「うーん……あり?」
次の日、授業が終わったアリスは花組自習室に居た。
明日行われる二回戦の対策のためだ。
(初戦の東條は初心者同士だったからアドリブで何とかなったけどサチ相手にはそうもいかんしなあなんかヒントないかねえ)
自習室に来たアリスがまず読んだのは魔法戦闘指南書だ。
だが、絵こそ書いてあるが読むのに時間が掛かるうえ理解するにも時間が掛かる、であれば映像ならすぐに頭に入るだろうと思ったのだ。
ここで問題が発生した。
「これ……なんて言うんだっけ?び、ビデオ?ブイなんちゃらかんちゃら?」
アリスの手にしたそれはVHS……つまりビデオテープだ。
だが、使い方が分からないのである。
(そりゃあ見た事……あるよ?でも……使い方知らんよこれ!)
「アリスちゃん何してんの?」
「おあ!小林先輩!」
現れたのは小林だった。
アリスが何やら呟きながら険しい顔をしているので心配で声を掛けたのだ。
「それビデオじゃん、何か探してんの?」
「あ、いやこれを見たいんですけど……」
「え?じゃあ見えばいいじゃん」
「……えーとですね。使い方が……分からなくてですね」
「……え?だってビデオって識人の知識で生まれたって聞いたよ!なんでアリスちゃん知らないの!?」
アリスは説明した。
アリスのいた時代ではもう新しいビデオ作品など作られておらず、流通してるのは過去に売られた作品が中古として出回っているに過ぎない事。
そして今流通するのは基本的にDVDやブルーレイなどのディスク、下手すれば映像そのものがデータとして売られているので、ビデオを使える人間が少なくなっているのだと。
それを聞いた小林は膝から崩れ落ちる。
「うそ……でしょ……もうビデオ無いの!?じゃあ何識人からするとビデオって懐かしいに入っちゃう部類?」
「いや、人によっては何それっていう部類です」
「もっと物を大切にしろよ識人!」
(だってそれ以上に便利な物出来ればそれ中心になるでしょ?)
「大丈夫です先輩、何も捨てられたってことじゃなくてもっと便利なものが出来たからそれに置き換わっただけですよ。価値のあるビデオは残ってるんじゃないですか?」
(ドラえもんとか)
「……そうかな?」
「多分?……それよりあの……ビデオの使い方教えてほしいです」
「分かった!じゃああたしがアリスちゃんにビデオテープの使い方を教えて進ぜよう」
「オナシャス!」
その後アリスは小林にビデオテープの簡単な使い方を教わった。
デッキに入れる方法、再生する方法、巻き戻しや早送りなどだ。
(あー、なるほど巻き戻しって言葉ここから来てんのか)
そして。
「これくらいかな、後は自分で出来る?」
「そうですね。出来ます」
「あ、そうだ見終わったら必ず最初まで巻き戻してから戻してね」
「あー、了解です」
小林が去るとアリスはウキウキしながらビデオを挿入、再生した。
(さあ生まれて初めてのビデオだ!)
