アリスの記憶が正しければ会った事はないはずであり、今までの初対面の人はアリスという名前こそ知っている人は居ても顔まで知っていることは無かった。
だからこそ来たことが無い場所に会ったことが無い人が相手から自分の姿を見ただけで自分だと分かったことに凄く違和感に感じるのだ。
だがそれ以上にアリスが気になったことは目の前の少女の着ているものと顔に付けている物だった。
「初めましてアリスさん。私、神楽と申します。以後お見知りおきを」
神楽と名乗る少女は巫女姿で、顔には何故か布が掛かっていたのだ。
「……」
アリスが状況を飲み込めずにいると、先に神楽が話しかける。
「アリスさんよろしければお座りになって」
「あ……はい」
促されるように椅子に座る。
するとどこから現れたのだろう、意外とこの場に似合っているスーツ姿の老紳士がアリスの前にお茶を置く。
「……どうも」
とにかく落ち着くために一口お茶をすする。
(あ、結構うまい)
「何か気になりますか?」
「え?ああ……えっと」
「ため口で構いませんよ?これから先も会うことが多くなると思いますので。それにお互いのことも知っておきたいと思いませんか?」
「……分かった。とりあえずあんた誰さ」
「ですから神楽です」
「……苗字は?結婚してない識人以外は基本苗字があるはずでしょ?」
「そうですね、基本は……でも旧日本でもその基本から外れた……いわゆる例外がいらっしゃるでしょ?」
「……は?」
アリスは考え始める。
(旧日本でもいる?そんな人間いるか?だって旧日本人でも生まれた赤ちゃんでも両親の苗字で戸籍登録されるよな?なら生まれた時からすでに両親に苗字が存在しない……そんな日本人居るか?……あ、いるわ)
「もしかして……皇族?」
「はい、私は皇族の者です」
「はああああああ!?」
旧日本でもそうだが皇族には基本的に性や苗字が存在しない。
苗字のように呼ばれるあれは宮号と呼ばれるものであり、男性皇族が成人して独り立ちしたときに天皇陛下から授けられる物であり、苗字ではない。
そもそも苗字、つまり性自体が大昔の日本において朝廷の最高権威者であった天皇陛下が部下の役職を分かりやすくするために付けられたものであり天皇陛下に性を付ける文化が存在しないのだ。
その文化は第二日本でも存在しており、この世界の日本でも皇族には苗字が存在しない。
(皇族……あたし当たり前のように謁見しちょりますけど、庶民からしてみればそういうイベント除いて会える場面なんてテレビの映像除いて人生単位で数回だろ。そんなあたしがため口で良いのか?)
「今更……ですけど」
「だから言いと言っているでしょ?ため口で構いません」
「じゃあもう一つ、顔の……」
アリスは神楽の顔に掛かっている布をゆっくり指さす。
「ああ、これですか?」
「皇族だから一般国民に顔を見せないため?」
「いえ?まったく関係ないです」
「じゃあなんで!?」
「これは私の目の性質上仕方がないんです」
「性質上?」
神楽はゆっくりと布をたくし上げる。
そして現れた神楽の目を見たアリスは絶句する。
「……なっ!は?」
神楽の目は完全に白濁しきっており、アリスから見てもどこを見ているのかさえ分からないほどだ。
(ナルトの日向が似たような目をしとったけど実物が見れるとは)
「それ見えてるの?」
「そうですね……アリスさんは魔素は見えますか?」
「はあ?見えるわけないじゃん」
「そうですよね!それが普通なんですが……この目だと本来見えない……認識できないはずの魔素が認識できるんです」
「どゆこと?」
いつの日か言ったかもしれないが、この世界に住むあらゆる種族は一部例外を除いて魔素を認識することが出来ない。
エルフだけ存在を感じ取ることが出来るぐらいだ。
「アリスさんが普段見えてる風景に白い粒子がいろんな方向に動いているように見えるんです。しかも魔素を強調するように見えるので人とかの建物の輪郭は辛うじて認識できるんですが誰かまでは分からないんですよ」
「フーン……じゃあなんであたしが来たってわかったのさ」
「……そうですねー。それは秘密にしときます」
「あっそ。それで?その特技?っていうか体質は皇族特有だったりするの?」
「よく聞いてくれました!」
「あ?」
まるで誰かに話したかったかのように神楽がこの体質の秘密を話し出す。
そもそもこの神楽という名前……というか称号だが、皇族で生まれたばかりの女の子にある特徴がみられた場合、自動的に神楽と名付けられるのである。
そして神楽と名付けられた女の子は一生今いる神社からは基本出ることは出来ずに大切に育てられる。
その特徴とは……目が白濁している事、そして子宮及び女性器が存在しないことである。
「はああああああ!」
本日二度目の驚愕の声である。
「じゃ、じゃあ!無いの!?」
アリスが神楽の下腹部を震えながら指さす。
「ええ、無いです。ですので子供が生めません!」
「そんな陽気にしゃべらんでも」
「でもないもんはしょうがないですもん」
「ショックじゃなかった?最初から子供が生めない体だって知った時」
「そうですね……最初の数秒は」
「数秒だけかい!」
「でも後々調べるうち、女性特有の生理痛?って言うのも私には存在しないことも分かりまして、あれって人によっては相当きついらしいですから、私にとっては良い事もあるんですよ?」
神楽は両手でブイを作り笑っている。
「はあ」
(まあ本人が納得しているなら良い……のか?)
