約数分前、アリスはステアの図書室にてFXで金を溶かしたような顔で口から魂が抜けていた。
理由は勉強では無かった。
新入生の一年に対して神報者の弟子が先輩に居るという情報が入ったのだろう、質問攻めにあっていたのだ。
だがそもそもアリスが新入生として入った時は何故か質問しようとする人間は花組の一部生徒だけだった……何故こんなにも人が増えたのか。
理由は順と夏美だった。
二人が前もって各クラスに混乱を招く要因になるとして質問することを禁じるように各組に掛け合っていたのである。
だが二人が居なくなった今、各組は一日だけならと質問を許可した結果、一年どころか他の組の同級生や上級生からの質問攻めに会い、答えられるものを答え続けた結果、魂が抜けたような腑抜けた格好になっているである。
「大丈夫?」
「やっと……やっと終わったあ」
声を掛けたのはコウだ。
「一日だけ我慢すれば何とかなると思ってたけど……想像以上にあれだった」
「それだけ日本国民から羨望の眼差しを受けてるんだよ神報者って」
「あははは。……てかもうすぐ飯じゃん!二人帰ってきたら食堂行こう!」
「そうだね」
その時だった。
ドーン!
と、低い衝撃音と共に建物がわずかに揺れる。
「ん?今の音……ていうか……この揺れなんぞ?地震?」
「この辺は余り地震が起きるような地域じゃないはずだけど」
二人が揃って困惑しているとき、スピーカーから音声が流れる。
校長の声だ。
『全生徒及び教職員に告ぐ、体育倉庫にて爆発発生。生徒は速やかに自分の寮に戻ること、各組の寮長は連絡があるまで待機せよ。花組に関しては副寮長が対応せよ。花組寮長柏木先生は必要な装備を整え次第調査を開始せよ。繰り返す……』
柏木が呼ばれたのは恐らく教職員の中で唯一自衛隊出身であり戦闘経験があるからだろう。
「アリスどうする?」
「いやまあ……普通に寮に帰る……ん?待てよ?サチと香織は体育の授業があったな……心配だから迎えに行こう!」
「……本当に心配だから?」
コウは少し疑った目でアリスの顔を見る。
「あー……うん!心配っすよ!もちろん!」
(こういう事件があると確かめたくなるもの野次馬精神って奴かねえ……まあ二人が心配って言うのはうそではない)
「ただしコウは私より動けないんだから寮で待機しててよ!二人見つけたらすぐに戻るから」
「……分かった」
コウは一人、寮に戻って行く。
アリスは杖があることを確認すると、体育倉庫がある方向へ向かって行った。
「さて……どうするか」
「何してんだ?お前」
「ぎゃああああああ!」
バン!
背後から聞こえた声でアリスが振り返るとすぐ後ろに龍が居た。
さすがにびっくりしたアリスは後ずさりながら呪文を唱えられずに魔素球をのけ反りながら放ったのだ。
「おっと」
放たれた魔素球は龍の顔に……当たることはなく天井に激突して爆発する。
「し、師匠!?なんで!?なんでいるねん!?」
「校長と話をしていたんだ。そしたら偶々爆発が起きてな……ついでだから調査に参加したんだ」
「ああ、なるほど……なら安心だ!」
「何がだ?」
「師匠なら盾になる!」
「おい」
「実際そうっしょ?死なないんだし」
「俺の不死を……都合よく使うな」
「知らん!行くよ!サチと香織見つけなきゃ!」
龍を盾にするといいながら一目散に走りだすアリス。
「はあ……おい。走るな……ん?」
アリスがちょうど体育館へ通じる曲がり角にたどり着いた時だった。
アリスはちょうど龍の方を見ていたため気づかなかったが、龍からは右から何か大きな生物が姿を見せようとするのが確認できたのだ。
「アリス!止まれ!」
「へ?なんで……ん?」
アリスが前に顔を向けた瞬間、アリスと生物が至近距離で対面する。
それは体長2メートルほどでところどころ皮膚が溶けたようにただれていてもはや顔がどこにあるか分からない醜態の化け物だった。
もはやクトゥルフ神話に出てくる神話生物と言われた方が納得できるレベルの化け物である。
時折ただれた皮膚からは醜悪な悪臭まで漂ってくる。
「……お?おー、おー……あー……ああああああ!?」
目の前に見える物を少しづつ理解していったアリス。
そして脳がやっと目の前の生物は危険だと判断すると悲鳴を上げ、そのまま後ろに倒れこみながらとりあえず魔素球を化け物に叩き込む。
