まだ状況が読み込めないアリスはふらつきながら立派なホテルの廊下を歩いている。
そしてとある一室の扉の前に付くと龍が鍵を開けて入る。
それに続いてアリスと三穂が入室。
電気が付くと、恐らくこのホテルのかなりいい方の部屋だろうと確認できる。
だが今のアリスにそんなこと気にする余裕もない。
「確認は?」
「もう済ませてあるよ」
「了解……じゃあアリスここで一泊な」
「いや……あたし……着替えも何も持ってないですけど」
「持ってるよ!」
三穂が袋を差し出す。
その中身はちゃんとアリスの寮の部屋で来ている私服だ。
「……」
(水曜どうでしょうの大泉の気持ちが何となく分かるなこれ。ただただ怖い)
「明日の7時起床だ。三穂もここに居るから遅れないとは思うが気を付けろよ」
そういうと龍は部屋から出ていった。
「あ、アリスちゃん小腹すいてる?ルームサービス的なの頼めるよ!」
「いいです……もう何が何やらで……疲れたので寝ます」
「オッケー!じゃあ隣の部屋に居るから何かあったら呼んでね!」
「……ん……朝か……んぎいいやああああ!」
翌朝、目が覚めると共に絶叫する……全身に強烈な痛みが走ったのだ。
(いって!なんだ?魔法?皮膚の表面がすっげー痛い!つか全身痛い!服がこすれると……ってことは……ただの日焼けやないかい!)
アリスは時刻を確認する。
時間は6時半。
アリスは日焼けの痛みをこらえながら部屋を後にした。
「あ、おはよう!」
「おはようございま……ん?」
すでに起床しダイニングスペースでモーニングコーヒーを飲みながらくつろぐ三穂。
アリスはその格好に驚く。
皴も何一つない高そうなスーツを着ているのだ。
「よく眠れた?っていうかなんか動き変だけどどうしたの?」
「……日焼け」
「……あー、川とか湖じゃないから日焼けしたんだ!気づかなかった!次からは気を付けよう!じゃあ寝れなかったの?」
「多分疲れてたんだと思います。けっこうぐっすり眠れました。起きてから痛みに気が付いたので……ていうか起きる早いですね」
「慣れてるからね」
「あの……これから何かあるんですか?そのスーツ」
「それは後で説明するからとりあえず、それ着て」
壁に欠けられ、ちゃんとクリーニングされた服、それはアリスのステアの制服だった。
「なんであるんですか!?」
「必要だから。とりあえず着てさっさと行くよ!」
アリスは制服を着ると部屋を後にし、ある部屋にやって来る。
三穂がチャイムを鳴らすと、扉が開き衣笠が中へ招き入れる。
そのまま歩いた先に居たのは龍だ。
そして席に座るように促されるので座る。
「よく眠れたか?つか歩き方変だぞ」
「まあ?疲れてたし……これは日焼けです」
「なるほど」
ここでアリスは気づく。
三穂だけではない、衣笠や龍までもが正装……衣笠は自衛隊の制服、龍に至ってはいつもの着物では無く紋付の袴姿なのだ。
「あのー、何が始まるんです?」
「龍お前何も言ってないのか?」
「言って、緊張のあまり寝不足になっては困る。お前らは慣れてるだろうが」
「はあ……。アリス君今回の海水浴から今日にいたるまで全部龍の仕込みだ」
「……前日のも!?」
「そうだ……君はニュースは見るかね?」
「最近は試験勉強で部活もあったし……」
「そうか……昨日からここいるが何か違和感は無かったかい?」
「……少しいつもと街並みが違う?」
「そうだ……ここは日本じゃない」
「……ん?」
(あれ?日本じゃない……つまりここはまた別の世界?皆そろっているってことは集団転移!?)
「ここは日本の東の隣国サラテボという国だ」
「……あ、あー、あーなるほど」
アリスは軽く赤面する。
(そうっすよね!普通に日本以外の国ありますよね!異世界だろうが日本だけってこたあないっすよね!はずかし!ていうかここ日本じゃないんだ……てことは本来ここに来るのにパスポートいるんじゃ……だから皆緊張してたのか!)
