「ここだ」
アリスとミアは狩猟を終えると、他の面々と旅館の前で合流した。
『旅館 楓』
「おお、立派な旅館だね」
「ここは政府が借りている所でな、来賓が来る場合は使うんだよ。まあ俺が一緒に泊まるのはバリアスが来る時ぐらいだが」
「へー」
「行くぞ」
プロソス国王一行とアリスたちが旅館に入ると待っていたかのように女将の声が聞こえる。
「ようこそおいでいただきました。一年ぶりでございます」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
だが女将の声がアリスにとっては聞き馴染みのある声だったので即座に反応した。
(ん?今の声もしかして)
アリスが声の主を確認しようと前に行く。
「……三枝さん!?」
「あらアリス様、今日はアリス様もお泊りに?」
「ああ、今日は弟子としてついてきてもらった」
「では今日はお客様としてですね。かしこまりました。それでは皆さんこちらへ、お部屋の準備は出来ております。先ほど届いた鹿の下処理もできでおりますのですぐにお食事の準備も整います。その前に汗を流してはいかがでしょう」
「そうですな。先にお風呂をいただこう」
面々が部屋に移動する途中。
「三枝さん……ここの女将さんだったんですね」
「いえ、ここは霞家が運営する旅館です。普段は別の者に女将を任せてますが、国のご来賓がいらっしゃる場合は霞家当主が直々女将として接客するのが習わしなので」
「あーなるほど」
「アリス、早く行くぞ」
「へいヘイ」
「それではごゆっくり」
アリスは龍の後を追い、部屋に向かって行った。
「ふー……露天風呂は良いのう!」
面々が部屋に付き荷物を置くと女子陣はすぐさまお風呂に向かった。
アリスとミアは早々に体を洗うと、湯船につかる。
「疲れた?」
「いや……部活で鍛えてるから」
「そう」
「……」
アリスとミアは体を洗っているフィアとティアを見ていた。
二人とも、湯気で見ずらいがダイナマイトボディーであることが分かる。
「……姉妹でここまで似ないとはね……おかしいと思わない?」
「いや?姉妹どころか双子で胸の大きさが違う友人知ってるから驚きは無いかな……それより」
「それより?」
「今日の狩猟……すごかった」
「……狩猟に興味があるの?」
「いや……弓裁きっていうか一発で仕留めたところに感激を覚えたというか……さすがエルフ族だなって」
アリスは感心したのは獲物を見つけた瞬間、ミアの目つきが変わり、呼吸の仕方も変わったことだ。
まるで自然に溶け込み一切の殺気を出さずに弓を構えたのだ。
そして構えてから打つまで一切の無駄が無く、撃たれた矢は綺麗な軌道を描き鹿の急所を捉えた。
ほんの少し弓矢を練習しただけではできない技である。
「エルフ族は昔から弓に関しては得意よ?狩猟だってそう、エルフ族は森と共に生き森に感謝して生きる種族、必要な物を必要なだけ戴いてそれに感謝しながら生きていくの。エルフ族からしたら造作もないわ」
「へーそうなんだ」
(やっぱり、イメージ通りのエルフ族だな)
「さて行くわよ。もうそろそろご飯も出来てるだろうし」
(もう少し入って居たかったけど……霞家の飯だし……こっちの方が優先だな!お風呂はまた後で入ればいい!)
「飯!行きますか!」
「母様、姉様はどうしますか?」
「もう少しゆっくりするわー、日本の温泉は肌に良いもの」
「あたしも」
「分かりました……のぼせないでくださいね」
肌のケアに没頭する二人を尻目にアリスとミアは食事が待ちきれずに早々に風呂場を後にした。
バリアスがグラスに並々と注がれたビールを一気に喉に流し込むと感嘆の声を上げる。
「くううう!やはり日本のビールはうまいなあ!」
「そういうえば息子は?」
「仕事が終わらんでのう……くやしがっとったよ!まあ来年は来れるじゃろうが」
アリスやミアより先に風呂から上がっていた龍とバリアスは料理が来る前に酒を飲んでいた。
「二人とも早いっすね……息子さんいるんですか」
「ん?わしはな、軽く風呂入って飯を食う、そしてその後にゆっくり風呂を楽しむ方が良いんじゃ。息子は皇太子故仕事に追われちょるのでな、たまにスケジュールが合わなくて日本に行けないことがある」
「はあ」
(酒飲んで風呂入って大丈夫なのか?)
そこに三枝がやって来る。
「皆さま、料理のご準備が整いました。どうされますか?別の部屋で食べますか?」
「いやここで食べよう。それで良いかね?」
「俺は構わん」
「私も大丈夫です」
「ではここへ運びますね」
ちょうどそこに風呂上がりのフィアとティアがやってきた。
「あらー、タイミングちょうどね」
「今から日本料理!お腹減ったー」
6人が座るテーブルの前に次々と料理が運ばれてくる。
その料理を見てアリスは気づいた。
(これ……精進料理じゃね?)