バーン!グシャ!という音と共に魔素球が弾け化け物の胸の肉が剥がれ落ちる。
「くっさ!なにこれ……てかなにこいつ!」
「アリス!待ってろ!今……」
「何してるんだ!」
へたり込んだアリスを助けようと銃を取りだそうとする龍の背後から人がやって来る。
やってきたのは柏木だった。
「柏木なんでここに居る。倉庫の調査じゃ?」
「爆発した倉庫の調査を簡単にしたんだ!爆発の原因は闇の魔石だ!アリス!そいつに触れるな!闇の魔素に浸食されるぞ!」
「ふえ?これが闇の獣人?……にしては」
出来たばかりなのかそれとも何かしらの要素により不完全なのかまだ生物としての体が完成していない。
龍が銃を構える。
それを見た柏木が慌てて制止する。
「龍!?やめろ撃つな!」
「あ?なんでだ?」
「普通の自衛官ならともかくだ!10メートルはあるのに当たるのか?もしアリスに当たったらどうする!」
「あの化け物にもアリスにも当てる気はないさ。ただ銃声で注意をこちらに向けさせれば」
「馬鹿か!それはヘイトを外したい目標と私たちの位置関係が90度以上ある場合だ!同一線上にいるのにヘイトが向くもあるか!」
「だったらどうする!」
「あのー!?この状況で喧嘩はよしてくれませんかね!?私の目の前にまだいらっしゃるんですよ!」
すぐに逃げようと思ったアリスだが龍が銃を向けたのを確認し、柏木がどこに飛ぶか分からんという言葉で動けずにその場に伏せていたのだ。
「とりあえず私が撃つ!アリスゆっくりこっちへ……あの化け物襲う気ないのか?」
先ほどの龍と柏木のやり取りを含めれば数分あったはずだ、しかし化け物はアリスに襲い掛かる様子が一切ない。本来ならあり得ないことである。
「まあいい!アリス伏せながらでもゆっくりこっちへ来るんだ!」
「へーい」
それを聞いたアリスは匍匐前進しながらゆっくりと柏木の方へ向かおうとした。
その時だった。
「……お……ちゃん。……おね……ちゃん」
「……え?」
アリスが動きを止める。
(今の声……いやまさか……そんなはずない……)
アリスは逃げるのを止めて限界まで化け物に近づく。
「アリス何している!近づくな!」
「アリス!その場から離れろ!」
二人の声をよそにアリスは耳を化け物に近づけた。
「……もう一度……なんて言ったの?」
「おね……ちゃん。あ、あり……おね……ちゃん」
「……っ!」
アリスはもう一度魔素球を化け物の胸に当てる。
爆発と悪臭と共にもう一枚、肉が零れ落ちる……するとアリスの考えたくは無かった……というより当たって欲しくなかった予想が当たってしまった。
強大な化け物の胸の中に香織が体を周りの肉塊と結びつくようにそこに囚われていた。
「……か……香織いいいいいい!」
「香織?なんであの子があそこに……」
「……考えたくは無かったが……やっぱりか」
サチを連れて行ってから、爆発までのタイムラグを考えた柏木は香織が倉庫に居た時に爆発が起きたと考えていたが当たってしまい絶望する。
「アリス!例え親しい間柄だとしても闇の獣人には触れるな!……聞いているのか!」
「アリス!すぐに離れろ!」
アリスは二人の警告などもう耳に入らずにすぐに香織の体を抱きしめると化け物から引きはがす。
香織が引きはがされると香織の体についていた肉塊はゆっくりと闇の魔素の粒子となり霧散していく。
「アリス!」
「あの馬鹿」
二人は急ぎアリスの元へ走る。
この世界の人間問わず生物は闇の魔素に犯された生物に触ると侵食している魔素がその生物にも移るのだ。
つまり状況的に考えれば誰もがアリスに闇の魔素が移ると考えるのが一般的だ。
だが二人がアリスの元に着いたとき、考えられないことが起きていた。
「おい……龍、これはどういうことだ?」
「分からん……こんな事……初めてだ」
香織を侵食しているはずの魔素がアリスに移っていないのだ。
こんな事、今までの歴史上例を見ない現象である。
「はあ、はあ、はあ」
浸食している魔素で息を荒げ苦しそうにしている香織。
そんな香織を愛おしそうに優しく抱きしめるアリス。
そんな二人を困惑した表情で見つめる二人。
「……どうする?」
「何が起きてるのかは分からないが……とりあえず医務室に運ぼう」