「……ひっろ」
アリスが要るのは調印式が行われる、所謂ホテルのレセプションホールだ。
驚いたのはアリスが止まったホテルの中でそれが行われることである。
(だからこのホテルに泊まれと……あたし信用されてないな?)
周りを見渡すと、すでに多くの人がそこで何かしらの作業をしている。
会場の設営をする者、調印される際に使用するテーブルの最終確認をする者、そして警察関係だろう警備の位置確認をする者、中継用のカメラを確認する者など様々だ。
龍は政府関係の識人と談話している。
皆が何かしらの仕事で動いている中、アリスはその時が来るのをじっと待っていた。
「三穂さん……あたし、場違いでは?」
「確かにそう思うのも無理ないかな、でも今のうちに慣れとかないと神報者はこういう場面多いよ?今のうちに空気感だけは慣れとかないと」
「そうすか」
「おや?あなたがアリスさんですか」
場の空気に慣れないアリスに声を掛ける男性が一人近づいてくる。
咄嗟に体が固まる。
「ああ、そんなに緊張しないで……ていうのも無理な話ですよね。政道と申します」
「……苗字が無い、ってことは転生者ですか?会った事ないですよね?」
「すみません仕事上、歓迎会に出るのは不可能でしたので。私は総理大臣補佐をしております。その刀似合ってますよ」
「ああ、どうも」
アリスは現在、制服の腰に刀を差している。
神報者の龍がこういった公式の式典等に神報者として出席する場合は必ず帯刀するらしく(天皇陛下の許可は取ってある)、弟子であるアリスにも同様に帯刀させたのだ。
ただし、絶対に抜刀できないように本来袴の帯等に結び付ける下緒を刀のつばに巻き付けてある。
「いやー、龍さんが居てくれて助かりましたよ」
「え?」
「編入なんてかれこれ100年前後無いそうなので手続きとか書類の作成とかノウハウ知っている人間が龍さんぐらいで」
「でも日本ならマニュアルぐらいありそうですけど」
「ありますよ?昔の人間が書いた文字で」
「あー」
アリスは理解したアリスですら龍が書きなぐった文字が読めない。100年前に書かれた文章だ、読むのも一苦労だろう。
「読むのに相当時間が掛かりますから、それだったら龍さんに読んでもらってその通りに動いた方が早いじゃないですか。だから助かりました。それに……」
「それに?」
「今年政権与党が変わったじゃないですか、それで新しく総理も変わりましてね、10年間続けていた協議が無くなるかもしれないともうひやひやで。一応編入を無かったことにする権利は首相にしかないので」
「なるほど」
「ですが今回の編入に関してはお互いの国が了承してまして、相手国の国民もそれを望んでいるということでそのまま続行ということになりました。まあ一つ懸念があれば……」
「なんですか?」
「今の総理の初の対面外交がこれなんですよ、電話外交ならもうやりましたけど。しかもいきなりの調印式でしょ?総理本人が緊張しちゃって」
すると遠くから政道を呼ぶ声が聞こえる。
「おやもう行かなくては、それでは失礼いたします……アリスさん、頑張ってください」
「あ、はい。ありがとうございます……あ、一つだけ聞いていいですか?」
「ええ、一つだけなら」
「なんで広島何ですか?」
「え?ああ!本当は横須賀が良かったんですけどねえ……すでに識人が現れる魔杖の森周辺が横須賀……横浜で使えない……それに領海が出来るとなると旧日本で他に海軍基地……今で言う海上自衛隊の基地があるのはと考えると一番先に出たのが広島何ですよ」
「ああ!呉の!」
「そうです」
「なるほど!ありがとうございます!」
「では」
政道が歩いていくと隠れていたのだろう三穂が後ろから現れる。
「三穂さん……なんで隠れたんですか」
「いやー、ごめんね。仕事上、識人とはいえ政府関係者とは顔を合わせるのがちょっとね」
「はあ」
「でもあの人はアリスちゃんの緊張をほぐすために来てくれたんだと思うよ?」
「どういう意味ですか?」
「神報者が一緒に仕事をする上で会うのが一番多いのは天皇陛下だけど次に多いのは政府のトップの総理大臣だからね立場上味方になることはあり得ない存在だとは言ってるけど補佐の識人とは頻繁に意見交換はするから、そういう意味であの人はアリスちゃんの味方。だからある程度信用は出来るんじゃないかな」
「なるほど」
ここでアリスは一つ気になっていたことを質問した。
「三穂さん……衣笠さんは何故ここに来たんですか?」
「へ?なんで?」
「見る限り、ここには自衛官と思しき人が居ないじゃないですか。じゃあ何のために居るのかなって」
「ああ、アリスちゃん。さっきも言ったけどこの国って停戦こそしてるけど、いつまた侵略されるか分からん状態じゃん?」
「そうっすね」
「じゃあもし調印が終わってこの国が正式に日本の領土になりましたってときに進軍してきたら戦うのは?」
「あー、なるほど、そのための自衛隊か」
「外にはその時の為に第一空挺団と東部方面隊普通科の部隊が待機してるし、もし襲撃があった場合、その対処の為に呼ばれてるのよ。衣笠さんは本職である第一空挺団の指揮の方をとってんの」
「なるほ……ど……お?」
アリスはここで初めてある人物に気づいた。
「三穂さん」
「なに?」
「三穂さんて本当に何者ですか?」
「え?なんで?」
「だってあそこ……」
アリスが指さしたのはホテルの従業員と思われる男だがその顔に見覚えがあった。
間違いようもない、昨日会ったばかりの天宮だ。
アリスに気づくとにっこり笑い、周りに気づかれない程度に手を振る。
「あれ……天宮さんですよね」
「そうだね桂ちゃんだね」
「天宮さんが変装してこの場に居る……そして天宮さんは三穂さんの部下……三穂さん普通の職業の人じゃないでしょ」
「ふふふー!まだ秘密かな。いつか分かるよ」
式典が始まるまであと訳一時間。