前日、アリス以外が緊張の顔をしていたのは本来このサラテボに来るには入国審査等が必要だがそれが一切なかったためだ。
だがそれも龍が手を回していたためである。
「じゃあなんで皆さん……その格好?」
「今日この国が日本に編入する……その調印式がこの後行われるんだよ」
「……ん?ん?ん?今何と?編入?調印?」
旧日本今どき使われない言葉に戸惑うアリス。
「アリスちゃん……編入ってどういう意味?」
「……一つになる的な?」
「そうだね。つまり今日でサラテボは日本の領土になるってこと」
「……ほう?」
「ニュース見てない?サラテボの領主が日本との編入に合意したって」
「いやー、見てないっすね。忙しくて」
「ニュースは見とけ。その情報の真偽はともかく政治的な動きは将来必ず必要になる」
「でなんでいきなり編入って話になったんです」
「いきなりではないさ。話し合い自体は10年ほど前から行われてるよ」
「マジで?」
「君はこの世界に来て日が浅いからいきなりと思えるだろうが、少なくとも協議自体はやってきたんだ。そしてついに法律や色々な取り決めについてが決まり、最終的にこの国の国民が同意をして編入するに至ったんだ」
「でもなんで編入っていう形になったんですか?編入なんてしたら国そのものが無くなりますよね?」
「それは龍の方が詳しいだろ」
「そうだなお前は知る必要がある」
そして龍はサラテボが抱えている問題を話し出した。
サラテボ自体は確認出来る限り、200年ほど前から小さな村々や集落として存在していた。
そして100年ほど前、それらが一つとなりサラエボは国となった。
だがここから問題が発生する。
およそ30年ほど前、サラエボの北部の街が突如武装蜂起し、独立を宣言、それより南部のサラエボの領地を要求してきたのである。
しかし、当時の国の領主は拒否、そのまま内紛に突入した。
サラエボは商業を基本とした国家で軍隊すら持っていない状況だったため、南部に進軍した独立勢力は次々にサラエボを侵略していった。
戦う力を持っていなかったサラテボ当時より世界最強の日本に援助を求めた。
だが、神法により宣戦布告を受けたわけでも領地に攻撃を受けたわけでもない、ましてや当時から今まで完全な中立宣言をしている日本がいくら隣国とは言え同盟国ですらない自衛隊を派遣するなど不可能だったのだ(ちなみに仮に同盟国だとしても自衛隊を送り込むことは不可能)。
なので日本がとったのは一時休戦し、日本が仲介役となり和平交渉をすること。
その時、交渉テーブルに居たのが龍であり、半ば龍の脅しのような形で独立勢力が勝ち取った領地を現状維持のまま合意し内紛は解決したかのように見えた。
だが数年後、誰もが忘れた頃に武装勢力は何回も進軍を開始した。
そして数回目の進軍でさすがに事態を重く見た日本は国連に対して武力介入を要請、すぐさま国連軍が武力介入を開始した……までは良かった。
問題はここからだ、国連軍は元々色んな国の軍隊が集まって構成されている……言ってしまえば烏合の衆であり、しかも訓練こそしてはいたが本格的な武力介入は今回が初……数で勝ってはいたが連携が全く取れずに敗れ撤退。
そして現在、サラテボと武装勢力の領地の大きさはほぼ同じぐらいであり、今もなお大きな川を挟んで睨みあっている状況なのだ。
そしてその橋は今現在封鎖されている。
「なるほど」
アリスはホテルから外を見る。ホテルから数百メートルの所に大きな川があり橋が架かっているが封鎖されているように見える。
「そこからなんで編入?」
「国連では介入失敗の責任の押し付け合いが始まってな。サラテボの位置的にもう介入出来る国が無くなった。……そこで提案したんだ日本に編入されれば国としては無くなるがあいつらも進軍してこなくなるってな」
(確かに……攻めようとした国がこの世界で軍事力世界一の日本の領土になりましたじゃあ攻めようとは思わんけども)
「ずいぶん酷な選択肢だなあ。反対されなかったの?」
「最初だけだ。領主もどんどん占領される領地と避難してくる国民をみて国連があてにならないならもう選択肢としては日本しかないと思ったんだろう。こちらの提案に乗ってくれたよ」
「ていうかその反乱軍にたいして交渉は?」
「もちろんしたさ。だがあいつらは日本は絶対に攻撃してこない、国連も防ぎ切った……ある意味怖いもの知らずでな、聞く耳持たずだったよ」
