霞家……代々日本最強の魔法戦闘一族と呼ばれたこの一族の本家に双子の妹として生まれた私に居場所何て無いと思っていた。
姉であるサチは魔法戦闘の稽古が始まった小学生の頃からその才能を発揮し、中学生になるころには霞家一族の同世代に敵なしとうたわれ、ついには母さんとの直接稽古まで許されるほど。
しかし対照的に妹である私は戦闘センス云々の前に運動センスが無かった。
頭ではわかっているのに体がどうしてもついてこない……同年代の分家の子と稽古しても負ける日々だ。
それゆえ自然に稽古に参加することが無くなった。
でも母さんはそれについて怒らなかった。
『あなたにはあなたなりの霞家での役割があるはずだから』
また霞家に生まれた人の宿命、それは没落した名家の子という汚名が生まれた時から付いている事。
小学校や中学校は他の名家の子も通う……つまり大人たちが霞家に圧力を加えるように名家の子供も私たちに対してやって来る……つまりはいじめだ。
ほどなくして私はいじめに耐え切れずに学校を休むようになった。
母さんは霞家の人間として私の立場を分かっているのだろう、これについて何も言わなかったし、肯定してくれた。
姉のサチもそうだ。
サチは何故かいつも明るく物事を合理的に考えるより先に行動する。
私が休むようになった後もそれを否定せずに学校以外で一緒に遊び、私が孤独にならないようにしてくれた。
もしサチや母さんが居なかったらすでに自分の命を終わらせていただろう。
しかし、転機が訪れた。
今思えば本当に偶然……いや奇跡と言っても良い、転生者アリスとの出会いだ。
本当に偶々だった。ステア入学に必要な物はすでにそろえていた、だから私の趣味である古い本探しにサチを連れてきていただけだった。
最初に声を掛けようとしたのはサチだ。
明らかに雰囲気が違く場に慣れていない同学年の少女、しかも神報者の弟子……もし友人になることが出来れば面白いと。
結果的にアリスは私たちの立場も知らず、自分がどのような立場になるかも知らずに二つ返事で友達になってくれた。
このことが今後私たち霞家にとってどのような結果をもたらすのかも分からずに。
そして事態は大きく動き出した。
大人たちがどのような話をして何が起きているのさえ掴めずにいたがテレビで流された事実だけは私たちの今ある現状が大きく変わったことを示唆していた。
『北条家が逮捕された』
そして名家会議からも追放され、霞家の汚名が晴らされただけではなく、霞家が名家会議の5議席の一つまで上り詰めることが出来た。
私にとっては一日で色々なことが起きただけ、唯一理解できたのはこれから先没落した名家とは言われなくなる、他の名家から理不尽ないじめも受け無くなる、それだけで十分だった。
事件がある程度収束したある日、母さんは霞家本邸に全霞家一族の長を招集し、緊急会議が行われた。
もちろんこの席には私とサチも同席している。
「皆、集まってくれてありがとう……来た理由は……分かるわね?」
母さんがそう質問すると、本家の人、分家の人、総じて皆頷いていた。
「400年前、我が先祖が犯したと言われた大罪……それがやっと今この時、冤罪であったと、濡れ衣であったと証明された……真の犯人が北条家だと……判明し、それ以上に北条家の罪までもが明らかにされました。よって北条家は名家会議より追放、名家の資格も剥奪されることになり、現当主も逮捕されました。北条家一族はともかく、当主は確実に死刑になるでしょう」
ここまで言うと普段冷静な母さんでも声が詰まってきた。
「つまり……400年前の先祖の悲願……であった、名家会議への復帰……名誉の回復がなされました。そして……この度……天皇陛下より皇族守護への勅命を受けられました!」
全員が一斉に下を向き震えだし涙を流し始めた。
400年間ずっと我慢してきた、先祖から受け継いだ言葉はただ一つ『我慢せよ、いつか必ず我々を助ける者が現れる』と。
そして今日、ついに霞家の悲願が達成された。
そしてその功績を達成したのは……霞家一族の恩人と呼ぶべきものが私たちの友人だった。
「これを成し遂げてくれたのはつい先日この世界に転生なされ、神報者の弟子になられたサチとコウのご学友であるアリス様です」
ここで母さんが立ち上がった。同時に霞一族の全員が真剣な眼差しを母さんに送る。