「それで?神楽って普段何してるのさ」
「そうですね神楽の仕事は大きく分けて二つ。おと……天皇陛下が祭っている神に対して巫女として神楽を舞うこと。そして……」
「そして?」
「神からのお告げを受け取ることです」
「……おん?」
(お告げ?予言とか?おいおい……何か中二病みたいなこと言い出しましたよこの子)
「お告げって何?」
「これです」
神楽は懐から一枚の和紙を取り出した。
神社や寺等でもらえるお札のようだが何も書かれていない。
「これが?」
「神からのお告げがあるとこれにその内容が書かれるんです」
「……はあ」
「信じてませんね!本当に筆も墨も無いのに勝手に文字が書かれるんですから!」
「そ、そうなんすか」
(まあ魔法がある世界だしそんなある意味……超常現象的なことが起きても普通なのか?)
「その言伝を天皇陛下や龍さんに託すのも私の務めです」
「なるほど」
「それで今日あなたを呼びだした理由ですが」
「そうだよ!遠回りしまくったけども!何の理由も事情も知らされるに連れまわされる人の気持ちも分かれよ!」
「貴方死にかけたでしょ?」
「……っ!」
龍曰く、あの時の状況を知っているのはアリスとサチと龍しか知らないはずである。
それなのにこの場にいるはずの神楽が何故それを知りえたのか、最大の疑問がアリスの脳内を占領した。
「それは師匠とサチしか知らないはずじゃ!」
「言伝にてあなたが死ぬかもしれないと書かれたので急いで駆け付け私が魔法で治療しました」
「お腹ぶっ刺さってましたけど!?ほぼほぼ瀕死だったはずじゃ!?あたしが言うのもなんだけど聖霊魔法でも直せんレベルだったと思いますが!?」
「それはですね、この世界でも皇族の……それも神楽でしか使えない魔法があるんですよ。神代魔法って言うんですけどね?それを使いました。ただこの魔法は消費魔素がすごく多くて私もつい先ほどまで私も魔素切れで寝ていたんですよ」
「……」
(普通の魔素に聖霊魔素、闇の魔素……ここに来て新しい設定……要素が生まれたあ!あたしよりも上位互換じゃねえか!ますますあたしの存在理由が無くなって来たぞ!あたし主人公だよな!?おい!)
「しかもこの魔法が使えるためか歴代の神楽も総じて短命なんですよ。ですので本来であればこの魔法は天皇陛下や龍さんなどの了承を得るなどの本当に特別な場合を除いて使用は禁止されています」
(そりゃあ消費魔素がえげつなさ過ぎて日常生活に支障きたすレベルじゃん。そんあポンポン撃たせられないだろ)
「ですが龍さんが初めてとったお弟子さんの死ぬ危険です。だったら使ってお良いかと黙ってここを抜け出してきたんですよ!ですからお礼を所望します!」
それを聞いた瞬間、アリスは勢いよく土下座した。
「助けていただき本当にあざしたー!」
「あらあら!天皇陛下にご報告したところ、アリスさんであればしょうがないとお許しを得ましたのでお気になさらず。でも内緒にしてくださいね」
「そりゃもちろん」
「では用事は以上です」
「ああ、なるほど」
アリスはゆっくり立ち上がると、残っていたお茶をすべて飲み干し箒を取り出した。
「あらもう帰るの?」
「いや師匠に言われて病院から直行してきたから学校に報告せんと……心配してる人もいるし」
「なるほどでは……あ、一つ言い忘れてました」
「何が?」
「今日来てもらったのはもう一つあることを伝えるためなんですよ。この機会にいいかなと。神報者である龍様と神楽は結構密接な関係なんですが、それにはある理由がありまして」
「なにさ」
「言い伝えが正しければですが約400年前、当時の神楽と龍様がある契約……約束をしたらしいんですよ」
「約束?」
「これから生まれてくる神楽のお世話をよろしくと……つまり言い換えれば現在、神報者は神楽の教育係の一人に任命されているのです。ですのでこれからよろしくお願いしますという意味でも今日は呼びました」
「……最後の最後にぶっこんで来たな」
「何のことです?」
「いやなんでもない……じゃあまた」
「ええ……あ、そうだ!境内から出るまでは飛ばないでくださいね?一応飛行禁止区域なので」
「……ういーす」
何故か今回の会話だけで相当疲れたアリスは多少ふらつきながら学校へ向かっていった。
その後コウや柏木に根掘り葉掘り聞かれそうで次なる疲労を覚悟したアリスだったが、前もって龍とサチによる説明が行われていたのだろう。
体と心を労わる言葉のみでほっとするアリスだった。
その後、神楽とアリスは神報者と神楽という垣根を越えてある意味親友のような関係になるがそれはまた結構先の話である。