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香織闇の獣人化事件 3

「ではとりあえず聖霊魔導士を呼んできますね」

「いや、それは後で俺が読んでおくからとりあえず他の生徒の治療に当たってくれ」

「分かりました」


 医務室の先生が部屋を後にする。


 医務室に居るのは龍と柏木、ベッドで寝ている香織とそれを見つめているアリスだ。


「それで?何故アリスは魔素に感染していないんだ?ユニークか?」

「いや……それは無い。試しに俺も触ったんだが……俺にも浸食される感触が無かった。つまり香織の体の中で何かが起きているってことだ」

「そうか……ならどうする?大学病院に運んで診療してもらうとかか?」

「……とりあえず試したいことがある。病院に運ぶのはその後だ」


 柏木がアリスの方をチラ見する。


「……分かった。ならとりあえず私は校長に報告してくるよ」


 柏木がそういうと部屋を出ていく。


 同時に龍が本をアリスに見せて声を掛ける。


「アリス……聖霊魔法を使ってくれるか?」

「……それで香織は治る?」

「分からん。だが試す価値はある……とりあえず第一を試せ」

「……分かった」


 アリスは本を受け取ると杖を取り出す。


 そして杖を香織に向ける。


「……スコーターグニムス《闇を浄化せよ》」


 杖先から白く眩い光が現れると香織の胸にある黒い魔素の発生源に魔素が送り込まれていく……が香織の体に付着する肉塊の成長が止まるだけで一向に発生源が小さくはならない。


「……駄目か……アリス第二だ」

「了解」


 アリスは一旦魔法を中断するともう一度杖を向ける。


(……あれ?第四と呪文が同じだ……あー、なるほど詠唱することで第四に進化するのか)


「ズビタービィ《闇を滅せよ》」


 先ほどよりも光が強く発光し、魔素が注がれる。


 すると今度は魔素の発生源が少しづつ小さくなっていく。


「……よしこのまま」


 十数秒後、闇の魔素の発生源が無くなったのだろう、聖霊魔法は自動的に消えた。


「……よし何とか終わった……」

「香織!大丈夫!?……あれ?」


 治療が完了し、すぐさま香織に話しかけるアリス。


 だがすぐに気づいた、香織が息をしていないことに。


「……師匠?香織息してない!なんで?」

「お前習ってないのか?本来闇の魔素に犯されて、闇の獣人になった者は聖霊魔法を使っても生き返ることは無いよ。今回は香織君の体質に懸けて聖霊魔法を使ったが……結果は変わらな……おい!」


 急にアリスが涙目になりながら龍につかみかかる。


「なんで先に言わないんだよ!先に知ってたらあたしはやらなかった!香織に止めをさすような真似をあたしにさせんなよ!あんたに人の心はないんか!」

「すまんな人の心なんぞずいぶん前に捨ててきたよ」

「こんの!」

「そこの二人!何してるんだ?」


 喧嘩している二人に割って入るように声を掛けたのは校長の八重樫だ。


「なんでもないさ」

「……なんでもないです」


 龍から自分のユニークを話すことを禁止されているので喧嘩の内容すら言えない。


「それで?香織君はどうだ?」


 八重樫は香織の前に歩いていく。


 そしてあることに気づいた。


「……ん?龍……何をした?」

「機密ってことにするがどうした?」

「……闇の獣人になって聖霊魔法で浄化したと認識するが……息をしているように見えるんだがね?」

「……は?」

「え!?」


 アリスと龍が目を見開き香織の元に駆け寄る。


「スー……スー……スー……」


 確かにさっきまで呼吸をしておらず亡くなったと思われた香織は気持ちよく眠るように呼吸していた。


「師匠……何が起きてんの?」

「……はあ、まったく分からん。だが生きているのは確かだ……そうだな、ちょっと知り合いに連絡する。ここでの会話出来事は秘密にしてくれ」

「分かった。では通常業務に戻ろうか」

「アリスも寮に戻るぞ。皆には香織が怪我をしたと伝えるからな」

「うん……分かった」


 香織が息を吹き返したという安心からか体から力が抜けたアリスは柏木に肩を貸される形で寮に戻って行った。


 八重樫も状況を教師陣に伝えるために部屋を後にした。


 そして龍は医務室の電話の受話器を手に取ると、ある場所に電話を掛ける。


「はい、魂子」

「龍だ」

「おや?龍か!どうした!君から電話してくるなんて珍しいじゃないか!」

「ちょっと頼みたいことがあってな。すぐにステアに来てくれるか?」

「……あのなあ龍、私は今大学病院の研究室にいるんだぞ?私自身の研究もそうだが、いつも外部から調査を依頼されるんだ、時間があると思うか?もし頼みたいんなら私の興味がそそられるような内容……」

「もし闇の獣人になった者が聖霊魔法で元通りになった事例が居るとしたら?」


 龍が遮るように喋ると受話器の向こうの人物が黙る。


「……ありえない」

「だろうな……でも目の前に生還した……いわゆる第一号被験者が居るんだよ。俺も自分の目で確認した」

「……本当にか?」


 電話口の女性はまだ懐疑的だ。


「確かめれば分かるさ」

「……すぐに向かう」



 十数分後、かなり急いで飛んできたんだろう、髪が乱れた女性が医務室に入って来る。


 転生者の魂子【たまこ】だ。


 魂子は部屋に入るや否やベッドに寝ている香織を観察し始める。


「……なるほど、確かに闇の魔素の痕、闇の獣人の痕跡が確かにあるねえ……でもちゃんと息をしている……龍聞きたいことがあるんだが」

「何だ?」

「この子の母親は?」

「知らん……というより誰も知らないんじゃないのか?この子の義母を名乗る人は居るが……詳細は不明だ」

「なら龍はこの子の母親から出生について聞いてくれ。私はこの子を研究室に連れて行くから」

「分かった」



 数日後、龍に呼び出された香織の義母の柚葉がステアにやって来ると、応接室にて龍と対面する。


「あの……何か用でしょうか」

「先日……娘の香織さんが闇の魔石に触れ、闇の獣人になる事件が発生しました」

「えっ……ってことは香織は……もう?」


 柚葉はソファーから崩れるように倒れこむ。


「本来であれば」

「どういう意味です?」

「聖霊魔法で浄化したようですが……香織さんは目を覚まさないだけで今の所呼吸をしています……つまり生きているってことになります。ですがこんな事……今まであり得ないことです……香織さんの体には何かしら秘密があると我々は思っています。何か知りませんか?」

「……龍さん」

「何でしょう?」

「正直分からないんです」

「……何が?」

「香織は……森の中で拾ったんです」

「……子犬を拾ったみたい表現されましても」

「香織は数年前、とある森の中で一人裸に布を巻いた状態で彷徨っていたのを私が保護したんです。ですから香織自身の体については私も何一つ知らないんです」

「……そうですか、では出来れば香織さんを保護した場所を教えてくれませんか?」

「うろ覚えでよろしければ」


 柚葉は自分が香織を保護した場所を大まかではあるが地図に記す。


 龍はそれを衣笠と林に伝えると、至急自衛隊で捜索が行われることになった。


 すると数日後、衣笠より連絡が入る。


『目的の場所かどうかは分からないが、古い建物を発見した』



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