二人の戦闘が始めるとアリスは座って有紗に母乳を上げていた夏美の横に座り談笑していた。
だがアリスの目線が胸元の有紗に言っているのに気づいたのだろうニヤニヤしながら尋ねる。
「どうしたの?」
「いや可愛いなあって」
「ふーん」
「何ですか?」
「アリスちゃんのことだからあたしの母乳飲みたいとか言い出すかなって」
(なーんで思考読まれてるかな)
「……」
「やっぱりだー!」
「いやさすがにこの場でやる度胸はないっすよ!」
「じゃあ二人きりなら?」
「……夏美先輩の許可があれば?」
「ふふふ、考えてあげるね!」
「わーい」
(遊ばれてんなー!)
「それはそれとしてアリスちゃんも酷なことするね」
「へ?なんのことです」
「だっていくら義姉さんが悪いとはいえ杖持たせないなんて」
「いやー、一年の初めの授業で縛られた上に結晶の耐久値無限で他の花組の生徒から乱れ打ちされたんで……ある意味復讐ですね」
「あー、なるほど。でも二人とも凄いね」
「そうっすね」
二人が感心しているのは戦っている母娘のことだ。
最初、柏木が成田を取り押さえようとするが、さすがの成田も一年の魔法戦闘の授業を受けているだけのことはある。
それに今年は霞サチも居たこともあり、成田もそこから戦い方を学んでいるんだろう。
そんな簡単には近づかせず、距離を取って魔法を打っていた。
柏木も近づくのは困難と判断し、回避に徹することで二人の戦闘時間は十分まで伸びていた。
だが転機が訪れた。
アリスと夏美は気が付かなかったが、成田が戦っている最中少しずつ、悲しい表情になり涙を流し始めたのだ。
自分のお腹を痛めて生んだ娘が涙を流しているのだ、そしてその原因は間違いなく柏木自身、そのことを改めて自覚した柏木は抵抗とすることを止めた。
「ぐっ!」
外野の二人から見れば回避に疲れて足元がおぼつかない所を成田が仕留めた。
だが二人は歓声を上げなかった。
これは興行の為にやっているわけでは無い。
あくまで親子喧嘩だ。
だからこそこの様子を見守ること事に徹したのだ。
「因みに、どのタイミングで止めるの?」
「成田ちゃんもいくら恨んでいるとは言え殺すまでは行かんでしょうし……頃合いが来たら自然に終わりますよ」
「ふーん」
アリスには復讐とは別にある考えがあった。
(よく漫画だとさ、お互いの考えが食い違って喧嘩がヒートアップして体力尽きるまでやっても体力尽きて冷静になったら友情取り戻すとかあるじゃん?それ狙ったのよね……上手く行くかは知らんけど)
戦闘を開始して約15分。
ついに戦いが止んだ。
一方的に攻撃をしていた成田だったが、反撃の意思が無くなった柏木の顔を見て攻撃する意思が無くなったのだろう。
「はあはあはあ」
「ふーふーふー」
成田はぶっ続けで魔法を受け続けた柏木に近づくと優しく抱きしめた。
「……優……本当にすまなかった」
「……うん……もう離さないから」
「終わったね」
「夏美先輩は帰っていいですよ?後片付けは私がやります」
「ごめんね。後皆には伝えとくよ」
夏美が帰ると後片付けの為に、成田から杖を回収し道具をしまいだす。
二人は時間帯的に疲れからか放心状態のまま座っていた。
「優」
「なに?」
「詳細は言えんが話そう」
柏木の顔はついに娘に話す決心がついたような顔だ。
(待て待て待て!あたし居るのに親子の会話始めるん?)