精進料理、肉や魚など動物性の食材を使わない料理とされ昔は主に仏教の僧侶の戒律の為に生まれた料理だ。
旧世界でも仏教の戒律などで精進料理が作られたが、地域や時代によってはルールが曖昧であり仏教の開祖であるインドでは理由さえちゃんとしてれば肉を食べれたらしい。
しかし東アジア……とりわけ中国に入るとルールが厳格になった……つまり中国や日本では肉や魚を食べれない、それによって生まれたのが精進料理とされる。
野菜や豆、キノコ類などの植物を中心とした料理が運ばれてくる中、アリスはある疑問が頭に浮かぶ。
(誰が精進料理希望したのかは知らんけど……取った鹿肉どーすんだ?精進料理に肉使っちゃダメだし……懐石料理ならまだ分かるけどなあ)
だが運ばれた料理の中に一皿、先程とった鹿肉を焼いたステーキのようなものがある。
「……んー?どゆこと?」
「あらアリス?日本人で転生者でしょ?まさか精進料理すら知らないの?」
「え?いや……うーん」
(もしかして……この世界の精進料理は肉オッケーだったりする?だとしたらなんで精進料理なんて名前が付いたんだ?)
「精進料理ぐらいは知ってるよ?……でも精進料理って肉使っちゃだめだよね?懐石料理ならまだ分かるんだけど」
「かいせき?……精進料理って日本の代表食じゃないの!?」
「師匠、この世界の日本の精進ってそうなの」
「いや?旧日本と意味合いも立ち位置も同じだ」
「ならそもそも精進料理って仏教の僧侶が肉と魚食っちゃいけないってんで生まれた料理だし……代表的な日本食ってもっといろんなのあるでしょ……そばとかうどんとか天ぷらとか寿司とか。……ラーメンとか」
「ラーメンは日本食か?」
「ラーメンを舐めるなよ?師匠!中国発祥だとしても魔改造しすぎて現代の中国人すらラーメンは日本食って言ってるんだからな!因みに私は家系が好きだ!」
「あ、はい」
「そんな……てっきり日本人はみんな精進料理を食べてるものと……」
ミアは分かりやすいように俯きがっかりした。
「あたしですら食ったことない」
「ま、いいではないか。料理が冷めてしまう。今回はミアがまた一つ学んだということで乾杯しようではないか」
バリアスが自分のグラスにビールを注ぐと持ち上げる。
「そうだな」
(バリアスさん絶対知ってて黙ってただろ)
「あの……出来ればで良いんですが……他の日本食って作れますか?」
ミアが涙目で三枝に訴えかける。
アリスの言った他の日本食が食べたくなったのだ。
三枝が少し考えた。
「そうですね……食材が……あ、魚がありますね!締めのご飯を酢飯にしてお寿司ということにすれば用意できます」
「お願いします!」
「かしこまりました」
「では乾杯!」
その後、アリスは恐らく生まれて初めての精進料理に舌鼓を打った。
ミアは締めのご飯を寿司に変更してもらい、食べたが。
『なによこの料理!うますぎるじゃない!日本料理もっと勉強し直さないと!』
という言葉に。
(初めて日本に来た外国人かよ)
というツッコミを心で入れた。
「さて……試すか」
11時過ぎ、ご飯を食べたアリスはミアと卓球対決をし、ぼろ勝ち(意外と運動神経はアリスの方が上だった)。
風呂に入り直した。
その後龍とバリアスが酒を嗜みながら将棋を指しているのを横目に旅館の外に来ていた。
目的はただ一つ、昼間に召喚した守護霊をもう一度呼びだすことだ。
確かめたいことがあったのだ。
杖を構える。
「ネフスエクソフィーラ《守護霊よ出でよ》」
魔素のみの狐が召喚される。
狐はアリス以外に人が居ないのを確認すると体をアリスにこすりつけ始める。
「くーん」
「……やっぱり」
(お前……ただのツンデレかよ!かわいすぎだろ!)
「ほれほれほれ!」
一心不乱に撫でてやると、お腹を向けてなすがままになる狐。
だが何かに気づくとすぐに離れキリっとした表情になる。
「……あれ?……」
誰かが来たと勘ぐったアリスは周りを見渡す、すると建物の陰に消えてった人物が一人、服装と体格から龍だと分かった。
「……師匠!覗きにくんなや!こちとらペットとの憩いの時間じゃあ!二人きりにせいや!……ほれ、いったぞ?」
人が居ないと確認すると狐は再びすり寄り始める。
そして同時に笑顔になりながら撫でるアリスだが、さすがに時間も遅いと判断し、部屋に戻る。
因みに、守護霊を消す際、狐がめちゃくちゃ寂しそうな顔したのは言うまでもない(消すのを3回ほど躊躇した)。
次の日、朝早く旅館を出発したプロソス一行、そのまま総理官邸の転移陣へ向かい、日本を後にした。
その際、ミアより『また近いうちに会いましょうと』という言葉を貰ったが何のことと思うアリスだった。
因みにアリスはその後、学校に戻ったが守護霊の件で霞姉妹と一悶着発生したのは別のお話。