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個人用携帯通信端末爆誕 卒業式 2

 出産……つまり家族が増えるというのはいつどのような時代でも祝福されるものだ。


 中には祝福されずに生まれた赤ちゃんも居ないことも無いが。


 それでも生まれた赤ちゃんは大抵両親に喜ばれ大切に育てられるのが普通だろう。


 ただ中には事情により育てることが出来なくなった家庭も存在するのは事実である。


 それでも他の家庭に預けられ、愛情を注いでもらうというのも珍しい話ではない。


 だがもし……もしも、自分を捨てた母親が他人の子供を笑顔であやしている姿を見たらその子供はどう思うのだろうか。



 4月の入学式が終わり、アリスに下に一年生が入ってくるとステアはすぐに忙しくなった。


 新たな寮生の案内や部活の勧誘などである。


 またステアは二学年から全生徒が共通の教科を受けるということが無くなり、各々選択科目で教室が分かれ、同じ寮の部屋同士ですら授業が一緒でなくなるというもの珍しくなくなる。


 そしてアリスたちは各々選択科目で使う教科書を用意してようやく落ち着き始めた五月、ある人物がステアを訪ねてきた。


「可愛い―――!」


 花組の寮では二年と三年の女性勢が中心にある一か所に集まって黄色い声を上げて興奮していた。


 興味の対象は……赤ん坊だった。


「夏美先輩!おめでとうございます!」

「ありがとう!でもまだ生まれて一か月も経ってないからほどほどにね?」


 ステアにやってきたのはちょうど出産を終えたばかりの夏美だった。


 義理の姉と夏美にとって順と交際するきっかけになったアリスに赤ちゃんを見せるためにやってきたのだ。


 新一年にとっては面識のない人物であり、少し警戒されたが、一緒に学園生活を過ごした二年と三年より卒業した先輩だと聞き遠くから眺めている。


「名前は?」

「女の子でアリスちゃんのおかげで順君と結ばれたからアリスちゃんの名前から少しもらって……有紗【ありさ】だよ」

「へー!」


(漢字を貰うなら分かるけど……カタカナを貰うって今日日聞かんけど。それにしても可愛い!イケメンの順先輩と美人の夏美先輩の子供……確実に美人になるじゃん。今からでもどうにかして手付けられねえかな)


「貴様ら、授業に行け!それに夏美、ここにはどれくらいいるんだ?」

「ああ、順君はもう会いに行ったし、柏木家はなんか忙しそうだったししばらくは?」

「ああ順と会えたのか。あいつと峰は絶賛空挺の試験中だから忙しいと思ったが」

「お義父さんが会わせてくれたんだ」

「でもなんで家は忙しいんだ?」


 柏木家は自衛官一家である。


 要職についている人もいることもありそれに服等の準備もあってバタバタしていたのだ。


 夏美も手伝おうとしていたが、赤ちゃんのお世話を最優先にと言われたが、自分だけ何もしないという状況に居心地が悪くなりステアにやってきたのだ。


「ああ、そういえば今年幹部職になる兄さんとか居たな。色々引っ越し等で準備があるんだな。なら落ち着くまではこっちにいるといい。一年にも色々教えてやってくれ。ただし有紗を寮からは出すな騒ぎになるのは寮だけで十分だ。ただし部活に限っては帯同を許す」

「わかった」

「それにしても……」


 柏木は優しい笑顔になり有紗を撫でる。


「夏美と順の子供か……やはり赤ん坊は可愛いな」

「そうでしょう!私と順君の子だもん!将来美人になるよ!」

「自分で言うか」

「柏木先生も結婚してないんですか?」


 アリスの何気ない質問だった。


 柏木は40代前後という年齢である、この国の教師の平均給与こそ分からないが結婚……いや子供が居てもおかしくない。


「……結婚はしてたさ……だがまあ色々あってな」

「色々……ね」


(13年前の作戦だろ?)


 アリスは龍から13年前の事件について聞いているし、その作戦に柏木が参加し死にかけたことも知っている。


(13年前、仮に結婚していたとして子供いるかね?いるなら……ちょうど私と年齢的には先輩か後輩にあたる……でもはぐらかすってことは結婚生活で何かあった?まあ何かあったから自衛官辞めたんでしょうけど)


「さ、さあ!お前たちも授業に行け!アリスも授業が終わったら部活だぞ!今日から新入部員と本格的に練習に入るから覚悟しとけ」

「ういーす」

「それと夏美、お前の部屋は無いから私の部屋を使え」

「へーい」


 その後、アリスたちは授業の為に寮を出たが、授業自体が二年生からの選択授業の説明のみで終わり、その後、アリスたちはいつもより少し長めの部活に汗を流した。


 因みに、新学期に突入してから龍から一度も弟子としての仕事の呼び出しが無く、アリスは夏美が務めていたエキーパーのレギュラーを務めることになる。


 そして、夜になり一年の勉強を夏美が見ている間、二年と三年が夏美が見える範囲の所で有紗をあやしていた。


 だが、その様子を何とも言えない表情で眺めていた人が一人いた。


 成田だった。


 その様子をすぐに気が付いたアリスが近づき声を掛ける。


「成田ちゃん、赤ちゃん見なくていいの?」

「いい、ここから眺めているだけで十分。……私のことは気にしなくていい」

「あ、はい」


(赤ちゃん……苦手なのかな)


 そこに柏木がやって来る。


「……貴様ら就寝だ」


 その一声で生徒たちは片づけを始めると各々の部屋に戻って行く。


 夏美も有紗を抱きかかえると笑顔の柏木と共に部屋に帰っていく。


 だがその様子を冷ややかに見ていた成田はアリスには聞こえなかったが何か呟くと踵を返して自分の部屋に帰って行った。


(……どうやら赤ちゃんが嫌いってわけでは……ないな……一悶着ないと良いけど)


「アリス部屋戻るよ!」

「あ、うん。今行く」


(まあ考えてたって何も起こらなきゃいいんですよ!何も起こらなきゃ!まあ物語的に事件が起きそうではあるけども)


 色々な疑問が浮かんだアリスだったが、今考えてもしょうがないと思い自分の部屋に戻って行った。



 深夜、時刻が1時を回った頃。


「……すちゃん!……リスちゃん!」

「ん……すー……」

「アリスちゃん!」

「……んあ?誰?」


 聞き覚えがある声に起こされたアリスは眠い目をこすりながら必死に瞼を開けて声の主を確認しようとした。


 その声の主は夏美だった。


 しかも夏美の顔は蒼白でかなり動揺しているように見える。


「……えーと……何用で?どうかしました?」

「……有紗が……居なくなっちゃった!」



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