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広島襲撃編 アリス?の剣術 4

 度重なる負傷で魔素が尽きていたのだろう、切られた体は回復せずに少しずつ溶けていく。


「すごい……」


 感嘆の声を上げたのはシオティスだ。


 恐らく自分を超えるであろう剣術、目はきらきらと輝いていた。


「くっそお!」


 残された男がアリス?に杖を向ける。


 が魔法は打てない……闇の魔法使いは闇の魔法しか使えない。


 そして、恐らく闇の魔法使いとなったのはごく最近なのだろう、呪文が分からないのだ。


 だから杖を向けてシールドを張るしか手段が無い。


 アリス?は男の前に歩くと、振り上げた刀で斬る。


 キーン!


 刃は途中でシールドに阻まれる。


「……む?……なるほど面白いな」


 シールドに阻まれた状況に少し困惑するが直ぐに構え直す。


———無茶だ。


 今まで普通のシールド、闇のシールドに限らず物理で破壊したという報告は上がっていない。ただ理論的には可能らしい。


 男は最早攻撃する意思も無くこの攻撃を耐えることに全神経を集中していた。


 もう一度ヒュン!という風切り音が鳴り、刀が振り下ろされる。


 ……が今度の一閃は最後まで振り下ろされた。


「……え?」


 男が状況に困惑した瞬間、シールドが破壊される音も生じずに真っ二つに割れ溶けた。


「……あ、あ、あがあああ!」


 男がシールド破壊の反動を受ける。


 その様子に少し驚いた様子のアリス?だったがすぐさま首と四肢を切断する。


 ———何が……起きた?


 確かに理論上、物理的にシールド破壊は可能だ。だが、拳銃でも銃弾を何千発と食らわないとひびすら入らない。


 ただ、杖が生み出すシールドの中心に一寸の狂いも無く一点に攻撃を集めれば普通に攻撃するよりも割れやすいとは噂で聞いたことこそあるが、それでも刀一振りでシールドが割れたなんて前代未聞だ。


「素晴らしい!」


シオティスは歓喜の表情で、アリス?に刀を構える。


 現状の龍よりも優れた剣士だと認識し、是非刀を交えたいと思ったのだろう。


「ほう?先ほどの男よりはやるようだな。構わんぞ」


 シオティスの構え方である程度やると分かったのだろう。


 アリス?も刀を構え、臨戦態勢に入る。


 その時。


 バババババ!


 頭上から、巨大な音が聞こえる。


 自衛隊のヘリだ。


「なるほど……時間切れか。しょうがない、またいつか会いましょう」


 刀を納刀し、龍に刺さる刀を回収すると、闇の魔素となり霧散して消えた。


 アリス?は座り込んでいる龍に近づく。


「……お前何者だ?」

「すまないが名は明かせないのだ。……だが龍五郎よ」


 龍五郎……その単語を聞いた龍は目を見開き表情が驚きに変わる。


「なんで……その名前を……」

「私はあの時の約束を守った、だから今度はお前の番だ。生きる世界が変わろうが関係ない、この子を守れ、それだけだ」

「待て……約束?なんの話だ!っく!」


 刀が抜かれても残存している闇の魔素が龍の傷口を焼いていた。時期に魔素が消失するが今はまだ痛みが残っている。


「最後に……お前を救えずに本当にすまなかった」


 そう言い残すと、アリス?は脱力し気絶、龍に倒れこんだ。


「……はあ……まったく」


 龍はとりあえずアリスを傍で寝かせることにし、煙管の煙草に火をつけ、迎えが来るまで待つことにした。



 数日後。


 龍は第一空挺団が制圧した反乱軍の中心地と見られる場所に居た、状況を確認するためだ。


 だが龍はここに到着した時からとある違和感を感じていた。


 街並みが一切破壊されていないのだ。


 本来であれば第一空挺団が突入する前には航空偵察、降下場所の選定、必要なら航空部隊による掃討があるはず……なのだがその痕跡が一切残っていないのだ。


 第一空挺団の部隊による室内の検索により一部の家屋の扉が破壊されていることを除けば戦闘の痕跡が存在しないのである。


「龍」


 そこに第一空挺団の団長の衣笠が煙草を口にくわえながら歩いてくる。


「状況は?」

「状況ねえ……見ての通りだ」

「お前……一応自衛官だろ?報告ぐらいまともにしてくれ」

「まともって言ってもなあ……部隊が突入した時にはもう今みたいな状況でな、一発も撃ってない」

「マジかよ……誰一人いなかったのか?」

「いや……現状では女の子を保護した。どうやら物置に隠れていたらしい」

「何か分かったか?」

「ああ、その子の話によると、調印式の前日、あそこの広場で集会が開かれたそうだ。恐らく調印式の前に襲撃する予定だったんだろう」


 衣笠が広場を指さす。


「集会の途中、ある男が現れたらしい」

「ある男?」

「黒いフードを深くかぶった男だ」


 ———シオンか。


「その男がこう言った。『諸君、力が欲しいか』とな。そして数人の男……恐らく幹部連中だろう、目の前で闇の儀式を行い、闇の魔法使いにしたそうだ」

「それで?仮に闇の魔法使いを作ったとして大量の獣人はどうしたって言うんだ?」

「その後が重要だ、数人が闇の魔法使いになってボルテージが上がった瞬間」

「瞬間?」

「恐らく全戦力がそこに集結していたんだろうな……男は一斉に闇の魔素をばら撒いた……らしい」

「よく女の子は無事で済んだな」

「ああ、奇跡的に物置が魔素を防いでくれたらしい」

「ふーん」

「でお前の方は?」

「何がだ?」

「領土関係だよ。今回は突発的すぎる出現だ、戦いに参加した国はいないだろうし領土は日本に吸収されるんだろう?」

「……それがな一国だけ居たんだよ」

「は?どこが」

「聖セウリシ」


 それを聞いた衣笠は、一瞬真顔になると、一度タバコ吸い、大きな溜息を吐き出した。


「あそこかあ……ん?待てセウリシとここの間に一国……いや村があったはずだが」

「調印式の数日前にセウリシに吸収された」

「は?そんなこと聞いてないぞ!」

「そりゃあ俺だって知ったのは調印式の後だし。他国に通知されたのだってその辺だ」

「……別に疑うわけじゃないが、偶然にしちゃあ、出来すぎじゃないか?」

「どうあれ今は何も出来ない。非常事態も宣言されてないんだ、交渉だって要請がないと俺は出来ない、外務省の連中に任せるさ」

「アリス君は?お前について行ったらまた気絶したと聞いたが」

「……あいつはいつも通りだよ、魔法の打ちすぎで魔素が枯渇しただけだ」

「そうか、なら良いが」

「じゃあ俺は行くぞ、帝に報告しなきゃならん。お前は?」

「部隊の撤退準備は整ってるからな、政府の連中が来たら即撤退するよ。それまで待機だ」

「了解、じゃあな」


 そういうと龍は箒に跨り、戻って行く。


 衣笠も煙草を消すと部隊に戻って行く。


 この後、日本は当初の通りサラテボの合併を国連及び他国に通知、同時に襲撃時の副産物として反乱軍が占領していた旧サラテボ領地も日本が吸収し、この一件は終了した。


 が、これにより別件で領地を拡大していた聖セウリシと国境を接する形になったのだが、それが意味することをこの時はまだ誰も知らなかったのである。


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