だが柏木は片付けているアリスにも聞こえるように話し出す。
「13年前、……あー、自衛隊の訓練でな、私は死にかけた。その時のトラウマでしばらくは夜も眠れなかった。それどころか少しの物音でも体が過剰に反応してしまうようになったんだ」
(いわゆるPTSDって奴か)
「あの時の優はまだ子供で無邪気な年だったからな、何も知らずに私に遊んでもらおうと声を掛けたり服を引っ張ったりした……だがそれが敵からの攻撃だと無意識に思ってその相手が誰かもわからずに反撃してしまったんだ」
「……うん」
「だが気づいてみれば泣いている優が居る。それを見てやってしまったと思った。気を付けても何度も間違えてしまう……だから思ったんだ、優から離れた方が良いと。だから優一と離婚したんだ」
(成田ちゃんの名前の由来はお父さんだったか)
「その後、もう自衛隊に居ても仕事が出来ないと判断してな自衛隊を止めて、しばらくは家に居たんだ。父はある程度事情を知らされていたようで深くは追及しなかった。でもこのままじゃいけないと思ったんだろうな。父と空挺団団長の衣笠さんが龍に何か頼んだようでな、数日後龍が家にやってきて、魔法を学んでステアで教師をしろって言ってきたんだ」
(師匠……結構優しいねえ……まあ自分が参加した作戦で隊員が心を病んだらケアしよってのは当たり前か?)
「最初は断ったんだ。あの時の精神状態で教師なんて勤まるわけないってね……だが言われたんだ。『今の状態では廃人になるだけだ、無理やりにでも環境を変えた方が君の為になると思うがね』ってね。まあ私も行く当てが無かったし、半分博打のつもりでやってみたんだ。最初は二年ほど自衛隊で魔法と教師になるために学び、その後、ステアの予備教師に……今では花組寮長だ」
「あたしが入学したときはどう思ったの?」
「成田優なんて日本にいくらでもいるだろ?だから同姓同名の別人だと思ったんだ。だが入学式の時に名前を呼んで優が見えた時……驚愕したよ、まさか自分でお腹を痛めて生んだ娘にこうやって再開するなんてね……だが、私は一度お前から離れた身だ。もう他人として生きた方がお前のためにだと思ったんだ」
「それって……母さんが思っただけじゃん。あたしは謝ってほしかったし、もしできるならまた親子で仲良くしたいと思ったもん。でも母さんが別の道を歩もうとって決めたのは私も分かってたよ?でも……有紗ちゃんを笑顔で見つめた顔を見た時に我慢できなくなった」
「そうか……やはり私はまだ娘を愛していたんだな」
「……ねえ母さん。今からでもまたやり直せない?そのトラウマ?ってもうほとんど治ってるんでしょ?」
「ああ、今ではな……優が望むなら……いや優とお父さんが望むなら私は喜んで」
「母さん!」
成田が勢いよく抱きしめる。
それを柏木は優しく撫でた。
そして同時に柏木がアリスの方へ顔を向ける。
アリスは音を出さないようにその場を離れようとしたが、そもそも扉が音を鳴らしてしまうので、その場から動けなかったのだ。
「……?」
口には出さなかったが……口の形は明らかに『ありがとう』だった。
「……ふふ」
アリスはゆっくりお辞儀するとその場を後にした。
「アリスには感謝しないとな。少々強引だったが見事な仲介役になってくれたよ」
「うん……私も感謝する」
「……優」
「何?」
「もしよければなんだがその……お父さんと旅行に行かないか?ゆっくり三人で旅行に行こう」
「あたしは良いけど母さんは?仕事があるんじゃ」
「いや……その……有休がたまりすぎてな。校長から消化してくれと頼まれてるんだ。今までは休む理由も無かったから良かったんだが……どうせだ!三人で旅行に行こう!」
「でも今からだと何処かいい旅館ある?」
「花組には旅館を経営してる家の娘がいるだろう?」
「霞家!」
「ああ。さ!そうと決まればすぐに行動だ!お父さんにも連絡頼むぞ」
「うん!」
その後、夏美の計らいにより、この事件は夏美が有紗をトイレに置きっぱなしにしたという間抜けな結果で収束した(以外にもそれがあっさりと納得され夏美自身は不貞腐れた)。
そして数年ぶりに有休の申請をした柏木に対して校長は満面の笑顔で『やっとつっかえ物が取れましたか』という言葉で即決で有休を許可した。
そして数日後、柏木、成田、成田父の三人は高級老舗旅館で十数年ぶりの家族旅行を断行。
一家団欒を楽しんだのだ。
因みに旅館手配はアリスから事情を聴いたコウが三枝に相談、破格の値段(三枝直々の接客)で旅館を用意することなった。