「……ていうかなんで武装蜂起したんだろ」
「それも聞いたさ。だが『我々の目的を話す必要はない、目的を理解されたいと思うことも無い。ただ進軍するのみ』ってな。ただあいつらの目が異様に血走ってたのだけは覚えてるが」
(それって……いわゆる洗脳じゃあ。ていうか戦争か……起きるんだなこの世界でも)
「……なんで戦争って起きるんだろうね」
「……」
「……」
アリスのこの単純な質問……衣笠や三穂は答えられなかった。
「……そういえばお前、東條の息子殴ったって?」
「へ?あ!あーそういえば……」
「なんでやったんだよ」
アリスの目が泳ぐ。それもそのはずだコウの胸を触りそれは主人公として許せないという警察が聞いても薬を疑われるような動機だからだ。
「ま、まあいろいろしょうもない理由っすよ!すぐに和解しました!」
「それだよ理由」
「は?」
「理由なんて様々だ、あいつが気に食わなかった、ちょっとイラっとした……とか些細な理由で起きる個人間の喧嘩……それの国家同士で起きると戦争になるだけだよ。今は減ったがな、昔なんて意味不明な理由で戦争吹っ掛けるなんてよくあるからな」
「例えば?」
「少し昔になるが、日本と川を挟んで存在した二つの国が戦争してな、それの仲介に入ったことがあった。その時の理由がな、その国同士の娘と息子……つまり姫と王子が婚約することになったんだがお互いの食の好みが違うって理由で婚約が破綻、お互いの国の国王が切れてそのまま戦争」
「なんじゃそりゃ」
「ってなるよな。まあその話を聞いたのが仲介の時の和平交渉の会議の席だったんだが、何言ってるんだこいつらって思ったよ」
「それで二人はその国はどうなったのさ」
「……それがさ、さすがにどちらかの国で会議をするのはどうだってことで日本の料亭で会議を開いたんだ。そしたらそこで出された日本食に感激して仲直り、晴れて婚約からの結婚さ」
「……」
「あの時だけは、両者一発ずつ殴っても許されるんじゃねとは思ったな……まあその時の外務省の識人補佐に止まられたけどな」
(それは一発殴っても良い立場だともうよ。立場的に)
「つまりだ、個人での喧嘩ならすぐに和解ぐらい造作もない……だがな国同士は違う。一度戦争をおっぱじめたら色々停戦交渉やら和平交渉やら大変ってだけでどちらもきっかけは対して変わらんのよ。ま、色々政治的な思惑で動く場合もあるがな」
「最初から話し合いで解決できないもんかね」
「ははは!どんな理性を持った人間でも時に我を忘れてやってしまう人間なんてごまんといるだろ!お前みたいに!それを理性的に進めるのが政治家の本来の役目なのだろうけどな。それに話し合いとは言うがそれは交換できるような価値あるものを持ってる側の言い分だ。持ってない奴は交渉のテーブルすら着けないし発言する権利すらない。最初から手段が相手に取り込まれるか戦うかの選択肢しかない奴もいることも忘れるなよ」
「……」
「それになアリス……逆にこの世には最初から交渉なんて頭にない話し合いするくらいなら戦う方が簡単って馬鹿な奴もいるんだ。そいうやつに交渉何て無意味なんだよ」
「でも師匠は過去に停戦させたって」
「あれは交渉の内に入らないよ、ただの脅しだ。やり方ならまたいつか教えてやる。……なんにせよ。色々な法律やら条令やらが水面下で動きに動きまくってついに今日、調印式だ」
「師匠は何すんの?」
「基本的に日本と他国の調印式においては他国同士とは違って三枚書類に調印するんだ。一つは日本にもう一つは相手の国に、最後一枚は俺が確認したことを示す神報者の判子を押して神報殿に収める用」
「だからか」
「今日のお前の仕事は俺の仕事の見学だ。将来神報者になったら否応なくこういう場面に出会うからな流れや動きを見るだけでいい」
「了解……あれ?ていうか日本に編入するってことは、サラテボっていう名前も消えるの?日本名になるってこと?」
「ああ、なんだっけ?広島?」
「はあああ!?なんで?」
「知らん」
因みに会場に向かう道中、アリスは今回の海水浴、何故東條を誘ったのか三穂に聞いた。
「ああ、女の子四人の中に男の子一人入れたらどんな結果になるんだろうなって思っただけ。霞姉妹との距離感的にもあの子が良さそうだったから」
ただただ三穂による高校生の恋愛実験に巻き込まれた東條に少し憐れみを覚えたアリスだった。