数時間後、第一空挺団の隊舎の一会議室には深夜にもかかわらず一部隊員に非常呼集がかけられた。
しかし普段の訓練の賜物だろうか、深夜にも関わらず集められた隊員の表情に眠そうな表情の隊員は一人も居なかった。
「諸君、集まったな」
部屋に入った衣笠に対して隊員は即座に立ち上がり敬礼した。
だが衣笠が持っていた箱と連れていた女性隊員の姿を見ると少し疑問の表情を浮かべる。
「急に呼びだして悪いな」
「いえ、いつでも行動できるように準備だけはしてるので」
「そうか。さすがだ」
衣笠が隊員たちが囲む机の前にやって来ると小さな箱を置く。
「さて諸君、今回君たちを呼んだのはとある作戦の下命を受けたからだ。だが現在、作戦の詳細を伝えることが出来ない」
「何故ですか?」
「作戦の性質上、君たちが自衛隊員であることが一番の問題だからだ」
「……おっしゃっている意味が……」
「良いかね?今回の作戦、自衛隊……いや日本政府の関与がばれた瞬間、すべてが終わる。君たちは今回、自衛官としてではなくこの国に存在しない……そうだな幽霊として作戦を遂行してもらう。今回君たちの身分が分かるものは全て一旦回収する。ドッグタグも回収する。もしこの作戦において死亡した場合、訓練中の事故死として処理する。作戦が成功しても君たちが表彰されることも勲章が送られることも無い。それが問題ない場合のみドッグタグをこの箱に入れ、参加の意思を示してくれ」
さすがに皆躊躇するか?と思った衣笠。
だが結果は違った。
集められた隊員は躊躇なくドッグタグを外すと箱に入れていく。
「一応確認だが……良いのか?」
「団長……この作戦は日本の今後に大きく関わるんでしょう?」
「まあそうだな」
「私たちは第一空挺団よ?他の兵科に出来ないことを平然とやってのける、ある種名誉職……そのために空挺に入ったと言っても過言ではないんですよ。むしろ呼ばれなかった他の隊員が可哀そうでならないわ」
「さすが姐さん!言うねえ!今までの訓練はこのためにあるようなもんだろ!まだ作戦内容聞いてないけど!」
「危険に自ら飛び込んでこそ空挺団よ!」
「……お前らを誇りに思う。では作戦について話そう」
衣笠は作戦内容について話し出した。
「ロスタの国王も思い切ったことするわねえ……それで現状即応できるのが我々だけだと?」
「そうだ」
「良いっすねえ!囚われた姫君を救う騎士!見たいでかっこいいじゃないすか!しかも相手は完全な悪!暴れて問題ない!やりましょう!……ところで」
「なんだ?」
「さっきから気になってたんですけど……その女性隊員はいったい?」
「ああ、今紹介するよ。柏木三曹、自己紹介を」
「は!」
座っていた女性自衛官が立ち上がり敬礼した。
「柏木恭子三等陸曹であります!」
全員一致でこう思った。
———だから誰?と。
「今回の救出任務、対象は6人、全員が女性だ。だが誘拐した理由が理由でな、恐らく精神的に不安定……それどころか錯乱状態が予想される、現地で同姓が安心させる役目が必要だと考えた。それで彼女だ。一応レンジャー持ちだから自分の身は守れるだろう」
「へー……柏木三曹、よろしくね!」
「はい!よろしくお願いします!」
「でも一応言っとくけど……足手まといにだけはならないで頂戴ね?」
「それで?団長……俺たちの武器は?話通りなら89は使えないと思いますが」
「それについては問題ない」
その時、ドアがノックされる。
「入ってください」
部屋に入ったのは林だった。
その場にいた全員が敬礼をする。
「……お前たちは今現在自衛官では無いだろう?なら敬礼は不要だ。それに現地にて待機している龍にしても敬礼するな?お前らと龍の関係性が疑われた時点で作戦に支障が出かねんのでな」
「了解です!」
「それでおやっさん。武器は?」
「おお!何とか調達できた……持ってこい!」
部屋にスーツを着た男が大きな箱を持って入ってくる。
そして中から銃を一丁一丁取り出すと、机の上に置いていった。
「これは……MP5?ですか?」
「そうだ9ミリのサブマシンガン……龍の持っている銃が9ミリなんでな。使う弾を統一するために警視庁から拝借した。薬莢受けもついとる、薬莢一つも現地に残すなよ?」
「9ミリであれば我々も短機関銃がありますが……」
「今回、君たちは自衛隊だと悟られてはいけないんだぞ?89も短機関銃も自衛隊しか使ってないんだ、現地に残して良いのは9ミリの弾頭のみだ。基本目撃者は全員殺すが女性と子供は生かして良い、その物たちには素性不明の襲撃者だと思わせるには自衛隊の装備では駄目なんだよ」
「なるほど……了解しました」
「現在……0130か、0300にはロスタに出発できる体制を作れ、現地へは箒で向かう」
「要救助者回収後は車ですか?どこかでピックアップですか?」
「いやこれを使う」
衣笠は金属で作られた棒のようなものを机に置いた。
「なるほど」
「後で衛生科の隊員も合流して出発する。そしてもう一つ、出発後、君たちはお互いを本名では無く数字で呼称するように……龍がいるから意味ないとは思うが君たちは日本人だとなるべく悟られるな。以上!分かれ!」
空挺隊員が各自自分の装備を手に取り、準備を進めていく中、一人だけ衣笠に話しかける。
柏木だ。
「あの……衣笠団長」
「ん?なんだ?柏木三曹」
「……私だけ、銃が無いんですが」
そう、用意された銃は全部で10丁であり柏木に対しての銃は無かった。
「君に関してはこれだ」
衣笠はグロックを渡した。使うのは9ミリだ。
「……これ……ですか?」
「君のことを信用してないわけでは無い。だがな、今回の任務、君の役割は誘拐された彼女たちのメンタルケアだ。レンジャーで戦闘訓練を受けているだろうが、この作戦に必要なのは戦闘能力ではない、連携能力だ。あくまで女性の隊員が欲しかったから君を帯同させるのみ……その拳銃は護身用だと思ってくれ」
「……分かりました」
少し納得がいかない様子の柏木だが、そもそも相手は所属する部隊は違えど階級上上官である。
命令に従い、与えられた役目を全うするのが自衛官だと自分に言い聞かせた。
「さあ君も準備したまえ」
「了解しました」