情報が望める場合などいくらでもある。その筆頭が先人が残した情報である。
アリスは花組自習室の本を手に取るが止まった。
(初戦……東條だっけ?……月組の参加は任意……参加するってことはあいつも魔法戦闘に関しては素人同然……変に対策するよりアドリブで行った方が面白そうだな、それに試したいこともあるし……ああ、駄目だ!試合の日まで待ちきれない!主人公なら後は全力で楽しむだけ!)
アリスは手に取った本を戻すとそのまま、自分の部屋に戻って行った。