だが、十数秒後、今度はアリスが崩れ落ちる。
「……うっそだろ」
(画質が荒すぎてやばい……音もノイズがありまくり)
それもそのはずだ、アリスが見ているのは開発されてから年月が経ち色々改良こそされてはいるが所詮ビデオテープだ。
アリスの知識とイメージできる記録映像と言えばネットのユーチューブ等の綺麗な映像だ、アリスからすれば見ずらいことこの上ないのである。
「……しゃーない、最後の手段だ」
ビデオを巻き戻し仕舞うと、指南書を手に取りある場所を探す。
「……ああ、これだ」
アリスが見つけたのは、初心者指南書の最後の部分……『初心者の魔法戦闘におけるタブー』という部分だ。
(今から戦術を考えても意味ないしサチには通用しない、それなら初心者が普通やらない戦術なら一瞬でもサチを隙が出来る……はず……いや確信はありませんけど。これ全部読むよりは早く終わる)
そしてアリスはページを読み進める……そしてとあるページを見つけるとニヤリと笑った。
「……まあやってみるかね」
試合当日、控室には目の下に隈を作ったアリスと柏木、そして香織がいた。
因みに香織は初戦で敗退している。
「……アリス、楽しみだったのか?」
「……頭の中でシミュレーションしまくってたら夜が明けてた」
「因みに授業は?」
「……」
顔を背ける。
「まあいい。実力さえ出せれば問題ないだろう」
「……うい」
「アリスさん準備を!」
入り口の分岐に当たる場所までフラフラになりながら歩くと、そこにはやる気満々の様子のサチが待っていたが、アリスの顔を見た瞬間その表情は崩れた。
「アリス!?大丈夫?授業中もずっと寝てたけど、もしかして体調悪い!?」
「……いや……単純に楽しみすぎて眠れなかっただけだよ」
「そう……棄権する?」
『棄権』という単語を聞いた途端、アリスの表情が笑顔に変わる。
「あるわけないじゃん……ゲームで言えば、序盤のシステム的に絶対倒せない中ボスかそれ相当……ゲームと違うのはリセマラ不可能ってことぐらい……なら挑むのは主人公として当然……でしょ」
「いや……何言ってるのか分からないけど……別に今日負けたってリーグ戦になればいつでも戦うよ?」
「でも同じ条件じゃない」
「それはそうだね」
「ならやるでしょ」
アリスの強い意志が見て取れたのだろう、それ以上の言及はしなかった。
「分かった……でもやる以上手加減はしないよ?」
「当然」
サチが反対の入り口に向かう。
そしてアリスが自分の入り口に向かうと、入り口で待っていたのは龍だった。
フラフラのアリスを見て大きくため息をつく。
「その震えは武者震いか?それともただの寝不足か?」
「……え?」
アリスはその時初めて全身が細かく震えていることに気づいた。
(……わお、今気づいた。普段なら自分でも気づいてるんだけどねえ……完全な寝不足だな)
「……もうどっちかわかんない」
「そうか……ならやるべきは一つだな」
龍が静かにアリスの背中を押す。
「主人公に必要なのは勇敢に戦うことではない、華麗な勝負をすることでもない……もっとも必要なのはどんな形になっても良い泥臭く生き残ることに執着して戦うことだ。今のお前はすでに満身創痍かもしれんが、それでも生き残るのが主人公ってもんだ。……さあ!主人公になってこい!」
アリスが闘技場に入る。
初戦で転生者でありながら臆することも無く果敢に戦ったアリス、そして一年生最強とも言われ双子の妹に余裕で勝利したサチ……その二人の勝負に興味が無いわけがない。
闘技場の客席は満員御礼だ。
そして二人が姿を現した瞬間、ボルテージは今大会一にまで上昇する。
だが、審判役の柏木が右手を上げるとすぐに静かになる。
「両者、中央へ!」
力強く歩く、サチ。
観客の声により少しだけ目が覚めたアリスが多少ふらつきながら中央に向かう。
「……アリス、最後の確認だ」
「……へあ?」
「お前の……自分自身の意思を確認する。試合とはいえ勝負は勝負だ。始まったら終了するまで止まらない。さすがにまずいと判断したら止めるが痛むのはお前自身だ。どうする」
「答え……いる?」
「お前の言葉が欲しいんだよ。確認事項だ」
「ノープロブレム……問題ないっす」
柏木は大きな溜息を吐き出す。
「両者!結晶に触れよ!」
二人が結晶に魔素を注ぎ、杖を手にする。
そして開始位置に付くと、柏木が右手を振り下ろす。
「花組霞サチ、花組アリス。試合はじめ!」
「ネロクステ《水球よ飛べ》!」
「ピロズクステ《火球よ飛べ》!」
試合開始とほぼ同時に両者の魔法が繋がった。