魔法戦闘大会は基本的に平日の放課後に執り行われる。
授業の一環でもあるゆえである。
アリスは控室で準備をしていると柏木が声を掛けた。
「アリスどうだ?何かしら準備はしてきたのか?」
「いえまったく」
「……は?」
「するなって言ったのは先生じゃん」
「他人との練習をするなとは言ったが個人練習するなとは言って……」
「でも個人で出来る練習じゃあ限りあるでしょ?でもまあ今日勝つことよりも試したいこと優先ですかね」
「なんだそれ」
「秘密です。あ、これ別につけて出ても問題ないですよね?」
「……ああルール上問題ない」
「ならオケ」
「アリス選手、準備お願いします」
「はーい」
アリスが会場に向かう。
「私への当てつけか?」
アリスが会場に向かう途中、反対側に居るはずの東條がアリスを待っていたようで話しかけてくる。
「アリス」
「おお、東條!足大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ……それより……なんだそれ?」
東條はアリスの膝についてるものが気になったようだ。
「ああ、これ?膝当て。知らない?」
「それぐらいは知ってる……聞きたいのはなんでそんなもん着けてんだってこと」
「すぐに分かるよ」
「……そうか、それより」
「ん?」
「俺も戦闘自体初心者だが。識人だからって手加減するなよ」
「それ言う相手間違ってない?」
「は?」
「サチに言うならまだしも識人のあたしだよ?識人にどんな幻想抱いてんのよ、魔法の知識だけならあんたの方が上でしょ」
「だろうな、でもそうじゃない。この魔法戦闘に名家の参加が任意な理由分かるか?名家は卒業後の生活で魔法戦闘を必要とする仕事には就くことが基本ない……だから必要以上に怪我をするリスクを抑えるためだ。だから言ったんだ、俺に遠慮は無用だと」
「ああ!なるほど!そういうことか!安心して叩き潰す気だから!」
「なら良い」
東條は納得した表情で帰っていく。
(安心してよ東條、手加減とかしようが無いよ!だって今ある知識でどこまで戦えるかすっごいわくわくしてんだもん!)
アリスが闘技場の入り口に歩いていくと龍が居た。
「何の用?」
「最後に一つだけ……楽しめよ?主人公」
「うっす!」
アリスが闘技場に入ると、そこには客席を埋め尽くす人と割れんばかりの歓声が会場を包んでいた。
だがアリスはこの人たちの目的の半分以上が自分ではないことも知っている。
アリスの次の対戦カードが魔法戦闘に置いて日本最強と言っても過言ではない霞姉妹なのだ、そちらに興味が行っても仕方がない。
だが客席の一部にはアリスの様子を見守るように小林や順、はたまた三枝も居た。
アリスの応援もいるにはいるのだ。
アリスの体が誰も気づかない程度に痙攣する。
もちろん病気ではない……緊張である。
(武者震いって奴かな、すげー緊張する。落ち着けあたし……まあズトューパの時もそうだけど始まっちゃえば収まるんだけどね)
アリスと真向かいに居る東條、ゆっくりと闘技場中央に移動する。
中央に着くと審判役の柏木が模擬戦用の結晶二つを指さす。
「一学年初めての魔法戦闘大会ではまずルールを説明する」
一つ、一学年における魔法戦闘大会の魔法は第一魔法に限定する。それ以上の魔法を使ったとみられる場合即時試合を中止し、反則負けとする。
二つ、魔法戦闘大会は純粋な魔法による対戦結果を重視るため、格闘、体術など相手に触れる行為は反則とする。
三つ、またこの魔法戦闘トーナメントに限って、時間制限は無いものとする。つまり互いの結晶が割れるか、負けを宣告するか、どちらかが気絶するまで試合は継続する。
「以上だ……質問は?」
「無いです」
「一個!結晶の耐久度は?」
「良い質問だ。大会以降のレギュレーションにもよるが、この大会に限っては魔法一発で割れるように設定されているよ」
「りょ!」
「それではお互い!結晶に魔素を注げ」
アリスと東條、二人が結晶に触れ、魔素を注入する。
すると結晶の色が変わり、身代わりになったことが分かる。
そして、模擬戦専用の杖を受け取ると二人は所定の位置へ移動した。
(さあ!行きましょうか!)
「それではただいまより!月組東條対花組アリスの試合を始める……はじめ!」
その瞬間、アリスは全力疾走で東條へ突っ走った。
しかもアリスは杖もろくに構えていない。
「なっ!うっそだろ!」
「……あのバカ」
魔法戦闘大会、試合が始まれば相手の攻撃を常に防ぐために杖を向けるのはセオリーである。
だが、アリスはそれすらせずに東條に向けて突っ走っていく。
「どうなっても知らねーぞ!」
東條はアリスに土の魔法を放つ。
魔法はアリスに向けて一直線に飛んでいくが、当たらなかった。
「……は?」
アリスは防ぐことはせず、そのまま身をひねって避けたのだ。
「……うっそだろ!お前!」
「……」
東條が迫りくるアリスに次々と魔法を放つがどれも寸でのところで避けられる。
その様子を見ている柏木はニヤニヤしながら見ていた。
(あともうちょい!)
東條にアリスが追い付くまでおよそ十メートル。
本来なら東條は後ろに下がる等の距離を取ればいいのだが、魔法を防ぎもしない、それどころかスピードを落とさずに突っ込んでくる終始笑顔のアリスに恐怖し魔法を撃つしか頭に無くなってしまったのだ。
そして東條との距離が数メートルになった瞬間、少しだけ走るスピードを緩めた。
まるでさあ撃てと言わんばかりに。
完全に冷静さを失った東條はそれでもと確実に狙うために杖をしっかりアリスに向ける。
そしてその瞬間、アリスも再度スピードを上げた。
「舐めんなあああ!」
東條が魔法を放つ。
「……っ!」
しかし魔法を放った時にはもう東條の視界にはアリスの姿は無かった。
ありえない!と思いながらも左右に首を振るがどこにもいない。
「な……どこに」
「ここだよ東條」
下からアリスの声がする。
東條が下に視線をやると、膝を折り曲げ上体をそらしたアリスが杖を東條に構え、杖の先に魔素球を生成させていた。
「なんで……あ」
その時東條の脳裏によぎったのは闇の魔法使いシオティスとサチの一戦でシオティスの刀による一線をよけ魔法を撃った場面だ。
あれを参考にしてこのような博打にも似た作戦を思いついたのだ。
だが同時に観客全員が思ったのは『これでは双方爆発に巻き込まれる』だった。
術者が持つ杖で発生されるシールドは基本、魔法や物理攻撃を防ぐことが出来る。
だが一つだけ例外が存在する。
それは自分で生成した魔法である。
自分で放った魔法、魔法の爆発による余波だけはシールドでは防ぐことは出来ない。
しかし、サチとシオティスの一戦を間近で見ていた東條だけは理解した。
———お前すげえよ、あの戦いを無駄にしてねえんだもん。
負けを覚悟した東條に魔素球が衝突し、結晶に亀裂が張り始める。
そして……。
「おりゃああああああ!」
アリスが思いっきり腕を伸ばすと東條は魔素球と一緒に上空に飛んでいく。
そして、数メートル上空に飛んだところで、線を切り魔素球を爆発させた。
その瞬間、魔素球の衝突によりひびが入っていた結晶は完全に割れ、勝者が決まった。
「勝者……アリス!」