「今やアリス様は霞家……霞一族の恩人です!この御恩は何年かけても返せないでしょう!アリス様はこの国……いえ世界に来て日が浅いです、不慣れなことや戸惑うこと、困ることもあるでしょう!であるならば!我々がやるべきことはただ一つ!これは当主命令です!アリス様がこの国で生きるためにあらゆるご助力をしなさい!良いですね?」
「「「はい!」」」
「それとサチ、コウ」
「はい」
「え?あ!はい」
「あなた方はアリス様のご学友です、霞家と言えど学校生活まで干渉するのは望ましくはありません。ですがあなた達はアリス様と同学年であり同じ組です稽古や学業もあるでしょうが、出来る限りアリス様の学校生活のサポートをしなさい」
「はい」
「はい」
母さんがゆっくり座る。
「さて、ここからは先程の皇族守護の話です」
ここから大人の話……私とコウは場を離れようとする。
「サチ、コウ、座ってなさい」
「え?だってもうあたしら関係ない……」
「いえ……今日はまだあなた達に関係ある話があります。そのまま座ってなさい」
「……へい」
私とコウが座り直すのを確認した母さんが話を戻す。
「さて、皇族守護の話です。400年ぶりに我々霞家は皇族守護の任の勅命を天皇陛下より拝命されました。で、この統括についてです。400年前、霞家の当主が務めていましたが今は時代も現状も違います。私が就くのが一番の理想だとは思っていますが他の事業の連絡役などの兼ね合いもあるため……皇族守護統括であり陛下の守護役は……妹の絹枝を指名しますが異論ありませんね?」
全員が頷く。
「絹枝も問題ありませんね?」
絹枝おばさんが深々と頭を下げた。
「そのお役目、誠心誠意努めさせていただきます」
「では最後に霞家次期当主についてです」
なるほど……だから残れと言ったのか。
霞家次期当主……霞家本家に生まれた女性が継ぐものであり、指名される時期はバラバラだ。
現当主が適任だと判断した時点で指名される。
指名されればその日から現当主から直々に当主になるための教育が始まる。
だけど私が示されることは無い。
霞一族は魔法戦闘の一族、私よりサチが強いのだ、当主だってサチの方が向いている。
「色々悩みましたが、今回の件を機に決定しました」
母さんが大きく深呼吸する、同時に私も深呼吸する。
「霞家次期当主は……コウに致しました」
……え?今なんて?
私はすぐに立ち上がり母さんを見る。同時にサチも見た。
「か、かあさん?聞き間違えだよね?次期当主……」
「ええ、言い間違えでも聞き間違えでもありませんよ?私が指名したのはコウ、あなたです」
理解できなかった。
「だってあたし!魔法戦闘じゃ、サチよりも……」
「コウ?私と絹枝、どちらが強い?」
「え?……おばさん」
「じゃあ何故絹枝は当主じゃないの?」
「……先代がそう決めたから」
「そう……昔みたいに強いだけでは当主に相応しくないと先代は判断していました。それに絹枝は当主やる気なかったし」
「似合わんしな!あたしには」
「サチは?どうなのさ!」
「え?あたし?無理無理!ただでさえ勉強より稽古した方が楽しいのに、これ以上当主の勉強?やるわけないじゃん!コウの方が向いてるよ!」
「ええ……」
私が静かに座ると母さんは微笑んだ。
「大丈夫ですよサチ、あなたは確かに魔法戦闘に置いて出来が良いというわけではありません。ですが足りない能力を補うために努力している事、別の才能を伸ばそうとしていることぐらい知っています。あなたならできますよ」
母さんはちゃんと見ていたのだ。魔法戦闘が出来ない代わりに今までどんなことをしていたのかを。
「が、頑張ってみます」
「そう……焦らずにここに居る全員があなたの味方です」
全員が頷く。
「ではコウ前口上を」
「こうなると思ってないのに考えてるわけないじゃん!」
「適当で構いませんよ、どうせ当主になったらもっとちゃんとした形でやるんですから練習だと思いなさい」
「……もう」
私は頭を深々と下げる。
「ただいま霞家次期当主を拝命しました霞コウです。……拝命されたばかりでまだ心の準備が出来ておりませんが、これから先皆様のご助力でどうか霞家当主の器に成れるようご指導いただければと思います。なにとぞよろしくお願いします」