「アリス!」
外から見ていた人ならその異常性に気づいただろう、アリスを掴んでいるはずの巨人の右手の指の隙間から先がとがっている棒が飛び出していたのだから。
そしてその棒は何かに濡れておりぼたぼたと何かが垂れている。
「ああああああ!」
だがアリスが痛みによる絶叫を上げている時点でその棒はアリスの腹部を貫いているのだろうと分かる。
「あれはなんだ!」
「ちょっとした実験でね闇の魔素による感染が出来なくなった替わりに一部の体細胞を自由にできるようになったんだ。作るのに結構苦労したよ」
「悠長に説明してんじゃねえ!アリス今行く!」
「おっと、この子はどうするんすか?」
「あ?……」
龍が振り返るとシオティスがサチに刀の刃を当てていた。
「脅しか?」
「もちろん」
「龍さん!私のことはいいから!アリスを優先して!」
「……無論だ」
そのまま龍はアリスの元へ駆け出す。
「まあ君はそのままでいいんでしょうけどね」
シオティスは別の刀を取り出すと、龍に向けて投げた。
「龍さん!危ない!」
「は?」
本来の龍だったら難なく避けられただろう……だがアリスを失うまいと冷静さを完全に失っていた龍にそれは出来なかった。
回転する刀はそのまま走る龍の左足を切りつけるとそのまま切断し地面に転がる。
「がっ!」
左足の感覚がなくなった龍がその場に倒れこむ。
しかも闇の魔素が付与されている刀だ、焼けるような痛みと同時に傷口が魔素で焼け、修復が出来ない。
「龍さん!」
シオティスはそれを見るとゆっくりと龍の元へ歩き出す。
「ちょっと待て!あたしは良いのか?」
「え?ああ、安心してください今ここであなたを殺す気はありませんよ。言ったでしょう?あなたはまだ武器を手に入れたばかりの人間です。まだ強くなる余地があります。なら技を使いこなして強くなった状態の方が俺も倒しがいがあるというもんですから。いくらでも待ちますよ」
———完全に下に見られてる……当然か。
「それにあなたは知り合いにそっくりなんですよ。持っているギフトは微妙に違うんですがあなたのようにとにかく突っ走るタイプと言えばいいんですかね?でもあなたと一緒で技を使いこなせれば十二分に強くなれると思うんですよ!だから親近感がわいてしまってね。だから待ってますよ、あなたが強くなるのを……それに待つのは慣れてますから」
そいうとシオティスは龍の傍に近寄る。
「あの貫いた棒で闇の魔素に感染することは無いだろうから安心してくれ。だが少しづつ血は出ているから出血死するかもな。どうだ?助けようにも助けられない状況は?お前に味合わせてやりたかったことだ」
「……」
「あー……うー……あー……うっぷ」
最初こそ痛みによる悲鳴にも似た絶叫を上げて次々に魔法をぶつけていたアリスだが魔素が切れてきたのか出血の影響か声を上げる気力すらなくなっていった。
(やっべー……超いてえけど体が動かなくなってきたから何できねえ。ここで死ぬのか?いや死にたくない……こんな所で死ぬなんて主人公じゃない……だろ?なんか無いか?なんでもいい……杖があるんだ……魔法を打て。撃て!あたし!!!!)
力が無くなりつつある右手を何とか持ち上げ、杖を構えると頭から何とか呪文を絞り出す。
そして血でドロドロになった口の中を必死に動かして唱える。
「ピ、ピ、ピロ……んあああ!ピロテクーノ《赤き花火よ》!」
何故この呪文だったのかは定かでは無いが、杖から発射された赤い花火は巨人のシールドに弾かれた……だが、弾かれる角度がちょうど良かったのだろう、花火はそのまま上空にはじけ飛ぶとそのまま赤い花を咲かせた。
……その数秒後だった。
アリスの頬を何かが掠め、同時にひりつくような熱さが襲う。
「……?」
だがアリスにそんなことを気にする体力も気力も無い。
パリン!
しかし、アリスの頬を掠めた何かは巨人のシールドに穴をあけると、意図も容易く破壊した。
「なっ!」
「……」
———何が起きた?
パーン!
その直後、遥か東の遠方から何かが発砲音が轟く。
そして運が味方したのか偶々だったのか、太陽の光がアリスと巨人の頭を照らした。
その直後……。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!
計四発の何かがアリスを避けるようにして巨人の頭部に命中していく。
だがやはり痛覚が遮断されているのか巨人は痛がる素振りを見せない……が、龍による度重なる足への斬撃で魔素を相当消耗していたんだろう、全身の力が抜けるように倒れこんでいった。
同時にアリスを掴んでいた右手も力が無くなり手を開くとアリスが地面に向けて落下を始める。
「アリス!……クッソが!」
龍はすぐにでも助けようとするが今やっと闇の魔素の効果が切れてきたところであり回復するにはまだ十数秒ほど足りない。
「……」
———ここで動けず何が恩人だよ!
「ああああああ!」
ここまでで多少の魔素の回復が出来ていたのか、それともアリスを失いたくないという思いからか、けだるい体を一心不乱に起こしたサチがアリスの落下点に走り出した。
そして……。
「おおおりゃあああ!」
決死の覚悟でスライディングしながらアリスを受け止める。
「…………」
だがアリスは呼吸はかなり小さくなっており、死が近いのがサチでも分かるほどだ。
そこに一人の男が立ち上がった、シオティスだ。
「想定外のこともありましたが、まあまあ上等です。では俺はこれにて」
そいうとシオティスは闇の粒子となって空へと昇って消えた。
「……。アリス!」
龍が駆け寄る……が、サチが懸命に出血を抑えるためぽっかりと開いた傷口を抑えていたがアリスはほとんど呼吸が小さくなっており、目からも少しづつ光が消え始めていた。
「龍さん……もう駄目だよ。多分聖霊魔法でも」
「諦めるな!」
龍は緊急事態の合図として五発の赤い花火を打ち上げる。
「無理だよ!仮に今から聖霊魔導士が来たって間に合わない!」
「……アリス!まだ死ぬな!お前は主人公なんだろ!?だったらこんな物語の途中で死ぬのが主人公か!?そんなバカげた物語は読みたくないぞ!すでに前世で死んでるとか御託はいらんぞ!絶対にあきらめるな!霞サチ!お前も最後まであきらめるな!声を掛け続けろ!」
「……アリス!生き残ったらマギーロのカフェにまた……三人で行こうよ!人が足らないんだったら東條とか誘ってさ!あいつと最近仲が良くてさ!……あたしらを救うだけ救っておいて……一人退場とか許さないんだからあ!アリス!」
二人は出来る限りアリスに声を掛け続ける。
だがそれでも現状は変わらない。
その時、あることに気づいたサチは声かけを止めて東の空を見つめ始めた。
「……龍さん」
「何だ!?声を掛け続けろ!」
「龍さん!」
「空を見たって現状は変わらない!今出来ることを……」
「龍さん!!!」
「あ?なん……だ」
龍が見上げるとそこには木製で出来た牛車のようなものがそこに浮いていた。
だが本来牛車を引くはずの牛の姿はそこには無い。
「……えーと、なにこれ?睡眠不足で幻でも見てる?」
「いや……現実だ幻じゃない」
馬車はゆっくりと三人の傍に着地すると、運転していた執事と思われる老紳士が牛車の暖簾を上げるとそこから現れ降りたのは巫女姿の少女だった。